07.07.17 未読猫◆蓋を開けたら あれから、時間の経過が分からなくなるほど、慌しい日々が流れていた。 ようやく一息をつけたのは、再びダルマスカに戻った今日。 レイスウォール王墓、シヴァ脱出後。 これまでの疲れを癒す為に、ヴァンとパンネロは自宅に戻り、残りが宿屋に宿泊する事になる。 出会ってから、ようやく訪れたゆったりとした時間。 ここに来るまで、二人共ナルビナ城砦地下で初めて会ったという態度を崩さなかった。 あの時の話は、一切していない。 どこにでもあるツインの部屋の中。 バッシュは、少し照れたような表情でベッドに座り、見上げている。 バルフレアは、いつもと変わらない笑みに温かみを混ぜ、見下ろしている。 今、二人はあの時の二人だった。 「大きくなったな」 「わ、私の方が年上なのだから、あ、当たり前だ」 「割りに、俺より低いみたいだが?」 無造作にバッシュの頭をポンポンと叩く。 「バルフレアっ!」 「あの後、泣いただろ?」 「〜〜〜〜っ!!」 「泣きながら走って、転ばなかったか?」 あまりな言いように怒鳴ろうとしたが、彼の表情が声を止めた。 バルフレアは、笑っていなかった。 「悪かった」 「何がだ?」 「俺は、ランディスの事を知ってたのにな…」 「子供に言っても仕方が無いだろう?君は、未来から来たとさえ言えなかったはずだ」 「そうだったな」 バルフレアは苦笑を収め、言っても仕方の無い事から話題を変える。 「しっかし、将軍様とはなぁ。えらい出世だ」 「空賊なら空賊と、あの時言ってくれれば良かったのだ。 私は、手配書を見てどれだけ驚いたか…」 手配書を初めて見た時、周りに人が居るのも忘れ、それに見入ってしまった。 「最初、君の子供だと思ったのだぞ」 「だが、俺だと思った」 「あぁ、あの白いクリスタルは未だ見た事の無い物だったし、そんな事があっても不思議はない現れ方だったからな」 バルフレアにとっては数週間前の話だが、バッシュにとっては二十数年さかのぼる。 その時間は、バッシュの外見を変え、年齢を増やし、子供らしさをなくした。 しかし、あの頃と変わらない瞳が笑みを形づくっている。 バルフレアに会えた事が嬉しい。 気が付くと、自分が子供で、彼が大人だという錯覚に陥る。 だからといって、抱きつくわけにはいかないなと、心の中で「自分は年上で、大人なんだ」と、言い聞かせていた。 「お前も、フルネームを言えば良かったんだよ。 そうすれば、もっと早く助けてやれたかもしれないだろ? 約束を守れないようなヤツとは、思ってなかったからな」 有名なダルマスカの将軍。 名前は、バッシュ・フォン・ローゼンバーグ。 出身はランディス。 情報は、その三つだけ。 しかしバッシュ将軍は、処刑によって死んだとされていた。 「すまない……君との約束は、守れなかった。 ヴェインにとって利用価値がなければ、私は間違いなく殺されていた」 「だが、生きていた。だろ?」 「頑張ったのだがな……犬死する気もなかった……が……カッコ悪くて、すまない…」 バルフレアの前には、数日前に出会った子供が居た。 既に大人になって、十分な腕もあるのにも関わらず、まだ足りないとあがいている子供。 「お前は、欲深だな」 バッシュの首が、分からないと傾ぐ。 「本当に、変わんない。あの時と同じだ。何をあせってる? お前は、もっと強くなるし、俺も居るだろ? 今回は、ずっと一緒だぜ」 「ずっと?」 「あぁ、ずっとだ。ここは俺の所属する時間だからな、帰る場所なんてない」 「本当か?君は空賊だろう? アーシェ殿下についていく理由など無いではないか」 バッシュの顔が辛そうに歪む。 普段のバッシュなら、そこまで表情を変えない。 目の前にバルフレアが、あの時のバルフレアが居る事で、子供のように表情を隠せないでいた。 「理由ならある。 ったく、お前は随分と冷たいな」 バッシュの頭を撫でる。 「バルフレアっ!私はもう子供では…」 「だったら、思い出せよ。 俺は、あの時ちゃんと言ったぜ」 分からないと困った顔が、バルフレアの目の前にある。 しょうがないなと苦笑を浮かべ、バルフレアはバッシュと間近で目を合わせた。 「今度こそ忘れるな。お前は、俺の仲間だって言っただろ?それは、今だって変わらないんだぜ。 今度もちゃんと、帰してやるよ」 目が見開かれる。 「ほ…本当か?」 「あぁ」 「絶対?」 「あぁ、お前が行く所に最後まで付き合ってやる」 未だ子供に対するような話し方をするバルフレアに、怒る事も出来なかった。 想像だにしなかった言葉。 