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>>ワンダーメテオ

 
 孔明は、視線を泳がせ目の前の現実から
目をそらそうとしていた。
 消したい記憶は、人間生きていれば一つや二つ
あるものだ。

たとえば、朝日とともに畑仕事をしながら、
気持ちよく歌を歌っていたら、
村中の戸という戸を閉められたこと。
そんなに下手では無いと思うのだが、
子供の泣き声が夜まで響いていた。

(不思議だ。歌を歌っているだけなのに、
まわりには『ボエー』と聞こえるとは。)


今の消したい過去。それは廊下に倒れていた。

 目の前で倒れているのは、愛弟子 山田花。
幼さを残した顔立ちと頼りない風貌。
しかも、不幸体質までおまけについているのか、
何でもないところで、何かに引っかかっている。

(この世界にいる時点で、もう巻き込まれ体質というのは
自覚するべきだと思っているが、 本人は認めたがらない。
・・・そりゃそうか。)


 孔明が長い回想をした後でも、目の前の愛弟子は
動かない。
 死んでいる・・・なんてことはないだろう。
足元には、果物の皮。
 たぶん翼徳が食べ散らかした後だろう。


 (もし死因を聞かれたら、「林檎の皮」という犯人の
罠に無残にも・・・とでも言えばいいのか。


 ・・・違うな。)


心の中でボケとツッコミを流しても、まだ目の前の
愛弟子は動かない。


「ちょっと。」


しゃがんでつついてみるが、目の前の物体は身じろぎもしない。


強めに突付くと、物体はようやく動いた。


そして、苦しそうに呻く。


「ししょーーーー」


「起きなさい。ここはフカフカの寝台でもないよ、
みんなが通る通路だ。」


「・・・ううっ」


「ちなみにあと3秒後にも倒れてたら踏む。」


「起きます・・・!」


 本気で踏まれることに恐怖し、花は起き上がって、孔明の方を向くと
正座のままおはようございます、と挨拶をした。
顔が少し赤いのは、もしかしたら風邪を引いているせいなのかも
しれない。


「どうしてこんなところで寝ているの?」
「・・・ちょっと頭がボーっとしてて、書類の失敗も多くて
ヘコンでたら、なにかに転んで、床がひんやりしているなぁと思って
倒れていました・・・くしゅんっ」
「わかったけど、今は冬だよ、外気温低いよ。・・・
君は実に考えにくいことをするね。ちょっと来なさい。」


 花が立ち上がるのを待つのも待ちきれず、孔明は花の
手首を掴む。
ずるずると、引きづられてつれてこられたのは、孔明の部屋。
ポカンとする花に、孔明は言った。


「しばらく待ってて。今、厨房から
飲み物をもらってくる。」


断る言葉を受け取らない雰囲気で押し切ったせいか、
花はそのままおとなしく待つことにしたようだ。




それから、10分後。


「はい、飲んで。」


孔明が持ってきた特製の暖かいお茶を
を受け取ると、バニラの匂いとオレンジの匂いがした。


自分の分を置いた孔明が、椅子に腰をかける。


「ありがとうございます。何ですか、このお茶・・・?」
「風邪に効くものが色々入ってて、すぐ元気になる。」
「色々って何ですか。」
「聞いたから後悔する系のとか。」
「か・・・身体に害は?」
「あははははは!」




不気味な笑みをたたえる孔明の姿に花は戦慄を覚えた。

「僕としては、これを入れると旨いと思うよ。」


鞄からゴソゴソと出してきたものをみて、花はぶんぶんと
首を振った。
どうみてもソレは「干ししいたけ」のようなものだ。
孔明はそれをお茶に入れる。




「いらないの?」
「・・・はい。」


しばらく無言の時間が過ぎる。


 断ったことで機嫌を損ねたのかと恐る恐る花が
孔明を見ると、孔明は両手を組んでじっと
茶碗を見ている。
 待っているようにもみてとれる孔明に、花が疑問を
そのままぶつけた。


「師匠は猫舌ですか?」


にこっと笑った師匠の顔に、恐怖を感じた花は
思わず「ひっ!」と悲鳴を上げた。


「熱いのが苦手なんだ。」


そういってまた無言。


気まずい気まずい・・・そう心の中で呟きながら花は
なんとかこの空気を晴らすための言葉を探すが、
それよりも早く沈黙を破ったのは孔明の方だった。


「ねぇ、君」
「は・・・はい?」
「君は凄いと思う。」
「え?」


唐突に褒められた花は、なんのことかと、一瞬きょとんとした顔をする。


「普通はさ、自分の世界へ早く帰ることばっかりで、この世界のために
なんとかしようなんて思わないでしょ。君の住んでいる場所に比べたら
この場所は、危険が多い。怖くないの?」
「・・・普通に怖いですけど。」
「僕も、怖いよ。」



あまり感情を読み取らせない孔明が、己の感じる恐怖を呟く。


「怖い・・・ですか?」
「うん、君を危険にさらすことになるのが怖い。それなのに君ときたら
じっとしてくれないから。すぐムリするし。意外と負けず嫌いだし。」


花の茶碗はいつのまにか、空になっていた。
不意に孔明にその茶碗をひったくられると、頭を鷲づかみされ、そのまま
孔明の膝に沈められて、花は強制的に孔明の膝枕を味わうこととなった。


「師匠?」




「あまり、ムリしないでよね。」


 頭を掴んでいた掌はひんやりとして、わずかに
震えている。


あの日、再び花が目の前に現れて。
嬉しいような怒りたくなるような
泣きたくなるような不思議な感覚がした。


「・・・すみません。なんだか・・・誤解してました。」
「なに?」


「一人が平気な人かと思ってましたが、師匠って・・・さみしがりやさん・・・」


花の一言に孔明の顔が、一気に色が変わる。
ついでに掌の温度も上がる。


「・・・気付くのが遅い。」


膝の柔らかさに、花はうとうとと、瞳を閉じた。



「ずっと・・・そばにいてよ。」


孔明は愛しそうに花の柔らかな髪を、くしゃっとかき混ぜる。

その願いに、花はもちろん、と笑った。





end


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