焦がれる  

  ◆焦がれる   「不景気な面してんなよ」   ラバナスタ、砂海亭の片隅。 バッシュは、一人グラスを傾けていた所に、聞きなれた声を聞いた。   「そうか?」   皮肉な笑みを浮かべた空賊が、自分の隣の椅子に座る。   「あぁ、まるで坊さんみたいだぜ」   その言葉に、自然バッシュの顔に苦笑が浮かぶ。 久しぶりに歩いた街。 しかし、何度訪れても、変わらない。 人々から漏れ聞こえる怨嗟、帝国への怒り、無くしたものへの悲しみ、それら全てが己へ突き刺さる。 強く握られた拳は、役に立たなかったモノ。 今度こそとは思っても、既に悲しみが目の前にある。 それを作り上げたのは自分だと、受け止めてはみても、何ら変わらない。 そんな思いのまま、不敵な笑みを浮かべる空賊を見つめた。   「今度こそはと思っているのだがな……」 「なら、過去は忘れろよ」   唖然としてバルフレアを見る。   「ツラに出さず、態度にも出さず、自分の心の奥底に押し込めて、時が過ぎるのを待て」   バッシュは、その言葉に目を見開く。   「前だけを見ていれば、前に動けば……忘れる」 「そ、それは…」 「終わった過去は変えられないんだ。あんたが、いくら懺悔をしたとしてもな」   酷く厳しい言葉。   「君は、そうしているのか?」 「あぁ…、時を過ぎるのを必死になって、待ってる」   そんな様子を微塵も見せない笑みは、普段のバルフレアそのものだった。   「……それも、辛い生き方ではないか?」 「あんたみたいに、素直に受け止めるよりは。逃げた方が俺にとっては、万倍楽なんだよ」   バッシュが、小さく笑う。   「本当にそう思っているのか?」   バルフレアの言葉は、バッシュにとって、粋を好み、洒落た立ち居振る舞いをする事を自分に課しているように聞こえた。それは、決して逃げているようには、見えない。   「まぁな」   バッシュの言葉に含むものを感じ、初めてバルフレアの眉間に皺が寄る。しかしそれは、ほんの一瞬。 バッシュは、折角相手をしてくれているバルフレアを怒らさないよう口を閉じ、心の中で、本当に大変そうだと、洩らす。   「なぁ…」   肘をついたバルフレアが、楽しそうに見上げてくる。   「なんだ?」 「勉強になっただろ?」 「そうだな」 「礼が、欲しいねぇ」   楽しそうに口の端があがるバルフレアとは対称的に、バッシュは訝しげな表情を浮かべる。   「空賊は、ただ働きしねえよ」 「何が望みだ?」   あまり手持ちは無いがと、続く生真面目な言葉に、バルフレアの笑みは深くなる。   「金じゃない。なぁ、目を閉じてくれないか?」 「?…あぁ」   バッシュは、理解出来ない要求に首を傾げながらも、素直に瞳を閉じた。 バルフレアが立ち上がる気配がする。 閉じた瞳の中で、バルフレアの影が顔にかかるの感じた。 唇に吐息がかかり、暖かいものが触れる。 それが口付けだと頭が理解した瞬間、もの凄い勢いで目を開いた。 あまりの近距離に、目の前の像が結ばない。   「ついでに、口を開けてくれると嬉しいんだがね」   それを促すかのように、バルフレアの舌がバッシュの唇を辿る。   「バッ、バルフレアっ!」 「ん〜?」   まるで、美しい女性に対しているような、色気のある声音。   「わ、わ、私に対して、そそそそんな声を出してどうするっ!」 「あんたに出さなくて、誰に出すんだい?」 「ババババババ、バルフレア?」   バッシュには、酷い悪ふざけにしか思えない。かろうじて声は出していたが、体は硬直したまま。   「あーあの程度の助言じゃぁ、キスまでが妥当か……、ま、これから頑張るとしましょうかね」   楽しそうに離れていくバルフレアは、そのまま立ち上がった。   「ガキが心配してる」   バッシュに、手が差し伸べられる。   「帰るぜ」   無理やり腕を取られ、立たせられる。   「あ…あぁ」   なんとか声を絞り出し、ぎこちなく足を踏み出す。 まるで、今あった事が夢だったかのように、バルフレアの態度の変わりなさに、バッシュは、困惑していた。   「あ…あのだな…」 「ん?」 「あ…あれは何だ?」 