星の行事の伝承  2019/06/25

 星にまつわる暮らしの行事といえば、ほぼタナバタ(七夕)と十五夜(十三夜)に集約されます。各 地の伝承にも、これらに関するものが多くみられます。ここでは、行事を構成する要素別に事例を整理 し、都道府県順に示しました。タナバタ行事については、一般に中国伝来の行事を「七夕」とし、日本 古来の伝統的な要素をもつ行事については「タナバタ(たなばた)」と表記するのが適切ですが、ここ でとりあげた事例は、一部でカタカナ表記と漢字表記が混在していますのでご注意ください。  また、十五夜については、特に併記されていなくとも十三夜を含んだ伝承である場合が多くみられま す。なお、いずれの行事も本来は旧暦(太陰太陽暦)で行われることを基本としますが、地域によって は明治初期に行われた改暦以降、太陽暦に基づく実施へと移行しているケースがみられます。


十五夜と片月見

片月見とは、十五夜と十三夜のどちらか一方だけを行うことを意味することばで、これを避けるための 伝承が各地にのこされています。一般的な月見行事の主体は十五夜ですが、十三夜もおろそかにできな い行事であったことをよく示しています。地域によっては「片見月」という場合がありますが、ことば の意味からすれば「片月見」がふさわしいようです。伝承内容をみると、実にさまざまな方法でこれを 回避しようとしていた暮らしぶりを窺うことができます。 《事例》 ○片月見はいけない。十五夜を祝ったら必ず十三夜も祝うが、もし彼岸と十五夜が重なったときは十五  夜も十三夜もやらない 〔茨城県北相馬郡〕 ○片月見はいけないといって、十五夜をやったら必ず十三夜もやる 〔茨城県龍ヶ崎市〕 ○イモ(さつまいも)の月見をやったら、必ずクリ(栗)の月見もやらなければならない 〔茨城県鹿嶋市〕 ○片祝いはよくない。十五夜を祝ったら十三夜も必ず祝う 〔茨城県小美玉市〕 ○十五夜をやったら十三夜も必ずやる 〔茨城県笠間市〕 ○片月見はよくない。十五夜をやったら必ず十三夜もやる 〔茨城県桜川市〕 ○十五夜とお彼岸が重なった場合は十五夜をせず、また片月見になるからと十三夜もやらなかった 〔栃木県小山市〕 【解説】現行暦(太陽暦)では、十五夜(旧暦八月十五日)は毎年変化します。一方、秋の彼岸は秋分  の日(9月23日ころ)を中心とした前後3日の7日間と決まっていますので、この間に十五夜が重  なることはめずらしいことではありません。このような場合は、事例にみられるように彼岸の供養を  重視し、十五夜は行わない地域がほとんどのようです。 ○お彼岸と十五夜がいっしょになったときは、十五夜をやらない 〔栃木県下都賀郡〕 ○十五夜をやったら、十三夜もやらなければ縁起が悪い 〔栃木県下野市〕 ○十五夜をやったら十三夜も必ず行う 〔栃木県佐野市〕 ○片月見は悪いことがある。十五夜をやったら必ず十三夜もやる 〔群馬県邑楽郡〕 ○十五夜とお彼岸が重なったら、十五夜はやらない 〔群馬県邑楽郡〕 ○片月見はよくない。十五夜をやったら十三夜も必ずやる 〔群馬県太田市〕 ○十五夜と十三夜の両方をやると縁組が早い 〔群馬県新田郡〕 ○十五夜をやったら必ず十三夜もやる 〔群馬県安中市〕 ○片月見をすると病気になる 〔埼玉県本庄市〕 ○妊婦は十五夜と十三夜の両方を必ずやる 〔埼玉県秩父郡〕 ○片月見はいけない。もし親類などの家で十五夜をやったら、十三夜もその家で迎えるようにする 〔埼玉県秩父郡〕 ○片月見はいけないという。十五夜を自宅で迎えたら、十三夜も必ず自宅で迎える 〔埼玉県秩父郡〕 ○片月見はよくない。もし、親類の家などに出かけていたら、急いで自宅に帰ってから月見をする 〔埼玉県秩父郡〕 ○十五夜をよその家でやったら、十三夜も必ずよそ(自宅以外)でやらなければならない 〔埼玉県行田市〕 ○片月見はいけない。もし十五夜を自分の家で迎えられなかった場合は、十三夜のときにもどこかよそ  の家に泊めてもらう 〔埼玉県比企郡〕 ○片月見はいけない。どこかへ出かけて行って月見ができないときは、供えたものを残しておいて帰っ  てきてから食べさせる 〔埼玉県比企郡〕 ○十五夜を見たら、必ず十三夜も見るようにする 〔埼玉県比企郡〕 ○片月見はよくない。十五夜に供えものをしたら、十三夜にも必ず供える 〔埼玉県比企郡〕 ○片月見はよくないので、十五夜をやったら必ず十三夜もやる 〔埼玉県入間郡〕 ○片祝いはいけない。十五夜を祝ったら必ず十三夜も祝う 〔千葉県香取郡〕 ○片月見はいけない。十五夜をやったら、必ず十三夜もやらなければならない 〔千葉県山武市〕 ○十五夜だけでは片祝いになるので、昔は十三夜を先にやった 〔東京都西多摩郡〕 【解説】この伝承からは、十五夜よりも十三夜を重視していた一面がみられます。 ○片月見はいけない。もし十五夜ができなかったら、十三夜もやらない 〔神奈川県津久井郡〕 ○片月見はいけないからと、十五夜をやったら十三夜も必ずやった 〔山梨県北都留郡〕 ○片月見はいけない。もし主人が留守をしたときには、必ず「かげ膳」を供える 〔山梨県南都留郡〕 ○片見月は縁起がよくないので、十五夜をやったら必ず十三夜もやる 〔山梨県大月市〕 ○十五夜をやったら必ず十三夜もやる 〔静岡県富士宮市〕


