07.06.14 未読猫バッシュ! 見つけた!! 額の傷だけが目に入った。 随分と痩せて、髭や髪が伸びていたが、その姿を見紛うはずもない。 あの時の姿をした男もいたが、あまりに纏う空気が違いすぎる。 バッシュと、叫びだしそうになるのを、意思の力で押さえつけた。 独居房から邪魔なジャッジが消える。 バッシュしか居ない。 それでも声をかけずに前を素通りした。 「誰だ?」 見知らぬ者に問いかける声。 それに少し落胆しながらも、記憶したのと変わらない声に鼓動が跳ねる。 頭の中では、囚われた彼をどうやって自然に連れ出すか考えていた。 フランにも、ヴァンにも、自分の想いに気づかれたくない。 その時、ヴァンが怒鳴りだす。 機会(チャンス)。 そして、俺はバッシュと共に穴の下に落ちていった。 ◆An opening… 1 ダンボール箱と雑多な部屋とバルフレア。 バルフレアの目は心なしか据わっている。 動作は激しくのろく。 やってられるかという態度、500%。 「終わったか?」 そこに、ジャッジが一人入ってきた。 バルフレアは、振り向きもしない。 ジャッジは、部屋の中を見回して、小さく笑った。 「笑う暇があるなら、手伝え」 ジャッジの兜を取ったバッシュは、高らかに笑い始めた。 「あのな…」 「す、すまん……しかし……」 洒落た動作と、酒と女。 そんな言葉が似合う男が、袖をまくり、ダンボールに囲まれ、膨れっ面で部屋の整理をしている。 あまりに似合わない。 そんな見たこともない姿が可笑しくて、笑いが止まらない。 「あんたの新しい主、前の主より強引すぎるぞ」 「お、…お前の主でないのだから……無視すればいいだろうが」 笑いながらも、返答する。 「仕方が無いだろ。ったく、兄貴達が分かっていればこんな苦労しなくてすんだものを…」 「彼らは、ブナンザ家を取り仕切るので、いっぱいいっぱいだそうだ」 「くそっ!無理やりでも、一人ぐらいは引き込むんだった」 ダンボールの中央で胡坐をかき、肘を付いて、言葉を吐き捨てる。 現在バルフレアは、ドラクロア研究所内、シドの部屋の整理中。 必要のないものは捨てる。 必要なものは、箱詰めする。 そんな整理中。 書類の内容が分からない者には、出来ない仕事。 シドの息子として、同じ機工士として、押し付けられたもの。 彼には二人の兄が居たが、機工士の道は歩まず、ドラクロア研究所にこもりっきりの父親に代わり家を運営する方を選んだ。 選んだというよりは、まったくもって省みない父親に、押し付けられたというのが正しい。そして、父親が死んだ今、その処理に追われているのだろう事は、簡単に想像が付く。 それを知っているバッシュの新しい主ラーサーは、無理やりバルフレアに連絡を取り(恋人という地位に居るバッシュを利用。なぜか、ラーサーにバレていた。)、ドラクロア研究所内、シドの部屋の整理をお願いしたのであった。お願いというよりは脅し。 バッシュの休みが欲しければやれと、率直に、言葉を一切選ばずに伝える。 ラーサーは、立派に皇帝の道を進んでいた。 「仕方が無いだろ。ほら、どうすればいいんだ?俺も手伝うぞ」 「………これが、報酬とか言わないよな?」 「さぁ?ラーサー様だからなぁ…」 笑いを収め、しかし未だ笑みを浮かべているバッシュは、バルフレアの傍にしゃがみこむ。 「箱詰めをしよう。どれを詰めればいい?」 そう言って振り向いたバッシュの目の前に像を結ばないバルフレア。 唇が重なる。 バッシュは見開いた瞳を閉じて、久しぶりのバルフレアとの口付けに没頭した。 いつも、一つ一つ確かめるように、自分の口の中を手繰っていく。それが酷く甘い。 くちゅと音がする。静かに唇から温もりが離れる。それを追うように覗いた舌には、透明な糸が繋がっていた。 「ん…」 「ご馳走さん。んじゃ、諦めて続きでもするか」 「それ」と言って、ガラクタの山としか思えないものを指す。 バッシュは、真っ赤になった顔を誤魔化すように、慌てて鎧と篭手を外し、持ってきた整理用服という、慣れ親しんだ服を着込む。 