07.11.15 未読猫「まだ、交代には早いぜ」 クリスタルがある通路の入り口で、荷物を背もたれ代わりにしていたバルフレアは、振り向きもせずに言う。 「頼みたい事があってな……」 「へぇ〜」 頭を反らせ、バッシュを見たバルフレアが口の端をあげる。 「あんたのイッた顔を今見せてくれんなら、いくらでも聞いてやるぜ」 「ばっ…」 「まぁ、お子様が近くに居る事だし、あんたからのキスで我慢って所か?」 からかっているのが分かっていても、その手の話が苦手なバッシュは毎度うろたえる。 ぎこちなくバルフレアに近寄り、子供のようなキスをする。これでどうだと離れようとしたら、腕が捕まえられた。 それほど強くはない力だったが、バッシュは逃れる術をなくし、そのままバルフレアからの口付けを受けた。 「で?」 唾液で濡れた口を慌てて拭い、バッシュは真っ赤になった顔を引き締める。 「ギルヴェガンに入ったら、銃に持ち替えてくれないだろうか?」 「いいぜ、あんたが俺の条件を飲むんならな」 いつものように笑っているバルフレア。 この唐突な要求に何も聞かず、受け入れると思わなかったバッシュの眉ねがよる。 今、バルフレアが銃に持ち替えるという事は、前衛の戦力の低下を意味する。 それが分からない彼ではない。 「条件とは?」 「あんたの弟が現れたら、俺が剣を持ち、あんたが弓に持ち替えるのが条件だ」 自分の意図を正確につかれた。 バッシュの顔が歪む。 「いつそう言ってくるか、楽しみにしてたんだぜ」 「バルフレア…」 「あんたなぁ、ドラクロア研究所で、あんな動きしておいて、俺が気づかないとでも思っていたのか?」 気づくと、バッシュが自分の前に居る。 シドの攻撃を避けようともせずに、一人間近で剣をふるう。 今まで多くの戦いをした中で、たった一回、あの時だけバッシュと一緒に居て酷く戦いづらいと感じた。 その時には気づかなかったが、その夜両手剣を持たせた意味に気づいた時に、その意図も気づかされた。 もし、ドラクロア研究所に行く前にバッシュが自分の気持に気づいたのなら、もっと早くこの会話が行われていたのだろう。 「で、どうすんだ?あんたは弓を持つのか?」 「頼む…」 「あんたが弓を持てないように、俺が銃を持てないと分かってるだろ?」 「だが……」 「安心しろ。俺は単に親子喧嘩をしに行くだけだ。 アルケイディアを出た時には知らなかったあいつの顔をあそこで見れたからな」 バッシュは、ドラクロア研究所に行く前とは違う、穏やかな顔をそこに見つける。 「歴史を人間の手に取り戻す…そう言った時のあいつの顔、その後の笑み。あれは、間違いなく俺の親父だ。あの顔は知っている。あれならいつも見ていた………。 操られている可能性は0じゃないが、あれは違う。 なら簡単だ。だろ?」 「立ち位置が違うだけ…だと?」 「あぁ、あんた達と一緒さ」 その言葉にわずかな違和感を感じる。 「お前は、空賊で、国に囚われない自由な者だろう?」 自分は、ランディスの軍人だった。 その国を守る事も出来ず、このまま帝国に呑まれていく姿を見ていられずに、そのまま帝国に吸収されるのを受け入れられずに、逃げるようにダルマスカに来た。 今度こそ最後までダルマスカを、帝国にいくら自分が貶められようとも、アーシェを守っていくと誓っている。 帝国を選んだノア。 たとえ、自分への復讐だとしても、それは彼の意思。 ならば、それぞれの立つ場所でそれぞれの役目を戦わせるしかない。 それでいいと思っている。 だが、そんな自分とは違う、自由な生き物。 たとえ、シドの事があろうとも、ここに居る必要はない。 彼と、フランと、シュトラールだけで、十分に動ける。 今まで不安に思い、それでも言わなかった言葉が自然と漏れてしまった。 