I long…U 9  

  そこかしこから、爆発による煙と炎があがっている。 グロセアリングが再び停止するのも時間の問題。 急がねばならないのに、落下物に、突然起こる爆発に、足を止められる。 バルフレアの主義として、フランに怪我を負わす訳にはいかない。   「っぅ〜〜っ……」   その全てを背中に、フランの頭の無い肩に受けていた。   「そんなに血を流しては、将軍に嫌われるわよ」 「馬ぁ〜鹿、あいつなら、そんな姿も似合うなと言って、感心してくれるさ。  それより、かばい損ねた毛先がちぢれているのを見て怒るなよ」 「責任もって、貴方が切ってね」   荒い息の中での軽口。 必死にあがくのは将軍様に任せて、空賊二人は空賊らしく笑って前に進む。 だが、怪我を負った二人の体力は確実に減っていく。 ようやく見つけた戦闘艇の中に入った時は、どちらも言葉一つ発する事なく、倒れるように座席に座り込み、そのまま意識失いそうになるのを細かい操作で必死に繋ぎ止めているような状態だった。   「フラン」 「えぇ、取り外したわ」   帝国の機械。当然、個体信号を発する機械が取り付けられている。 それを搭載したまま、発進する訳にはいかない。   「そっちは?」 「終わった。発進するぞ」   余計な事を言う余裕は一切無い。 急激な加速に、体が簡単に負ける。 空の至る所に居る機影。それに紛れながら、徐々に中心から離れていく。 向かう先は、ナブディスの先。木々の深い山中。もぐりの医者が住む、小さな山小屋。 そこを誰にも知られる訳にはいかなかった。 視界が時折歪む。 フランの吐く息が荒い。   「少し無茶をするぞ」 「怒られそうね……」   人が居ない場所を選んだ低空飛行。 今の自分が操作出来るギリギリのスピードを出して進む。   「くっ……間違いなく、銃口は向いてるだろうな…」   遠心力に振り回される度に体が軋む。   「この機体ではね……帝国嫌いのお医者様に喧嘩売ってるとしか思えないわ」 「俺が殺される前に、なんとかしろよ」   フランの返答は小さな笑い声。だが、その中に呻き声が混じる。 あまりに余裕がなさすぎた。 無茶を承知で加速した。 慣れた空域に入ってほっとしたのもつかの間、そこからの道はシュトラール仕様。一般用に整備された反応の鈍い機体で、壊れかけたこの体で、かなりの無理を強いた。   「てめぇ……嫌がらせにしても、最低最悪だ。麻酔抜きの治療、覚悟しろよ!」   着陸するのと同時に、スクラップ同然の体に鞭打ち、急ぎ扉から出る。その目の前に予測に違わない銃口。   「悪ぃ……これしか無かったんでな」 「いつもの、綺麗なねぇちゃんはどうしたよ?」 「あぁ、あれは不肖の弟子に預け……」   会話は、ここまでしか出来なかった。 バルフレアは皮肉な笑みを浮かべ、フランは冷静な雰囲気を貼り付け、そのまま二人は意識を手放した。 フランは骨折、バルフレアは、火傷と裂傷。 次の日に起きあがる事が出来たフランとは違い、バルフレアは一週間ほど昏睡を続けていた。                 ◇◆◇                 真っ白な光。 光の中。 恋焦がれた姿が現れる。   「悪い」 「遅かったな」   いつもと変わらぬ穏やかな笑み。そして、その横にもう一人。幸せそうな笑みを浮かべる女性。眩しくてその顔はよく分からない。ただ、幸せそうだと、笑っているという事だけが分かる。   「遅すぎた」 「バッシュ…?」 「すまない…」   意識が無いまま、繰り返される悪夢。 これが現実だと、背を向けるバッシュの姿に納得している自分がいる。そんな頭の囁きに対し、心は無防備に傷つき、それを抉る。   (目を覚ませ)   心が必死に叫ぶ。 だが、目覚めは訪れない。   (目を覚ませ)   何度も呪文のように叫ぶ。   (目を覚ませ)   繰り返される悪夢。 光の中では、無様な自分を隠す事も出来ない。   (これは夢だ!)   突然、慣れた掌の温かさを感じた。 二人で空を飛ぶようになった当初、まるで母親のように「手当てと言うのでしょう?」