十五夜と気象

十五夜や十三夜が行われる日の天候によって、稲作や麦作の豊凶を卜う伝承は、関東地方などを中心に 広く分布しています。地域により十五夜と米、十三夜と麦の関係を伝えるところと、十五夜を大麦、十 三夜を小麦と関連づけた二つのタイプがあり、全体としては後者が主流です。そこには、大麦と小麦の 播種期および収穫期の微妙な違いが関係しているものと考えられます。いずれにしても、農耕儀礼とし ての性格が強く表れた伝承といえるでしょう。 《事例》 ○十五夜に天気がよければ、豊作になる 〔茨城県新治郡〕 ○十五夜に晴れると大麦があたり、十三夜に晴れると小麦があたる 〔茨城県稲敷郡〕 【解説】「あたる」とは、豊作になるとの意味です。 ○十五夜に晴れると作物がよくできるが、曇ると不作になる 〔茨城県稲敷郡〕 ○十八夜に晴れると大麦や小麦がよくできる 〔茨城県筑波郡〕 【解説】十八夜は、地域によって月待行事の一つとされています。ただし、この事例のように茨城県で  は十五夜や十三夜と同じ農耕儀礼として捉えられています。つまり三回の月見が行われるわけです。 ○十五夜に晴れると大麦が、十三夜に晴れると小麦がよくできる 〔茨城県北相馬郡〕 ○十五夜に晴れないと、作物がよくとれない 〔茨城県猿島郡〕 ○十五夜に晴れると米がよくとれる 〔茨城県猿島郡〕 【解説】稲作地域では、麦との関係が弱くなる傾向を示しています。 ○十五夜に雨が降ると麦がはずれ、十三夜に雨が降ると小麦がはずれる 〔茨城県猿島郡〕 ○十五夜に晴れると大麦が豊作、反対に十三夜に雨が降ると小麦が不作になる 〔栃木県小山市〕 ○十三夜に曇ると、その年の麦は不作 〔栃木県佐野市〕 ○十五夜が晴れれば大麦がとれる。また、十三夜が晴れれば小麦がとれる 〔栃木県下都賀郡〕 ○十五夜に晴れると米がよくとれ、十三夜に晴れると麦がよくとれる 〔群馬県邑楽郡〕 ○十五夜が天気だと、十三夜には月が見られない。反対に十五夜が曇ると十三夜は晴れるので、どちら  にも同じものを進ぜる 〔埼玉県秩父郡〕 【解説】十五夜と十三夜が、ともに晴れる機会は少ないという認識に基づいた伝承でしょうか。この背  景には、せめてどちらか一方は晴れてほしいという願望が認められます。 ○十五夜に曇ると、小麦がとれない 〔埼玉県児玉郡〕 ○十五夜には晴れたほうがよい 〔埼玉県児玉郡〕 ○十五夜には雨が降ってもよいが、十三夜には降るなという 〔埼玉県児玉郡〕 ○十五夜に天気がよければ、麦がよくとれる 〔埼玉県行田市〕 ○十三夜に雨が降ると、小麦がとれない 〔埼玉県羽生市〕 ○十五夜に雨が降ると大麦が不作、十三夜に雨が降ると小麦が不作 〔埼玉県北埼玉郡〕 ○十五夜に雨が降ると、大麦や小麦がちがう 〔埼玉県坂戸市〕 【解説】「ちがう」というのは、不作になるという意味です。 ○十五夜に雨が降ると、翌年の大麦がちがう。十三夜に雨が降ると、翌年の小麦がちがう 〔埼玉県入間郡〕 ○十五夜に晴れると麦がよくできる 〔千葉県野田市〕 ○十五夜に雨が降ると米が不作、十三夜に雨が降ると麦が不作になる 〔千葉県印旛郡〕 ○十五夜には曇っても、十三夜は曇ることがない 〔東京都西多摩郡〕 ○十三夜に晴れると、麦播きがよい 〔東京都西多摩郡〕 ○十五夜に月なし、十三夜に曇りなし 〔神奈川県相模原市〕 【解説】十五夜の頃は雨が多いので月は容易に見られないが、十三夜には晴れるという意味です。 ○十五夜に曇れば十三夜には曇りなし 〔山梨県北都留郡〕 ○十五夜には必ず雨が降る 〔山梨県北都留郡〕 ○十五夜に曇りあれども、十三夜に曇りなし 〔山梨県笛吹市〕 ○十五夜に晴れれば今年はよい収穫を期待できるが、もし月が見えないときは冬の作物が心配 〔岐阜県揖斐郡〕

