審判の霊樹エクスデス 3  

  平日は、のんびりと、本を読む。 休日は、バッシュと一緒にどこかしらに出かけていく。 一度会いたいと思っていたファムランには、会えなかった。 急な打ち合わせが入り、自分がここに現れる前日に帰国したとバッシュから聞いている。 そこに意図的なもの、微かな違和感を感じる。 最初、召還獣の逸話を思い出した時点で思った事が頭をよぎる。 この世界は、現実か? 審判する為に用意された幻ではないのか? だが、あまりにも違う世界観。霊樹がここまで作り出せるのか?とも思う。 疑問は解消されない。 自分はまだここに居る。 将軍ではないバッシュの傍で。   「バッシュ……」   徐々に増えていく、この世界の知識。 そして、ただ一人を除いて薄らいでいく自分の世界。 その中でバッシュ、ダルマスカの将軍バッシュだけが、自分をイヴァリースに繋いでいる。 バッシュと話す度に、将軍の言葉が、仕草が、強く思い出させられる。 同一人物と言っていいぐらいなのに、戦いのない世界で安定した生活をしているせいか、将軍とは違うものを時折感じさせる。 それが、自分の持つ将軍の記憶を強く刺激する。 こんなにも自分は彼を見ていたのかと、記憶していたのかと思うほど、鮮明に事細かに思い出す。 今もバッシュを思い出している。 そうしていないと、イヴェリースを忘れてしまいそうで怖かった。 フランは自分を取り戻す為に、あの仲間から離れ、一人で動いているのだろうか? バッシュは、もう先に行ってしまったのだろうか? 帝国…あの面子では、上にいけるかさえも不安。   「俺は……なぜここに居っ?!!」   突然、部屋の中にベルの音が鳴り響いた。 バルフレアは驚いて起き上がり、部屋の中で音を発しているモノを見る。   「電話かよ…」   便利な機械だと思う。だがミミック菌が蔓延しているイヴァリースでは、難しいなととも考える。ただ携帯電話ならいけるかもしれないと思った所で、その電話から声が流れた。   『てめぇっ!俺の居ない間にまたやっただろっ!だいたい何で携帯切ってやがるっ!!』   呆然と、赤いランプを点灯させている電話機を見る。   『いい加減に止めろって言っただろ!  どうしてあんたは、何もかも自分の腕の中に入れようとするんだっ!  どう考えたって、あんたの管轄じゃないミスまで懐に入れるなっ!  あんたの年齢であんたの実績で部長のままっておかしいと思わないのか?  あんたの同期は、あんたに何もかも押し付けて、あんたより昇進してんだろうがっ!!』   (この声は……)   『どうせあんたの事だから、昇進なんて興味がないって言うんだろうけどな、それならせめて一人の人間が抱えられるだけの範囲で手を伸ばせっ!それも、あんたの部下の範囲でだけだっ!  そのうちあんたが潰れるって何度も言ってるだろっ!!』   (なんて声を出しやがる……)   『馬鹿バッシュっ!俺は明後日には帰る。首洗って待ってろ!言い訳は一切聞かないからな!!』   プツリと切れる音。そして機械音による留守電メッセージを告げる声。 バルフレアは、未だ呆然とそれを聞いていた。 間違いない自分の声。 そして、他人だからこそ分かる、その怒鳴り声に含まれたもの。 バルフレアは、赤く点滅する電話をずっと見ている。   『どうしてあんたは、何もかも自分の腕の中に入れようとするんだっ!』   ヴァンがバッシュに怒鳴った時、どうして自分はそれを止めるような言葉を選んだ? 王女にひっぱだかれた姿を見て、自分は何を思った? ウォースラに対する王女の態度を見て、不愉快に思ったのはなぜだ? ダルマスカの砂海亭で、一人静かにグラスを傾けていた姿を見て自分は何を思った? 幾らでも思い出せる、長いようで短い時間の出来事の数々。 そして、その時自分が思った事。 どうして気づかなかったのかと思うぐらい、自分の気持ちは明確に一つの事を示していた。   「………まじかよ…」   バルフレアの力無い声が、無機質な部屋に落ちた。                 ◇◆◇                 「バルフレアっ!」   夜遅い時間。 真っ暗な部屋に明かりがつく。   「バルフレア………居るのなら、電気をつければいいのに」   バルフレアは、真っ暗な部屋で入り口から背を向け座っていた。   