審判の霊樹エクスデス 2  

  「やはりな……」   未だマニュアルに没頭しているバルフレアを見て、呆れた口調が洩れる。 テーブルの上に置かれた手紙は畳まれたまま。見た様子が一切無い。 まったくファムランと同じではないかと、バッシュはぶつぶつ呟く。そして、無理やりバルフレアの手からマニュアルを取り上げた。   「あ?」 「食事だ。それに、今度は私の質問に答えてくれるのだろう?  それとも、君の質問はまだ終わってないのかね?」   目の前に並べられた、食べ物と思われるもの。 バルフレアはバッシュを見上げて、これは何だ?と目で問う。   「君の世界には無いかもしれないな。私の国にも無い。  この国の食べ物で、おにぎりと味噌汁。厚焼き玉子に、肉じゃがだ。  コンビニで買ったものだから、凄く美味いという訳にはいかないが、私は、料理が出来ないのでな」   バルフレアにプラスチックのフォークを渡し、慣れた手つきでおにぎりの封をあけていく。   「結構旨いぞ」 「あ、あぁ」   手渡されたものをそのまま口に入れる。   「…変わった食べ方なんだな」   手に持って食べるものが珍しかった。   「美味いな」 「君の口にあって良かった。  食べながら話してもいいか?」 「あぁ、構わない。本を読みながら食べるよりは、数倍いいだろ」 「君もか……それは止めた方がいいぞ」   バルフレアは、この世界の自分もそうなのかと苦笑し、バッシュは、目の前のバルフレアと名乗る相手が、ファムランとあまり切り離せなくて困った顔をする。   「ヒュムとは何だ?」 「あぁ、俺とかあんたみたいな外見の種族さ。  俺の世界には、ヒュム以外にも、ヴィエラ、モーグリ、バンガと、色んな種族がいるんだよ。  ここには、ヒュムしか居ないのか?」 「このような外見?」 「あぁ、頭に長い耳が付いてる訳でもなく、爬虫類のような外見をしている訳でもない、こんな外見の種族だよ」   バッシュは自分の外見をまじまじと見る。   「それは、髪の色や目の色、肌の色といった違いだけでは無いのだな?」 「そうだ、根本的に違う」 「ならば、この世界には、ヒュムしか居ない。他の種族でも言葉を話したりするのだろう?」 「あぁ、当然だ。商売をしたり、物を作ったりするぜ」   バッシュは、頭をふる。途方も無い話。 彼の自然さがなければ、からかわれていると思ってしまう所。 まったく自分の世界とは違いすぎる。   「何で、君は怪我をしていたのだね?」 「あぁ、さっきまで戦っていたからな」 「戦う?戦争をしていたという事か?」   彼の持っていた武器が気になった。   「まぁ、確かに戦争の最中だが……俺は、召還獣と戦っていたんだよ。  そいつが、結構強いやつで、仲間が必死になって頑張ってギリギリだったもんだから、治療する暇がなくてな」 「召還獣?」 「召還する事によって使役出来るモンスターの事だ」 「モンスター?」 「街を出ると、そこら辺にいる。動物の形をしていたり、植物や幽霊のようなものだったり、形も能力も色々だが、全てのモンスターが一致している点が一つある。攻撃してくる。  当然地上を行き来する者は、全員武装して戦わなければならない」 「空を行けばいいのではないのか?」 「モンスターを倒す事によって、武器や防具を作るための原料なんかが得られるんだよ。  だから、ハンターとか、冒険者とか、武器を片手に歩いているな。  それに、大きな街以外空港は無い。だから小さな町や集落は、地上を頼らざるえない」   二人とも、食べながらの会話。 バルフレアは、随分と庶民的だなと、バッシュを眺める。 確かに平民出の将軍だったが、ここまで一般的だった覚えはない。 アーシェという主を守り、雑多なパーティを纏め上げていた状況が、将軍という地位を感じさせていたのかもしれないなとふと思った。   「ところで、君はなぜここに来たのだ?なぜ私の前に現れた?」 「それは、俺が聞きたいぜ」   だがと、バルフレアは続ける。 戦っていた召還獣の逸話をバッシュに語る。 ただその逸話は、逸話であって、確かなものではないと一応釘を刺す。 バルフレアも、現状が把握できずに、この先どうしていいか分からない。 あの場所に居る仲間が、突然居なくなった自分を心配するだろう事を思い、小さな舌打ちが洩れる。 自分が、心配の原因になった事が酷く疎ましい。   「大丈夫だ」   突然の言葉に、バルフレアが顔をあげバッシュをまじまじと見る。   「きっと戻れる。だから、ここに居る間は安心してのんびりしなさい」   戦争中だと言っていた。 街を出ればモンスターが出ると言っていた。 そして、戦う度あのように血に染まっているのだろう。 ここには、日本には、戦争は無い。モンスターも居ない。彼の戦う理由も無いだろう。 バッシュは、せめて彼がここに居る間は、そんな事を忘れていられればいいと思った。   