審判の霊樹エクスデス 1  

  全員が肩で息をしている。 だが、誰もがあと少しでいけると確信していた。 ここ一週間、モスフォーラ山地、水音の伝わる所にテントを構え、ただひたすら全員の戦闘経験をあげていた。 帝国への旅路はあまりにも長い。 これから先の旅路が少しでも楽に進めるよう、全員が必死に自身の鍛錬をしていた。 そして、その準備の最後に選んだのは、サリカ樹林で出会った大工モーグリから得た情報、召還獣審判の霊樹エクスデスのライセンスだった。   「最後の攻撃が来るぞ!」   全員が身構える。 召喚獣が召還者を受け入れる直前に、必殺技を発動する事が多い。 眩しいほどの光りが全員を包み込む。 その中で召還獣は、光の粒に分解され、消えていった。   ◆審判の霊樹エクスデス 1   「っつ〜〜」 「ファムラン?」   凄く聞きたくない名前を、最近慣れ親しんだ声が紡ぐ。   「あ”〜?な……ぁ、あぁっっ?!!」   何であんたが、その名前を口にするんだと言おうととして硬直した。 目の前にバッシュが居る。それはいい。だが、その服装は何だ?と言いたい。 さっきまで見ていた彼とはまったく違う濃いグレーの動きずらそうな服。 そして、武器も持たずに、やけに軽そうな鞄を持っている。 その姿には、普段囚われていた時間を感じさせない強さや覇気がまったく感じられない。いや、正確には、ほんの少し程度は感じるのだが、それではアーシェを守り抜けるような強さが無さ過ぎる。   「……あんた……誰だ?」 「怪我をしているではないかっ!」   突然近寄ってきた見知った見知らぬ男は、人の言葉を無視して無理やりバルフレアを肩に背負う。   「ちょ、な、何をしやがるっ!」 「黙ってなさい。もうこんな時間だから病院なんぞやってない。とりあえず帰るぞ」   バッシュだ…と眉間に皺を寄せてバルフレアは思う。 未だに現状理解がまったく出来ない。 さっきまで居たモスフォーラ山地とはかけ離れた風景。 見た事もない場所。 そして、見た事も無いバッシュ。 とりあえず、騎士道精神一直線状態のバッシュと会話しても、無駄という事を一方的に学習させられていたバルフレアは、諦めて大人しく担がれ周囲を事細かに観察した。       「これって、治療をしてんだよな?」 「見て分からんのか?」   非常に怒っている。   「何でケアルを使わない?ケアルぐらい知ってるだろ?」 「何だ?そのケアルというのは?」   どうしてこんな怪我をしたんだ?オーラが、ビシビシ伝わってくる刺々しい言葉。 しかし、その言葉に嘘は無い。それが彼だから。 だから彼は、ケアルを知らない。加えて、怪我に慣れていない。治療する慣れない手がそれを示している。 それで、こんなに怒っているのかと納得し、バルフレアは小さな声でケアルを唱えた。   「ん?」   魔法が発動しなかった。 何度かケアルを唱えた後、それ以外の魔法を唱えてみる。何も発現しない。   ここは、どこだ?   既に心の中で、何度も呟いた言葉。 町並みが、あまりに自分の知っているものと違いすぎる。 空を飛ぶものが見えない。 地上に機械が走っている。 チョコボを見かけない。 というより、自然の風景がまったく見当たらない。 そして、道行く人々。 ヒュムしか見かけなかった。 そのヒュムも、目の前のバッシュとは違い、黒い髪、黒い瞳が多い。 そして、読めない文字らしきもの。 バッシュとは言葉が通じるのにも関わらず、この部屋の中に見える書物、紙片、一部を除きまったく判別不可能だった。   「よし。これでいい」   部屋に入った瞬間バルフレアは上半身を裸にされ、いたる所に消毒液と思われるものを降り掛けられた。 今、その部分は、ガーゼや包帯が巻かれている。   「さて、君は誰だ?