冬の小麦畑 生長した小麦


十五夜と暮らし

十五夜行事に特徴的な要素以外でみますと、暮らしにまつわる伝承は多くありません。 《事例》 ○仏が出た家では、十五夜をやらない 〔茨城県龍ヶ崎市〕 ○十五夜や十三夜を静かにお祝いすれば、何かよいことがある 〔茨城県取手市〕 ○十五夜になったら、里芋が食べられるようになる 〔群馬県邑楽郡〕 【解説】農耕儀礼としての十五夜を考えた場合、里芋の役割はたいへん重要です。各地の事例にも、そ  れを裏づけるような伝承がのこされています。 ○十五夜には里芋のよい芽が出るように祈る 〔千葉県香取郡〕 ○十五夜の前に里芋を食べるときは、必ず月に供えてから食べる 〔千葉県香取郡〕 ○十五夜や十三夜のときは、月が掛軸のような形に見える 〔神奈川県横須賀市〕 ○十五夜を過ぎると日に日に海水温が下がる 〔静岡県熱海市〕 ○月見に供えた小芋に孔をあけ、そこから月を見ると眼が丈夫になる 〔京都府亀岡市〕 ○厄年の男性(41、42、43歳)は、その年の十五夜の日に自宅の屋根(棟)を見てはいけない 〔大阪府阪南市〕