と言って、気が付けば額に掌をあてていた相棒。 あぁ、今も心がささくれ立っているよなと、夢の中の自分が苦笑をする。 そうこれは、夢。夢なのだから閉じた瞼を開くだけでいい。   「まだ寝たりないのかしら?」 「いや………俺はいい相棒を持った…な」   額に置かれたままの手を取り、口付けをする。 鋭い痛みに顔をしかめながらも、寝たままの姿で、それでも恭しくフランの手を離す。   「俺は、何日眠っていた?」 「一週間と聞いているわ。私も一日ほど眠っていたのよ」 「で、いつここを出られるんだ?」 「私は、すぐにでも。でも、貴方はだめよ」 「どれぐらいだ?」 「阿呆ぉ」   フランの背後に突然現れた医者は、冷ややかな視線をバルフレアに向けていた。   「その体で逃げれたら、褒めてやるぜ。  ついでに、てめぇが真性のマゾだってレッテルを貼ってやる。あーそれとも血の匂いを嗅ぐのが好きな変態野郎でも構わないぜ」   舌打ちが洩れる。 医者の言っている事は正しい、背中から血の匂いが漂ってきている。   「今回に関しては、私も協力出来ないの。  私は、貴方の傷を見せてもらったのよ。ちゃんと直さないと、私が彼に怒られてしまうでしょう?」 「あいつは、お前にそんな事は言わねーよ」   フランが、くすくす笑う。   「絶対言うわよ。私は彼に恨まれたくないの」 「逃げてみろ。俺は、てめぇの治療の一環として、その将軍様をここに呼びつけてやる」 「フランっ!」 「何度も言ったわよね?貴方は、顔に出るって。寝ている最中は、最も素直に現れるのよ。治療に必要なら呼び寄せる準備をしなくちゃいけないでしょう?」   怪我のせいで、横向きに固定された体は動かない。 それでも忌々しくて、激痛を無視して布団をかぶった。   「馬〜鹿。てめぇの馬鹿は、ほっんとに直らねぇな。後で包帯を替えるから、動くんじゃねぇぞっ!」   心の中で「藪医者」と、はき捨てる。当人には言えない。だいたい藪医者どころか、どうしてこんな所でもぐりをしているのかが分からないほど腕はいい。 それでも忌々しくて、舌打ちだけで返事をした。 それを受ける当人は、とっくに部屋を出て行ったのを知っていたが。   「ねぇ、バルフレア」 「あ?」 「呼ぶ?」 「いいや」   主語の無い問い。それでも何を指しているか十分に分かる。   「それに、たとえ俺が呼びたいと思ったとしてもな…」   爆発音の中で、朗々と響いたガブラスのノイズ交じりの声。 もしガブラスが生きているのであれば、どんな状態であっても本人が話すはずの内容。 だが、あの話し方は間違いなくバッシュだった。   「そういう事なんだろ?」 「えぇ、彼はその道を選んだようね」 「らしすぎるぜ」 「そうね」 「だとしたら、あの医者がここに呼べる訳もないな…」 「そうね…ダルマスカならともかく…ジャッジではね…」   バッシュは、きっと弟の鎧を纏い、帝国に居るのだろう。   「デートの約束をしたんだよな…」 「なら、ちゃんと遅れた事を詫びに行きなさい。  その為にも、ちゃんと治療をするのよ」   バルフレアからの返答は無い。   「ちゃんと直さないと、彼に会った時に、部屋に監禁されてしまうわよ」 「それで…帝国の医師に捕まるの…か」 「嫌でしょう?」 「ま、精々大人しくしてるさ」   話は終わりだと、口調で分かる。フランは一つため息をついて、部屋を出た。 彼の表情の無い声が気になる。 酷く魘(うな)されていた。 まるで、今にも泣きそうな顔をしていた。 もしかしたら、もう彼に会わないと結論を出してしまったのかもしれない。 フランは、くすりと小さく笑う。あまりにも情けない状態になったら、また背中を殴ればいいと決めた。 まずは治療。 赤の濃淡の模様で埋められた肩から背中。 髪の毛以外に被害が無かった自分の代わりに、彼が全てを受けていた。 その借りは返さないとねと、フランは彼の食事を取りに行く為に松葉杖を握り締めた。       「お前、馬鹿すぎっ!ったく、カッコつけんのもほどほどにしろよな」と、医者からあきれたような口調で言われた。 