An opening… 2  

  ◆An opening… 2   シドの部屋を出て直ぐ右手の扉を入ると、そこにはベッドが二つ、その上にはパジャマ、そして真ん中にあるテーブルの上には、食事が綺麗に並べてあった。   「お前が用意したのか?」 「はい」 「凄いな…」 「あ…でも、私が料理した訳じゃないですから」 「それでも、凄い。よほどおやじさんに手間がかかるのだな」 「はい!」   その元気の良い返事に、くっくとバッシュは笑う。   「あの…さめてしまいます」   笑っているバッシュの手を引っ張って、椅子に座らせる。   「はい」   おしぼりを渡された。 父親にしっかり鍛えられているなぁと、また感心する。   「ファムラン、俺は気にしなくていいぞ。ちゃんと食べる。  お前も食べるといい。腹が減っただろう?」 「はい!」   小さいバルフレア。 まるでラーサーのような口調。 だが、変わらないものもある。 笑顔。 優雅な仕草。 瞳の強さ。 世話好きな所。 バッシュは、自分がバルフレアと話している時のような口調になっているのに気づいていた。 小さくても、自分に与える影響は変わらないのだなと、またクスリと笑う。   「ファムラン」 「はい?」 「いつも、そんな口調で話しているのか?」 「はい」 「お前はいくつだ?」 「11になります」 「だったら十分だろう?  お前ほど賢ければ、たまに俺のような口調を使っても、使い分けられるな?」   ファムランの瞳が丸くなる。 そんな見慣れない表情に、バッシュの鼓動が一つ高く打つ。 なるほど、ロマンだと思った。   「お…俺ですか?」 「俺か?だろう?」 「へ、変じゃない…か?」 「似合ってる」   バッシュは、光源氏計画を実行しているのに気づかない。無意識のうちに、目の前のファムランにバルフレアを求めていた。 そして、それが叶ったバッシュは、蕩けるような笑みを浮べて彼を見る。 ファムランは、それから視線を外す事が出来なくなった。   「どうした?食べないと冷めるのだろう?」 「…………」 「ファムラン?」 「……あ……は、はい」 「おうが、いいな」 「お、おう」   ファムランは、慌ててナイフとフォークを持ち、食べ物に視線を無理やり向けた。 そうすることが酷く辛い理由が分からない。 ずっとあの笑顔を見たいと思った。 心臓が煩い。 こんな事は初めてで、どうしていいか分からない。 ファムランは、食事に集中しようと、一生懸命ナイフとフォークを動かしていた。   「ファムランは、兄弟と仲がいいのか?」 「兄さ……ん達?」 「兄貴達。そうだ」 「お…おう、仲がいいよ」 「仲がいいぜ、だな」   光源氏計画進行しすぎ。   「バッシュも、兄弟が居る…のか?」 「あぁ、弟が一人居る」 「仲がいい…のか?」   語尾を探しながら、頑張るファムラン。   「そうだな……昔は良かった……が、今は………」 「バッシュ?」 「弟を置いて、俺一人離れて行ってしまったのをずっと怒っていた。  最後に、兄さんと呼んでくれたが………………ファムラン?」   小さな体が、座っているバッシュの頭ごと抱きしめていた。   「大丈夫…だ。兄さんって呼んでくれた…んだろ?  大好きな兄さんを嫌いになれる訳がない……」 「そうか?」 「そう…だ」 「バルフレア……」 「バル……?」 「いや……お前は、優しいな。ありがとう」   ファムランは、黙ってバッシュの背中を撫でている。 心地よさげに瞳を閉じたバッシュは、ファムランにほんの少し体重を預けている。 今まで、バルフレアにさえ言えなかった。 ノアの事。 彼の鎧を身に纏っているうちに、記憶が混乱してきていた。 最後に兄さんと呼んでくれたのは最後だからだったのか、それとも許してくれたのか、自分には分からなくなっていた。 彼の願いを、望みを、叶えたつもりではいるが、今ガブラスとしている事が、本当にノアの心に沿っているのかさえも自信がなくなっている。 死んでしまった。 時を止めてしまった。 もう彼の心は動かない。 牢獄の中に居て、ノアの憎しみをあまりにも受けすぎていた。 過去、二人で居た日々の記憶が、あまりにも遠かった。 それを、こんな小さな子供が癒している。 ようやく、最後に微かに微笑んだノアの顔を、「兄さん」と呼んだ声音を、ちゃんと思い出せた。 