「将軍様は、キスを知らなかったのか?」   未だ腕をつかまれ、バッシュはバルフレアに遅れないよう、足を前に出す。 既に、店は後方で、二人は、暗い街の中を宿屋に向かっていた。   「それとも、強請ってる?」   振り向きざま、バルフレアは立ち止まった。 同じように立ち止まったバッシュは、どう答えていいか分からず、バルフレアの顔を困ったように見ている。 夜中と言っていい時間。しかし、未だ人は途絶えず、立ち止まった二人を避けるように、歩いている。 ただ、自分の事しか見えない不幸な街の住人達は、大の男が二人見詰め合っていても、咎めるどころか、目にも入らない様子で通り過ぎていった。   「私は、あのような冗談を、どう返していいか分からんのだ」   だから、勘弁してくれと、バッシュは、無骨な武人そのままの言葉で率直に伝える。 その言葉に、態度に、バルフレアの目がまるで眩しいかのように眇められた。   「あのなぁ、俺は女が好きで、今まで色々口説いてきたけど、男はあんたが初めてなんだ。  遊びなんかでも、冗談でもない。俺は、あんたの心も体も全部欲しいんだ」   酷く焦がれるような瞳が目の前にある。   「なぁ、バッシュ。俺から逃げれると思うか?」   二人ともまだ、動かない。 ただ、バルフレアの瞳は、より焦れたように、バッシュを見つめている。   「……逃げられるとは、思わんが………」   相手が真剣だというのは、瞳を見て十分に理解したが、それに答える術をバッシュはもちえない。 男同士という事よりも、出会ってそれほど時間がたっていない事よりも、ただバルフレアがそう言う事が、あまりにも意外で、困惑するしかなかった。   「すまん…私には、分からない」   くすりとバルフレアが笑う。 最悪、拒絶される事、嫌悪される事が怖かったが、そんな感情は見られなかった。 静かに手を伸ばす。 頬に触れる−驚いたように、バッシュの体がぶれた−胸が苦しい。心臓が壊れそうなほど、煩く騒いでいる。   「ありがとうな」 「…バルフレア?」 「これから、分かってもらうさ」   今度はバッシュの掌を握り、再び歩き出す。 手がやけに熱くて、汗をかくのが、酷くみっともないと思う。 バルフレアの口元には、苦笑に似た笑みが浮かぶ。 図体のでかい男同士が手を繋いでいる時点で、みっともないのは今さらだと、気にしない事にした。   「バッシュ」 「な、何だ?」 「俺があんたを強姦する前に、分かってくれよ」 「…分からないままだと、私は強姦されるのか?」   その言葉に、バルフレアは楽しそうに笑い出す。   「あぁ、される」 「それは困るな…」 「だろ?」   変わらぬ生真面目な答えに、バルフレアの笑いは止まらない。   「必ず答えを出す。少し待ってくれ」   バルフレアは、それに答えようとした時、「強姦されたら、次の日動けそうにもないからな…」という呟きが聞こえた。 不覚にも、膝がぬけそうになる。 次の日、動けるのなら、強姦されても構わないと、バルフレアには聞こえた。   「……バッシュ?」 「どうした?」   変わらない瞳と声が返ってくる。 バルフレアは、一瞬見惚れて、爆笑した。   「……あ…あんた…最高っ!」   バッシュの肩を、ばんばん叩く。   「俺、あんたに惚れてよかった…」   カッコつけとしか言いようの無いバルフレアの表情が消える。 まるで子供のように、嬉しそうに笑う顔を、バッシュは呆然と見つめた。   「…そうか?」   バッシュは、それしか言えなかった。   -End-  

     

  「無ければ自分で作れ!」という同人先輩の言葉を実行したなりよ。 や、検索してみたら、結構あって、こじんまりした、Cityになかっただけかな?とは、思っているんですけどね……なにせ私…茨道しか闊歩していない私……不安になって書いてみたりしてみました。 初書きのバルバシュ、どうでしょう? これを元に、これ以前と、これ以降をあわせて、夏に一冊作ってみようかと……。   FF12に関しては、カプものは書かない予定だったのになー…前言撤回の多いサイトだ…orz

  07.01.12 未読猫