07.11.15 未読猫フォーン海岸にある何でも屋。 サリカ樹林のボムキングから得たレアアイテムを大量に抱えた面々は、換金された金額に喜び、久々のショッピングとばかりに目を輝かせて物色していた。 ヴァンとパンネロは、楽しそうにはしゃぎながら、一つ一つアイテムを取ってその効果を店主聞いている。 アーシェはいくつかの武器について、フランから説明を受けている。 そして、バルフレアとバッシュは、それぞれ防具を見ていた。 バッシュは目の前の大型鏡を使いながらリフレクトメイルを装着する。 試着した姿を楽しんでいる訳ではない。 鎧の購入に関しては確認しなければならない事がある。それには鏡が必須。 既に錆びやへこみが無いかを細かく確認した。 一般流通されている防具は、オーダーものと違い廉価故に、体に合っているかどうかが問題になる。 ものは金属。決して人間の体に合わせ形を変える事はない。 だからこそ、鏡の前で鎧を身に着ける。 無闇に動かぬよう固定する為の紐の位置。 鎧下代わりのより集めの服へのあたり具合。 一つ一つを自分の目で確認していく。 (バレルコートか…) 新しい防具を身に付けたバルフレアの背中が鏡に映っていた。 (こういう防具は、嫌いなのだろうな…) 彼の後姿を隠すように自分のリフレクトメイルが映っている。 小さく口元に笑みを浮かべた後、バッシュは自分を見直して、その笑みが凍りついた。 (ち…がう……) 部屋の中に高い音が響き渡った。 「バッシュっ!」 (違う……っ) 「バッシュっ!!」 バルフレアは、自分の制止の声も聞かずに鏡を殴り続けるバッシュを無理やり羽交い絞めにする。 「あんた、何をしてるっ!」 バッシュの顔が、のろのろと背後のバルフレアを見る。 「バルフレア?」 「あんたの手は、剣を持つ手だろうがっ!」 バッシュの瞳が不思議そうにバルフレアの顔と自分の右手を交互に見た後、再び顔を逸らし俯く。鏡に映っていた自分の顔を思い出し、彼の顔を見ていられなかった。 バルフレアは、バッシュの怒気が消えたのを感じ、鏡の破片から離れバッシュを無理やり座らせた。 「パンネロ、ケアルはまだだ」 慌てて走ってきたパンネロを言葉だけで制止する。 左手で止血しながら、流れている血をハンカチで拭い、ガラスの破片が入ってないか確認する。破片が入ったままの治療は、ガラスごと細胞が傷を覆ってしまい、二度手間になる。 それをパンネロに説明していたフランは、バルフレアに薬を渡した。 「どうしたんだ?」 「…すまない」 有りえない方向から怒りの気配を感じ、驚き振り向いた時には、バッシュが鏡に向かって拳を振り下ろしていた。 ほんの少し前までは、穏やかな空気だけしか自分は感じなかった。 彼の一言の侘びでは、何一つ分からない。 「それで終わりかよ?」 「すまない」 決して目を合わそうとしない。 微妙に流れてくる感情は、怒り。 しかし、それが自分に向かっているのではない事だけは分かる。 バルフレアはため息一つついて、追求をやめた。 とりあえず目の前の傷を治す事に集中する。手を見ていたバルフレアは気づかない。少し頭をあげたバッシュが痛そうに自分を見ていた事に。 ◇◆◇ 物資を補給した後、「波の音を聞いて、リフレッシュ!」という元気な空賊見習い二人の言葉に、他のメンバーがそれぞれ笑いながら受け、フォーン海外で休む事になった。 一応ケアルによって綺麗に治ったバッシュの右手だったが、誰もが彼の行動について何も問わず、ただ彼を心配して休息を選んだ。 既に時刻は夜半すぎ。 誰もが、安心できる場所で寝息をたてていた。 ただ、その中にはバッシュは居ない。 彼は、暗い海を見つめながら、必死に探していた。 (見つかるはずだった…) バルフレアが望んだものは、心からの言葉。 「はい」にせよ、「いいえ」にせよ。 あの時の自分には持ち得なかったが、今の自分なら持っていると思っていた。 彼を見ているのが好きだ。 分かりづらい彼の優しさを見つける度に笑みが漏れる。 キスはとても甘い。 抱きしめるのも、抱きしめられるのも嫌じゃない。 強姦されるのも、別に構わないとさえ思っている。 だから既に仲間以上の気持があると、芽生えていると思っていた。 ただ、彼に答える決定的な言葉が見つからず、今はそれを探しているつもりだった。 あの真摯な瞳と同じように答えたかった。 (何で違う?) 自分も彼と同じように、彼を見ていると思い込んでいた。 それなのに、鏡に映った己は、仲間の域を出ていない瞳で彼を見る。 これでは、彼の手を取れない。 バッシュの手が強く握り締められる。 伸ばしたい手が、伸ばせない事に苛立ちを隠せない。 もう帝国まで目の前にきている。一週間もかからないだろう。 それまでに出したい答え。 なのに、それが遠のいてしまった。 (帝国には、ドラクロア研究所には、彼の父親がいる…) 戦いになる可能性が高い。 バッシュは、彼と、彼の父親を戦わせたくなかった。 どうしようもない状況になったら、自分が彼の前に出て剣を交えればいいとさえ思っていた。 (ノア…) 過去、幾度もあった事ではないが、それでも地下牢でノアと対峙した記憶は、幾つもの後悔とそれ以上の心の痛みがあがる。 自分は彼の言葉を受け止めるだけ。 自分に何かを言う資格さえなかった。 だが、彼はそこに在る。生きている。自分を貶めてくれる。 それは、自分にとって一つの救い。 彼が生きていてくれた事だけで、十分だった。 生きていれば、やり直す事さえ可能ではないだろうかと、傲慢な夢さえ描ける。 しかし、この旅では、破魔石は鍵。 帝国は敵。 ドラクロア研究所の所長という肩書きをもつシドが、敵として立つ可能性が高すぎる。 ダルマスカを背負うアーシェの前に立ちはだかる以上、自分は戦わねばならない。 それを躊躇う訳にはいかない。 だが、それを彼に強いたくない。 死は、永遠の別れ。 何の夢も描けない。 父親の事を話す、彼の酷く歪んだ顔を思い出す。 この旅が始まって、たった一度見せた表情。 それが、普段皮肉げな表情に隠れた彼の素直な心の現われなのだろう。 自分でさえ、何も出来ず未だ決別されたままで、人の事を言える立場でないのは分かっているが、それでも何とかしてやりたい。手を伸ばしたいと思う。 手を取りたい…… 取って、彼に自分の事以外の事を心配して欲しい。 それに、ずっと不安に思う事がある。 早く手を取らないと、あの空を愛する彼は、背後を振り返りもせずに飛んで行ってしまうような気がしてならない。 たとえ手を取ったとしても、彼が心を決めてしまえば飛んで行ってしまうのは分かっているが、それでも細い糸は残るかもしれない。 だが、今のままでは何一つ残らない。 手を伸ばしたい…… なのに、自分はその資格を持ち得ない。 バッシュは、暗い海を見続ける。 探しているものが見つからない。 探しているものが何かもわからない。 それでも、必死に探し続ける。 -continue・・・-