「そうだな…、確かにあんたとは違う」 「なぜだ?」 確かに最初は報酬に対する正当な働きというだったはず。だが、それももう無い。 「あんたが居るからって理由はどうだ?」 バッシュは真っ直ぐバルフレアを見て、違うと首を振る。 「つれないな」 バルフレアは、口元に笑みを浮かべる。 「まったく無いって訳じゃないんだがな」 バッシュの頬をするりと撫でる。 「俺は…あの小さな子供がどうするのか見ている。 そして、アーシェが最後に何を選ぶかが見たいと思っている。 それが、指輪を取り上げた俺の役目だな」 「ラーサー?」 「あぁ」 「殿下が選ぶもの?」 「そうだ。 ラーサーは、お綺麗な正論を吐いただろ?それがこの状態で、あいつの年齢でどこまで貫けるかが知りたいと思ってる。 アーシェは……あいつは、本当にお姫様だよなぁ」 その言葉は決して褒め言葉では無い。 「綺麗ごとかもしれないが、俺も戦争なんてもんは、やらなければいいと思っている。 アーシェ、あいつはまだ気づいて無いよな。あいつが殺した兵士にだって、家族や恋人がいるっていう現実をさ」 バッシュの口元に苦笑が浮かぶ。 人殺しを生業とする兵士が、分かっていて戦争という言葉に、建前に縋りつく部分。 「まぁ、あんたはいい。それを知っているし、それを起こす立場でもないからな。 だが、あいつは、民によって税金で生かしてもらっているっていう事実を分かっていない。 だから、ヴァン達を見て何も思わない、復讐しか見えない」 「アーシェ様は、女性だからな。 他国に嫁ぐ為の教育しか受けていないのだろう」 「だが、本を読むぐらいはできるだろ? 俺の考えは、自然に沸いた訳じゃないぜ。多くの本を読んで、その中から俺が選んだものだ。それさえしてきてないと言わせない」 バルフレアの厳しい言葉に、バッシュはため息をつく。 「だとしたら、お前の旅は、殿下が破魔石を持った時点で終わる訳だな」 「あぁ、その時点で俺は消える」 バルフレアは、まっすぐにバッシュを見た。 「だからそうなったら、あんたがどうにかして、俺を引きとめろよ」 「引き止めたら、居てくれるのか?」 「当然」 「では、必死になって縋る練習でもするか」 「……あんたが、俺に縋るのか?」 「それではだめか?」 「だめ……じゃないどころか、そんなもんが見れるなら、アーシェに破魔石を取ってもらいたいぜ」 「殿下は、馬鹿ではないぞ」 「あぁ…たぶんな」 バッシュは、珍しく自分からバルフレアに手を伸ばし、バルフレアを抱きしめる。 この自由を愛する恋人は、決して自分が縋ったとしても残ってはくれないだろう。 ここまで一人で生き抜いてきた意思は、プライドは、自分を折る事をよしとしない。まだそんな年齢にもなっていない。 それは、自分にも覚えのあるもの。 あの時、もしノアが傍にいて引き止めたとしても、決して後ろは振り向かなかっただろう。 今の自分なら、もう少し違う結果を出したかもしれないが、彼にとっては十年以上も先の話だ。 「離れる時には、挨拶ぐらいはしていってくれ…」 それでも、手を伸ばした後。あの時と違い、何か繋ぐものがあると信じたい。 「何だ、引き止めてくれないのかよ」 「引き止めるが…俺がどんな事をしても、お前は行くと決めたら、行ってしまうだろう?」 「あんたに追ってきて欲しいだけかもよ」 バッシュがクスリと笑う。 「お前も分かっているだろう?」 お互い譲れないものがある。 それを折ってまで、傍らにいてくれとは言わない。 それでは、自分ではなくなってしまうし、惚れた相手じゃなくなる。 「アーシェに期待だな」 「大丈夫だ」 二人は額をくっつけ、口の中で笑う。 そのまま自然と唇が重なった。 -continue・・・-