ファムランではないな?」 「あんたの質問に答えたい所なんだが…とりあえず俺に質問をさせてくれないか?その中であんたの質問にも答えられる」 「ならば、名前だけでも教えてくれないか?」 「バルフレアだ」 「分かった、バルフレア。飲み物を用意してくるから、それからにしよう。  コーヒーでいいか?」 「……酒は無いのか?」   バッシュはクスリと笑い、キッチンらしき場所に消える。 突然、そこから何かが飛んできた。 慌てて顔の前でそれを受け止める。   「何しやがるっ!」 「ちゃんと君は、受け取っただろ?」   部屋の境に姿を現したバッシュは、満足そうな笑みを浮かべバルフレアを見ている。   「当たったら、どうしてくれるんだ?」 「君が、そんなヘマをする訳がない」   バルフレアは、苦笑を浮かべる。 彼が言うファムランは、自分ではない。 彼もそう確認したぐらいには、その名前の持ち主とは違うのだろう。 自分と同じ名を持つ別人。 だが、目の前のバッシュと同じように、ファムランと自分は似ているのだろう。 目の前のバッシュは、一切自分に警戒心を抱いていない。 その時突然、モスフォーラ山地で戦った相手の事を思い出した。 召還獣の名は「審判の霊樹エクスデス」 その逸話。     昔々…遥か時を超えた過去。 人々の悪意を全て身に纏い、いつしか人の姿になった古樹が一本。 名は、エクスデス。 次元を超え、他者を次元に飛ばし、無の力を求め続けた暗黒魔道士。 その終焉は、クリスタルによって齎される。 そして、古樹はクリスタルによって意思を与えられ……癒された。 彼は、再びその姿を変える。 一本の霊樹に。 審判する木に。 目の前の者の心を読み、それに相応しい地で行われる審判。 その内容は、受けた者以外誰も知らぬ。 そして、審判を受けた者は全てを心に抱え、口にのぼらせる事はない。   かの木は、審判の霊樹エクスデス。 審判する者。 癒された古樹。     (俺は審判されているのか?) 「…フレア?」 「あ?」 「飲まないのか?」   手にあるもの。 Beerという文字が見えた。 しかし、どうやって飲むかが分からない。   「あぁ、貸してみろ」   プシュという音がして、泡が少し覗く。   「へぇ〜便利だな」   バッシュが飲むのを見て、なるほどと関心しながら自分も飲む。長い戦闘からここまで何も水分を取っていない。 バルフレアは、喉が渇いていたのをようやく思い出して、それを一気に飲み干した。   「まだ、十分にある。飲みながら質問をするといい」 「悪いなバッシュ」   バッシュの目が見開く。   「あんたの名は、バッシュ・フォン・ローゼンバーグって言うんだろ?」   そのまま、コクコクと頷く。   「あんたの言う、ファムランってのは、ファムラン・ミド・ブナンザって名前なんだよな?」   再び同じ様子で頷くバッシュにクスリと笑う。   「で、ここに問題が一つ。俺の今の名は確かにバルフレアなんだが、捨てた名前がある。  それが、ファムラン。ファムラン・ミド・ブナンザって言う訳だ。  さて、ここで俺の質問だ。  この世界は何だ?」 「ファムラン?」 「それは捨てたと、今言っただろ。バルフレアだ」 「あ…すまない。バルフレア、意味が分からん」 「あんた、魔法って分かるか?」 「あぁ、ステッキを振り回したり、ピピルマピピリマプリリンパとかいう呪文を唱えるやつだろ?」   バッシュの仕草を見て、あからさまに何だそれは?と、バルフレアの表情が言う。   「ち、違かったか?  あ、髯の長い老人が杖を振って、天変地異を起こす方か?」   前者はアニメ(友人の子供から情報をゲット)で、後者はファンタジー映画(CMから情報をゲット)からの知識。 バッシュの読む本に、ファンタジー分野は一切無かった。   