←back


>>未知との遭遇

 


急に降ってきた雨に濡れてしまった花は、
廊下の途中で、孟徳とすれ違い呼び止められた。


引き連れていた護衛を人払いし、招き入れられた孟徳の部屋の
豪奢な室内道具に囲まれて、花は自然と身が小さくなるのを感じた。


視線をさまよわせ、飾り格子の窓から見えた空は、
雨空の鉛色で、先ほどまでの青空が嘘のようだ。

 
「花ちゃん、髪が濡れてるよ?」


「あ、さっき外に出たときに濡れちゃって・・・。」


「ほら、おいで。すぐ拭かないと風邪をひいてしまうよ。」


「はい・・・」


 布を持った孟徳に、花は受け取ろうと手をのばすが、
その手は無視され、そのまま布が花の頭にふわっとかかり
髪の毛1房ずつ水滴を拭き取られる。
とても丁寧な孟徳の手つきに、こういうことへの器用さを
感心しながら、花はされるがままになっていた。


「孟徳さん…」


「なあに?」


「ありがとうございます。」


「いいんだよ、冷えたんだったらあったかいものでも飲む?」


「はい、うれしいです。」






しばらくたって、渡されたお茶は、湯気がふわふわと浮かび、
甘い匂いだけ残していた。


「火傷しないようにね。」


一口含むと、暖かいお茶が身体全身に熱を運ぶ。


「おいしい?」
「・・・おいしいです。」
「それは良かった。」


にっこりと笑う孟徳。


そんな孟徳をじぃっと見て、花は考える。




「昔、どこかで会ったことあいました?」


「さぁ?どうだろうね。」


はぐらかす孟徳。
花は、茶碗のふちを指でなぞりながら、うーん、と唸った。


出会って5日目。お互い、戦のときを外しては、初対面のはずだが、
孟徳の「捕虜」へとは思えない態度に、花は戸惑いを覚える。
本当に初対面の人間がこんなによくしてくれるのだろうか?


「当ててみてよ。軍師さん。」


いたずらっぽく笑う孟徳に、花はますます戸惑う。


この世界に来てから、目まぐるしい日々に
翻弄されて、玄徳軍にいたときは、軍の人たちとしか
話をしたことはなかった。
それどころか、孟徳は戦いの相手だ。
遭ったとして、この扱いの理由にはならない。


それ以外で考えられることといったら・・・


花は目を見開いた。


(まさか孟徳さんには、私はすごいハンデを背負ってる
子に見えるのかな?)
(も・・・もしかして、あまりにも空気読めない行動に嫌気
がさして、先手先手で私の行動を阻止してるとか・・・!)




「おかわり、いる?」


花の思考をさえぎるように孟徳が聞く。
気付けば、茶碗の中には、ほんの数滴しか残っていなかった。


「いただけますか?」


「よろこんで。」


孟徳がお茶を淹れている姿を見て、
花は思う。
恥ずかしいのか、くすぐったいようなわからない
この気持ちは何だろう、と。


多分、こうやって甘やかされるのに、
慣れてないんだ。と自分に結論づける。


こうやって甘やかされるのが嬉しい自分と、
困ってしまう自分がいるのだ。


(慣れてしまうのが怖いんだ)


唐突に自分の中に浮かぶ答え。


いずれ来る「タイムリミット」でお別れするのに・・・


カチャリという音がして花の目の前に再び
茶碗が置かれる。


「実は、俺も花ちゃんとは初対面。」


そう言って孟徳はにっこりと笑ってお茶を飲む。


「ええーー・・・たくさん考えちゃいました〜」


「でもね、花ちゃん。うちの祖父が言っていた
 【運命の人】っていうのは確かに存在するんだと思ったよ。」


「【運命の人】?」


「あぁ。」


雨の音が外から再び聞こえ始める。


「誰・・・ですか?」


恐ろしいものを聞くように花がたずねる。
孟徳の表情は変わらず穏やかな微笑みを浮かべている。


「きみだよ。他に誰が?」


雨音が一層激しさを増した。


遠くから、雷鳴が聞こえる。




「だから、いつまでもここに居て良いからね。」


何事もなかったかのように、カラになった二つの
茶碗をひょいっと孟徳は掴むと横に置いてあった
トレイのような木の板に載せる。




(どうすんの・・・っていうかどうなんの私!?)


花は、そのなぜか楽しそうな孟徳の姿を見てますます、
複雑な胸中をもてあましていた。






-------


←back