07.11.15 未読猫目がいってしまう先がある。 「俺は、あんたの心も体も全部欲しいんだ」 酷く焦がれる瞳を向けたまま、彼は自分に伝えた。その瞳に囚われたように、自分の視線は彼を見つめる。 そして……彼の事を考える。 ◆I long…U 1 バッシュは、最後尾を守りながら、最前列に居る彼を後姿を見ていた。 アーシェの為に、己のしなければならない事を成す為にここに居るはずなのに、それを忘れてしまいそうになる自分が居る。 「必ず答えを出す。少し待ってくれ」そう言ってから、瞳は彼を追い、頭は今までの彼をなぞるばかり。 すらりとした長躯。 その体が刀を持ち、無駄なく動く。 今まで決して軽くはない銃を持っていたのだ。 それで防御しながら、瞬時に狙いをつけ敵を葬っていた。 素人では無い剣さばきも見た。 着やせするのだろう。必要な筋肉が付いていると分かる動き。 綺麗だと思う。 今までも決して見ていなかった訳ではない。 彼が言うほどには、空賊に似つかわしくない言動。 他の者が語る言葉を注意深く、冷ややかに聞く姿。 物欲だけではない意図が隠された言葉。 一般市民と異なる優雅な動き。 そして軍経験者と思わせる基本に忠実な剣。 どうして空賊になったのかは知らないが、高度な教育を受けた者が持つ躾けられた姿を持っている。 決して外見は似ていないが、名家に生まれたウォースラと同じ空気を彼に感じていた。 今彼が、どこの国の者か想像はついている。 帝国。 彼はそこを知っている。 神都プルオミシェイスで彼が言った言葉は、他国の者が語っているとは思えない内容。 だからと言って、彼が敵だとは思っていない。 それは、ここまで来た彼の行動が十分示している。 彼はその持ちえる知識を、腕を、空をこの仲間全員に与えている。 むろん彼の意図は、違うどこかにあるのだろう。 破魔石。 彼の何かが、あの石と関係している。 それは確信。 あの石に対する態度が、常の彼と空気をたがえる。 それが、帝国の人間だという事とどう関わりがあるのかは、まだ分からない。 聞けば、今の彼なら隠すことなく語ってくれるだろう。 だが、それを聞いていいものかが分からない。 だから、彼が話す時を待てばいいと思っている。 彼は裏切らない。彼は信頼できる。それを自分は知っている。 それで十分だと思っている。 『俺は、あんたの心も体も全部欲しいんだ』 今まで知っていた彼とは、まったく違う姿。 その言葉を肯定する瞳。 嫌われていると思っていた。 彼と自分とでは、あまりにも立ち位置が違う。 相容れないものだと思っていた。 苦々しげに逸らされた顔を覚えている。 舌打ちされた事は何度も。 苛立たしげな顔も。 そして、挑発的な言葉の数々。 そのどれをとっても、あの時の表情と言葉に繋がらない。 バッシュは、頭をかいた。 分からない事は、その本人に聞くのが一番だと、寝ている仲間から離れた彼の方へ足を向けた。 「バルフレア」 「いるか?」 バルフレアの片手があがり、酒瓶をふる。 「相変わらず眠れないのか?」 「いいや、なんとなくな」 「邪魔だったか?」 「惚れてる相手が目の前に居てか?」 あれから、何度も見るようになった表情。自分を欲する瞳と共に、困ったような、辛そうな笑みを浮かべる。 それを見る度に、早く答えを出さなくてはと思う。しかし、何も出てこない。 「君は、私のことが嫌いではなかったのか?」 ずっと不思議に思っていた事が、自然と口についた。 「座れよ」 クスリと笑って、バルフレアは自分の横を叩く。 「あ…唐突ですまない…」 「いいや、別に構わないぜ」 ワインが手渡される。 「嫌いだと思っていたというのが本当だな」 「それは、嫌いだった訳ではないということか?」 「たぶん…な…俺は、逃げるのが得手だからさ……」 顔が歪む。 