I long…U 10  

  静まり返った部屋に、コツンと小さな音が二つ。 バッシュは、手にしていた書類から顔をあげ、音のした窓に視線を移す。 再び、小さい音。 バッシュは音も無く立ち上がり、剣の柄に手を添え、一気に窓を開けた。   「よぉ」   諦めきれずに、未だ心鮮やかに残っている姿。その姿が、窓の外木の上で一番慣れ親しんだ皮肉な笑みを浮かべていた。 バッシュは、まるで人形のように、その思いがけない姿を呆然と見つめる。 頭は何一つ動かない。ただ、体が勝手にバルフレアに向かった。両手を彼に伸ばす。恐る恐る、顔や、体に触れる。 バルフレアは、その間、じっとバッシュを見つめていた。   「バル…フレア…?」 「こんな、色男は、他にいないだろ?」 「…あぁ」   バッシュは、バルフレアの抱き抱えるように部屋に引きずり込み、そのまま噛み付くように唇を合わせた。   「…っ?!」   そのあまりにバッシュらしくない行動に、バルフレアは、一回、二回と瞬きをした後、両腕を伸ばし、彼を強く抱き寄せる。 お互い、泣きそうな顔をして。 お互い、必死な顔をして。 そして、お互い安堵していた。   バッシュは、今抱きしめている相手が幻ではない現実だという事を確かめていた。 現実の熱だと自分に分からせる為に、体が勝手に彼を引き寄せもっと深くと舌を伸ばす。 腕の中の熱が、抱きしめられる強さが、貪るような口付けが、幻でも夢でも無いと伝えてくる。 バッシュは、心の中で『ファーラム』と、最後の感謝を神に捧げた。   バルフレアは、ただ泣きたかった。 長年一緒に居た相棒の目は確かだった。 バッシュは、今自分の腕の中に居る。自分を抱きしめている。 酷く欲した、熱がまだ手の中にあった。 その熱が自分の体に触れる度に、眩暈のような感覚が沸く。 恋愛ごとに奥手なバッシュが、進んで口付けてきた事に驚きながらも、泣きたいぐらい嬉しかった。   「ちょっと会わないうちに、随分と積極的になった」 「バルフレア…」   必死になって見つめてくるブルーグレイの瞳。   「ん?」 「生きているな?」   酷く切ない表情と共に語られるそれ。   「あぁ…」   自分の存在が、そんな表情と声音と言葉を出させた事に、不謹慎にもにやけそうになる。 それを、普段の皮肉な笑みに変えた。   「怪我はしなかったのか?」 「それで来るのが遅くなった」 「…そうか……」   手紙だけでも欲しかったと言おうとして、その言葉を口の中で消す。 自分の弱みを見せる事をよしとしない空賊にとって、そんな事が出来る訳がないと簡単に想像ついた。   「バッシュ…」   躊躇いがちなヘーゼルグリーンの瞳。   「まだ…俺に、惚れてるか?」   珍しぐらいの気弱な表情と共に語られた。   「どうした?」 「何がだよ?」 「俺の目の前に居るのは、本当にバルフレアか?いや、まだ怪我が完治していないせいか?」   慌てた掌が、バルフレアの額に宛てられる。   「熱は無いようだな。どこに怪我をした?」   バルフレアは、呆然と見ているだけ。 それに焦れたバッシュは、バルフレアの服を脱がそうとボタンに手をかけた。   「バッ、バッシュっ!」   ようやくそれに気づいたバルフレアは、慌てて彼の手を止める。   「俺の怪我はとっくに完治してる。なぁ、思い出せよ。俺の本性はこんなもんだっただろ?」 「何を言ってる?」 「俺は、あの時も逃げてる最中だったよな。そして今度も逃げたんだよ…」   辛そうに歪む顔。   「俺は、あんたが正気に戻っている事が怖かったんだ…」 「?…俺は、いつでも正気のつもりだが…」   バルフレアは、まじまじとバッシュを見る。   「あんた…変わったのは、髪型だけか?」 「何か、変わらなければならないような事があったか?」 「いや…今、ガブラスなんだろ?自分の名前じゃない名前で呼ばれ、弟のふりをする生活に煩わされてないのか?それに何にも追い立てられない平和な生活も、あんたは知らないよな?」 「確かに身の回りは変わったが、自分を変えた覚えはないし、変わりようが無いと思うが」 「確かに、あんたは、変わったように見えないな…」   バルフレアは、実際酷く躊躇って言葉を一旦止める。   「なぁ………あんたは、ノーマルだっただろ?」 「お前も、そうだと言っていたな」 「あぁ…でも俺は、もうあんたしか、見えないからな…」   酷く苦い表情。   「後悔しているのか?」 「後悔してたら、ここには来ないさ。