それから、空のダンボール箱を一つ引き寄せ、恐々山の一つ一つを新聞紙で包み始めた。 それを見ていたバルフレアは、弟の姿をしたバッシュに苦笑する。 まだ、出会っていない。 いつ出会うのだろう? バハムートが落ちてから、半年も過ぎた。 目の前の姿が、あの時の姿。 しかし、彼の記憶は未だ刻まれない。 「バルフレア」 「ん?」 「これは…何に使うものなのだ?」 「さぁ?」 「は?」 「流石に全部の用途は、分からない。仕方が無いから、分かるのだけ整理する事にした」 「…お前でも分からないのか?」 「書類一つ一つ見て解析すれば、分かるだろうが……面倒だろ?」 バッシュは、部屋にある細々とした、理解不能な金属の塊郡を一瞥する。 確かに洒落にならない量。 バルフレアの判断は正しいと一つ頷き、再び同じ作業に戻った。 青い金属の箱を手に取る。 その瞬間、カチリと小さい音。 眩しいほどの青い光が、自分に注がれた。 「バルフレアっ!」 「え?」 バッシュが光に呑み込まれ消える。 青い箱がポトリと床に落ちた。 「………今…だったのか?」 バルフレアは、箱を拾い上げる。 この説明書がないか、探し始めた。 ◇◆◇ 青い光が消えた瞬間、目の前の景色が変わっていた。 怒号と銃声。 その方向に向いた時、追い詰められた子供が見えた。 無意識のうちに伸びた手が剣を持ち、そこに向かって走った。 子供を襲う者に正義があるとは思えない。 追っている大人五人を、一瞬のうちに剣で打ち据えた。 「大丈夫か?」 ほんの数分前まで見ていたものと同じ、ヘーゼルグリーンの瞳と、金茶色の髪。その瞳が自分をじっと見上げていた。 「怪我はないか?」 「は…はい」 手に握られたままの銃が、震えている。 「もう大丈夫だ」 頭を撫で、震える手から銃を取り、腰のホルスターにしまう。 「こいつらは?」 「たぶん……私を誘拐しようと……」 丁寧な物言い。 誘拐という言葉に慣れを感じる。 身分の高い家の子供なのだろう。 こんな暗がりに残しておく訳にはいかないと、バッシュは子供を抱き上げた。 「お前の家は、どこだ?そこまで送ろう」 子供は固まったまま、ずっとバッシュの顔を見ている。 「もう大丈夫だからな」 バッシュは、固まる事は無いと頭をもう一度ぽんぽんと叩き、顔を覗き込んだ。 そこには、慣れ親しんだ瞳の色。 まるで、彼の子供みたいだと思ってから、クスリと笑う。 きっとそんな事を言ったら、そんなヘマをする訳がないだろと、言われるに決まっている。 「あの…ありがとうございます」 「あぁ」 「あの…父がドラクロア研究所に居るはずなので、そこまで送ってもらえますでしょうか?」 「ドラクロア?」 「…知りませんか?」 知らない所じゃない。 さっきまで居た場所。 いったい自分に何が起きたんだ?と、バッシュは困惑しながら、子供の指し示す方向に歩き出した。 ◇◆◇ 「お父様」 「ファム?」 「あの…助けて頂きました」 お父様と呼ばれた男は、手にしたドライバーを置き、顔をあげた。 バッシュは、その顔を見て愕然とする。 シドルファス・デム・ブナンザ。 ドクターシド。 リドルアナ大灯台で消滅した魂。 その姿が、少し若く、そして最後に見たような慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。 「…………君は?」 「あ?…あぁ、バッシュ…」 ようやく相手が話している事に気づき、慌てて答えた。 「それだけかね?」 長い名前があるだろうと、シドがニンマリ笑う。 「あ……とりあえず、それだけにしてもらえないだろうか?」 状況がまったくつかめない今、フルネームを言うのは躊躇った。 「そうか。ま、いいだろう。 それより倅が世話になったようだな。礼を言わせてもらおう」 「いや…あの…彼は?」 「ファムランか?」 やはりと、バッシュはまじまじとファムランと呼ばれた子供を見た。 面影があるどころではない。本人自身。 