「電話」 「は?」   バルフレアが指差した電話は、留守電が入っていると赤いランプが点滅している。   「ファムランが、怒鳴っていたぞ」   バッシュは、もうバレたのかと困ったように呟く。   「電話した方が、いいんじゃないのか?」 「いや、それより君はまだ夕飯を食べていないのだろう?それからにしよう」   バルフレアが、のろのろと顔をあげる。   「バッシュ……もういいんだ」 「何がだ?」 「いや、あんたに言ってもしょうがないな……審判の霊樹エクスデス、聞いているな?  俺に何をさせたいんだ?  俺は、わかっただけだぜ。  あんたが、俺に分からせたかった事はこれなんだろ?  なぜそれが審判になるんだか分からないが…これが、この俺の想いを知る事が、目的の一つである事は分かった」 「バルフレア?」 「ありがとうな、バッシュ。  あんたが、現実のものか未だに分からないが、俺は感謝しているぜ」   バルフレアは立ち上がり、バッシュに笑いかける。   「だが、もう帰る時間だ。だから、さよならな」 「もう…か?」 「そんな顔すんなよ。あんたには、ファムランが居るだろ?  あれだけ怒ってたんだ、後が大変だぜ。覚悟しておけよ」 「君に会わせたかったんだ……」 「それは勘弁しろ。俺は俺なんかに会いたくないね。きっとあっちもそう思うと思うぜ」   バルフレアは、バッシュに手をのばす。   「Bye……」   この世界のバッシュには傷が無い。それが残念だったから、傷の代わりにバッシュの額にキスを落とす。   「審判の霊樹エクスデス、帰るぞ!」   まるでそれが合図だったかのように、バルフレアの目の前の世界が歪んでいく。 そして見知らぬ世界は消え、目の前に視界に納めきれないほどの大きさを持った木が、暗闇の中にぽつんと現れた。   「まだ、何か用があるのかよ?」 『お主に、我の力を与えようと思ったのだが、お主は自分の気持ちに蓋をし、無意識のうちに自分の目的だけを見ようと摩り替えていた。  それが不服だったのでな』   頭に響く声が、笑っている。   「それであの世界か?」 『そうだ』 「あの世界は本物か?」 『当然本物だ。我には、無い世界に人を飛ばす力は無い。だが、バッシュは我が作り出してみた』   バルフレアの肩が、がっくりと落ちる。 だとすると、ファムランも居ない。あの声は作り出されたという事。   「随分とお節介な木だな…」 『そうか?我は、もっと感謝されるかと思ったのだがな』 「あー?こんな気持ちに気づいてどうすんだ?相手は、あのバッシュなんだぞ」   頭の中で笑い声が響く。 凄く腹立たしい。 そして、一方的に会話を打ち切られた。 瞬きした瞬間に目の前に現れたのは、モスフォーラ山地、戦っていた場所。仲間は分かれた瞬間と何も変わらない位置に居る。 そしてエクスデスが居た場所には、彼のライセンス。その文様が、光り輝いて浮かんでいた。 それが、招かれたかのように、バルフレアの手に落ちる。 バルフレアは、むかついて一瞬捨てようと思ったが、傷つき荒い息を吐いている仲間の手前、諦めて手に収めた。   「貴方を選んだのね」 「フラン?」 「随分と気難しい上に、選択眼が厳しいそうよ」   気難しい?厳しい?激しく違和感。 まだ残っている頭の中の笑い声は、やけに陽気だった。 それに、選択眼というのは何だ?と手の中のライセンスに問いたい。 未だ、なぜ自分が選ばれたか分からない。 きっとろくでもない理由だろうと思い、聞かなくてよかったとまで思ったところに、また笑い声が頭の中に響いてきた。   『お主の自由を愛する心に魅かれたのだよ。  我には、無理やり与えられたものしか無かったのでな。  その自由の為に、我が手を貸したいと思った。  ファムラン、楽しみにしておるぞ』   頭の中に一方的に送り込まれた言葉。 まぁ言葉だけなら、それなりに良い台詞かもしれないが、笑いを含む声は、威厳もないしむかつく。   「これ、解除する方法はないのか?」 「死ぬ以外、知らないわね…」   くすくす笑い出す相棒に、舌打ちをする。   「それで、噂の審判はどうだったの?」 「知るかっ!」   バルフレアは、傷だらけの仲間を置き去りにし、さっさと山を降りる道へ歩き出した。     -continue・・・-  

  07.11.15 未読猫