07.05.21 未読猫心が叫んでいる。 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! まるで駄々っ子のように、繰り返し繰り返しそれだけを叫んでいる。 今までそんな感情は知らなかった。 たった一人の人間に、こんなにも執着する心が自分の内にあるとは想像もしなかった。 あの瞳が欲しい。 あの体が欲しい。 あの声が欲しい。 あの熱が欲しい。 欲しい!欲しい!欲しい! こんなに欲にまみれた自分など知らなかった。 バッシュは、今、この時、ダルマスカも帝国もアーシェも大儀も忘れ、ただ一人バルフレアの事だけを思い、その姿を探していた。 彼の部屋にも居ない。 酒場にも居ない。 その姿を探し、走り続けていた。 ◆A point to stare at 5 「バッシュ!」 目の前に立ち塞がった相手を睨む。 「バ、バッシュ?」 相手がヴァンだと気づき、慌てて視線を合わせた。 「あ、……すまない」 「どうしたんだよ?さっきから呼んでんのに、全然気づかないんだもんな」 唇を尖らせているヴァンに、すまなかったともう一度言う。 「もう、モブ退治は終わったのか?」 「とっくに!俺、前よりずっと強くなったからさ」 「頼もしいな」 「明日も行くんだ。だから、バッシュ達はまだ休みだからな」 少し偉そうに言うヴァンをいつもなら微笑ましく思えるのに、今は苛々が募るばかり。 「バッシュも出かけるのか?」 「私も?」 「うん、さっきバルフレアがアンタレスを担いでさ…」 「どこに向かった?」 言葉を遮る勢いで言うバッシュに、ヴァンは目を丸くする。 「セロビ台地…」 「分かった。今日は遅くなるだろうから、食事は先に取っていてくれ」 「おう」 いつもと雰囲気の違うバッシュに驚きながらも、ヴァンは頷く。 バッシュは、そんなヴァンに目もくれずセロビ台地に向かって走り出していた。 ◇◆◇ セロビ台地北部段丘の空は、雲が重くたれこめ雨が降っていた。 常のバルフレアであるなら濡れる事を厭い、近寄る事もしなかっただろう。 だが、今バルフレアは、濡れた髪の毛を顔に張り付けアンタレスを構えていた。 邪魔な髪を掻き揚げる。 モンスターを見る。 しかし、引き金にかけた指は動かない。 「くそっ…」 目の前に幻が浮かび消えない。 欲情に潤んだ瞳が真っ直ぐに自分だけを見つめている。 掠れた声が、自分の名を呼ぶ。 未だ体にまとわりつく、熱い感触。 こんなに雨にあたっているのにも関わらず、それが消えない。 「くそっ!」 忘れられないだろうとは、初めから分かっていた。 ただそれは、記憶だけだと思っていた。 確かに焼き付けようとしていた。 しかし、こんなにまざまざと、五感全てを狂わされるとは思いもしなかった。 もう一度アンタレスを構える。 濡れた髪の毛から雫が落ちてきた。 ワイバーンリードが向かってくる。 雫を無視して、今度こそ引き金をひいた。 「ちっ……」 モンスターが消える直前に、その長い足爪が頬を掠った。 いつもならありえない失態。 ポタリと、赤い雫がアンタレスに落ちる。 それを近くの岩に立てかけ、ずるずると座り込んだ後仰向けに転がった。 (俺は馬鹿だ………今まで通りに治療にすればよかったんだ。) 雨が顔にあたる。 (出来なかった……) 分かっていたのにと、ぼんやり鉛色の雲を眺める。 一旦手を伸ばしてしまったのを、心を伸ばしてしまったものを、元に戻すのは酷く至難の業なのは分かっていた。 ただ、分かっていたのは頭だけだったと、今十分に思い知らされている。 何もかもが消えない。 「……欲しいな」 言葉にする事が、欲望を増大させる。 それを頭の中の囁く声によって、かろうじて実際に移す事を押し止めていた。 『絶対に手に入りはしない。たとえ手に入ったとしても、あの瞳だけは自分のものにならない……それに傷つくのは自分……逃げてしまえ、逃げてしまえ、逃げてしまえ、逃げてしまえ……』 その声に頷きはするが、逃げる足が動かない。 怯えるように両腕が顔を隠す。 雨は降り続く。 冷えてきったはずの体から、熱が消えない。 あまりに自分の中の声が大きすぎて、ここがどこだかも失念していた。 気づいたのは、自分を取り囲んだシルバリオが一斉に地面を蹴った時。 