バルフレア…本名をファムラン・ミド・ブナンザ。 目の前の子供が彼ならば、今はいったい何時なのだろうかと、未だつかめない状況に困惑する。 もしかしたら夢かもしれないと、手を頬に伸ばそうとした時、シドの手元に目がいった。 「そ、それは?!」 「あ?」 「それだっ!それっ!何の機械だっ!」 シドは、手元を見て怒鳴る男を繁々と見た。 手の中にある青い機械。 それは、少し前からとある事を思いつき、作り始めたモノ。設計図も仕組みも、誰も知らない未完成品。 それにもかかわらず、これを知っているかのように怒鳴り指差す男。 口元がニンマリと形づくった。 「お前…、これでここに来たのか?」 バッシュが、コクコクと頷く。 「なるほど…お前一人でこの部屋に入り、機械を動作させたのか?」 自然とバッシュの視線がファムランに向く。 「ほぉ〜…、お前との関係は?」 真っ赤になった。 「よ〜く分かった」 また、ニンマリ笑われた。 「あ、あの…」 「ファム、今日は彼と一緒にここに泊まるといい。 いつもの部屋の用意と、食事の手配をしてくれるか?」 「はい」 にっこり笑った顔が、扉の外に消えていく。それを見送って…背後を振り返りたくないと、バッシュは真剣に思っていた。額には汗。 「さて、バッシュ」 「は、はい!」 「大体想像は付いていると思うが、これは一回きりのタイムマシンになる予定だ」 「タイム…マシン……?」 「時間を遡る事が出来る機械だ」 バッシュは固まった。 確かに考えなかった訳ではない。目の前にシドが居る。ファムランと呼ばれた子供が居る。それでも、信じられる事じゃなかった。 夢と言ってくれた方が何倍も嬉しい。 「な、何でそんなものを…」 「儂が自分の連れ合いに出会ったのは、随分と遅くてな。 やはり、子供の頃のあいつを、見てみたいと思うだろ?」 「そ、そういうものか?」 「そういうものだ。もちろん、直接会うつもりはない。 遠くからな、あいつの可愛い頃を堪能する予定だ。ロマンだろ?」 ロマンというよりは、ストーカーっぽい。 「……そ、そうか?」 「そうだ」 過去に(今のシドにとっては未来だが)、出会った時と変わらない俺様思考。 それが、誰かを思い出させて口元に笑みが浮かぶ。 やはり親子だなと言ったら、彼は嫌な顔をするだろう。 「あんたも、そのロマンを実施中だろ?」 「い、いや…私は偶然…それに触ってしまって…」 ふむと、考え始めたシドが、無理やりバッシュの手を取る。 「な、なななんだ?!」 「あれも、これを触ったのだろう?」 「た、た、たぶん。いや、間違いなく」 「とすると…ちょっとこの手を借りるぞ」 嫌だという言葉は、一切聞き入れてもらえそうにない雰囲気。 シドは、バッシュを引きずって、理解不能な機械にその手をつっこんだ。 「少し、じっとしていろ」 なんか、非常に怖い。 何をやっているか分からないから、とっても怖い。 でも、問う先から漏れているオーラが、質問を受け付けないと言っている。 「あ、あの…」 それでも問わずにはいられない。 「もう少しだ」 何が?という言葉は、無視された。 「よし。これで、あんたが分かる」 「は?」 「あの箱に、相手を認識する能力を付けないと、誰もがここに来てしまうだろ? 儂が生きている間はいいが、死んだ後まで責任は持てないからな」 呆然と見下ろした。 「あぁ、詳しい事は一切言うな。歴史が変わってしまう」 「な…ぜ?」 「お前さんを見てれば分かる。儂が生きているのに驚いたと、顔に書いてあったぞ」 茶目っ気のある笑顔が目の前にあった。 これが、シドなのだろう。 俺様だが、強い意思、最高峰の頭、そしてわが道を進む。あの時、もし彼に知り合うのが早かったら、そのままついて行ったかもしれない。 そう自分に思わせるぐらい魅力的な人物だった。 「それで、あんたはファムランの嫁か?それとも旦那なのか?」 「は?」 「どっちが突っ込まれる方なんだ?流石の儂でも、それは分からん」 その直接話法に、再び顔が真っ赤になった。