十五夜とススキ

ススキやチガヤなどは呪力をもつ植物とされ、暮らしのなかでさまざまな利用が図られてきました。十 五夜や十三夜に供えたススキもその一つであり、そこに秘められた呪力によって農作物の虫除けから盗 賊除け、魔除けなどの効用を期待した事例が各地に伝承されています。 《事例》 ○十五夜や十三夜が終わって、ススキを野菜畑にさしておくと虫除けになる 〔栃木県小山市〕 ○十五夜のススキを作物のそばに立てると、害虫にたかられることがない 〔栃木県佐野市〕 ○十五夜のススキは水を入れずに供え、翌日の朝早く川へ流したりヤマにおいてくる。そうしないと娘  の婚期が遅くなる 〔栃木県足利市〕 ○十五夜が終わると、供えたススキは稲荷さまの裏の生垣に挿しておく 〔栃木県足利市〕 ○十五夜や十三夜で月に供えたカヤ(ススキ)は、後で畑に持って行き地面に挿しておく 〔栃木県下都賀郡〕 ○十五夜や十三夜に供えたススキは、あとで自宅の屋根にさした 〔埼玉県入間郡〕 ○十五夜に供えたススキは、燃やして灰にしたあと人が踏まない場所(野菜畑とか柿の木の根元など)  に埋めた 〔千葉県八千代市〕 ○十五夜や十三夜に供えたススキは、門口の垣根などにさしておくと魔除けになる 〔東京都武蔵村山市〕 ○山へ行っても、十五夜と十三夜の済まないうちはススキで箸を作ってはいけない 〔東京都西多摩郡〕 【解説】ススキを利用した茅箸に関する伝承は各地に散見することができます。ここにも、秘められた  呪力にすがりたいという姿勢がみられます。 ○山へ行って昼の弁当に箸を忘れても、十五夜が終わらないうちは茅で箸を作ってはいけない 〔東京都西多摩郡〕 ○十五夜や十三夜には、まんじゅうやぼたもちなどの供えものといっしょに、茅箸を一膳添えておく 〔東京都西多摩郡〕 ○十五夜の晩には家族全員の茅箸を作り、初めの一膳は必ずこの箸で食べる 〔神奈川県津久井郡〕 ○十五夜のあと、供えたススキは大根を播いた畑に立てる 〔神奈川県伊勢原市〕 ○十五夜、十三夜のときに、茅箸でごはんを食べると虫歯にならない 〔山梨県南都留郡〕 ○十五夜には茅箸15組、十三夜には13組を供える。子どもたちは各家をまわり、用意された茅の箸で野  菜ごはんを一口ずつ食べながら供えものを貰い歩いた 〔山梨県南都留郡〕 ○十五夜のススキをさした水は、お呪いになるので大切にとっておく。そして火傷などをしたときにこ  れを塗った 〔大阪府泉佐野市〕 ○名月に供えたススキとハギは、玄関と勝手口と便所に置いておくとよい 〔和歌山県那珂郡〕 【解説】この事例も、魔除けとしてのススキを意識した習俗です。


十五夜と供えもの

供えものをめぐる伝承は、盗みの習俗に集中していますが、供物そのものに関する伝承もいくつか記録 されています。 《事例》 ○十五夜や十三夜に供えた赤飯とけんちん汁は、必ず主人が食べる 〔茨城県猿島郡〕 ○十五夜の供えものを女の子が食べると、月のように廻って嫁にいけなくなってしまう 〔茨城県小美玉市〕 ○十五夜の月に供えたものを食べると、あちこち巡り歩くようになる 〔栃木県真岡市〕 ○十五夜や十三夜の供えものは年寄りが食べるもので、もし若い者が食べるとなかなか嫁にいけなくな  る 〔埼玉県羽生市〕 ○月に供えたものは、その夜のうちにさげて家族で食べる 〔埼玉県三郷市〕 ○十五夜に供えた団子は子どもには食べさせない。もし食べさせると、月が夜空をまわっているように  世界中をめぐってしまう 〔千葉県印旛郡〕 ○十五夜に供えた餅や大根は、行事のあと家族で食べた 〔長野県松本市〕 ○里芋は先ずお月さまに供えるものなので、十五夜の前に収穫してはいけない 〔岐阜県岐阜市〕 ○十五夜に供える里芋をよく洗うと子ができる 〔静岡県富士宮市〕


