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心理療法の常識
―心理療法士の実践マニュアル
 












 
定塚 甫/著
出版元: 社会批評社 
四六判 343頁 並製
本体2800円+税
ISBN978-4-916117-85-4
C0011

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はじめに
 心理療法といえば、ある種の特別な技法を修得しなければならない療法と考える向きも多い。しかしながら、この「療法」という名称が付いているゆえに、特殊技法として取り扱われるのであろうが、この療法というのは、ただの「人と人との付き合い方」を医療機関であったり、心理相談室であったり、いわば臨床と呼ばれる場面で、「常識(Common sense)」に基づいて、来談者への「心の援助」を行う行為である。
 それゆえ、心理療法というのは、必ず「常識」という平均的思考に基づいて、心の援助がなされるため、これを担う人間(時には、動物もこれを担う。アニマル・セラピーという)は、人間社会における最低限の「常識」というものに目を向けていなければならないと思われる。しかし、この「常識」という最も規定困難な代物に、全ての身を任せることを強調するわけではない。これを強調するあまり、来談者にこの規定困難な私的な「常識」を押し付けるなどという愚行を行うのは問題外である。
 それでは、一体、何ゆえ「常識」などというきわめて規定し難いものを習得しなければならないのだろうか。答えは簡単である。来談者が、何らかの援助を求めているゆえ、これを受け止める心理療法士という存在は、何がしかの「基準」になるものを持ち合わせていなければ、混乱した来談者と混乱した心理療法士との間では、さらに混乱を来すということである。それゆえ、是が非でも来談者を受け止める心理療法士は、何がしかの「常識」という得体の知れない基準を念頭に持つ必要が出てくる。
 この「常識」という概念については、既に、木村敏が著書『異常の構造(註1)』で詳細に述べているので、ここで繰り返すこともあるまい。彼は、この「常識」という概念を全く正反対の「異常」という概念から論じ、規定している。簡略に記すなら、この「異常」というのは、「平均的概念から著しく除外される状況」として規定している。Common senseから、著しく離脱した状況とも表現される。
 簡略に表現するなら、来談者は、さまざまな基準の「常識」の世界に生活している人たちである。そして、彼らは、自らの「常識」を極端に言うなら、「世界の常識である」と信じていることが少なからずみられる。もし、彼らの常識なる状況と、心理療法士の持つ常識とがぶつかり合った場合、初回から別離ということになりかねない。
 それでありながら、心理療法士に求められる「常識」というのは、一体、いかなるものであろうかということを然るべき概念として持ち合わせなければならないのが、心理療法の基本的な取り組みである。
 ところで、ここで誤解を招きやすいのが、「常識」と「保守」である。全くディメンジョンの異なる「保守」と、ここで提示していく「常識」との混同は、厳に避けて学ばれんことを切に願う次第である。
 本書では、この「常識」という当たり前であり、当たり前とはならない得体の知れぬ概念を基礎に、心理療法の基本を提示していく。
 心理療法士たるものは、このような、あたかも哲学のごとき理念を維持しながら、来談者という人間の心を扱うべく心理療法に取り組むのを生業とする。
 心理療法士の一言により、来談者は生きていくことも、死んでいくこともあり得る。心理療法士は、ただただ「常識」を守りつつ、来談者の心の安寧を願うのを常とすべきであろう。
 多数見られる「心理療法」についての書籍の中で、著者は幸いにして近遠を問わず、木村敏、中井久夫、メダルト・ボス、パウライコフ、ドラ・カルフなどの高名な諸氏から、実践的に学ぶ機会を積んでいる。しかし今日、これらの諸氏から体験した心理療法とは、あまりにも遠い見解が、あたかも常識のごとく多く見られるため、あえてこの度、1冊のマニュアルを書き記す決心をせざるを得なかった(註1〜9)
 今日、「受容」「支持」そして、「保証」という、基本的・常識的な心理療法技法が通用しない社会になっていることは、現場の心理療法士であれば、十二分に受け止めているはずである(「傾聴」「受容」「保証」という考え方もあり、著者はこれを否定するものではない)。
 そのような社会にあって、未だ確固とした法的なバックアップを与えられないまま、心理療法士に求められる業務は増える一方という中で、1人でも多くの心理療法士が社会の要請に従い、病める人たちへの援助をされんことを願いながら、この執筆に及んでいる。他方では、増えすぎる心理療法士という問題も出てきている。
 本書は、いわば「いつでも潰しのきく心理療法士」、すなわち、いずれの機関であっても、然るべき心理療法士として生きていけるために書かれた。いつの時代にあっても、どのような場面に出会っても、「役に立つマニュアル」とならんことを願ってやまない。
 なお、医師不足の今日において、特に心療内科、精神科医師の補完物として心理療法士を代替として雇用しようとする動きがある。しかし、心理療法士のアイデンティティを考えるとき、決して、医師の補完物ではなく、ティームの一員を構成する重要な役割を持つ業務である。したがって、本書を読まれた人々が、そのような心理療法士となられることを願ってやまない。
                                            著 者
 