小さな体を抱きしめ返す。 子供でも自分の心が許したバルフレアなんだなと、酷く安心した。   「…すまんな」 「ううん」 「いいやだな。構わないさでもいいな」 「構わないさ!」   二人はクスリと笑って、食事の時間に戻った。       ファムランが綺麗に畳まれたバスタオルと寝巻きを持ってくる。   「そこが、シャワー室…だ」   バッシュは、慣れない言葉を一生懸命使うファムランに、笑いながら頭を撫で、手に持っている物を受け取る。   「ファムランも一緒に入ろう」 「え?」 「洗ってやる。おやじさんと一緒に入る事もあるだろ?」 「いえ…おやじ…とは、あまり入らな…い。というより、おやじは食事と同じぐらい風呂を忘れる…んだ」   ファムランの顔が曇る。 今から父親の方を無理やりシャワー室に入れた方がいいかもしれないと、考えはじめていた。   「おやじさんの事は気にするな、もう夜も遅い、一緒に入った方が時間の節約になるだろ」   バッシュは、ファムランの腕を取り、指し閉められた扉の方へずんずんと歩いていく。脱衣所も無い簡易シャワールーム。 扉の所で適当に脱ぎはじめたら、自分の脱いだものを一つ一つ取って、畳んでいるファムランがいた。 あの父親のおかげで、ここまでになるか11歳。 自分は、そんな事をさせる大人にならぬよう、慌てて畳み始めた。   目の前の小さな頭を洗う。 もう知っていた手触りだったが、子供の頃はもっと柔らかかったのだなと、じっくり堪能する。   「バッシュ…」 「目に入ったか?」 「いや…あの…次は俺が洗うから…な」 「あぁ、頼んだ」   コックを捻り、泡を流す。 金茶色の髪は、自分が知っているものよりずっと長く、前髪は額を隠していた。   「えっと……」   ファムランがきょろきょろと何かを探す。 それに気づいたバッシュは、黙って座り込んだ。   「あ……」 「俺は気にしないから」   簡易シャワー室に、座るものなどない。 少しタイルが冷たかったが、ファムランに洗ってもらうという楽しみにとって、些細な事だった。   「バッシュの髪…って……」 「ん?」 「そんなに硬くない…んだな…」   ファムランの小さな手が、器用に頭を泡だらけにしていく。 それが気持ちよくて、バッシュは自然と目を閉じた。   「俺も、こんな風にしたい……な」 「どうかな…お前の髪は、俺よりもっと柔らかいからな。  それより、今の長さで後ろに流した方が似合うと思うぞ」   振り向いて、ファムランの濡れた髪を後ろに流す。   「後ろはもう少し短くすると、すっきりするな」   光源氏計画進行中。穴の開いてない耳が、寂しいと思っていたりする。   「に、似合う…か?」 「あぁ」 「なら、そう…する」 「じゃぁ、そうする、かな」 「お、おう」   そんな言葉に、バッシュがくすくす笑う。   「難しい…んだぞ」 「そうか?お前なら大丈夫だと思ったんだけどな」 「……が、頑張る」 「頑張ってやる、かな」 「そ、それだと、偉…そうじゃない…か?」 「お前のおやじさんに、対抗出来るぐらいで丁度いい」 「………それは、いいかもしれない…な」   ファムランは、父親に普通な日常を行わせる為に、使ってみようと一つ頷く。 そんな空気を察して、これからの二人の会話が面白そうだと、バッシュはまたくすくす笑った。   「あの…バッシュ?」 「なぁ、かな。で、何だ?」 「俺も、剣を使えば、こんな体になれる…のか?」 「剣を使った事は無いのか?」 「銃だけ…だ」 「あれは、必ず怪我をさせてしまうし、居場所が分かってしまうのは不利だな。  剣も覚えた方がいい。  ファムランは、運動神経がいいのだろ?」 「…おやじが言った…のか?」 「あぁ」   聞かなくても、十分知っている。   「照準を合わせる必要もないし、その分相手の隙を突いて動ける。  人間の場所によっては、衝撃だけで勝手に倒れてくれるからな、怪我をさせる心配も無い。  明日、一緒に武器屋にいくか?」 「はい!…ぁ…おう!」   素直で嬉しそうな返事と、満面の笑みを見て、バッシュの瞳は細まる。 ロマンを実感中。   「後で、剣の使い方も教えような」 「おう!」                 ◇◆◇                 朝起きたら、腕の中にファムランは居なかった。 