俺はあんたの気持がどうあれ、奪いに来たんだ」   今までの似合わない弱気な表情を払拭させたバルフレアは、楽しそうにバッシュに笑いかける。   「…それは…困ったな……」 「あんたに、拒否権はないぜ」 「ならば、もう少し落ち着くまで、手伝ってくれ」 「は?」 「戦後処理が、まったく終わらんのだ。惚れているのだろ?俺の為に巻き込まれてくれ」   目を瞬いた後、盛大な舌打ち。 間違いなく、自分の惚れた相手。 その言動。 まったくと言っていいほど変わらないバッシュが、バルフレアの目の前に居た。 もう一度、舌打ちをする。   「俺は、ただ働きなんかしないぜ」 「俺が報酬では、だめか?」   相変わらずいかれた頭は、目の前のおっさんを可愛いと解釈する。 ため息が洩れた。 彼の言葉は、全て本音。 嘘の入る余地など無い。 相手の言葉に率直に、思った事を返してくる。 掌で自分の顔を覆う。 酷く恥ずかしい。 そんな彼と違い、ひねくれた言葉しか持ち得ないバルフレアは、根性でいつもの皮肉な笑みを浮かべた。   「次の日、腰が立たなくなるぐらい、無茶をしていいって事だな」 「お前が、それを出来るならな」   バッシュは、バルフレアの手を忘れていない。 出てくる言葉とは違い、酷く優しく丁寧。 いつも自分の体の事だけを、優先していた。   「バッシュっ!」 「何だ?」 「っ〜〜〜〜〜〜、くそっ、覚えてろっ!」 「あぁ、覚えている。全て覚えて…っつ」   全部聞くにはあまりに恥ずかしすぎて、バルフレアは無理やりキスでバッシュの口を塞いだ。   「…あんた…本当に変わってないな……」 「目の前の仕事を片付けるだけで精一杯。倒れこむように寝るしか出来ない毎日で、どうやって変える暇があるというのだ?  だいたい、少しでも時間の余裕が生まれると、お前がちらつく。  夢を見ると、ろくでもない事をお前が言う。夢に出てくるのなら、ちゃんと無事を知らせろ」 「あー?あんたの夢にまで、責任を持てるかってーの」 「俺が、その度に叫びながら飛び起きて、神に祈っていたのにか?」   今まで見たこともないバッシュの表情は、あまりに痛くて、バルフレアが訝しげに目を細める。   「……俺は、何と言った?」 「悪ぃ…と一言言った後に、二度と目を開かなかった……」   辛そうに歪められた顔を引き寄せ、腕の中に入れる。 間違いなく自分の責任。 自分が逃げた結果。 そのせいで、見る必要もない夢を、何度も彼に見させ続けた。   「悪ぃ」 「っ、その言葉は、二度と聞きたくないっ!」   背中に回された手が、力無く背中を叩く。   「……約束する。俺は、二度とあんたから逃げない」 「あぁ、そうしてくれ」 「分かってるのか?あんた、二度と俺から逃げられないって事なんだぜ」   肩にあずけていた頭を上げ、バルフレアの顔を見たバッシュはクスリと笑う。   「逃げる前に、報告をするという事だろ?」 「………犯すぞ」   率直に、あまりにも率直に帰ってくる言葉は、本人が意識してないにも関わらず容赦ない。 適わないなと思いながらも悔しくて、相手の苦手分野を投げつける。   「構わんが…フランが、近くで待っているのではないのか?」   想像しなかった別離は、絶え間なく続いた飢えと恐怖は、バッシュに拘りや、躊躇いを全て意味の無いものに変えていた。   「本当に積極的になったな……」 「やっと生きているお前が目の前が居るんだ。照れる余裕なんかあるか」   再び、バッシュの手は、バルフレアが着ている服のボタンにかかる。   「惚れてる?」 「当然だ」 「……良かった」 「良くないっ!」   バッシュから貰った言葉を噛締めているバルフレアは、人形のようにされるがまま服を剥ぎ取られていた。 そして、現れる惨い傷と火傷の跡。右腕から肩、背中、右足腿にかけて、まるで模様のように広がっていた。   「これは…」   その傷跡を、怯えるように指でたどる。   「フランに怪我をさせる訳にはいかないだろ?  男の勲章ってやつだ。死ぬようなもんでもなかったしな」 「そうか……」 「俺は、生きている」 「あぁ…」 「俺は、あんたの目の前に居る」 「あぁ」 「これからもずっとな」 「……そうしてくれ」   バッシュは、労わるように傷口に唇を落とす。   「フランは、無事だったのだな?」 「いや、グロセアリング直している最中に、骨折しちゃってな。  まぁ、俺と違って外傷は無いから、ずっと元気だったぜ」 「そうか…それで、彼女は?」 