バッシュは、彼が扱う子供の時のように両手を伸ばし、目の前の彼の首にしがみついた。 「バルフレア…出来る時まででいい……そう言ってもらえるだけで嬉しい……」 「ったく、このお子様は、つれないねぇ〜」 「子供ではないとっ!」 「仲間は、最後まで仲間なんだぜ」 しがみついてきた背中を静かに撫でる。 あの時は、すっぽり腕の中に入って、なおかつ腕が余ったなと、小さく笑う。 「一ヶ月も経ってないのに、随分と大きくなったよなぁ。 見違えるほど強くなったしな」 「私にとっては、二十年以上経っているのだが…」 「だが、まっすぐ人を見る瞳と、麦の穂色の髪はそのまんまだ」 後ろに流した髪の毛を指で梳く。 髪型も変わって無いなと、指先で遊んでいたら、爪が首筋に触れた。 「っ…」 「ん?」 「あ……あの…だ…な……」 がばっとあげられた顔は真っ赤。 「……そっちは、相変わらずお子様なのか?」 「ばっ、バルフレアっ!」 「違うとでも?」 意地の悪い笑みを浮かべた顔は、あの時のように額にキスを一つ落とす。 「ほら」 ご返杯は?とばかりに、自分の額を叩く。 バッシュは、真っ赤になって固まったまま動けない。 「お前なぁ……真面目すぎるのもどうかと思うぞ」 「そ、それが私だからっ…」 「まさか、チェリーとか言わないよな?」 「ばっ…そんな訳があるかっ!」 ニヤニヤ笑いながら、ふぅ〜ん素人チェリーちゃんかと呟く。 それに怒鳴り声は返ってこない。 図星かよと、バルフレアは呆れ顔になった。 「しゃぁねぇなぁ。酒場にでも行くか?」 「だ、だめだっ!」 「ん?」 「アーシェ殿下がいらっしゃるのに、そのような場所に行く訳にはいかない」 「……俺もか?」 今はいいが、流石にずっと禁欲生活を続けるつもりはない。 「いや、君は殿下に仕えている訳ではないのだから、好きにして構わない…」 「本当にそう思ってるのか?」 バッシュの眉間に皺が寄っている。 短い期間ではあるが、そんな小難しい顔は見た事が無い。 「思っているが…」 バッシュは、何でそんな事を聞かれるのか分からない。 「お前なぁ…自分がどんな顔をしているのか、気づいてないのか?」 「何を言っている?」 「ここ」 バルフレアはバッシュの眉間をトントン叩く。 「お前に似合わないほど、皺がよってた」 バッシュは、無条件で父親に言われた時のように、その質問を真剣にとらえ考え始める。 バルフレアは、そんな彼を面白そうに覗き込んだ。 「っ……な、何だっ?!」 「真っ赤だ」 「は?」 「顔が赤いって言ってるんだ。本当に、お前って変わらないよなぁ」 それは違うと、バッシュは心の中で叫んでいた。 バッシュの肩書き。 友人から良く聞かされた肩書き。 落ち着いた。 頼りになる。 優しい。 等々。 決して、こんな状態の自分を指す言葉は無かったはず。 そんな状況に陥った事の無いバッシュは、未経験故どう対応していいか分からない。 「俺としては、変わらないお前が見れて嬉しいけどな」 ウィンク一つに、あの時と同じ笑み。 それがバッシュの目の前にある。 ずっと、心の中に残っていたもの。 体の中から聞こえる音が煩い。 彼から目を離せない。 コトリと、心にあった一つの感情が音を立てる。 たぶんあの時生まれた感情。 それを、初めて知った。 薬草が欲しかった。 けれど、もっと欲しいものが、あの時出来ていた。 本当に欲しかったものは、手に入らなかった。 だから、泣いた。 バルフレア。 それが欲しかったものの名前。 彼の傍らに自分が在りたかった。 眉間に皺が寄った理由は、無意識の嫉妬。 女性という事で、傍らに在る事を許される存在。 それが許せなかった。 分かってしまえば、簡単で。 バッシュは、嬉しそうに笑った。 「ん?」 「分かった…」 仲間として一緒に在る事が、凄く嬉しい。 「あ?」 「いいや」 笑ったまま顔を寄せ、バルフレアの額に口付ける。 「お返しだ」 一瞬きょとんとした顔が、普段のあの皮肉な笑みに取って代わる。 「一応の成長は、あったわけだ」 ◇◆◇ 目の前には大量の空き瓶。 二人共、枠と言っていいほどの酒豪。 好みの酒は違えども、バッシュにとっては二十年ぶりに会えた事と己の気持を知った事が深酒をさせ、バルフレアにとっては二度と会えないかもしれないと思っていた相手に会えた事が嬉しくてグラスを傾ける回数を増やさせた。 「いっちょまえに、酒を飲むようになったかぁ」 「だから、私は大人だと……何度言えば分かる」 「ん〜…一生思えないかもしれないな。 