昨夜、小さなベッドをくっつけ、一緒に寝ようと彼を腕の中に抱え込んだ。 いつもなら、自分が腕の中に居る。 なのに、自分が彼を抱いている。相手が小さいのだから、自然とそうなったのだが、少しくすぐったかった。 子供らしく華奢な腕と足、酒じゃなく日向の匂い。 そんなものを堪能しているうちに寝てしまった。 ぼんやりと辺りを見回す。 気配は無い。 そこに、扉の開く音と鮮やかに気配が現れた。   「おはよう……」 「おはよう」 「食事を持ってき…た」 「食事だ、かな」   光源氏計画は止まらない。   「どうした?」   現れた表情は、酷く曇っている。 昨日のような晴れやかな笑顔が無い。   「あ…あの……バッシュ……」 「ん?」 「お…おやじが……」 「シドに何かあったのか?」   首が横に振られる。   「昨日と…同じ時間になったら……帰れるだろう……って……」   泣きそうな顔。   「帰らないと……ダメか?」   急いでテーブルに食事を置いた後、バッシュに走り寄る。   「ずっと、ここに居られない…のか?」   小さな手が、バッシュの寝巻きをぎゅっと握る。   「帰っては……嫌…だ」   一生懸命我慢していたものが、ぽろぽろと落ちていく。 それを、大きな掌が拭う。 そして、昨日言っていたようにオールバックにされた髪を静かに撫でた。   「また、会える」   首が強く横に振られる。   「時間はかかるが、絶対に会える」   それでは嫌だと、振られる首は止まらない。   「折角会えたのに………」 「そうだ。ここで会えたから、将来お前にもう一度会える事になるのだろう。  今は、どうしても帰らなくてはいけないが、次に会った時には、ずっと遊ぼうな」 「本当に?」 「あぁ、約束する」   諦めたような瞳を浮かべている子供を引き寄せ、頬にキスを落とす。   「それまでに、ちゃんと話せて、剣には慣れておけ」   驚いたような瞳が、バッシュを見つめたまま小さく頷く。   「さぁ、冷めてしまう前に食べるぞ。  その後、武器屋だ」 「お、おう!」 「そこは、あぁだな」 「あぁ!」   折角いい雰囲気?でも、光源氏計画を忘れないバッシュだった。                 ◇◆◇                 武器屋でファムランに合う片手剣を購入してから、ずっと剣の指導をしている。 昼は、ファムランが買っていた弁当を急ぎ食べ、止むことなく剣を振るった。   「とにかく動きだけ覚えてしまえ。練習なら後からいくらでも出来るからな」   ファムランは頷くだけ。 もう声を出す余裕も無い。 剣の交わる音と、ファムランの荒い息だけが聞こえる。   「ほら、脇をあけるな」   ファムランは、いいように転がされている。 それでも、すぐに起き上がり、必死な瞳をバッシュに据える。 しかし小さな子供の体力は限界だった。腕は震え、握力の無くなった手が剣を落とすのも間近。 バッシュは、静かに剣を鞘に収めた。   「…バッ…シュ?」 「流石に限界だな」   バッシュの掌が、ファムランの頭をポンと叩く。   「で、でもっ!」 「それに、時間だ」   ファムランの表情が歪む。   「またな」   ファムランの握っていた剣を取り、鞘に入れる。   「ファムラン?」 「……」 「次に会える時を、楽しみにしているからな」 「………」 「いっぱい、遊ぼうな」 「…………」   バッシュは、ギュッと一回抱きしめて離れる。   「何も言ってくれないのか?」 「……約束…だぞ」 「あぁ」 「ずっと…遊んでもらうから……な」 「あぁ」 「その時は、ずっと一緒…だ…ぞ」 「あぁ」   のろのろとあげた顔は、一生懸命笑おうとして失敗していた。   「また会おう、ファムラン」   そう言ってバッシュは踵を返し、ファムランと出会った場所に向かった。                 ◇◆◇                 再び青い光に包まれる。 その光が消えた後に、未だ雑然とした部屋とバルフレアが見えた。   「お帰り」 「…ただいま」   ファムランは、バルフレアになった。 あの泣きそうだった顔は無い。 楽しそうに口の端をあげている。見慣れた顔。 バッシュは、両手を伸ばし、バルフレアを抱きしめた。   「俺は、可愛かっただろ?」 