十五夜と盗み

十五夜や十三夜の供えものを盗る、あるいは承諾を得て持っていく行為が、各地で行われていた時代が ありました。多くは子どもが主役であり、これを咎めることがないこともほぼ共通しています。こうし た行為は、十五夜行事が単なる観月ではなく、豊作祈願の行事として重要な位置づけにあったことを示 すものでしょう。盗みは、本来里芋を対象としていたものと考えられますが、いずれにしても、その背 景に供えものがなくなることで豊作を期待できるという意識が存在していたことは確かです。 《事例》 ○十五夜の供えものは盗られたほうがよい 〔茨城県稲敷郡〕 ○十五夜の供えものを盗んでくると縁起がよい 〔茨城県筑波郡〕 ○十五夜の供えものを盗まれるとよいことがある 〔茨城県龍ヶ崎市〕 ○十五夜の供えものは盗られたほうがよい 〔茨城県小美玉市〕 ○十五夜の供えものを盗むと良いことがある 〔茨城県笠間市〕 ○十五夜の供えものを盗られると縁起がよい 〔茨城県つくばみらい市〕 ○十五夜や十三夜の供えものを盗られると縁起がよい 〔茨城県常陸大宮市〕 ○十五夜や十三夜の供えものは盗ってもよい 〔栃木県小山市〕 ○十五夜に供えた団子を盗られたほうが良いことがある 〔栃木県佐野市〕 ○十五夜の供えものは盗られたほうがよい 〔栃木県栃木市〕 ○十五夜の供えものは盗まれたほうがよい 〔群馬県邑楽郡〕 ○十五夜の供えものは盗られたほうがよい 〔群馬県安中市〕 ○十五夜の供えものを盗まれた家では、カイコがよくあたる 〔埼玉県深谷市〕 ○十五夜の供えものを盗られると運がよい 〔埼玉県行田市〕 ○十五夜さまや十三夜さまの供えものを盗まれると豊作になる 〔埼玉県大里郡〕 ○十五夜の供えものを盗られると、その家では幸せがくる 〔埼玉県大里郡〕 ○十五夜の供えものをさげてもらうと、カイコがあたる 〔埼玉県大里郡〕 ○十五夜によその家の供えものを盗ってくると運がよい。また、逆に盗られた家では運が悪い 〔埼玉県北埼玉郡〕 【解説】一般的には、盗るほうも盗られるほうも吉とする伝承が主体ですが、この事例では盗る行為そ  のものが重視された内容となっています。 ○十五夜の晩には、供えものや柿の木の柿を盗んでも罰があたらない 〔埼玉県北埼玉郡〕 ○十五夜の供えものを盗んで食べるとよいことがある 〔埼玉県北本市〕 ○十五夜の供えものを盗られた家では、カイコがよくあたる 〔埼玉県比企郡〕 ○十五夜の団子を盗んで食べるとよいことがある 〔千葉県野田市〕 ○十五夜の供えものを盗んでくるとよい 〔千葉県我孫子市〕 ○十五夜の供えものは盗られたほうがよい 〔千葉県八千代市〕 ○十五夜の供えものを盗むと風邪をひかない 〔千葉県印旛郡〕 ○十五夜の団子を一つ盗んでくると、その家は栄える 〔千葉県印西市〕 ○子どもが十五夜の団子を盗むと縁起がよい 〔千葉県香取郡〕 ○十五夜の供えものを子どもたちが持って行かないと「今年はよくないことがある」などと言った 〔東京都西多摩郡〕 ○十五夜の供えものは早く盗られたほうが富がくる 〔神奈川県秦野市〕 ○十五夜の晩には、よその家のブドウやカボチャをとってもよい 〔長野県諏訪郡〕 ○十五夜の供えものは子どもたちに持っていかれたほうがよいことがある 〔岐阜県揖斐郡〕 ○十五夜の日は、どこの家の柿や栗でも取って食べて構わない 〔宮崎県延岡市〕