「あ?…あぁ、そうだな。一応連絡は取らないと、ヤバイな」   まるで、タイミングを見計らったように、通信機がカチリと音をたてる。   「フラン?」 『一段落ついたかしら?』 「まぁな」 『明日から貴方がバッシュにつくように、私もラーサーの秘書を務める事にしたわ』 「は?………」 『貴方の手配書は取り消しました。それから、お二人の立場も公式に処理済みです。  お久しぶりです、バルフレアさん』   通信機から、懐かしい声。 バルフレアは、全て見透かされている事に頭を抱え、バッシュは、その才能に「流石だ…」と声を洩らす。   『フランさんの部屋は、私の隣に用意致します。バルフレアさんは、今いらっしゃるお部屋で構いませんよね?』   皇帝という肩書きをもつが、十代前半の子供。言っている意味がわかっているのか、それとも単に仲間だからなのかが分からなくて、返す言葉が見つからない。   『あぁ、明日は朝が早いので、無理はしないで下さい。お願いします』   しっかり者の皇帝は、完璧に理解していた。 バルフレアは、明日からの事を考えて酷く痛む頭を押さえている。 バッシュは、ここまでくると流石と言っていいのか、それとも窘めるべきなのか、悩んでいる。   『バルフレア』 「んだよ」 『一月に一回程度なら、空賊しても良いという了承を貰ったわ。  足も貸してくれるそうよ』 「……皇帝のお墨付きで空賊?……しかも帝国の足で?」 『でも…貴方の事だから、休み無しで働くなんて、無理でしょう?』 「………唯一の休日に空賊家業?…しかも休みが月に一回だぁ?」 『そのかわり、全ての仕事は、お二人でやって頂きますから』   精度の高い通信機は、フランとラーサーの小さな笑い声を拾う。 バルフレアは、無言で通信機をブチ切った。   「まじかよ………帝王教育ってのは、ここまで教えるものなのか?」 「いや……俺も、知らんが……」   酷く気まずい空気。 二人は、明日、どんな顔をして己の上司と相棒に会っていいか分からなかった。 バルフレアが長々とした、これみよがしのため息をつく。   「俺は、政治なんつー面倒な事なんか、長々とやる予定はないからな」   力尽きて座り込んだバルフレアは、恨めしげにバッシュを見上げる。   「ブナンザ家の頭脳と腕を貸すんだ、さっさと終わらせるぞ」 「ありがたい」 「だろ?」 「あぁ、反乱を起しそうな貴族が呆れるぐらい居る。  お前の家は、父親を無くしたフォローで精一杯だったからな。これで動ける。ブナンザのように、大貴族が表に出てくれるなら、落ち着くのも早いだろう」   そういう意味で言った訳じゃないと舌打ちをした後、本日何度目になるか分からない口癖「まじかよ」と呟く。 逃げた肩書きが、しっかりと戻ってきた。 あらゆる事から逃げられないように人生はなっているんだなと、バルフレアはもう一度忌々しげに舌打ちをする。   「……さすが将軍閣下…」 「ほめ言葉と受け取っておこう」   バルフレアは、苦笑を浮かべ、のろのろと立ち上がる。   「明日からだ」   バルフレアは、まっすぐバッシュを見る。   「明日から、ファムラン・ミド・ブナンザだ。覚えときな」   バッシュは、バルフレアの瞳に、告白された当時と同じものを見る。 そういえば、木の上に居た時もそうだった。 酷く焦がれている、自分を欲している瞳。 見た瞬間、彼の心が自分にあると分かる。安心する。   「あぁ」 「今は、まだ空賊だ。  今夜のあんたの時間は、俺が頂いた」     -End-  

     

  私の都合で、本にならなかった後半戦です。ほんにすんませんですm(__)m めいっぱい二人への愛を詰め込み、長いものに仕上がった事でお詫びに……なるかな……orz   ということで、私が最初に思いついた二人のなれそめ話です。 やたらと、目つきについて語っています。まだまだ若造な空賊は、心を隠しきれないというか、好きな相手にはダダ漏れ状態のようです。皮肉な笑顔なんかじゃごまかせない若造若造Vv その点、おっさんな年齢の将軍は、結構曲者で表情に出ないようです。それに気づかず鏡にやつ当たってますけどね…。 この後いちゃこきながら、フランとラーサーにからかわれながら、帝国で二人しているといい。 老後は、ひなびた田舎で二人一緒するといい。 RWを脳内から削除して頂けると、色々楽しい今後でございます。 長い話を最後までありがとうございましたm(__)m  

 
  07.11.15 未読猫