「っつ!」 アンタレスに手を伸ばすより素手で戦う事を選び、シルバリオ達の目標地点から転がり離れ立ち上がる。 しかし、遅かった。 バルフレアを囲むシルバリオの数は10。 格闘のアンバーを身に付けていない以上、一撃で倒す事は難しい。 それでもバルフレアは、彼らを睨みつけ、全員の動きを止める。 「へっ…お前らにやられてやるほど、俺は親切じゃないぜ」 口元が上がる。 「来いよ、相手をしてやる」 酷く暗い瞳を持った姿が、手招きをする。 シルバリオ達は、まるで言葉を理解したかのように殺気をあげ、一斉に飛び掛った。 ◇◆◇ 分岐点に来た時、どちらを行くか一瞬迷ったが、なんとなく川がある方を選んでいた。 無意識のうちに背負っていたセーブザクィーンをずっと握り、自分の行く手を阻むもの全て切り捨てる。 彼の気配を探しながら、走り続ける。 ようやく見つけたその姿を目にして、叫び出しそうになりながら、川を選択させてくれた神に感謝した。 走る。 セーブザクィーンを振る。 走る。 真っ赤になった姿に泣きそうになる。 走る。 一気にシルバリオを叩き切った。 「何をしているっ!」 怒声。 「あー?油断しただけだ」 見開かれた瞳は、いつもの皮肉な視線に代わる。 そんな彼を睨みつけながら、バッシュはケアルダを唱えた。 彼の体を洩らさず見て、傷一つ一つを癒されたかどうか確認する。 バルフレアは、動かない。じっとバッシュを見ている。 「血を流しすぎだ」 酷く苛々した声。 そして、バッシュは息を一つ吐き、バルフレアに抱きついた。 バルフレアは、呆然と、肩口にある金色の髪を見る。 体に纏わる熱が本物だと認識するのに、時間がかかった。 「バッ…シュ?」 「死んでしまうかと思った……」 その切なげな声音に、バルフレアは声を閉ざされる。 「欲しいと言っただろう! 傷をつけるな!」 「…バッシュ?」 「俺は、お前が欲しいと言ったっ!」 のろのろとバルフレアの手が動く。 酷く恐ろしげに、それをバッシュの顔に添え瞳を覗き込んだ。 真っ直ぐに自分に注がれる視線。 その中に、今まで見なかった熱を見つけた。 「バッシュ……」 「返事をくれ」 その必死な声に心が揺れる。眩暈がする。それでもバルフレアは、動こうとする手を握り締めた。 手の代わりに、バッシュとは違う方向に足を踏み出す。 視線だけでバッシュについて来いと促した。 バルフレアは、風車10号の下で足を止める。 「ちょっと話が長くなる。ここなら雨宿りにはいいだろ」 バルフレアは顎をあげ、横に座るように促し、自分も座った。 空を見上げる。 暗く重い空が、まるで自分の心を映しているようだと思い、あまりに自分らしくない思いに、苦笑を浮かべた。 顔は空を眺めたまま。 「前にあんたがした問い……それに答えてやる」 「バルフレア?」 「まずは、それを聞いてからだ」 有無を言わせない声音。 バッシュは、黙って頷いた。 「あんたの弟、ノアだっけ?」 「あぁ…」 「あいつは、ランディスを恨んでいただろうな」 「なっ………?!」 「ノアは、ランディスの滅亡を喜んでいたと思うぜ」 「ノアは、軍人だったのだぞっ!」 「だが…ランディスは、ノアの一番大切な者を奪った」 そんな事は無いと怒鳴ろうとして、バルフレアの冷ややかな視線に声が出なくなる。 「あんたの弟は、生まれた時からあんたの一番傍に居たはずだ。 たぶんノアにとって、あんたが一番大切だったんだろうよ。 だが、あんたは違った」 「そ、そんな事は…」 「無いとは言わせないぜ。 あんたは、剣を持ってから、あんたの一番はランディスだった。違うか?」 「それは…」 「もし、ノアが病気で倒れていたとしても、国に敵が攻めてきていたとしたら、あんたはどちらを選ぶ?」 バルフレアは、クスリと笑う。 「迷う事なんかないよな? あんたは、国を選ぶ」 「……あぁ」 「それを、あんたの弟も分かっていた。それこそ一番近くに居たのだから、直ぐに気づいただろう。 あんたの瞳は、自分を映さない。 あんたの心は、自分を消した。 どんなに近くに居ても、あんたは絶対に手に入らないと嫌でも思い知らされる。 相手が女だったのなら、まだマシだっただろうな。 殺してしまえばそれまでだ。 だが、国は無くならない。 いや、無くなった今でも、あんたはランディスに仕えている。