タナバタと気象

タナバタと気象の関係では、当日の天候について注目した伝承が各地に分布しています。これらは、日 本のタナバタ行事の複雑な側面をさぐる手がかりとして、重要な役割をもっています。 《事例》 ○タナバタには雨が降りやすい 〔栃木県下都賀郡〕 【解説】タナバタの日の雨に関する伝承には、「降ったほうがよい」とする内容と「降らないほうがよ  い」とする内容の二つのタイプがあります。旧暦7月は旱魃に見舞われやすい時季であり、農家にと  ってはたとえ三粒でもよいから雨が降ってほしいという切実な願いが込められた伝承といえるでしょ  う。このタイプは、日本在来の伝統的な要素をもつタナバタ行事と深いかかわりをもっています。 ○タナバタには、雨が降らないほうがよい 〔埼玉県秩父市、秩父郡〕 【解説】タナバタの雨に関するもう一つのタイプですが、この伝承の背景には、在来の伝統行事に中国  伝来の二星説話や乞巧奠、あるいは天人女房に代表される天の川の説話などが習合した信仰の複雑さ  がみられます。 ○タナバタには、たとえ幾粒でも雨が落ちたほうがよい 〔埼玉県入間郡〕 ○タナバタに雨が降れば天の川がひらくので、この日は雨が降ったほうがよい 〔埼玉県所沢市〕 ○「タナバタには雨が降る」と言われているが、できれば降らないほうがよい 〔埼玉県所沢市〕 【解説】本来であれば雨が降る、あるいは降ってほしいと願うところを、あえて「降らないほうがよい」  としている点が注目されます。ここにもタナバタ行事に伴う信仰の複雑さを垣間みることができます。 ○タナバタの時期が日照りのときは「たなばた降れ」といい、逆にお湿りのあるときは「たな ばた晴れろ」という 〔埼玉県所沢市〕 【解説】農家にとっては、これが正直な見方、つまり本音ではなかったかと思われます。時と場合によ  って、雨に対する期待は変化するものであることをよく表しています。 ○タナバタに雨が降ると、天の川があふれて女神と男神が逢えなくなるので、タナバタには雨を降らせ  たくない 〔埼玉県比企郡〕 【解説】この事例では、在来のタナバタ神を祭る信仰に牽牛・織女の二星説話が習合したことで、結果  的に雨を降らせてはならないとする伝承に変化したものと考えられます。 ○タナバタ祭りには必ず雨が降る 〔埼玉県比企郡〕 ○タナバタには、たとえわずかでもよく雨が降ったものである 〔埼玉県岩槻市〕 ○タナバタに雨が降ると、天の川があふれて(二星が)行き逢うことができない 〔埼玉県北埼玉郡〕 【解説】この事例は、明らかに二星説話にもとづいた伝承となっています。 ○タナバタの日は天気の荒れ日なので、荒れないように祈る 〔埼玉県入間郡〕 ○8月6日(タナバタの前日)の晩に雨が降れば、その年は病気が少ない 〔埼玉県久喜市〕 【解説】この事例は現行暦による月遅れの行事であり、雨の伝承そのものが本来の意味を失っています。 ○タナバタには、三粒でも雨が降る 〔埼玉県幸手市〕 ○タナバタに三粒でも雨が降れば、その年は雨が多い 〔埼玉県北葛飾郡〕 ○タナバタの頃には「七夕荒れ」といって、雨が降ったり風が吹いたり天気が荒れるものである 〔埼玉県北埼玉郡〕 ○タナバタに天の川がよく見えると照り月で、見えないときは雨が降る 〔東京都西多摩郡〕 【解説】天の川の状態から天候を卜う伝承は、調査記録ではほとんど類例がありません。 ○タナバタに雨が降ると、天の川が溢れて男神と女神が会えなくなる 〔長野県塩尻市〕 ○分けてもらったタナバタの笹を家に飾っておくと雷が落ちない 〔岐阜県岐阜市〕 ○タナバタに雨が降ると、天の川が流される 〔徳島県阿南市〕


タナバタと竹

竹に関する伝承は、行事が終了した後の処理について説明したものが主体です。時代とともに竹のもつ 本来の意義が希薄となっている事実を考えますと、処理に対する考え方にも大きな変化がみられるよう です。 《事例》 ○タナバタの竹を川へ流すとき、先端を欠いてしまうと縁起がよくない 〔群馬県邑楽郡〕 【解説】竹は、本来神聖な場に立てられるもので、そこは神が降臨する特別な領域を示すものでした。  そういう意味で、竹の先端は、もっとも重要な部分となります。旧来の考え方が生かされている事例  といえるでしょう。 ○タナバタの竹は、その年に芽を出した新しい竹を使う 〔東京都東大和市〕 ○タナバタの笹竹は、早く流さないと親に会えない 〔東京都西多摩郡〕 【解説】具体的な伝承として表れてはいないものの、タナバタ行事のあとで竹を川や海へ流す事例が多  く報告されています。盆行事とのかかわりでは、迎えた神あるいは祖霊などを送るという考え方があ  り、同時に穢れを流す祓えの性格も指摘されています。


