気が付くと、傍観者の立場では知りえないような事を、沢山知ってしまった。 親兄弟の顔。 その中で笑っている姿。 主治医と家族に囲まれ、子供のように叱られている姿。 布団の中でぐったりと、気だるそうに、見上げる顔。 能動的に動いている自分……… 今まで僕は、どうやって人と接してきたんだろうねぇ? そして、身のうちに沸いた感情。 無視しようとしているにも関わらず、危うくなってきている。 やれやれ……まいったねぇ……… ◆遥か遠い最初の時 参 「京…楽…」 「なんだい?」 苦しそうな息遣いの中、足掻くように、水差しに手を伸ばす。 「起きれるかい?僕が取るからね」 伸ばされた手は、春水の手によって、再び布団の中に仕舞われる。 酷く熱い手。 上半身を起こそうと、手を伸ばしながら十四郎を見ると、瞳は既に閉じられていた。 無理をして授業を受け、そのまま虚を倒す実習にまで出ていた。 寮に戻って倒れたから良かったものの、虚と戦っている最中だったと思うと、酷く胸が軋む。 (水を飲ませないと…もう丸一日、何も口にしていない……) 倒れた後、無理やり起して薬を含ませた。 それ以来、何一つ口にしていない。 術はある。 相手が女性なら、何一つ躊躇う事は無い。 それどころか、もう実行しているだろう。 (……ぁ……) 躊躇う事自体、意識しているという事に気づき、京楽の顔に苦笑が浮かぶ。 ため息を一つつきながら、困ったような笑いが浮かんだ。 「参ったね…どうも……」 そう言いながら、のろのろと水差しを手に取る。 しかし、取ったまま、何一つ動かない。 春水は、その水差しを見るともなく見つめていた。 「……参ったねぇ………」 そのまま動かず、水差しを眺めている。 部屋の中には、十四郎の苦しげな息遣いしか聞こえない。 その中で、深々としたため息が漏れた。 春水の手の中で、水差しの水が揺れる。 湧き上がる感情を、春水は覚悟して整理し始めた。 傍観者で居続けられない理由。 気が付くと手を差し伸べてしまう理由。 今、ここに居る理由。 そして、やろうとしている事を躊躇ってしまう理由。 「参ったね…どうも……」 片手が顔に覆われる。 「降参だよ……」 躊躇っていたのは、既に気持が出来上がっている事を、確認するのが怖かったから。 まさか自分が……いくら病弱とはいえ、同じレベルで腕を競える相手を、真剣に手に入れたいと思う日が来るとは思わなかった。 相手が男だという事で、気づく事も、認める事も遅れた。 そんな事は、まったく関係無いという事に、ようやく気づく。 浮竹だから。 外見がどうという事ではなく、それを形づくる浮竹自身に、抗える術を一切見つけられないほど、魅かれていた。 「僕は、君が好きだよ………」 意識の無い十四郎に、小さな声で呟く。 何一つ、彼に伝える気は無い。 十四郎の外見と柔和な態度に勘違いした者が、どういう末路を歩んだか、十二分に知っている。 その中の一人になる気は無い。 ただ、親友として、一番傍に居る事だけを望む。 そのうちこの感情が、風化する事を第一に望んで。 春水は、苦笑を浮かべている口元に、水差しの口を付けた。 今、この時は、自分しか知らない。 右腕を十四郎の首の下に入れる。 荒い呼吸が、顔にかかる。 そして、酷く熱い唇に、己の唇を重ねた。 飢えた口が、流し込まれた癒しを貪る。 十四郎が望むまま、春水は水を与えた。 下がらない熱。 荒い呼吸。 酷い汗。 体が水分を欲しているのだろう。 何度も、水を含み、唇を重ねる。 十四郎の口から、小さなため息が漏れた。 それが合図かのように、春水は水差しを置く。 「…ごめんね」 もう口の中に水は無い。 薄くて熱い唇に口付けをする。 それは、先ほどまでと変わらない、欲情を示すものではなく、ただ重ねるだけの行為。 春水は、二度と触れる事のないそれに、傍らに居続ける事だけを約束するように小さく啄ばんで、離れた。 ◇◆◇ 「…………ん?」 顔をあげたら、頭から氷嚢が滑り落ちた。 まだ少し熱ぼったい体を起す。 目の端には、ほとんど融けかけた氷の入った桶と手ぬぐい。 その横には、小さな水差しが、キチンと置かれている。 部屋には、誰も居ない。 「京楽…?」 倒れる度に、いつもの怠惰な様子を払拭し、まめまめしく看病してくれる友達の姿を探し、視線がうろつく。 「…………?」 がらーんとした部屋を、十四郎は不思議そうに眺めていた。 【End】
短くてすんません。 ついでに、まどろこっしい話ですんません……。 喰えっ!と、思う方も多いかと…いや、私はそう思うんですけどね……。 この後、行く年月を重ねて……あれですから。 Web拍手のらぶらぶっぷりまでは遠いなぁ〜(゚゚ )……。 未読猫【07.02.27】