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>>ギャンブル

 
将来を約束された、栄光の道を歩む友人が振り返って言う。
常に目の前を歩む友人は、嫌味が感じられない笑顔で問う。


「お前の夢はなんだ?」
「俺か・・・?」


不意に聞かれた問いに、しばらく考えてぼんやりとした
未来の光景を言葉でつむぐ。


「暖かいところで、果樹園がある里山で、書物を読んだり、
詩作したり、かわいい嫁とのんびり過ごしたいね。」


故郷の穏やかな風景を思い出しながら、出した回答は、友人は不服そうだ。


「・・・老後か。」
「いいだろ、夢見るくらい自由だ。」
「なんか意外。お前なら覇者になる!くらい言ってそうだと思ったけど。」
「まさか!」


この世界が、生きることが運不運に左右されるのなら。
目の前の友人に生まれたときに渡された札は最強の札。
すぐに上がれる札ぞろい。
それに比べてこの手元にある札はクズ札ばかり。


それでも捨てられないのは、このクズ札には大切な人たちが祈りが
こもっているから。


この世界が、生きることが、賭け事のように運不運だけではなく、
駆け引きが必要なら。


呼吸を読み、相手の出方を見て、 手元のクズ札を最強の札と見せることは容易。


この手元のクズ札が、友人の最強の札と同じ価値になる。
そうしたら、ただその札がこちらへ流されるのを待つだけ。




手元にある札は、いつの間にか本当に最強の札に変わる。
黒く赤く変色した、その札。
最強の札揃い。


大事なクズ札は、いつの間にか無くしていた。




「孟徳、起きているか?」


ふと意識を手元に戻せば、聞こえるのは元譲の声。


「おきてるよ、失礼だな。コッパゲ。」
「コ・・・コッパゲとは失礼だな!まだ生えているぞ
後退していないぞ!」
「ハゲればいいのに。」
「なんだと!」


「け、喧嘩はダメですよ。」


花が、上半身を隠すくらいの大きな荷物を運んで部屋に入る。
通常なら文官が二人くらいで持たないと運べない。
書簡が十数本入った大きな壷だ。
美しく花鳥の模様が入った壷を、そっと音を立てずに花は床に降ろすと、
かわいらしく眉を吊り上げて、こちらを見る。


「だって、元譲が!」
「俺が悪者か、コッパゲって言ったくせに。」
「ハゲろ!」
「ハゲない!」


無駄な言い争いを聞いて花が笑う。


「よかった、すみません。私の勘違いでした。仲良しですね!」
「「どこが」」


重なる声に、ますます花が笑う。


「花ちゃん、いまから元譲が出て行くから、ちょっと残って。」
「だれが、出て行くんだ。」
「用件は終わった。元譲、わかるな?」
「・・・お前・・・ハゲろ!」


そう悪態をついて元譲は出て行く。
後の報復を少し予想しながら、それでも今は目の前の花との
時間を確保することを優先した。


「花ちゃん。ちょっと・・・」
「なんですか?」


手招きをすると、素直に近くに寄ってくる花を逃がさないように抱きしめた。
ほんの少し、驚いた声を上げると花は、見上げて表情を探る。


今がとても大事だから
今がとてもいとおしいから
今がとても怖いんだ。


そんな言葉を言えずに、抱きしめる。


札はずっとは持っていられない。
いつかは、すべてを手放す。


「ねぇ、花ちゃん。大事なものはいつかなくなるのかな。」
「・・・孟徳さん?」


何かを失った朝は、胸の奥が痛かった。
それでもその晩に忘れた。

いつか失くすことに慣れて磨耗した心は、
損得で価値を見出すことに長けていった。

それでも、この腕の中の体温を失くすことを、想像しようとしただけで、
いつか磨耗していたはずの部分が痛む。


「大事なものはなくなりません。」


その言葉に、懐かしい人の言葉を思い出す。
なくしたはずの札を思い出す。
今は無い故郷の景色と、その札に願いをこめた人たちの言葉。




いつかの大事な人たちが言った言葉。
堅くて大きい手や、きれいな手、しわしわの手をもつ暖かい人たちが、
くれた言葉。



本当に大事なものはなくならない。


大事なものはなくならないよ。
大事なものは、いつもあなたの傍にいるよ。
大事なものをなくしたと思っても、形を変えて戻ってくるよ。




賢いお前が考える以上に大切なものに出会うよ。






手元にある、目新しい綺麗なきらきら光る白い札。
それが、どんな価値があるのか誰もわからない。


でもその札は、どこか見覚えがある懐かしい札。
形を変えて、手元に戻る。


「そうだね、言うとおりだ。」


目の前の花に言うわけでもなく、そうつぶやく。




この世界で生きることが、運や不運で左右されるのなら
この世界で生きることが、賭け事のような駆け引きが必要とするのなら


勝負に勝って、勝ち続けて、本当にほしい場所にたどり着きたい。
あの日、友人へ言った夢はまだ強く心にある。


「いつか、つれていきたい場所があるんだ。」


花は顔を上げる。


「いまは、野山しかないけれど、昔、家があって・・・」


花は、頷く。


「はい、連れて行ってくださいね。」
「もちろん!」




大事なものは、無くならない。


失くしても、形を変えて戻ってくる。
いつでも、傍に。







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