タナバタと馬

タナバタ馬は、タナバタ行事に際して作られる馬や牛などの総称ですが、この行事特有のものではあり ません。関東地方では、利根川流域などで濃密な分布を示し、これらの地域では、馬にかかわる伝承が 多く記録されています。 《事例》 ○タナバタの夜は、タナバタ馬がキュウリや豆の畑を歩きまわるので、人間は入ってはならない。もし  入ると、驚いた馬がツルにからまってしまう 〔埼玉県川越市〕 【解説】タナバタ行事で製作される馬は、東日本を中心に西日本の一部でもみられますが、地域や材料  によりさまざまなタイプがあります。これとは別に盆行事における馬の製作があり、こちらは祖霊の  乗りものとしての性格が強く表れています。在来のタナバタ行事が盆行事と一体であった経緯を考え  れば、タナバタ馬の母体は盆行事にあったとみてよいでしょう。 ○タナバタのマクモ馬は蔵の外にある柱にしばり付けておき、もし子どもなどが川でおぼれたときには、  この馬を燃やして煙にあてると水を吐いて助かる 〔埼玉県比企郡〕 【解説】この事例のように、馬が人を蘇生させるという伝承は利根川中・下流域に広く分布しますが、  こうした考え方の底流には、馬そのものではなく、その材料であるマコモやチガヤ、藁といった素材  に秘められた呪力が大きな意味をもっているものとみられます。 ○8月7日の午前中は、馬が小豆畑に入ってあばれるので2頭の手綱をしっかりと結んでおく。だから  その間は、人が小豆畑に入ってはいけない 〔埼玉県比企郡〕 ○タナバタのあと、マコモ馬は屋根の上に投げあげておくが、もしどこかの子どもが水におぼれたら、  このマコモ馬を燃やして体をあたためてやると生き返る 〔埼玉県東松山市〕 ○川でおぼれた人がいたら、屋根に投げあげておいたタナバタのマクモ馬を燃やして体をあたためてや  ると、その人を助けることができる 〔埼玉県幸手市〕 ○もし、川で人が沈んだようなときは、タナバタのマクモ馬を燃やしてやると、その煙によって人が助  かる 〔埼玉県北埼玉郡〕 ○タナバタのマクモ馬を自宅の軒下につるしておき、もし川や沼でおぼれた人がいたら、この馬を燃や  してあたためてやると助けることができる 〔埼玉県行田市〕


タナバタとネムノキ

タナバタ竹にネムノキの葉を添えたり、葉で眼をこすったり、葉を入れた水で顔を洗うと眠くならない という伝承が東日本を中心に局地的に分布しています。これは、睡魔を払う信仰の一つで「眠り流し」 と呼ばれれます。東北の夏祭りでは、青森のねぶた祭りや秋田の竿灯などが有名ですが、これらも本来 は眠り流しにもとづく夏越しの祓えの行事でした。関東地方では、埼玉県西部などに分布する習俗で、 いくつかの伝承が記録されています。 《事例》 ○タナバタの日は、メブタ(ネムノキ)の葉を洗面器に入れて顔を洗うと眠くならない 〔埼玉県秩父郡〕 ○タナバタの朝に、ネブタ(ネムノキ)の葉を入れた水で顔を洗うと病気にならない 〔埼玉県秩父郡〕 ○タナバタの日に縁側に飾ったネブタの枝が、しなびればしなびるほどカイコの値が高くなる 〔埼玉県秩父郡〕


タナバタと暮らし

タナバタの日には、ネムノキ以外にも各地でさまざまな習俗が行われていました。水浴びもその一つで すが、もとは夏越しの祓えの行事の一つで、穢れを流すことが主眼でした。中部地方を中心としたタナ バタ人形なども、ひとがた人形による祓えを基礎としています。 《事例》 ○8月7日に子どもたちは家で赤飯を食べたら海へ行って水浴びをし、これを7回繰り返す 〔青森県西津軽郡〕 ○タナバタの朝に七回水浴びをすると、からだが丈夫になる 〔埼玉県秩父郡〕 ○8月7日には、七夕さま(男星と女星)がササゲ畑で逢うことになっているので、この日はササゲを  収穫してはいけない 〔埼玉県所沢市〕 ○タナバタには、里芋の葉にたまった露を集めておき、これで髪を洗うとオリヒメのようなきれいな髪  になる 〔埼玉県鶴ヶ島市〕