大腿部から背中、右肩、右腕にかけて、酷い火傷と裂傷が続いているらしい。 自分では、見えない所だから分からないが、少し動くだけで体中に響く激痛が、十分にその状態を理解させてくれた。   「細かい破片を取り除くのに、俺がどんだけ神経すり減らしたと思ってんだ!時間がかかりすぎた。  これじゃぁ、ケアルの効果なんて、一切ねぇだろうが。  てめぇのカッコつけ根性で、破片ぐらい避けやがれっ!」 「あんたなぁ………」 「とにかく最低一ヶ月はここに居ろ!逃げたくなったら真っ先に俺に言え。止めを刺してやる」 「分かった…」   本当に分かってるんだろうなと、ブツブツ言いながら、医者は部屋を出て行く。 半ミイラ状態で、動く事も出来ずに、バルフレアは窓の外にある空だけを見ていた。 「遠いな………」と、力無い声が落ちた。     動く事も出来ず治療に専念する日々は、酷く短かったように思える旅の思い出と、別れてしまった道に思い惑い不安を募らせる。 昏睡していた時に見せられた夢が、バルフレアを未だに蝕んでいる。 あれ以来一回も見ていないのに、まざまざと思い出せる。バッシュの表情も、言葉も、忘れられない。 そして新しい姿になったバッシュの噂が、その夢を肯定していく。 ガブラスという名前、帝国という場所、弟を模倣するのは大変だとは思うが、ダルマスカという異国で正規の軍に所属した過去、そしてダルマスカの中枢に居て将軍とまで呼ばれた男にとって、それほど手間はとらないだろう。 それは、必死になって前を急いでいた旅の時とは違い、彼の心に余裕を与える。 ストレートだった彼を正気に戻すには、十分な時間。 バルフレアは明日退院する為の準備をしていた。 フランに用意してもらった新しい銃。 医者の言っていた遺跡はこの山の奥。 体慣らしには丁度いいと、フランに、自分に、言い訳をして行く事にした。 シュトラールに乗る必要のない距離。 それに安堵している。 バッシュに関する全てから逃げる事を選んだ。 彼から得た剣は、持たない。 シュトラールを取り戻す為に仲間に会わない。 空を飛ばない。   彼には会えない……   先に惚れてしまった自分は、きっといつまでもこの気持ちに引きずられる。 だが……バッシュは…… 新しい銃を背負う。 フランを見ずに、背中ごしに手を振って部屋を出た。     あっさりと手に入った宝。 今の自分にとって、片手で足りる程度の手間。 一日という短い時間、気晴らしにもならない時間で、バルフレアは病院に戻ってきていた。 手に入れたダマスカス鋼を、ぼんやり見ながら手の上で転がす。 宝物は手に入った……が、自分の中は何も変わらない。   「同じ事を私に言わせたいの?」   部屋に入ってからずっと黙っていたフランが、ようやく口を開いた。   「言っても無駄だから、やめとけ」   決して、フランの方は見ない。   「帝国に行った事も、お父様と会った事も無駄ではなかったでしょう?」 「……そうだな」 「それに、貴方は彼の気持ちを考えなくてはいけないわ」   のろのろとバルフレアの顔があがり、フランの方を見る。   「彼が未だに貴方の事を好きだったらどうするの?」 「そんな事は…」 「ないなんて言わないで。その可能性の方が高いと、私は思っているのよ。  彼なら絶対に、貴方の事を心配しているはずよ。  貴方は生死不明なの。ちゃんと生きている事を知らせて、安心させてあげなければいけないわ。たとえ仲間としてだけだったとしてもよ」   バルフレアの顔が、無様に歪む。   「そんな顔をするぐらいなら、攫ってらっしゃい。  結果を見ないで足掻くのは、順番が違うでしょう?」 「フラン…」 「もし、貴方が行かないのなら、私が行くわよ」   腕を組んで、冷ややかにバルフレアを見下ろす。 フランの最後通告。 間違いなく言った事をフランは、実行するだろう。 心が、逃げろと叫んでいる。 絶え間なく悲鳴をあげている。 だが、バルフレアは立ち上がった。   「……シュトラールを取りに行く」   それは、バッシュを浚うという言葉と同義だった。     -continue・・・-  

  07.11.15 未読猫