I long…U 3  

  ”先客”は、シドに剣を向けていた。 空賊と名乗ったその男は、纏う雰囲気、外見共々、それらしいものだった。   「まだ、あんなことを続けているか!」   しかし、聞こえてきた言葉は、空賊が、ただの盗人が言う台詞ではない。 それは、アーシェに対する態度にもあらわれていた。   (どこの関係者だ?)   バルフレアは、数年前の記憶をさらうが出てこない。 それでも、間違いなく帝国関係者だと確信していた。 シドが去った後、そのレダスの誘いに乗り、港町バーフォンハイムに寄る事になる。 自称空族と、オンドール候とのつながり。 そして、自分と同じように破魔石に何らかの関わりがあるように見える言動。   「へえ、他に心当たりか。  妙に、お詳しいな」 「それは、お前も同じだろうが」   バルフレアはレダスを見据える。 しかし、荒くれた男共を束ねてきた男は、そんな視線にも揺るがず、同じように見返してくる。   (こっちに話せない事情がある限り、こいつからは何も得られそうにないな…)   相手の隠しもしない不審の混じる眼差しを背に、バルフレアは扉の外に出た。       レダスの好意により与えられた部屋は、海に面した小さな個室。 バルフレアは、この部屋に入ってからずっと、ベッドに寝転がり闇を見つめ波の音を聞いていた。   (色ボケしてて、苛付くこともないだろうと思ってたんだがな…)   今までちらついていた影が、名前を持って目の前に現れてしまった。 ヴェーネス。   (あんたの話し相手はそれか?………持論だと笑みを浮かべ言っていた言葉は……あれは……)   そこに小さなノックの音。 バルフレアは、動かない。 しかし、ノックの音は止まず、ずっと小さな音を出し続けている。 それが一分も続いた頃、諦めてバルフレアは立ち上がった。   「…あんたか」 「これを」   無理やり持たされたディフェンダー。   「行くぞ」 「は?」   突然現われたバッシュは、彼の腕を掴みひきずるように歩き出す。   「ちょ、ちょっと待てっ」   バッシュは何も言わない。   「バッシュっ!」 「今夜一晩でそれに慣れるぞ」 「はぁ〜?」   バルフレアは、引きずられ歩きながら、持たされた両手剣を見る。 これも不得手の武器。 刀には随分慣れ、バッシュほどとはいかないが、それなりには使えるようになってきている。自分の評価としては、上の下をかする程度。 この短期間で、不得手の武器にしては、十分の進歩だと思っている。 だが、それでも上の下なのだ。 この先、より強いモンスターに会った時には通用しないだろう。 しかし、前衛を抜ける訳にはいかない。 ここまで来る道中、仲間に気取られないよう、バルフレアは笑みで必死さを隠しとおし刀を振っていた。 なのに、持たされた獲物は両手剣。 重量も重心も違う、諸刃の武器。 当然戦い方が変わる。   「あんたなぁ…」   引きずられるのはごめんだと、バルフレアはバッシュの腕を振り解き諦めて彼についていく。   「大丈夫だ。君なら出来る」 「前より、時間がないだろうが」 「だから、今夜一晩だと言った。両手剣の方が殺傷力が格段に違うからな。刀よりも効果が高い」   バルフレアは忌々しげに舌打ちをした。 戦いに関してバッシュは見事なまでに見抜いてくる。 どうしてそれが恋愛ごとにまで及ばないのかと少々恨めしく思いながらも、バルフレアは諦めて剣を背負った。   「やってみましょうかね」   ため息まじりに呟いた。       バルフレアの動きを、バッシュは背後でずっと見つめ続ける。 最近の彼は十分に癖を落とし、刀を振っていた。 そろそろ頃合だと思っていたのだが、少し遅かったようだ。 刀に慣れた体は、重量のある両手剣との差異をとっさには埋められず、しばしばバランスを崩す。だがその中でも彼の飛びぬけた運動神経は、それを徐々に克服しつつあるのを見て、バッシュは嬉しそうに笑う。 