見なくても分かる。顔が熱い。 一歩下がる。 シドが一歩にじり寄ってきた。 もう一歩下がる。 そんな事言えるかと、首を横に振った。 「随分と、可愛い反応をする男だな。 あれか?あんたが、ファムに突っ込まれる方なんだな?」 もうこれ以上赤くなる事は出来ないぐらい、真っ赤になった。 その顔がコクコクと頷く。 声は出ない。 「そうか、ファムの嫁さんか」 シドの掌が、バッシュの肩をぽんと叩く。 「あいつは、決めたことはやり遂げるが、意思に反する事は絶対にしない。それが少々不安要素だな。 頼んだぞ」 目が見開く。 「貴方は………」 「儂に似ないでいい所が似てしまった。凄く頑固だからな」 逃げる事を分かっていてジャッジにしたと、そう聞こえた。 彼の意思に沿わせようと、自分の我侭から解放したと、そう聞こえた。 目元が熱い。 剣の柄を握り締めた。 「私は……剣でしか生きられない。昔も今も……だが、それで貴方のご子息をどんな事をしてでも守る。 安心してくれ」 「あぁ」 見たものを安心させるような笑みを見て、口の中に溜まった空気を吐く。 安心しろと言った自分が、相手の声音に安心した。 そこで、バッシュはハタと気づく。 今まで、さりげにスルーされていた問題が、もう一つあった。 「あ……あのだな…私は男なのだが……い、いいのだろうか?」 「そんな些細な事なんか、気にするな」 些細ときたもんだ。 「いや…しかし…」 「儂だって、好き勝手やっているのだぞ。 息子達にも、そうする権利はあるだろう?」 「そ、そういうものか?」 シドが口を開こうとした時、部屋の扉が開く。バッシュは慌てて入ってきたファムランを見、シドは黙ってバッシュの背中を叩く。その掌が、バッシュにそういうものだと伝えていた。 「お父様、仕度が出来ました」 「早かったな」 シドがファムランの頭を撫でる。 仲の良い親子がそこには居た。 「はい、お父様」 「ん?何だこれは?」 「お父様の分の食事です」 シドの顔がひきつる。 「いつから食事をされてないのですか?」 「う………ぁ………さっきかな?…ははははは…」 ファムランの視線が、さっきとは違い180度変化している。非常に冷たい。 「た、食べるぞ」 「当たり前です。明日確認に来ますからね。 もし残していたら、兄様達に言いつけます」 「う”……絶対食べる。安心しろ」 シドは、慌てて机の上を片付け、手にした食事を広げる。 とりあえず、スープの入った器に口を付けた。 「う、旨いな」 「当然です。お父様の好きなものばかりですから」 末っ子の割りに、随分と世話好きだとは思っていたが、その下地がここにあったのかと、バッシュは感心して見ていた。 研究以外省みない父親が、あの気質を育てていたと、原因を確信する。 先にシドが言った、男のロマン。 確かに、好きな人の小さい頃を見るという経験は、いいものだと思った。 「バッシュさん、貴方の分も用意してあります。 行きましょう」 小さな手が自分の手を握り、引っ張る。 「お父様、ちゃんと食べて下さいね」 「わかっとる」 バッシュは、引っ張られながらも、シドに会釈をしてから退出する。 最後に見たシドは、楽しそうに笑っていた。 -continue・・・-
シドパパが好きすぎて、気が付くとシドパパとバッシュの会話が長くなってしまった……orz 話としては、ある意味どうでもいい所なんだが……あぁっ!パパが好きすぎるっ!! すんませんもう一つの完結をほかして、新しいの書いてます。 なぜか…あっちの進む方向がギャグ色濃くなっちまって、ちょっとマテヨ〜ヾ(^-^;)状態になっちゃったから。そのうち、ちゃんとしたラストに行きたいとは思っています。 ただ、現在頭ん中は時間移動でいっぱいなのよ。ほら、頭に浮かんじゃったもんは、ちゃんと仕上げないとね。 だから、こっちが先に。なにせ、忘却率が高い頭なんで、さっさと出さなくちゃいけません。 時間移動楽しいです。皆さんも楽しんでもらえると嬉しかったりしますです。m(__)m