優しい暗闇  

  「卿はいつもそうなのか?」 「は?」 「明日にしなさい」   そう言って、手からペンを取り上げ、書類を片付けていく。   「ザルガバースっ!」   未だ戦後処理が終わらず、いくら仕事をしても追いつかない日々。 それでも、目の前に積まれる書類を面倒事を減らそうと深夜になる今も仕事をしている。 それが、勤め。   「来なさい」 「私は忙しい」 「ガブラスは、そんな顔はしなかった」   バッシュの抵抗する力が抜ける。 いつかは、彼と決着をつけなければいけないと思っていた。 最初会った時、自分に向けられた視線は哀れみ。 決して、同胞を、仲間を見る目では無かった。   ◆優しい暗闇   「ここに座りたまえ」   連れてこられた場所は、ザルガバースの私室。 手には暖かい飲み物が渡された。   「卿は、息を抜く事もしない。それでは倒れてしまうのも分かっているであろう?  結局、ラーサー様のご迷惑になってしまうのだぞ。  それは卿の本意とは思えぬのだが?」 「それが、勤めというものであろう?  卿もそうしているはずだな。私だけが無理をしている訳ではない」   決してザルガバースの方は見ない。   「バッシュ殿…」   バッシュに動揺は無い。 やはり見抜かれていたのだと、確認が出来た程度。   「貴方は、二年間幽閉され、その後はアーシェ殿下をお守りし、そしてヴェイン閣下と戦った。  それだけでも十分に疲れているだろうに、休む事無くガブラスの身代わりをしているのだぞ。  せめて、一日の三十分でも、一時間でもいい、自分に戻りなさい」 「私は、ガブラスだ」   静かな笑みが、ザルガバースを見上げる。   「卿の言うバッシュは、とおにこの世界から消えている」   あまりに静かな言葉に、ザルガバースの方が顔を歪める。   「貴方は……」   バッシュは、初めて目を見開いていた。   「ザルガ…バース…卿?」   椅子ごと抱きしめられていた。   「分かった…卿はガブラスだ。  だが、年長者として、先輩として、命ずる」   手に持ったカップをテーブルに置かれ、そして視界が無くなった。   「なっ…?!」 「今だけ何もかも忘れて、私に委ねなさい」   今、何をされているか分かっても、バッシュは呆然とするしか出来ない。 視界は、黒い布に覆われて、何も見えない。 短くなった髪を撫で付けられている。 そして唇に柔らかい、暖かいもの。 それが、口付けだと分かっても動けない。 相手の意図が読めない。   「大丈夫だ」   耳元で、優しく囁かれる声。 ただ、視界が無い事で、唐突に耳元で声がしたことで、体がぶれる。   「ガブラス…」   優しい声が耳をうつ。 言葉は弟の名前なのに、それに聞こえない。   「んんっ……な、何をっ……」   首筋に触れてくる唇、吐息。   「ガブラス」   執務着の中に手が忍び込んできた。   「力を抜きなさい」   ひんやりとした空気に肌が晒される。   「くっ…………」   胸に暖かい掌と、それよりもっと熱いものが触れた。   「声を噛み殺してはいけない」   唇に優しく触れてくる指。 それが、唇を割り、歯列を歯肉をゆっくりと撫でてくる。 バッシュは戸惑っていた。 ザルガバースの意図が読めない。 軍隊という力関係の中で、無理やり強いる性的暴行に一見見える。 だが、彼の声は、掌は、口は、どこまでも優しい。 それが暴力に感じさせない。 戸惑う点がそこにある。暴力なら屈しない。今までの自分が生きてきて、あの二年の幽閉生活で、十分対抗する術を身に着けている。 それが、柔らかい声一つで、封じられてしまった。   「ふ……ん、ぁ………」   対抗しない意思は、勝手に体を開放しようとする。 噛み締めたい歯は、進入して舌を撫でている指に妨げられている。 閉ざされた視界は、他の感覚を鋭敏にした。 口腔に、舌を触れる指に、胸を這う舌に、体を撫でる掌に、体は過敏に反応を起こしだす。   「快楽だけを追いなさい」 「あ、あ、あ、っ……」   予想もしなかった場所に手が伸びていた。 ズボンの上から撫で上げられ、弄られる。 それによって、自身が既に起立していた事を知り混乱が増す。   「ひゃ……ぜ……………」   舌が開放された。間近に吐息を感じて、怯えるように体が後づさる。   「な…ぜ……」   頭を撫でられる。 舌が唇から、顎へ辿っていく。   