そうだな?」 バッシュは、呆然とバルフレアを見る。 「あんたは、ランディスを滅ぼした帝国を許せなかった。 その元に下るなど、論外だったんだろ? だから、帝国の敵としての居場所を探した。 ダルマスカを選んだ理由は分からないが、まー馬鹿でない限り、帝国がダルマスカを侵略する確率はかなり高いって事も分かる。アルケイディアの敵はロザリア。その内側に居る国が無事とは思えないからな」 バッシュの視線が下がる。 「もし、あんたがノアと一緒にダルマスカに来たのなら、何かが変わったかもしれない…が、あんたはノアを連れて行かなかった…」 「っ……俺の我侭に付きあわせる訳にはいかなかった」 「だが、あんたの弟は、それを望んでいただろうな。 あんたは、言っただろ? ノアは甘えん坊だって。 だが、独居房で見たあいつのイメージは、そんなものはカケラもなかった。 あんたの瞳が見ているモノが、十年以上経っても変わらない事に気づいたんだろうな。 怒りじゃない。 あれは絶望だ。 あんたの弟は、体を奪っても心を得る事が出来なかったのを、ようやく理解したんだろうよ」 「……それは」 「そうだ、今のあんたなら分かるよな? あんたの弟は、ノアは、あんたを愛していたよ」 バルフレアは、もうバッシュを見ていない。 真っ黒に染まる空を、また見上げている。 そうして、彼が自分の言葉を消化するのを待っていた。 「バルフレア…」 「ん?」 「ラスラ様も……ヴェインも……か?」 「あぁ。そうだろ。 あんたを…国しか見えないあんたの瞳を、自分に向けたかったんだろう」 「…何で?」 「だったら、何であんたは、さっき俺にああ言ったんだ?」 バッシュの目が見開く。 「そうか………」 「兄弟としての愛情だったかもしれない。王族の我侭だったのかもしれない。 だが、あんたを欲しいと思った気持は……今のあんたなら、分かるな?」 「…あぁ……」 バルフレアの掌がきつく握られる。 体の中に溜まったものを、息と共に吐き出す。 そして、諦めたようにバッシュを真っ直ぐに見た。 「今もあんたは変わらない。 あんたの恋人は、国だ」 「……そんなことは…」 「無いとは言わせないぜ。 この旅は、あんたにとって、ダルマスカを取り戻す為だ。違わないな?」 バッシュが、ぎこちなく頷く。 「俺は空賊で、あんたは将軍様だ」 もう見続ける事が出来ない。 だから自分の居場所、空を見る。 「俺は、あんたの弟や、アーシェの旦那や、ヴェインみたいにはなれない」 風車の端に溜まった水が落ちてくる。 「たとえあんたが、俺と一緒についてきたとしても、あんたはダルマスカに何かある度、俺の前から消えるだろう。 それは、俺に惚れているとかとはまったく関係無い。そこがあんたの生きる場所。あんたの意思。 それを曲げてまで傍らにあれとは言わない。 だが、俺にとってそれは痛い…」 頬に雫が落ちてきた。 「それに俺は、あんたの世界に入れない。 あんたの生きる場所は、俺にとって一度捨てた場所。 あそこに、俺の自由は一切無い。 空が俺の生きている場所。 それが、俺の意思」 涙のように頬を伝う。 「俺は、あんたに惚れてるよ…バッシュ」 まるで捨てられた子供のような顔のバッシュを見る。 「あんたに惚れてる」 酷く苦しげな声。 「惚れてる………だが、俺もあんたも、お互いの全てを絶対に手に入れる事は出来ない。 あんたは、それでもいいかもしれないが、俺は…俺は、そんなものは我慢出来ない」 のろのろと立ち上がり、銃を背負う。 後ろは見ない。 「俺は、明日の夜帰る」 「バルフレア…」 「さっきみたいなヘマはもうしない。 あんたは、宿に帰りな」 そのまま、バルフレアは交差カ原に向かう。 その背中は、完全にバッシュを拒絶していた。 -continue・・・-
バッシュの気持をしって、さぁハッピエンドで終わりさ……ってなればいいんですけどねorz 私の話は、そうならないねぇ……(;__)_ 逃げるの大好きVvだ・か・らVv<間違っているか? まぁ、どうせハッピーエンドだから。 なにせ、バルフレアです。 結構ひねてます。 まー、男だからね、そう簡単に主義主張を変えてもらっても困ります。 頑張れ天然将軍様!なんだったら、押し倒しちまえっ!誘い受けだ!!