「だから…あんたの真っ直ぐ前を見る目が…嫌いだった……」 「私の目?」 「あんたは知らないだろうな……あんたは、全てを受け止める。それが呪いだろうと、恨みだろうと、全て……そして、それを全部抱えて前を向く。前へ進む。 あんたは、俺に俺とは正反対の生き方を示したんだよ」 「そんな事は……」 「まぁ、真実がどうかなんて、分からないが…俺は、そう思った。 それが分かる前は嫌だったと。あんたがそう思うような態度だったという訳だ」 一旦はバッシュに渡した酒瓶を取り、口をつける。 「分かるのに、随分時間がかかったようだが?」 「あぁ……それは違う」 バルフレアの視線が泳ぐ。 「剣に持ち替えた時には、既に悟っていた…な」 バッシュは、しばし考える。あれから彼についての記憶を何度もなぞっていた。違和感。 そして唐突に、答えを得る。自分としては、かなり珍しいぐらいの閃き。そしてそれが正しいと自然と思った。 「ウォースラが居た時の態度は、嫉妬だったのか?」 言葉を選ばないそれに、バルフレアは頭を抱える。そして恨めしげにバッシュを見上げた。 「そうだよ」 「あいつに焼いてどうするのだ?」 「それ」 「は?」 「あんたは、あれにだけは言葉遣いを変えるだろ?」 バッシュは眉ねを寄せ、一瞬考え込む。 「そうだったか?」 「無意識かよ……それも腹立つ」 「あいつとは、一兵卒からの知り合いだからな。 子供の頃と変わらない態度になってしまうのだろう」 「それって、俺は慰められているのか?」 「い、いや、そういう訳ではないのだが…」 うまく返す言葉が見つからないバッシュに、バルフレアは苦笑を浮かべ引き寄せた。 「バル…」 言葉は最後まで言えず、唇は塞がれる。 「あんたが喋りやすい言い方で、構わないさ」 バッシュは、真っ赤になって口をおさえ、小さく「そうか」と頷いた。 「考えてもらってるんだ。贅沢は言えないからな」 何も言わずに受け入れてくれているバッシュに、バルフレアは一瞬切なげな表情を浮かべた後、いつものように口の端をあげる。 俯いて考え始めていたバッシュは、そんな様子の彼に気づかない。そしていつものように、思ったそのままの言葉を口にした。 「何で酒を飲むようになった?」 「〜〜〜っ、次から次へと……」 率直な言葉は、自分の情け無い部分を容赦なく晒そうとする。バルフレアは、一瞬もう一度口を塞いでやろうかと思ったが、諦めて本音を言う事にする。頭が痛くても、恥ずかしくても、惚れた相手に嘘はつけない。 「あんたの事を考えないようにする為だよ」 「君らしくもない…」 「あー?俺らしいんだよ。 俺はあんたと正反対だと言っただろ? 逃げる努力を汲んでくれ」 「逃げる?今の君がか?私には推測もつかないが、今も君は何かに向かっているのだろう?」 バルフレアの目が瞬く。 「ドラクロア研究所に行く事は、君にとって不愉快なものではないのか?」 ため息が漏れる。どこまで見透かされているのだろうと、嫌々真っ直ぐ自分を見る瞳を見返した。 「あ…すまない…」 「別に構わないさ。 そうだ、俺はそこから、その場所から逃げてきた。 ドラクロア研究所所長、シドルファス・デム・ブナンザ、ドクター・シド……俺の父親からな」 バッシュの目が見開く。帝国の者だとは思っていた。軍に所属していると確信もしていた。しかし、彼の素性がここまでのものとは想像範疇外のもの。 「俺はあいつと同じ機工士の道を進み、ずっとそのままの日々を生涯過ごすとばかり思っていた馬鹿な子供だったのさ。 それが、急変した。 虚空と会話するあいつ。まるでそこに誰かが居るように、破魔石を掲げ、研究成果を晒す。 俺は、絶えられなかった。狂っているとしかいいようのない姿を見ていられなかった……そして、その狂気が俺に向けられる……あいつは無理やり俺をジャッジに仕立てたんだよ」 「ジャッジ…」 「半年ももたなかったな。