お前、変わらなさすぎ」 「そんなに私は、変わってないか?」 「あぁ。お前の雰囲気がな。そのまんま」 「私にとっては、君もヴァンも代わらないのだぞ。私こそ、君を子供扱いしたいぐらいだ」 「おいおい、それこそ勘弁してくれ。あそこまでお子様な覚えはないぞ」 バルフレアは、少しふらつきながら、バッシュに近づく。 「流石に飲みすぎたか」 「まだまだ」 ニンマリ笑った顔が目の前にきた。 「だ、大丈夫か?」 ほんの数刻前に気づいた気持が、心臓をはねさせる。 支えるように伸ばした手が、少し震える。 「大丈夫に決まってる。 ほら、こっち向け」 楽しそうに笑ったままのバルフレアは、バッシュの顔を掬い上げ、おもむろに口付けた。 それなりに酒が強いとお互いが自負はしていたが、なにせ飲みすぎている。 半よっぱらいは、勢いそのままに舌を突っ込み、もう一人の半よっぱらいも、応戦とばかりに舌を絡めた。 『『気持……いいっ?!!』』 二人、速攻で素面に逆戻り。 バルフレアは、舌をからめながら考えていた。 頭の中には、お強請り上手だった子供の顔。キラキラ光る金色と青色が、にっこりと笑っている。 自分は、子供趣味な変態じゃないと、心の中の頭をぶんぶん横に振る。 今口付けしているのは、将軍様で、男で、自分より年上のおっさんだと言い聞かせる。 しかし、思い浮かぶのは、自分にとっては少し前の子供と同じ笑顔と表情を持つ、やけにおっさんらしくない大人。あがいている姿も、子供の頃と変わらない。 あの時の感情がよみがえってくる。 なんとなく困ったと思った。 何に困ったのか自分でも分からずそのままにして、すっかり忘れていた。 それが何か唐突に理解する。 あの子供が自分より年上だという事は、あの時点で分かっていた。 二度と会う事が、ないかもしれないといと考えもした。 それでも、あの一生懸命さに酷く惹かれている自分が居て、それを無自覚に困ったと思ったのだろう。 そう、あの時から惹かれていた。 無意識のうちに、帰したくないと思っていた。 バッシュは、舌をからめながら考えていた。 ほんの少し前に自覚した気持。 それを取り違えていた事に気づく。 彼の傍に在りたい思った。 それに間違いはない。 ただ、その根底が間違っていた。 好きというのは、仲間とか、強い人に対する憧れとかいうものとは違う事を自覚する。 頭より先に体が反応していた。 もっとと強請るように腕が勝手に彼の首にまわっている。 熱が勝手に下半身に集まり始めている。 これは、単なる好きという感情じゃない。 彼が欲しいと、心と体が欲しいと、そういう欲があった事をここにきてようやく知った。 そして思い出す。数々の過去。 『お前って、巨乳ってどうよ?』と、ランディスの騎士団に居た仲間に言われた時の回答が、『……ほとんどない方がいいかもしれない』だった。 『あの方も振られたと言っていたぞ。お前の好みというのは、どういう人なんだ?』と、ウォースラに聞かれた時、『……背が高くて、すらりとしていて、剣の腕がたって……ウィンクが似合う人だろうか?』と、考えもなしに言った。 そのまんまだ。あの時、何で気づかなかったのだろうと、暫し頭が痛くなる。 『『やばい……』』 二人共、自分をストレートだと思っていた。それが、おもいっきり覆される。 気づいていしまった気持。 しかし、この想いは伝えられないと同時に思う。 二人して、お互いをストレートだと当然確信していた。 唇が、腕が、静かに離れる。 「お子様も成長するもんだ」 バルフレアは、自分らしい言葉を選びながらも、視線を泳がせている。 「ちっ…酔っ払ったみたいだ。つぶれる前に風呂に入ってくるわ」 「あ、あぁ。私も酔っ払ったようだ。風呂はいい、先に寝ているからな」 「分かった」 お互い目はあわせない。 あわせられない。 空になった瓶やグラスをそのままに、バルフレアは風呂場へ、バッシュは布団へ逃げる。 そして、二人は頭をかかえる。 自己主張し始めた下半身を呆然と見ていた。 -End-
宝箱の中身を書き終わった後、この文章の1/4は勢いで書いてましたねf(^-^;) ただ、他の更新を一切していなかったもんで……あはは……そっちにしましたけど。 ついでに、連載物の最終話が思いついたんで、そっちも書いていたな。 なんか、お子様みたいな事を大人風味でしてやがります。 困った二人です。 ちなみに、話は続きます。タイトル変えるけど。ほら、一応くっつくまでね。 どっちが腹をくくるか想像がまだつきませぬ(;。。)m" いきあたりばったりで…ごめんっ!(((((((脱フラン