第1部  心理療法の常識  目 次
 
はじめに  12
第1章 インテーク(初回)面接における常識    17
  第1節 来談者を迎える  18
   (1) 初対面の挨拶と対応 19  
   (2) 来談者へのねぎらい 19
   (3) 心理面接室への案内 19
   (4) 心理面接室への入室 20
  第2節 来談者を受け止める  22
   (1) 来談者の着席より 22
   (2) 初回面接の流れを作る 23
   (3) 来談者を受け止める 25
   (4) 心理療法士が受け止める内容 25
 
第2章 2回目以降の心理療法の常識    37
  第1節 2回目以降の心理療法  37
   (1) 2回目以降の来談者と心理療法士 37
   (2) 再来時の基本的な対応 39
   (3) 2回目の心理療法への心構え 41
  第2節 3回目以降の心理療法  48
 
第3章 心理療法の流れと心理療法士の常識    51 
  第1節 心理療法の流れとは  51
  第2節 心理療法の流れを作るための常識  55
   (1) 時間という常識 55
   (2) 心理療法の時間の流れ 57
   (3) 心理療法の流れを妨げるもの 62
 
第4章 心理療法士が交代するとき    91 
  第1節 心理療法士の交代の要因  91
   (1) 心理療法士としての基本的常識 91
   (2) 心理療法士の退職事例 93
  第2節 心理療法士としての習得課題  106
   (1) 心理療法士としての身体医学の学習 106
   (2) 来談者と心理療法士の不一致 114
 
第5章 心理療法士のプライヴァシー    121
  第1節 心理療法士の心の防衛  121
  第2節 心理療法士の私生活の防衛  125
  第3節 心理療法士の引き継ぎにおける自己防衛  131
  第4節 心理療法士と医師のプライヴァシーの違い  134
 
第6章 心理療法士の学習態度    141
  第1節 心理療法士の学習期間について  141 
  第2節 心理療法士は現場で学ぶ  146
   (1) 心理テスト 146
   (2) 面接での学習 150
   (3) 遊戯療法 156
 
第7章 心理学は変化する    163
  第1節 発達心理学の変化  163
  第2節 今日の発達心理学  170
  第3節 非常識が常識になった結果  172
結 語 心理療法士の任務  176
 
 
第2部  心理療法の常識  目 次
 
はじめに  182
第1章 カウンセリングと来談者中心療法    187
  第1節 来談者中心療法の常識的概念  187
  第2節 カウンセリングとは  188
  第3節 カウンセリングの技法  189
 
第2章 来談者中心療法    195
  第1節 非指示的療法  195
  第2節 来談者中心療法  195
  第3節 人間中心アプローチ  197
   (1) バージニア・アクスライン 197
   (2) 遊戯療法 198
   (3) 遊戯療法の発展 199
   (4) ユージン・ジェンドリン 204 
 
第3章 精神分析と心理療法    205
  第1節 精神分析の基礎知識  205
   (1) 思春期の不安を訴える16歳の少女A 206
   (2) フロイトの精神分析学 212
   (3) フロイトの治療過程で生じるとされる現象 214
   (4) フロイト治療の技法 216
   (5) 精神分析学派 217
   (6) 分析心理学派 218
   (7) 分析心理学 218
  第2節 ユング心理学の基本概念  219
   (1) 連想実験とコンプレックス概念 219
   (2) 魂の意味と分析心理学の成立 226
   (3) 精神分裂病における意味の発見 227
   (4) 無意識の研究とフロイトとの交流 228
   (5) 目標喪失と新しい理論の構成 230
   (6) 分析心理学の成立 231
   (7) ユング心理学の影響 232
   (8) リストカット 233
 
第4章 現存在分析と心理療法    235
  第1節 現存在分析の基本理念  235  
  第2節 現存在分析の技法  236
  第3節 現存在分析の具体例  239
  第4節 現存在分析についての考察  246
 
第5章 心理療法の総論    251
  第1節 心理療法の技法と基本理念  251
   (1) Aに分類される伝達・交流形態→治療法 257
   (2) Bに分類される伝達・交流形態→治療法 258
   (3) Cに分類される伝達・交流形態→治療法 259
   (4) Dに分類される伝達・交流形態→治療法 260
  第2節 認知行動療法  260
 
6章 芸術療法    263 
  第1節 芸術療法の目的  263
  第2節 芸術療法の種類  264
   (1) 絵画療法 265
   (2) 音楽療法 276
   (3) その他の芸術療法 298 
 
第7章 箱庭療法    319
  第1節 箱庭療法の歴史  319
  第2節 箱庭療法の実践  321
   (1) 揃えるべき道具 321
   (2) 箱庭療法の実践にあたって 324
   (3) 箱庭療法の分析 328
   (4) 箱庭療法不適応及び禁忌 333 
 
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