Japanese style


1995年06月08日

SION (水戸サントピア)
 MITO MUSIC CORE SPECIAL 

 シオン・アコースティック・ツアー。
  
1993年12月03日

SION (渋谷公会堂)
 I DON'T LIKE MYSELF TOUR
 
 しぶこうのSION。
 クリスマス・プレゼントかな。 

1993年06月13日

SION (日比谷野外音楽堂)
 STRANGE BUT TRUE LIVE 
     
 SIONの野音。野音のSION。
 「ギターを弾けー」という野次に、ずっこけていた。
 俺は、ベースの早川氏に「ハ・ヤ・カ・ワ・−」と叫んだ。
 かっちょいい重いベースだった。 

1992年06月28日

THE PRIVATES (日比谷野外音楽堂)
  HONEY DROP TOUR 

 延原は元気。
 エネルギッシュなステージだった。 

1992年06月27日

マルコシアスバンプ新宿パワー・ステイション
 ベースは、佐藤。 
 マルコシアス・バンプの秋間氏に会いたくて仕方なかった。

1991年11月08日

上田正樹とサウス・トゥ・サウス (川崎クラブチッタ)
 MUSIC WANDERLAND 伝説はいま作られる サウス・トゥ・サウス復活ライブ 
     
 ほんとに、見たかったS2Sが、よみがえった。
 信じられないまま、クラブチッタに行った。
 熱くて、凄いライブだった。

 最後に、きー坊は「行ったらんかい、なんぼのもんじゃい!」と叫んだ。
 ロケンロールのかたまりが、俺の胸に突き刺さった。 

1991年09月22日

エレファント・カシマシ (日比谷野外音楽堂)
  エレファント・カシマシ・ライブ 
     
 凄かった。
 お客さんは、全員すわったままで、1曲ごとにきちんと、拍手をしていた。
 俺もつられて、律儀に拍手した。  

1991年06月22日

MARCHOSIAS VAMP (川崎クラブチッタ)
 クラブ・サーキット 91 

 グラム・ロックど真ん中。  

1991年06月08日

BO GUMBOS (日比谷野外音楽堂)
 ボ・ガンボスのマルディグラ 

 客は、タイコや笛など「鳴り物」持参で入場する。たまげた。
 会場は「お香」の匂いが充満していた。たまげた。

 どんとの熱い魂が、伝わる良いGIGだった。

1991年04月25日

麗蘭 (宇都宮市文化会館 小ホール)
麗蘭との夕べ 

 この日、大ホールでは「米米クラブ」のコンサートがあり、間違って最初はこっちにならんでしまった。
 ものすごい客で、麗蘭って人気あるなー、と思った。実際は小ホールで、こっそりやった。
 なかなかのブルーズ・ショウだった。  

1991年01月28日

Shady Dolls (茨城県立県民文化センター)
水戸どさまわり。 
     
  「Baby、転がせ」 
  客は半分、当日券で真ん中位の席だった。
  だけど、2本のギターがリフとリードを、入れ替わったりして、なかなか達者だった。大矢の声も太くて強い。  

 
1990年12月06日

Ann Lewis (勝田市文化会館)
 A・A・・OH! LIVE 90-91 
     
 「ASIAN BLUE」がよかった。魂が入ってた。デカパンのギターの音は太かった。 
 アンコールは、ツェッペリンの「ROCK'N ROLL」これが一番燃えたりして。

1989年09月30日

憂歌団 (茨城県立県民文化センター )
  憂歌団ドサまわり。
 
  いつも、リラックスして汗びっしょりのステージをかます。えらい。 
 
1989年05月29日

THE BLUE HEARTS (東京: 国立代々木競技場第一)
 ON TOUR 
 代々木のブルハ

1989年03月20日

中島みゆき (茨城県立県民文化センター )
 1989コンサート −野ウサギのように−ツアー

 友人たちが、勝手にセットして、行く羽目になった。
 音響のセッティングも悪く、手抜きでやってやがる、と感じた。
 それでも、坊主の中学生が泣きながら、聞いていたので絶句。
 おれも、早く帰りたくて、泣きたかった。  

1988年12月19日

THE BLUE HEARTS  (茨城県立県民文化センター) 
 パイナップルの逆襲ツアー。 
  ヒロトの声とことばが、突き刺さる。 

1988年06月14日

LOUDNESS (水戸市民会館)
 LOUDNESS JAPAN TOUR ’88 
     
 途中で、腕を突き上げるのが疲れてさぼっていたら、ボーカルに指差されてしかられた。
 それで、途中で右腕と左腕を交換しながら、のったふりしていた。 

 この日以来、「2度とヘビメタは聴かない」と心に決めた。  

1987年06月27日

憂歌団 (茨城県民文化センター小ホール)
 ライブツアー1987 

 開演前、ボーカルの木村さんは、酒屋でビールを買って俺達のたむろする、ロビーを横切って、楽屋へ歩いて行った。

 あっけに取られるお客さんたちに「えへっ、まいど、おおきに」と笑顔を振りまきながら、スタスタ歩いて行った。
 なんてフランクなバンドなんだろう。

1985年10月06日

憂歌団 (水戸市サントピア7F サウスコア)
 内田勘太郎のカルピス瓶のスライドギターが聴けた。 
 パチンコでは、ずいぶん盛り上がった。

1985年12月01日

渡辺貞夫    (茨城県民文化センター)
  「ニューグループとともに、NYから」 
  マイ・ディア・ライフなんかを聴いたような気がする。 

1984年09月27日

上田正樹 (茨城県民文化センター小ホール)
 「東京エキスプレス」なんかをやってくれたような気がする。 


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