俺は、そこから逃げ出した」 見上げてくる顔は、酷く無様に歪んでいる。そんな彼を見たことがない。 「今、俺がここに居るのは、あんたのおかげだな」 「私の?」 「あぁ、俺はあんたの視線のありようが気に入った。 俺もそれを持ちたいとまで思うようになったんだぜ。 バッシュ、俺はあんたに惚れてる……が、惚れていなかったとしても、あんたは凄いと思ってるよ」 「……私は、珍しいモノを見ているのか?」 「はぁ?」 「君が、人を褒めるとは思わなかった」 「……あんたなぁ」 バルフレアは、力無い声そのままに笑う。 結構深刻な話をしていると思う。頑なに封印していた過去。 なのに、バッシュとの会話は、妙に力が抜ける。 「本当なら、深刻な顔して、この旅に参加してただろうにな…」 バッシュの顔を見る。 「あんたに惚れたおかげで、助かった。深刻になりたくても、カケラもなれないぜ」 「それは……良かったというべきだろうか?」 「あぁ。この旅の中で、間違いなくあいつと戦いになるだろう。 だが、俺は、過去とあいつと戦う事よりも、あんたが手に入るかどうかでびくびくしてるんだ」 「それは…親父殿が、寂しがるのではないか?」 バルフレアは、呆れた顔を隠しもしない。 「いや…そう思っただけなのだが……」 「それで?あんたからの質問は終わりかよ」 「あ……あの…だな……いつ気づいたのだ?」 「は?」 「わ、私の事が…好きだと…」 慣れない言葉を言っているのがまるわかり。 バルフレアは、面白げにバッシュを見ている。 「色々考えてはいるのだが……何を考えればいいのか…分からなくてな……」 ぼそぼそとバッシュが困った顔そのままの声で話す。 「君の経験を参考にしようかと……」 バルフレアは、顔を片手で覆う。頭が痛い。惚れたと言われた相手の経験を参考にするなんて話は、聞いた事がない。どういう思考が働いたら自分にそんな問いをするのか激しく不明。 「あのなぁ…」 「なんだ?」 学校の生徒よろしく、きちんと背筋を伸ばして自分の言葉を聞くバッシュが凄く嫌。 「普通、あんたが俺にそれを聞くか?」 「……しかし、他に聞く相手がいなくてな」 困ってるのだと声高に主張している、頭を掻いている姿。 「すまない」 ため息が漏れた。 そして、諦めた。 「砂海亭にいるあんたが、あまりにらしくなくてさ……手を伸ばしそうになったんだよ。 抱きしめたいとか。 キスがしたいとか。 色々な。 もう駄目だって思ったってのが、最初だ」 ぶっきらぼうに、バッシュから顔を逸らして言う。 「ダメだと言う事なら、十分思っているのだが…」という呟きが聞こえ、慌ててバッシュの顔を見た。 いつもと変わらない姿。 「君から逃げられないという事は、分かっている」 「…そうかよ」 バルフレアは、もう何と言っていいか分からない。こんな無様な対応しか出来ない。今までの恋の駆け引きの経験が、まったく役に立たない。ここまで、天然な相手をどうやって対応すればいいんだ?と、祈った事の無い神にまで救いを求めそうになった。 「んで、なんか参考になったかよ?」 「………………………………………………………………す、すまない」 やはりと思いながらため息をつくが、顔は笑っている。 「ま、そのうち分かって、さっさと俺に惚れてくれ」 バルフレアの腕がバッシュに伸びて、そのまま彼を引き寄せる。 さきほどよりも、軽い、啄ばむようなキス。 「これでいいのか?」 「あぁ、今はな」 口の端をあげて、笑う。 「そうか」 そのあまりの言い草に、口の端がさがった。 「そうだよ」 「分かった」 「あぁ、分かってくれよ」 惚れた相手なのに、こんな所だけは好きになれないと、バルフレアはがっくりと肩を落とした。 -continue・・・-