「……あんたは、魔法を使えるか?」   バッシュが、怪訝そうな顔をする。   「この世界には、魔法が生活に馴染んでるのかって聞いてるんだが…まぁ、あんたの顔を見れば、答えを聞く必要もないか」 「君は、この世界と言うのだな?」 「あぁ、ここは俺の知ってる世界じゃない。  魔法は使えない。地上を走る機械ばかり。そしてヒュムしか見かけなかった」 「地上を走る機械?車の事か?」 「車ね。俺の世界じゃ、地上では機械を侵食する菌がいるせいで、移動手段はチョコボっていう動物が基本だ。  機械は、空を飛ぶんだよ」 「飛行機しかないという事か?」 「飛行機がどんなもんか知らないが、エアバイク、エアカー、飛空挺、戦艦…動力が付くものは、全部空を飛んでいるぜ」 「それでは……私の仕事が無くなる…」 「ん?あんたの仕事って何なんだ?」   バッシュが鞄を開き、ごそごそといくつかの書類を取り出した。   「これは、君が設計をしたものだよ。  私の勤めている会社は、車を販売している」   手渡された紙には、綺麗に印刷された地上を走る機械。   「これの詳しいスペックは?」   分厚い冊子が、バルフレアに渡された。 それは社内用マニュアル、社外秘資料。細かなスペックと内部の緻密な構造が載っているのだが、バッシュはそれを気にもせずに彼に渡した。 バルフレアは、渡された資料を無言で読み始める。 傍でバッシュが満足そうに笑っているのには、気づかない。 不思議な服装。 装備されていた武器。 血まみれだった体。 そして、魔法という言葉。 戦う事を知っている者が持つ目。そして、ファムランという名前が出る度に冷ややかになる彼の纏う空気。 それが無ければ、未だにファムランが自分を騙していると思っていただろう。 目の前に居る彼は、ファムランと同じだが違う。 そうバッシュは、思うようになっていた。 そして、同じだと思う部分が、彼の言葉を信じさせた。 彼は、魔法がある世界から来た者。 この世界の者ではない。 冊子を見続ける横顔を眺める。 まるで、ファムランなのだがなと、バッシュは小さく微笑んだ。   「なるほどな……機械の技術が進み、それに電気動力が加わった結果という事か……」   細かい電子部品のページを開いていたファムランが呟く。   「君の世界の電気動力は、どのようなものなのだ?」   視線を上げずに、バルフレアは「ほとんど無くなった」と答えた。   「この世界には無いものが、俺の世界にはある。  このエンジンには、発火する燃料を圧縮し、爆発させる事により動くんだよな?  その燃料の代わりに無尽蔵のミストがある。それを圧縮し、そのエネルギーを利用したグロセア機関で、エンジンは動くのさ」 「ミスト?」 「あぁ、空気中を流れる微量の魔法エネルギーだ」 「それは……羨ましいな…」   無尽蔵だと言っていた。魔法エネルギー…それならば、排気に気を配る必要がなさそうに聞こえた。   「そうか?」 「あぁ、君はそれを見ていて疑問に思わなかったか?排気の部分に違和感があるだろう?」 「ん?あぁ…」   そう言ってバルフレアの口は、黙ってしまう。 元来身についてきた機工士としての興味が優先され、すっかりバッシュの存在を忘れさせる。 その当のバッシュといえば、あまりにも慣れた光景だったので、違和感なくそのままにさせておく。 見入ってしまっている彼をそのままに、バッシュは立ち上がった。 彼の前に渡した冊子と同じ言語の手紙を置く。 最初から彼は英語で会話をしていた。だからこそ渡したのは、英語のマニュアル。 今自分が居る日本語は、分からないのだろう。自分の母国と同じ言葉で良かったと、バッシュは嬉しそうに、買い物に出かけた。     -continue・・・-  

  07.11.15 未読猫