「あぁ」 「ずっと、あんたの記憶が刻まれるのを待ってたんだぜ」 「待たせたな……」 「やっと、あんたに会えた…」 「大人になって、可愛い部分が無くなったと思ったが……そうでもなかったのだな」   あの時言った髪形、言葉使い、そして思い返せば自分が教えた剣技。 彼が剣を持つ度に、どこで学んだのか不思議に思っていた。 酷く自分の使う剣に似た動きをする。 今なら分かる。自分が一日かけて渡した。   「約束だっただろ?」 「守ってくれたのだな」 「あんたは、破ったけどな」   バッシュは驚いて、肩に埋めていた顔をあげる。   「ずっと一緒に遊んでくれると言っただろ?  ずっと一緒だとも言ったはずだぜ?  なのに、帝国に就職しやがって…」 「今も一緒に居るだろ?そのつもりだったのだが……」 「ファムランは、ずっと…毎日遊ぶつもりだったんだがな」 「……すまん」 「ま、いいさ。あんたが、俺のものだって事は間違いないからな。そうだろ?」 「あぁ、そうだ」   自然と視線が合い、顔が近づく。 唇が重なる。 たった一日だけの別離。いや、本人と出会っていたのだから、別離ではなかったのだが、この近い視線を欲していた。 腕の中にすっぽりと入っていた体が、今自分を収めている。 自分と同じくらい大きくなった手が、自分に触れている。 キスした柔らかかった頬には、一日分の無精ひげが伸びている。 一ヶ月くらい会えない時もあった。 今回はたった一日。 それでも、一日が凄く長く感じた。 彼が持っていた記憶を刻みつけた24時間という時間。 早く、今という時間を共有したかった。 同じ記憶を持ち、同じ目線を持った事が嬉しい。 バルフレアに、今の自分が会えた事が嬉しい。 そんな想いが、長い口付けに変える。   「ふ……」   小さな声が漏れる。 ちゅと音をたて、唇が離れた。   「随分と情熱的だな」 「したかったからな」   バルフレアの瞳が丸くなる。 そんな姿が、少し前まで見ていたファムランを思い出させ、変わってないのだなと思った。   「まさか、ファムランにこんな口付けをする訳にいかないだろ?」 「……そりゃぁ…やばいだろ」   相変わらずとんでもない事を、唐突に言い出すバッシュに、笑いがこみ上げてくる。 懐に手を入れ、出てきた封筒をバッシュに渡す。   「?」 「おやじからだ」 「っつ…」 「後で何が書いてあったか、教えろよ」 「あぁ」 「ったく、あのおやじ……、ドラクロアで会った時から、ずっと笑ってたみたいだぜ」 「は?」 「あんた、おやじと二人っきりの時、何を話した?  俺は、こんな恥ずかしい取説を見たのは初めてだぜ」   机の上にあった、分厚い冊子を投げてよこす。   「その手紙を読んだ後にでも、読んでみな」 「お…俺は、専門的な事はさっぱりわからんのだが…」 「そんな事はすっ飛ばしていい。要所要所にある、ロマンって言葉の前後さえ見れば分かるだろ」   バルフレアが忌々しげに吐き捨てる。 バッシュは、笑い出してしまった。 シドが言っていたロマン。 今の自分なら、それが十分に分かる。そして、取説の内容も少しは推測できた。   「俺も、ロマンを堪能したからな」   笑い声が漏れる。   「あんたまで言うのかよ」 「ファムランは凄く可愛かったんだ。  あの後、泣いたのか?戻って抱きしめたくて、しょうがなかったぞ」 「〜〜〜〜ちっ…」 「あれからの話を聞きたいな。  聞かせてくれるのだろ?」 「あぁっ!」   見たこともない、真っ赤な顔をしたバルフレアが居る。   「最初にお前がいった言葉が、やっと分かった…」             『十年以上も、あんたに恋してきた』         無理やりベッドに押さえつけられ聞かされた言葉は、酷く切ない声音だった。           -End-  

     

  ……ほんの日常?(時間移動しているって点以外は…)の描写ばかりでごめん。 でもね、そんな日常が、バッシュにとってちょっと幸せかなぁ?と思い。 相手が普段以上に年下の子供だけどね。 それでも、ドキドキしちゃうんだよ、天然将軍わ。恋してるねぇVv   ということで、終わりです。 でもね、二人がくっついた経緯とか、シドからの手紙の内容とか、この後の二人の会話とか、取説の内容とか書きたいんで、オフとかオンとかで、書くなりよ(^-^)v  

  07.06.18 未読猫