50年に一度のサリカ樹林  

  「なぁ、バッシュは?」   サリカ樹林を調べていたメンバーは、集合場所に未だ現れないバッシュに不安を抱き落ち着きが無い。   「バルフレア…」 「あ?」 「そろそろ50年経ったのではないかしら?」   バルフレアの目が細くなる。   「なるほどな…立派な栄養になりそうだ……」 「気をつけるのよ」 「大丈夫だ。教えてもらった弱点は覚えてるさ」   バルフレアは、時を刻む道から巨木に囲まれた道に向かって歩きだす。   「フラン、50年って?」   フランはチラリとヴァンを見ただけで、それには答えない。 心の中で、間に合うといいのだけれどと、呟いていた。   ◆50年に一度のサリカ樹林   他の場所とは違う、酷くねっとりとした空気。 まるで、全て植え替えたような木々の彩り。 その緑の一番濃い奥まった場所から、甘い切れ切れの声が止むことなく響いている。 その中心には、毒々しいまでの真っ赤な花弁をそこかしこに綻ばしている一本の生き物。 決して植物とは言えない。 負の感情が似合う、植物が与える優しさなどカケラもない生き物。 それが持つ蔦が、そこかしこに広がり、うねり、絡まり、樹林を侵食している。 それに捕らえられた獲物が一匹。その巨大な全体に対し、一匹の蝶ほどの大きさの獲物。 辺りに響いている声は、その獲物があげていた。   「あ、あっあ…は、っぁ…」   身に纏っていた服は既に無い。蔦によってはがされ、そこかしこに散らばっている。 その代わりと言うように、獲物の肌は蔦が分泌する濃い緑の液体と、獲物自身が吐き出した白い液体が混じり、淫猥な縞模様を描いていた。   「あ、あああぁぁっ」   口を冒している蔦が、執拗に己の分泌物を獲物に与える。 溢れる涎は、緑色。負の生き物の分泌物。 哀れな獲物に対し、最後の愉悦を与える為の淫猥な成分を絶え間なく吐き続ける。   「も……飲め………ぐ…っ…」   だらだらと口から零れる緑は、顎を伝い胸を苛んでいる他の蔦を汚していく。 そこにはつんと尖った、花と同じ色に育てられた真っ赤な実。 細い蔦が忙しげに根元をこすりあげ、少し太い蔦が緑の汁をこすり付けている。 その度に獲物の体が震え、腰が揺れる。   「お…願い………も…うっ………」   今まで自由に吐き出させてくれていた蔦が、今は吐き出させまいと欲望を溢れさせた雄の根元にきつく巻きついている。 獲物は、涙をぼろぼろ零しながら乞う。   「もう…も……はっ…い、嫌っあぁぁぁぁぁぁっ!!」   蔦の中でも極細のそれが、クプリと音をたて、欲を吐き出す口の中に進入していた。 そのあまりに激しい快楽に獲物の声は悲鳴のように響き、体が激しく跳ねる。 何本もの太い蔦が、ざわりとうごめいた。 未だ跳ねている体を固定するかのように、体に巻きついていく。腰をあげられ、足を大きく開かされ、両腕が動かないよう頭の上で束ねられた。 獲物は、その体全てを晒す格好に恥じる様子もない。それさえ、気づく状態ではなく、声をただ溢れさせているだけ。 新たに数本の蔦が獲物の下半身に集まる。 それらが、交互に硬く閉じられた蕾に、薄い緑の汁を擦り付けていく。 体中に与えられる強い快楽は、一箇所増えたところで、獲物には知りようが無い。 蔦は執拗に硬く閉じられた蕾に汁を擦り、突付き、連携してるかのように広げていく。 そこが薄く赤く色づき、静かに開き始めた時、二本の蔦が緑の汁を撒き散らしながら、一気に深くそこに潜り込んだ。   「ひっ!あああああぁぁぁッ!!!!」   それを一対の目が瞬きもせずに見ていた。 一方的な陵辱を止めるはずの腕は、動かない。 彼の見ているのは、陵辱している敵ではなく、陵辱されている獲物。 敵を見据え戦っている姿。 優しく仲間に微笑む姿。 屈辱を全て受け入れ、真っ直ぐ前に進む姿。 