07.11.15 未読猫部屋に響くノックの音。 待ち構えていたように、直ぐに開く扉。 「また、剣の訓練か?」 「いや……」 扉の前に立っていたバッシュは、苦笑を浮かべ首を横に振る。 「なら、あんたも付き合えよ」 バルフレアは、テーブルに置いてある酒を指差す。 「レダスと親父を肴に飲もうぜ」 表情は変わらない。いつもと同じ笑みを浮かべている。 それにバッシュは、少し安堵して、誘われるまま椅子に座った。 「あぁ、あんたの強烈な弟が肴でも構わないぜ」 「ノアか…」 「前だけを見ている兄と後ろだけ見ている弟ね……随分と正反対な双子だな」 バルフレアの言葉に、バッシュは苦笑だけを返す。 「俺としては、あんたの弟さんの気持が分かると言いたい所だが…俺とも今一つ違うんだよな。 あんなに辛そうな声を出すんなら、逃げだせば簡単だろうに」 「あれも、逃げる性格(たち)ではないからな」 バッシュは、グラスの中の酒を暫し見つめてから一気に煽る。 そんなバッシュを横目で見ながら、バルフレアは歌うように言葉を紡ぎ出した。 「ジャッジ・ガブラス、ジャッジ・ゼクト…ゼクトは噂通りだったが、ガブラスは随分と違う」 バッシュは、目を見開いてバルフレアを見る。 「俺はたった半年間だったけど、ジャッジだったって言っただろ?」 「知って?」 「短かったけど、ペーペーってのは、噂好きってのが基本だからな」 バルフレアは、ニンマリ笑う。 「面倒な訓練の後には、誰がどうだとか、誰の所に配属されたかったとか…色々な。 聞きたいか?」 バッシュは、コクコクと頷いた。 「公安総局ってのは十八局あって、当然それを司るジャッジ・マスターも十八人居る。その中でも有名だったのが三人。 ジャッジ・ゼクト、ジャッジ・ガブラス、ジャッジ・ザルガバース。 三人共根本的な性格は違っていたが、一致していた点が一つ。部下に不始末の責任を擦り付ける上司が多い中、全てを自身で責任を取るという点が一致していた。稀有な存在と言われていたぜ」 バルフレアの表情には、苦痛は無い。 ただ、懐かしい記憶だと、告げている。 こんな風に話せるようになるとは思っても見なかった。 「ゼクト…レダスは、あの最後の行動のそのまんまだ。剛の者と呼ばれていたな。 あんたの弟、ガブラスは、生真面目。 ザルガバースとガブラスは、二人共皇帝への忠義厚い事で有名だったが、ガブラスには否の無い忠義。反面ザルガバースは、事によっては否と言う事で忠義を示したと言われていたよ」 バッシュの瞳が細まる。 「らしいな…」 「そうなのか?」 「あぁ…、ノアは変わって無いのだな」 嬉しそうに微笑む。 「俺の見たのは、偽者か?」 「あれもノアだ。喧嘩中のノアは、いつも気合が入っているからな」 気合の一言で片付けられていると知ったら、ガブラスは泣くぞと、バルフレアは心の中で思う。 「次はどこでその喧嘩が勃発するんだか…」 バルフレアの言葉は、ノアが生きていると言っている。 それを自分も疑っていないから、バッシュは一つ頷く。 「ラーサーの護衛の任を解かれたからと言って、そのまま放置しておくノアではない。 明日ラーサに会う事があれば、自然と会えるだろう」 「また、喧嘩かよ」 「お前と同じだ。それによって得るものもあるだろう?」 自然と浮かぶ苦笑。 恋愛ごと以外は鋭い将軍様には敵わないと、バルフレアは笑って誤魔化した。 その様子に、バッシュは心から安堵する。 彼の喧嘩する相手は死んでしまったが、死ぬ間際に彼を解放した。 それが分かる笑み。 彼を信じて、戦いの邪魔をしないでよかったと思う。 ただ、それでも彼の父親は死んでしまった。 それが残念で、代わりにならないことを知りながらも、バルフレアの体を抱きしめる。 「おい」 「何だ?」 「何で俺は、あんたに抱きしめられているんだ?」 分かっていて問う。 「抱きしめてもらいたいから…だな」 「嘘つけ」 「嘘では無い。それも理由の一つだからな」 「ったく…抱きしめるだけじゃ終わらないぞ」 「明日に響かない程度で頼む」 バッシュの腕の中で、バルフレアが笑い出す。 父の言葉は解放。 そして、この腕の持ち主は癒し。 その二つがあったからこそ、今ここで笑っていられる。 顔をあげ、バッシュを見る。 感謝の気持を込めてキスをする。 今度は自分が腕をのばし、彼を抱きしめた。 ◇◆◇ 仲間がシュトラールに乗っていく。 それを見送り、最後に自分も乗り込んだ。 「どうした?」 未だ搭乗口の傍で立っていたバッシュ。 「いや、明日の約束をしたくてな」 「デートの約束?いいねぇ」 お互い軽口の応酬。だが、今の彼らにとって、不確実な明日を約束する事によって、生き残る意思をお互い確かめようとしていた。 「じゃぁ、明日取って置きの洒落た店にエスコートしましょうかね。将軍様」 「それは、楽しみだな」 「旨い飯と酒がある。その後は、ベッドで一晩中語り合うってコースでいいか?」 「望むところだ」 「じゃぁ、明日な」 「あぁ」 二人は、口元に笑みを浮かべ、操縦席に向かう。 バッシュが手前の席に座りながら、相手の背中を叩き、バルフレアは、背後に手をあげてそれに答える。 全員が前を向いていた。 目指すはバハムート。 シュトラールが重い音を立て始める。 そして、空に舞い上がった。 激しい戦闘が続く。 攻撃してくる艇、砲弾を潜り抜け、バハムートに乗り込む。 バハムートの中に入ってもそれは変わらず、向かってくる敵を切り裂きながら、走り続けた。 そして、その中でバッシュは弟との決着をつけ、その弟も武人として使命を貫く。 最後に、ヴェインとの戦い。 人造破魔石を体に植えつけられた者と戦うのも既に三度目。 その大きな弱点は十分に分かっている。 無理やり高められた戦闘力。 しかし、無いものは石でさえも引き出せない。 あるものをフルに吸い上げられる事によって戦う。 それが無くなったら体が崩壊していく。 この時点で、自分達が勝った事を自然と確信した。 ただ、ヴェインの意思の力は、傍らに佇んでいたヴェーネスの意思は、今までの二人とは違った。二人分の意思の力。 それが、大気に満ちるミストから、己が立つ建造物から、足りなくなったもの全て身に纏い、攻撃してきた。 しかし、それもいつかは終わる。 戦いよる損傷か、体の中に取り込んだものが溢れたか…ヴェインの体が爆発し散り散りになる事で真の戦闘は終わる。 それは、ここまでくる過程に比べ、やけに辛い戦闘だったとも、あっけなかったとも言えた。 そしてバルフレアにとって、ずっと切望していた、いまや望まなくなった望みが実現する。 二人の道が分かれた。 -continue・・・-