「私の我侭に付き合ってもらっている。それだけだ…」 「な…ぜ……」   この行動がなぜ我侭なのかが、分からない。 力のある者の我侭なら、こんな風に自分を触る必要はない。 これでは、誰が我侭を言っているのだか分からなくなる。 自分の伸ばした腕が、彼の腕を止めているのか、強請っているのか、曖昧になっていく。 触れるだけの口付け。 それが、寂しいと思ってしまった事に動揺した。   「嫌…だっ……」   静かな愛撫に浸されていた体は、うまく動かない。 それでも、のろのろと抵抗をする。嫌だと、見えない視界で暴れる。 バッシュは、顔に覆われた布を取り外す事さえ気づかないほど心が乱れていた。   「ガブラス…」   額に暖かい唇の感触。   「私はずっと卿を見てきた……大丈夫だ、卿を傷つける事は絶対にしない」 「ザルガバース…卿?」 「大丈夫だ」   まるで、子供のように頭を撫でられる。 幾つも落ちてくる、優しい唇。   「……哀れ…みか?」 「違う」 「そんなに私は………情けないか?」 「違う」   心のどこかにあって、そのまったく分からないものが涙を作る。 黒い布を濡らしていく。   「私は、卿を尊敬している。だからこそ、卿自身であって欲しいと思っているだけだ」   布の上に唇が落ちる。   「私に委ねなさい」   もうバッシュの手は下に落ちるしか無かった。 自分さえ、省みず、意識さえしてなかったもの、無意識が隠してきたものを全て見られていた。 それが、分かってしまった。   「はっ……あ、あ、あぁっ……っ…」   夜気に晒された自身が暖かいものに包まれた。 湿った音が部屋に響く。   「だ……めだっ………」   二年間の幽閉で酷使された体と心。 時間感覚の狂いも、痛みも、飢えも、言葉による貶めも、全て無視してきたはずだった。 幸運は一度。最後の最後。若い空賊との出会い。 狭い籠から開放された。 それによって、再び剣を持てた事の喜び。 勤めを全うする為に、自由になった。 それが全てだったはずだった。 動かない体を無理やり動かしてきたのではなく、体は自分の意思で動いてくれていた。 守るべきものを護れなかった屈辱に比べれば、自分の状態など塵にも等しい。 それは、今も変わらない。 ダルマスカの為に、弟の意思を継ぐために、自分はここにいる。 だが、体は休みを欲していた。心は安らぎを欲していた。全てを忘れ眠りたかった。 今、その隠された思いが、全て晒されてしまった。   「嫌だっ………ぁ……あ、あぁっ………」   涙がぼろぼろ零れる。   「泣いていていいのだよ」   優しい言葉を与えないで欲しい。 閉ざされた瞳は、壊れたように涙を零す。 与えられる快楽は、口から意味の無い言葉を吐き出させ、まるで悲鳴のように部屋に響いている。 ザルガバースが与えてくる快楽が増す。 自身に舌が絡み、巧みに吸い上げている。 根元を擦り、膨らんだ袋をあやす様に揺する。   「あ………あ……あ…あ、あ、ああああああぁっ!!」   視界が暗闇から、真っ白な光に包まれた。                 ◇◆◇                 「ん?」   半分開いた目が見たものは、自分の、ガブラスの部屋。 やけに明るい光の中で、ぼんやりそれを見ていた。 唐突に思い出した。 慌てて起き上がる。 やけに軽くなっている体。 そして、昨夜と変わらない執務着を着たままの自分。   「ザルガバース……」   昨夜の事がまるで夢だったかのように、常と変わらない自分の姿。 だが、久しぶりにしっかりと寝た体の軽さ、その中にある微妙にだるい感覚、そして重たい瞼が、夢では無いと告げている。   「卿は、私を泣かせたかったのだな………」   酷く苦い表情。 だが、心は軽くなっているのが分かる。   「だから、視界を無くしたのか……」   ザルガバースが見えていたら、きっと最後まで抵抗していただろう。 視界を遮る事によって、他の感覚が鋭敏になり、快楽に呑まれやすいようにした。 バッシュは、静かに立ち上がる。 視線の先には、脇に置かれたジャッジの兜。   「ノア………せめて、この部屋に居る間だけでも、私の話を聞いてくれるか?」   答える者は居ない。 ただ、そこには、バッシュ・フォン・ローゼンバーグが居た。     -End-    

  07.10.20 未読猫
 ザルの話し方がいまいち分からず…orz
 22と36を踏んだタケ殿へ