日 本 の 星 名

暮らしと星空

【 星空の時計とカレンダー 】
 太陽は毎朝東の空から昇り、昼の間は中天を動いて夕方になると西の空に没します。やがて、夜になれば数え きれないほどの星たちが同じように東天に姿を現し、さらに中天から西へと動いていきます。星が出てくる時間 は、毎日少しずつ早くなるので、季節が移ると星の見え方も変わるのです。
 それでは、ちょっと北の空を覗いてみましょう。星はどのように動いているでしょうか? 時計の針と反対の 方向にまわる星たちが見られるはずです。星の動きは夜空の場所によって違いますが、それを辿ってみると時間 の経過を計ることができます。
 このように、時計のない時代の人びとは、昼には太陽を夜は星を見ることで大凡の時刻を把握していたのです。 それからもう一つ、季節によって見られる星座が異なることもよく知られています。星空は、大自然のカレンダ ーでもあるのです。春・夏・秋・冬それぞれの季節を代表する星座が、重要な役割をもっていたことが理解でき るでしょう。

北の空をめぐる星の動き
(撮影:三上幸彦氏)

【 星空のコンパス 】
 みなさんは、どこにいても正しい方角が分るでしょうか? 太陽や月が見えれば、その動きを見て東や西の方 位を判断することができます。ところが、もし満点の星空だったとしたら、どうでしょう。そんなとき、昔の人 びとは「この星は北の方角、あの星は南の空に見える」というように、目あてにした星がありました。特に広大 な海上では、方位を把握しなければ船を進めることもできません。星は、大事なコンパスだったのです。

【 星に名前をつける 】
 このように、日本では昭和の初め頃まで、漁師や農家、山で暮らす人びとが星を頼りに生活していたことが、 次第に知られるようになりました。田畑で作物を作ったり、海で漁をするためには季節の移り変りを知ること が重要です。そこで、星の色や並び方(形状)、見える方位などで特に目につく星を見つけ出し、観察していた のです。これが星の利用の始まりで、それぞれを識別するために多くの呼称が誕生したわけです。いわば自然暦 の一環であり、草や木や虫などに命名したことと変りはありません。
 日本の星名は、暮らしのなかにある身近な言葉や物に置き換えた事例が多く、覚えやすいという特徴がありま す。しかも、多くの人が利用した星にはさまざまな見方があり、各地で異なる呼称が伝承されてきました。その 一方で、利用されなかった星にはほとんど名前がありません。


日本で生まれた星名

 夜空の星というと、すぐに思い浮かべるのは夏のさそり座や冬のオリオン座、それに北の空にある北極星とそ れを廻るおおぐま座、カシオペア座などが代表的な星々で、これらは西洋で生まれた星座です。
 日本では、中国から伝わった二十八宿などの星が政や信仰で使われてきましたが、庶民の間では江戸時代から 明治、大正、昭和の時代にかけて、たくさんの星の呼称が発生しています。いわゆる西洋の星座は、夜空を88の 区画に分けていますが、日本の星名は全く異なる発想から生まれており、よく似た事例を含めると大凡1000種類 は下らないと考えられます。なぜ、これほど多くの呼称があるのでしょう? それは、日本のさまざまな地域で、 たくさんの人びとが勝手に自由な名前を付けた結果といえるでしょう。したがって、日本の星名では一つの星 (あるいは星群)が、いくつもの呼称を有しているのが一般的です。なかには、日本の各地で共有された星名も ありますが、多くは命名された場所やその周辺地域だけで使われてきました。そして、何よりも重要なことは星 名が親から子へ、あるいは高齢者から若者へと口伝えで受け継がれてきたことです。
 星座別にみると、オリオン座の三つ星とその周辺の星、おうし座のプレアデス星団では、各地で多くの呼称が 記録されています。つまり、これら二つの星々は地域にかかわりなくより多くの人びとが注目し、利用してきた ことを示しています。

《 三つ星とスバル 》

オリオン座の三つ星
オリオン座のほぼ中心にあるミツボシ。下のほうにある小さな三つの星はコミツ ボシと呼ばれ、これらを合わせた形状は少しゆがんだ四角形になり、やはり多くの名前をもっています。
おうし座のスバル
よく知られたスバルも日本の星の名前です。これはプレアデス星団という星の集 まりで、上図のような形をしています。実際の星空では、小さくぼんやりと見えますが、三つ星とともに、多く の名前をもっています。

 ところで、みなさんが住んでいるのはどのような場所でしょう?。市街地か、それとも周辺に農地や山林があ るかもしれません。また、池や川、湖、海など、水辺の環境も多様です。そうした環境の違いだけでなく、そこ に暮らす人びとの生業によっても星の呼称が変化する場合があります。
 これまで、全国で調査した星の記録から、おうし座のプレアデス星団について代表的な呼称の分布を地図にま とめてみました。同じ星でも、地域によって異なる状況がよく理解できると思います。