そんな生真面目で優しい彼しか見た事が無かった瞳は、今網膜に焼き付けられたものに激しく動揺していた。 真っ赤に染まる頬。 喘ぐ口元から溢れる涎。 蔦が動くたびに、跳ねる体。 その淫らに蠢く姿からめを離せない。 バルフレアの喉が、ゴクリと音を鳴らす。 その音がやけに大きく体の中に響くが、獲物の嬌声にかき消されて音としてなさない。 だが、それで正気に戻った。 持ってきた弾は、ナパームショット。 それは既に銃につめてある。   (噂どおりだといいがな…)   バルフレアは銃を構えるだけ。 蔦を撃っても効果が無い事を聞かされていた。 狙うは、あの生き物の核。 捕らえた獲物を食べる瞬間に全ての蔦がそれに伸び、守られていた核が現れるという。 その一瞬を待つ。 一際大きい嬌声があがる。 その声に誘われるように、全ての蔦が獲物に向かって伸びた。 獲物は、なす術もなく、何本もの蔦に覆われ、そして核が現れる。 バルフレアは、唇を強く噛締め、引き金を引いた。       萎び枯れてしまった負の生き物が占領していた浅い小さな流れの中に、バルフレアはバッシュを抱えて浸かっていた。 別離の道は、そこかしこに生き物が撒き散らした緑色が未だ残っており、バッシュを運んだだけで、体中に染みを作った。 バルフレアは忌々しげに舌打ちをする。 それは、自分の服に染みがついたことにではなく、未だ自分の中で萎えず主張しているものに対してだった。 今まで、そんな目で一回も見た事が無かった。 だいたいにおいて、自分の性癖はノーマルで男にそんな目を向けようが無い。 なのに、熱い体を撫で汚れを落とす事に、川の流れに流されぬよう体を引き寄せる事に、自分の体が反応する。 怯えるように、バッシュの雄を洗い、奥まった蕾に指を入れ洗い流す。 背筋を走る痺れが取れない。 まるで自分が、あの生き物の汁を飲んでしまったかのように体が熱い。   「………っ……ぁ」 「気づいたか?」 「バルっな、何っ?!!」 「大人しくしてな。あんたを洗ってるだけだ」   長い時間酷使された体は、力が入らない。 だが、未だに体の中で渦巻く欲望が刺激され、再びおかしくなりそうになったバッシュは、怯えながらそこから逃げ出そうともがく。   「や、やめてくれ…」   バルフレアの手が、優しくバッシュの髪を撫でた。   「まだ、辛いのか…」 「だ、大丈っぁ」   バルフレアの手が意図的に、バッシュの雄をなで上げる。   「あ…だめ…だ………っ」 「だめか?…俺じゃぁ嫌か?」   バルフレアのいつもとは違う歪んだ顔に、バッシュは目を見開く。 その声音の切なさに、ストンと力が抜けた。バッシュはそのまま瞳を閉じ、バルフレアに身をゆだねた。                 ◇◆◇                 バッシュは、暖かいものに包まれているのが気持よくて、夢と現実の狭間をずっと漂っていた。 それが、髪を弄っている。それも心地よい。   「バッシュ…」   その声が、バッシュを現実に戻す。 誰がそうしているのか、そしてどうしてそんな状況になったのかを思い出した。   「起きてるんだろ?」   常と変わらぬ声音なのに、手の動きだけが優しい。 そして、バッシュは、その手が何をしたかまでも思い出してしまう。 絆されてしまった。 確かに自分は切羽詰っていた状況だったが、それよりもあの声音がやけに彼らしくなくて、辛そうで、その手を払う事が出来ず流された。   「あんたなぁ、耳が赤くなってんだよ」 「…っ」   しぶしぶと目を開けると、目の前にヘイゼルグリーン。   「そろそろフランが来るだろう。あんた、大丈夫か?」   あまりに近すぎて口が動かせない。   「おい」   まだ髪をすいている。   「まだ、辛いのか?」 「い、いや。もう大丈夫だ」 「そうか……」 「随分時間が経っているのだろう?…皆に心配をかけてしまったな…」   彼の返答の力なさに違和感を覚えるが、流石にここで流されたら、何かまずいと感じて慌てて話を進める。   