「バッシュ…」 「この世界に居る間は、ここに居るといい。君の好きなように使ってくれて構わない」 「あんたは……どの世界に居てもお人よしなんだな」   同じ顔をした、まったく違う環境の人間。 それなのに、自分の知っているバッシュだと思わせる言動。 将軍と空賊という立場上、あまり多く話す事は無かったが、それでも分かるぐらいには知っている。 暖かな笑みは彼のもの。 きっと、この世界でも、貧乏籤を引いているのだろうなと思い、その貧乏くじの一つバルフレアは「よろしくな」と、彼にしては珍しく素直に返事をしていた。                 ◇◆◇                 穏やかな時間が流れていく。 朝、バッシュと一緒に起きて、朝ごはんを食べる。 不思議な食器の使い方を覚えた。   「これは箸と言ってだな。この国では昔から使われているものだ。  使い慣れると便利だぞ」   そう言って渡された二本の棒。   「こうやって一本を固定して、もう一本を動かすんだ」 「ぐっ…」   手がつった。 俺も最初はよくつったなと、笑いながら言われたのが癪に障り、バッシュが会社に行っている間に特訓をした。 微妙に変な持ち方だと言われたが、これ以上どうにもならない。 確かに便利なものだと思った。 ご飯も、味噌汁も、生の魚にも慣れた。 不思議な異国の食べ物は、すっかり日常にある。 バッシュが会社に出かけた後、昼ご飯も異国メニュー。 たまに近くのコンビニに出かけては、見た事もない食べ物を買う。 この国の言葉、日本語で書かれているものは、未だにさっぱり分からない。 店員に話しかけたら硬直された後、顔の前に大きなバツ印を手で作ってきた。 それ以来、適当に手に取ったものを買っている。 当たりは、ポテトチップス。ギザギザの厚切り塩味が一番気に入った。 はずれは、納豆と豆腐。   「これ、味が無かったぞ」   捨てずに取っておいたパッケージを見て、「ちょっと待ってろ」とバッシュは鞄を放り出し、再び家を出て行った。 帰ってきた彼が持っていたもは、木屑みたいなものが入っていた袋と豆腐。 それを豆腐にふりかけ、黄色いものを乗せ、醤油をかけた。   「豆腐は、そのままで食べるものじゃない」   食べてみろとばかりに、押し付けられた箸を持ち、一口口に放り込む。   「な、美味しいだろう?」 「おぅ」   それから豆腐は、結構食べている。 納豆は……絶対二度と食べない。自分の口がプリンみたいになった気がする。それにこの匂い。香ばしいと感じるこの国の人間の感性は理解不能。 バッシュも同じだったようで、納豆はビニール袋に厳重に梱包され、そのままゴミ箱に捨てられた。 戦いの無い日々。 モンスターはどこにも居ない。 空は見上げるだけ。 飛べない事に苛ついていたら、バッシュが突然遊びに行こうと言い出した。 休みの日、人でごった返す場所、やたら煩い音楽の流れる中で並んだ。前の人間がやっている事を眺める。 体感型の戦闘ゲーム。変わった形状の戦闘機に乗って、敵を攻撃して点数を競うものだと言う。 現実感の無い操縦席からの光景。 まるで撃ってくれといわんばかりの敵の動き。 自分の動きについてこない、不恰好な操縦桿と酷く軋む操縦席。 自然と舌打ちが洩れ、終わった後成績も見ずに立ち上がった。   「悪ぃ…バッシュ」 「いや…」 「この後はどうすんだ?」 「本屋に寄った後、食事をして酒を飲もうと思っていたんだが」   いいだろうか?と小首を傾げる姿に、バルフレアの口元が緩む。   「連れてってくれんだろ」 「あぁ」   ほっとした表情。それが、心の中に住み着いていた苛々を一瞬消した。 それに気づかずバルフレアは、バッシュの後ろを歩く。 夕方の繁華街。 多くの人が行きかっている。 突然立ち止まったバッシュは、バルフレアに手を伸ばした。   「は?」 「迷子になる」 「……変じゃないのか?」 「迷子になるよりはいいだろう?」   バルフレアの手を強く握り、再び歩き出す。 やっぱり変だろ?と、バルフレアは世間の視線を感じ思う。 バッシュもバルフレアも背が高い。 加えて、この国の人間でもない、異なった外見。 視線が痛いと思ったが、一生懸命自分に気を使ってくれる手が暖かくて、気にしないことにした。 その夜は、昔慣れ親しんだような食事を食べ。旨い酒を飲んだ。 手には、買ってもらった本。   「なぁ…あんた金は?」 「は?財布は、ちゃんと持っているぞ」 「違う…今日だけでも凄い金を使っただろう?」 「あぁ、大丈夫だ。私はこれでも結構給料をもらっているからな。今まで使う機会がなくて十分に貯まってる」 「じゃぁ、精々あんたの蓄えを減らすのに貢献するとしますかね」   バルフレアは、優雅に頭を下げながら笑った。     -continue・・・-  

  07.11.15 未読猫