プレアデス星団の星名分布
※スバルやスマル系の名は広い地域で使われていた。


日本の星名の特性

 日本で生まれた星名は、いくつかのグループに分類できます。それは、星の数であったり、色や大きさ(明る さ)であったり、また星の並び方なども区別するのにたいへん便利な方法です。そのほか、昔の生活や仕事で使 われたさまざまな用具なども星名として活かされています。ここでは、主要なグループごとに代表的な星名を紹 介しますので、こうした呼称が生まれた背景に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

【 星の数や形による名前 】

 ヒトツボシ  
 [一つ星]
夜空で一つの星として目立つのは、こぐま座の北極星と金星です。特に金星の場合は、 アケノヒトツボシやヨイノヒトツボシなどと呼び分けられています。
 フタツボシ  
 [二つ星]
二つの星といえば、ふたご座のカストルとポルックスがよく知られています。また、 こいぬ座にもフタツボシがあります。
 ミツボシ  
 [三つ星]
三つ並んだ星には、オリオン座を始めわし座やさそり座などがあるものの、三つ星に 最も相応しいのはやはりオリオン座です。
 ヨツボシ  
 [四つ星]
夜空のヨツボシは、からす座の四辺形に対する呼称として定着しています。決して明 るい星々ではないものの、南寄りの夜空における慢な動きが人びとの注目を集めました。
 イツツボシ  
 [五つ星]
五つの星でイツツボシの呼称を得ているのは、カシオペア座の五星です。W形やM形 の並びが特徴となっています。
 ムツボシ  
 [六つ星]
六星の代表的な存在となっているのは、おうし座のプレアデス星団です。小さく集ま った様子と星の並びに注目しましょう!
 ナナツボシ  
 [七つ星]
七つといえば、おおぐま座の北斗七星に尽きます。柄杓の形に配置された星々は、見 事な夜空の造形という他はありません。ヒトツボシ(北極星)を廻る星としてもよく知られています。
 シカクボシ  
 [四角星]
四角形を有する星座はいくつかあり、そられのうち最も親しまれているのはからす座 の四辺形でしょう。一方、端正な四角形を描くのはペガススの大方形(一部アンドロメダ座の星を含む) といえます。
 サンカク  
 [三角]
このサンカクは、西洋の星座にあるさんかく座ではありません。日本人が捉えた三角 の星はいくつかありますが、おおいぬ座の尻部を構成する三星が描く三角形の星は、とても分かり易く 安定感があります。

※北極星をはさんで北斗七星(ナナツボシ)の反対側にあるのが
カシオペア座で、星の数からイツツボシと呼ばれていました。

 

四角形の星と三角形の星

【 星の色や大きさ(明るさ)による名前 】

 アオボシ 
 [青星]
青または青白い色(輝き)の星で、冬の夜空を彩るおおいぬ座のシリウスにぴったり です。
 アカボシ 
 [赤星]
夜空に光る赤い星の代表はさそり座のアンタレスですが、漁師らはおうし座のアルデ バランもアカボシと呼びました。
 シロボシ 
 [白星]
通常の星に比べて、より白く見える星に対する呼称で、こいぬ座のプロキオンがその 栄誉を射止めています。
 オオボシ 
 [大星]
どの星よりも大きくて明るい星といえば、金星以外にありません。地域によっては、 おおいぬ座のシリウスや北極星をオオボシと呼ぶ場合があります。
 ミョウジョウ 
 [明星]
大星と同様に、明るい輝きに注目した呼称で、対象はやはり金星が筆頭ですが、一部 で木星をヨナカノミョウジョウ、北極星をキタノミョウジョウと呼んでいます。

※細い月とともに一際大きく輝く金星は、
ヨアケノミョウジョウとして親しまれています。

【 ユニークな星の名前 】

 カワハリボシ  カワハリは「皮張り」のことで、からす座の四辺形を動物の皮を広げて天日に干した 状態と捉えた呼称です。
 カンムリボシ  カンムリ(冠)といえば、西洋の星座にかんむり座があります。ただし、カンムリボ シはこの星座ではなく、オリオン座の三つ星と周辺の星々を繋いで、観音様の宝冠と宝髻に見立てた呼称 です。埼玉県の観音信仰から誕生しました。
 アシアライボシ  東京都西部の山里で、炭焼きの人びとが伝えた星名です。山から帰り、足を洗う頃に 姿を見せるオリオン座の三つ星をこう呼んだのです。
 ノトボシ  日本海につき出た能登半島(下の地図)にちなんだ呼称です。福井県の若狭湾や京都 府丹後半島の漁師らが海へ出て、能登半島の方角から出るぎょしゃ座のカペラに対して命名しました。
 ショウギボシ  ショウギは片口タイプの箕の一種で、埼玉県秩父地方の炭焼きで使われました。おう し座のプレアデス星団がその形状に似ていることから呼ばれるようになったのです。
 ユウバン
  マンジャーブシ
この星名は、ユウバン(夕飯を)マンジャー(欲しそうにしている)ブシ(星)という 意味で、沖縄本島の人びとが夕空の金星に対するイメージをそのまま表現しています。単にユウバンブシ と呼ぶ場合もあります。