「フランがどうにかしてるだろ」 「?」 「銃の音は森中に聞こえたろうし。音の後に、あたりの気配が静かになった。それに気づかないフランじゃないさ。ヴィエラの鼻を一級品だ」 「そうか…」 「ヘブンフラワーを教えてくれたのも、フランだしな」 「ヘブンフラワー?」 「あれの名前」   バルフレアが枯れて萎びた植物を指差す。   「天国の花…?」 「そうだっただろ?  あいつは獲物を天国と思わせる快楽を与え、その絶頂で正真正銘の天国に連れて行く」   バッシュは、そのやり口を思い出し、小さく唸り声を上げた。   「私は食べられるところだったのか?」 「あぁ、あのままならな。口を持った蔦があったはずだぜ」   嫌悪の混ざる唸り声が大きくなる。   「ま、あんたで良かったな」   その言いように、バッシュはバルフレアを睨みつける。   「まさか、アーシェ達をそんな目にあわしたくはないだろ?」   言われた意味に気づき、憤ってた体の力が抜ける。 バルフレアの言う通り。 女性や、ヴァンのような子供を、あんな目にあわせる訳にはいかない。 そう思って気づく、未だ自分の髪をすく暖かい手。 あの時は、凄く熱かった。 だが、今も、あの時も、それは凄く優しい。 そう、良かった。 絆されたと、流されたと思っていたが、それは逆。優しい彼を流してしまったのは自分かもしれない。 この心地よい手を無意識に欲していたと気づいた。 バッシュは、所在なげに落ちていた手を、バルフレアのその手に伸ばす。   「そうだ、良かった…」 「バッシュ?」   手を握りしめ、口元に寄せる。 唇を落とした。   「な、何してんだっ?!」 「君は、随分と親切な空賊だと思っていたが…今回、優しいとまで分かったからな」 「んな訳ないだろ…」 「私はちゃんと覚えているよ」   無理やり欲望を高められた後、それを癒すかのように優しく自分を扱う熱い掌。 それに、何度も唇を落とす。 バルフレアは動けない。   「いいんだ…君がたとえ空気にのまれただけだったとしても、私はそれを知った事が嬉しいのだから…」 「んな訳ないだろっ!!」   バッシュの手を振り払い、その体を自分の胸に引き寄せる。   「そんな、後悔させるような事を言うなよ」 「後悔してないのか?」 「付け込んだのは俺だろ?」 「私が優しい君に付け込んだんだ」 「ったく…あんたは、何でも引き受け屋か?  俺があんたに付け込んだんだ」   バルフレアは、バッシュを抱えたまま立ち上がる。   「歩けるな?」   舌打ちしながら、バルフレアはバッシュに背を向ける。   「待ってくれ」   慌ててバッシュの手がバルフレアを引き止める。 バルフレアは振り向かない。   「私は、何でも引き受け屋なんてものにはなった覚えは無い。  だから、今足掻いているのだからな。  それは君も知ってるだろう?」 「あぁ……知ってる…」 「なら、私が嬉しいと思っている事を否定しないでくれ…」   のろのろとバルフレアの顔が振り向く。   「だから、次があると嬉しいな…」   ほんわりとバッシュが微笑む。 その顔に毒気を抜かれた。   「ちっ……はいはい、あんたには敵わないぜ…ったく…何回でもご希望があれば言ってくれ」 「そうか」 「あぁ!ほら、行くぞ」   今度こそバッシュは、満面の笑みを浮かべバルフレアに付いて行った。     バッシュは、あの絆されたと思った瞬間を噛締めながら歩いている。 バルフレアは、瞳に焼き付いてしまったあの姿と、それ以上に焼きついてしまった正反対な笑みを噛締めながら歩いている。 遠くに仲間の声が聞こえ始めた。 どちらともなく立ち止まる。 仲間の中に戻る前に、そのほんの一瞬、お互いの心を確かめるように唇を重ねた。     -End-    

  07.09.23 未読猫