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>>月下心中話 下

 
冷たい月の光から映し出す孟徳の長い睫毛の影を、
花はぼんやりと眺めていた。


一緒に
君と一緒に眠りたい


ここに閉じ込められてから何度も孟徳が、花を抱きすくめて言った
言葉を、花は靄のかかった思考でうっすらと思い出していた。


こうやって同じ寝台で寝ているのに、
なぜ何度も同じ願いを口にするのか。


どうして、そう聞くと孟徳はひどく悲しい笑みを浮かべた。
それがとても胸が苦しくて、それきり再び問うことは
できなかった。




「もうとくさん。」


手を伸ばして、孟徳の輪郭を確かめる。
酷いことをされているのに、どうして私は、
あなたのことをまだ、愛おしいのか。


孟徳は、花の手をそっと包むとふわりと笑う。


「愛しているよ、花ちゃん。」













終わりは、唐突だった。
なるべくしてなった未来だ。
いつかこんな日が来ると、花は心のどこかで
感じていた。


花の血がゆっくりと流れていく。
指先が冷えて、動くこともままならない。
体温が下がっていくのを感じる。


狙われたのは孟徳だった。
孟徳に殺された女官の身内が、復讐を果たすために
この場所で殺された女官同様の仕事で働き、身を潜めていた。
そして、今、復讐は成された。




もちろん、その女官だけでは復讐を果たすのは難しい。
何人も何十人も協力が居て、この場所までたどりついた。
それほどまでに、人は孟徳の冷酷さに憤怒していたのだ。




だが、それに気がついていても、孟徳にとっては
どうでも良いことだった。





「君が死んだら意味がない。
 生きていても、意味がないんだ。」





ごめんなさい。
私が、あなたを信じていれば良かった。
あなただけを見ていれば良かった。


重くなった目蓋に抗い、孟徳をかろうじて見つめる。




孟徳には、赤が似合うと、唐突に思った。


花を刺した女官は、もう原型をとどめていない。
すでに部品の形でしかない。
赤い水音を踏みながら、花のもとへ孟徳は近づく。




「あぁ、まだ暖かいね。」


孟徳は花の手を取る。
壊れ物を扱うように、神聖なものを触るかのように、
ゆっくりと、手を取った。


「も・・・とくさ」
「俺の望みを叶えて。」




花の手には、花が刺された小刀が握られている。




そのまま孟徳は花を抱きしめた。




刀から、血が滴る。




「・・・ごめんね。君を手放す気はなくて。
ただ・・・一緒に眠ってほしいんだ。」




ただ、それだけだから。






























目を覚ませば、そこは花の通う学校の保健室だった。
見覚えがあるカーテンに囲まれたベットの上、
花は少し熱い額に手を載せた。


あぁ、頭痛がする。
長い夢をみていたような・・・


花はまだ意識がはっきりせずにいた。
それでも、心臓が高鳴っている。


まるで悪夢を見たあとのような、悪い汗が流れる。
思い出すのがとても怖い。


不意に、カーテンが開かれた。
窓から差し込む逆光で、表情が見えない。




「お目覚めかな、お姫様。」



知っているのに、知らない声。
その瞳は覚えていた。




「言ったよね。君を手放す気なんて無いから。」


捕まれた手首は痛くて
そのままベッドに縫い付けられる。


身動きできないまま、花は囚われた。
逃げることなどできないと、知っていた。


男はゆっくりと笑う。





「愛してるよ、花ちゃん。」




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