※若狭地方で能登星[ノトボシ]と呼ばれるぎょしゃ座のカペラは、佐渡島に渡る と矢崎星[ヤザキボシ]という呼称に変わります。いずれも、漁師にとってイカ釣りや漁労のために目あてとし た重要な星でした。

【 星名になった生きもの 】

 星の伝承を求めて全国を巡り歩くうちに、それまでは全く関心をもたなか った事象にふと心惹かれたことがあります。その一つが、千葉県の浦安漁港で漁師から聞いたミツボシと呼ばれ るカニでした。身近な生きものと夜空の星がどこかで繋がっていたという意外な発見に驚き、その後は各地を訪 ねるたびにいろいろな生きものの話を聞くことになったのです。
 特に、海の生物については外見的な特徴や生息の状況等から命名された呼称が多くみられます。そこで、一般 にはあまり知られていないカニの仲間を紹介します。

◇ ジャノメガザミ
 このカニは、ワタリガニ科の仲間で、日本では秋田県から南の海に生息しているようです。その特徴は、何と いっても背中にある三つの大きな斑紋で、これほど鮮やかで目立つものは多くはありません。通常はモンガニ (紋蟹)あるいはモンツキガニ(紋付蟹)と呼ばれますが、関東地方や静岡県などでは大きな紋を三つの星と見 てミツボシまたはジョウトウヘイなどと呼んでいます。これは、それぞれの地域で伝承されている星名が、その まま生きものの呼称として流用されているのです。

ジャノメガザミのもよう 調理で赤くなったもよう

ジャノメガザミの呼称分布

伝承地域 ミツボシ ジョウトウヘイ そ の 他
 秋田県由利本荘市 ホシガニ[*1]
 秋田県にかほ市 (モンツキガニ)
 千葉県九十九里町
 千葉県いすみ市
 千葉県館山市
 千葉県鋸南町 (モンガニ)
 千葉県船橋市
 千葉県浦安市
 神奈川県二宮町
 神奈川県横須賀市 (モンツキ)
 福井県美浜町 (モンガニ)
 静岡県西伊豆町 (ムグリガニ)
 静岡県沼津市
 静岡県富士市
 静岡県静岡市
 静岡県焼津市
 静岡県牧之原市
 愛知県蒲郡市 (サンモンガニ)
 愛知県西尾市 サンコウサン[*2]
 愛知県常滑市
 愛知県南知多町 (モンガニ)
 三重県鈴鹿市
 三重県紀北町 (モンガニ)
 三重県鳥羽市
 大阪府泉佐野市
 大阪府阪南市 ヘイタイ[*3]
 和歌山県和歌山市 (モンガニ)
 岡山県倉敷市 (モンツキ)
 山口県宇部市 (モンガニ)
 徳島県小松島市 (モウガニ)
 徳島県鳴門市 (モンガニ)
 香川県東かがわ市 (モンツキ)
 愛媛県今治市 (モンガニ)
 高知県香南市 (モンガニ)
 福岡県北九州市 (モンガニ)
 福岡県糸島市
 福岡県吉富町
 熊本県天草市 (モンツキガニ)
 大分県宇佐市 (モンガニ)
 宮崎県延岡市 ミツボシガニ ホシガニ[*1]
 宮崎県門川町 ミツボシガニ
 宮崎県川南町 ミツボシガニ
 宮崎県日南市 (モンツキ)
 鹿児島県阿久根市 ホシガニ[*1]

[*1] ホシガニは星ガニの意です
[*2] サンコウサンは三光(日月星)を意味します
[*3] ヘイタイはジョウトウヘイと同じ見方で星三つの徽章に由来します

◇ 星になった生きもの
 日本の星名となった生きものは、それほど多くはありません。しかし、これらは私たちにとって 身近な動物がほとんどです。たとえば、大阪府の漁港ではガニメといって、ふたご座の二つ並んだ星をカニの眼と 捉えていました。その他にも、同じふたご座でカザエイ(エイの一種)やネコノメボシ(猫の眼星)などの報告が あります。いずれも動物の眼に譬えた呼称で、よく頷けます。
 また、カワハリボシはムジナ(狸)の毛皮を夜空に描いた呼称で、そこには山で暮らす人びとの生きものに寄せ る思いが込められているのです。

狸の毛皮がカワハリに! 星になったカニの眼


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