手を伸ばせない自分が、今の立ち位置の範囲で彼に出来る事は少ない。 心配していたほどでは無かったが、彼が居たのは明かりもつけずに真っ暗になっていた部屋。 自分の父親と戦って、何も思わない訳が無い。 それを阻む事が出来なかった自分が歯がゆい。 これだと言って出せるものでは無い感情というもの。 いつになったら確実なものを見つけられるのだろうと、前を走るバルフレアよりも酷い焦りの表情を浮かべて、バッシュはフォローしていた。       「まだ、座り込むには早いと思うが?」 「俺をあんたと一緒にすんな」   バルフレアは、モンスターのいなくなったセロビ台地、河岸段丘に座り込んでいた。   「だいたい何も食べないで、ここまで動いたんだ。  どっちかといえば褒めてくれ」   バッシュの眉間に皺がよる。 無言で背負ってきた荷物を物色し、バルフレアの目の前に並べていった。   「あ〜?」 「これだけあれば十分だろ?」 「あんた、こんなものまで背負ってきたのか?」 「君と一緒に食べたかったからな」   笑いながら、真っ赤なワインを取り出し、封を切る。   「それをくれ」   渡された瓶をあおる。   「はー、生き返ったぜ」 「食べ終わったら続きだからな」 「面倒な事は嫌いだと言っただろ…ったく…」 「でも、君は努力をしていた。だろ?」   バルフレアは、嫌そうにバッシュを見る。   「きっと、両手剣の方が早く君に馴染むだろう」 「…なんでだ?」 「刀は軽すぎただろう?  君の得手、銃は刀よりはるかに重い。  両手剣で防御するにも、それほど違和感は無いはずだ」 「……そうか」 「あぁ、もう君の癖もすっかり抜けたし、今なら前よりも楽に両手剣を扱える」   流石将軍と、バルフレアは感心する。 自分が彼の目的外の余計な事を言ったせいで、ダルマスカの事、自分の事の二つの考慮しなければならないのにも関わらず、それ以外の仲間への気配りも忘れない。 律儀な将軍の事、どれも同じくらいの重みで気を配り、考えているのだろう。 そこまで考えて、突然バッシュが今夜ここに自分を連れてきたのか、その理由に気づいた。 口元に浮かぶ苦い笑み。 一晩で覚えなければならないものは膨大。 剣を振るう事によって消耗する体力。 体も頭もこれだけ消耗すれば、楽に寝られるだろう。 そう、何も考えずに自分を寝かせる為。   (あんたは、優しいな……)   まだ答えは貰っていない。 真面目な彼が答えを出すと言った以上、まだ答えが出ていないのだろう。 あれから随分たつ。 もう諦める頃合だと思い始めているが、それでも答えを待っている。 ただ、諦めはじめている心には、彼の仲間としての優しさが酷く応える。 味のしなくなった食事を口にほうりこむ。 それを無理やりワインで流し込み、立ち上がった。   「もういいのか?」 「あぁ、あんたはちゃんと食べた方がいい。  俺は、面倒を片付けてくるさ」 「いや、待ってくれ」   バッシュは、慌てて残っているものを口にほうりこむ。租借しながら荷物をまとめ、最後にバルフレアと同じように、ワインで胃に流し込んだ。   「おいおい、大丈夫かよ」 「大丈夫だ」   荷物を背負い、剣を握る。   「前から掲示板にあったランクSのモブ。今日、依頼を引き受けてきた。  明日、今夜の成果をそこで試したいのだが…」 「まじかよ…」   バッシュは、力強く頷く。   「君なら大丈夫だ」 「……あんたなぁ……大丈夫だ、大丈夫だって……」 「大丈夫だから、大丈夫だと言っているのだ。  安心したまえ、まだ寝かせるつもりはないからな」 「そういう事は、ベッドの中で言ってくれよ」 「ばっ……」   バッシュは、真っ赤になって言葉に詰まる。   「それなら、俺はいくらでも頑張るぜ」   バルフレアは、口の端をあげ小さく笑う。 バッシュは、返答に困りながらも、今夜ようやく見ることが出来た笑みに安心していた。     -continue・・・-  

  07.11.15 未読猫