←back


>>でちゃだめ

 
花は後悔していた。


どうしてああいうことをしたのか 昨晩の自分に問いただしたい。


もうすこし、冷静になれ。


賢者の心を取り戻しておけ、昨日のうちに。


そう、昨晩の自分にいってやりたい。

「大丈夫だって。だれも気づかないよ。」


目の前の男はのんきににっこり笑った。
どちらかといえば、にへらという言葉が合うような気がするが。


「気づきますよ。おかしいですもん。その・・・あの・・・
孟徳さんのほっぺ・・・。」


にへらと笑う男の右頬には、赤い痕があった。


「君の噛んだ跡がまだ残っているね。」


花が言いにくそうにしていた言葉をすんなりと孟徳は言う。
その言葉に一層、花は顔を赤くした。


「ほんとうにあのえっと、すみません・・・。
だから、それが消えるまで、この部屋にいてほしいです。」


「・・・!」


「だめですか?」


おずおずと上目使いをする花に、孟徳は一瞬くらりと眩暈に襲われた。


「花ちゃん・・・」


花の華奢な肩に手を伸ばす。


「孟徳さん?」


孟徳の顔が近付き、あわてる花だったが、その距離は
重なる寸前で止まった。


扉をどんどんと叩く音。
何度もたたく音に、孟徳は今までのだらしないほどの至福の顔から
急に般若のような顔に早変わる。


「おい、孟徳・・・いつまで寝ている!」


声の主は元譲だった。


「・・・花ちゃんのそばにまだいたいから
もうすこし待て。」


「お・・・おまえ、もうすこし節操をもて!
絶倫もほどほどにしろ!」


元譲は、何か勘違いをしたようだ。
お前、寝言はいい加減にしろこのエロボケ丞相が!
とでも言うかのような彼の叫びに、花は違うんです!と
あわてて返答する。


「すみません、ちがうんです。
私があの・・・孟徳さんの・・・噛んじゃって・・・。」


あまりのあわてぶりに正直に言う花に、孟徳は、笑いを押し殺した。
もうそれは、呼吸困難で死ぬかというくらいに。


無言になる扉の向こう側。
そしてバタリとなにか大きな倒れる音。


「あ、あの音はなんですか?」

花が大きな音がしたのに気が付いて、外に出ようとするが
孟徳が花の手首をぎゅっとつかんだ。


「・・・気にしなくていいよ。それより、君が満足するまで、一緒にいようか?」
「すみません・・・痕って・・・年齢を重ねると取れにくいですよね・・・。」
「・・・花・・・ちゃん?」


ぼそりといった花のつぶやきに、孟徳は人の悪い笑みを浮かべた。


「試してみようか・・・?年齢差。」




噛み跡が消えたあとに、扉の向こう側にいたのは、知恵熱をだして倒れた元譲の姿だった。
花は、もう二度と調子をこくのはやめようと決意した。





-------


←back