遥か遠い最初の時 弐
 

    距離がつかめない。 屈託無く笑う笑顔が無条件に自分に向けられる。 一度話すようになってから、何一つ壁を設けず自分に全てを晒す。 あぁ…初めて話したあの時も壁は無かったと気づき、苦笑が漏れる。 なぜ、他の人間と同じように対応できない? 自分の内心など、外には一切出していないが、それでも違う事は自分が十分分かっている。   これが、時の流れというものなのかねぇ?   遥か遠い最初の時 弐   「京楽!」 「あぁ、先に行っててくれないかい?」 「何だ?」   不思議そうな顔を京楽に向ける。 自然浮かんでくる苦笑は、背を向ける事で見せない。背後に向かって掌を上げた。   「先生に呼ばれたんだよ。  終わり次第、行くよ」 「分かった」   振り向かなくても分かる。 素直な笑顔を浮かべているのだろう。 それは決して見ない。   「まいったねぇ…」   周りを歩いている者に一切聞こえないよう、小さく呟く。 自分は一切人とは関わらず、流れる時間の中で決して表に出ず、眺めているだけの存在だったはずなのに、それが出来ない。   「何が違うのかなぁ?」   もう音にはならない。 いくら考えても、出ない答え。 小さく息を吐いた。                 ◇◆◇                 練武場の片隅で流れる汗も拭かずに、木刀を振っていた十四郎が、静かに腕を下げ扉に視線を向ける。 そこには、いつもと変わらぬ春水の姿。   「すまん、居たのなら声をかけてくれれば良かったのに」   春水は、その動きすべてをただ追っていた。 その無心さに、一心さに、目を奪われ、声をかけることも、動くことも出来ずにいた。   「すまないねぇ。声をかけそびれた」 「もう用事は済んだのか?」 「あぁ、単なる雑用だったよ」   肩に担いだ荷物を片隅に置き、木刀を揺らしながら、十四郎の前に立つ。   「そう言えば、何で僕なんだい?」 「何がだ?」 「練習相手だよ。  喜助だって、よっちゃんだって良いだろ?」   特進学級の中でも、四人の剣術は際立っていた。 確かに目の前の男と自分は、剣術において、四人の中でも抜きん出ていると言っても過言ではないが、それでも自分がなぜ選ばれたのかが分からなかった。 稽古を始めて一週間。ずっと自分が相手をしてきていた。 自分が受けた理由なら、分かっている─面白そうだったから─十四郎の誘いに、即答した。   「夜一くんの相手をするには、オレはまだまだ未熟だ。  もっと強くなって、彼女に怪我をさせない自信がつくまでは、とても相手をするわけにいかないだろ?」   四楓院家の姫君、将来の刑軍の長に対し、真剣に怪我の心配をする。たぶん夜一に聞かれたら、拳骨の一つや二つ、笑いながら食らわされるのは間違いない。 その思いは、下級貴族の考えというより、女性に対する気遣いを感じられた。 それが、夜一にまで及ぶあたりが、凄いと春水は思う。   「浦原は、確かに強いのだが……目指すモノの違いだろうか?対峙していても強い気迫を感じない」 「それなら、僕も同じじゃないかい?」 「…そうか、お前は人を見に来たのだったな。にしては、随分と剣先に強さと意思を感じる。  オレは、それが楽しいらしい」   十四郎は、言葉通り、楽しそうに春水に笑いかける。 含みの一切無い言葉は、相手の心に石を一つ落としていた。 広がる波紋…自然と春水の視線が床に向けられ、微苦笑を浮かべさせる。   「……じゃぁ僕は稽古相手として、頑張ないといけないねぇ…」 「あぁ、頼む」   表情は真剣なものに変わり、強い眼差しを真っ直ぐ前に向け、木刀を構える十四郎。 未だその視線を避けるように視線を下げ、それでも切っ先を真っ直ぐに相手に向ける春水。 試しのように二つの木刀が触れ、澄んだ音を立てた後、練武場の中には激しい打ち合いの音だけになった。       「…は……ぁ………ぐっ!!」   突然動きが止まり、口を押さえ蹲る。   「浮竹っ!」 「…く…っ……ぅ……」   ごぼっと、十四郎の喉が音を漏らした後に、溢れる鮮血。駆け寄った春水と十四郎の着物を、真っ赤に染めあげる。   「浮竹っ!」 「だ……大丈……夫………」   懐から白い紙の包みを取り出す。   「す…まな…い…水…筒(すいづつ)……」 「あ…あぁ」   途切れ途切れの言葉の合間にも、止まらぬ咳が漏れ、血が口の端から溢れてくる。 それでも、十四郎が慣れた様子を見せているおかげで、春水は静かに相手を横たえ、水を取りに足を向けられた。   黙って差し出された水筒の先に口を付け、咳の合間に白い粉薬を口に含み一気に飲み干す。 その間春水は、濡らした手ぬぐいで十四郎の顔や手を拭っていた。   「…すまない……」 「落ち着いたかい?」   未だ浅い呼吸の中で、辛そうに頷く。   「もう少し、ここでこうしているといい。  片付けは僕がやっておくよ」   そう言って、十四郎に濡れた手ぬぐいを持たせ、立ち上がる。 春水は、てきぱきと床を拭い、荷物を片付けた。   「持病かい?」   まとめられた荷物を二人分持った春水が、十四郎に手を差し出す。   「あぁ…子供の頃に肺を患ってな」 「僕が声をかけなかった分、無理をさせてしまったんだねぇ。  次は、ちゃんと時間を見るからね」 「気にするな。こんなのは慣れている。  それに、これでも体は鍛えているしな」   顔色は悪いが、普段と変わらない笑顔で十四郎は答える。   「君の主治医は?」   普段見たことも無い真剣な眼差しが返ってきた。   「本当に、大丈夫なんだ」 「僕は、人を見てると言っただろ?  君は、何に対しても真剣だから、集中している時に、主治医の言う事を守るとは思えないねぇ」   痛い所をつかれたと、十四郎が目を泳がせる。   「だから言いなさいな。  僕が、気をつけよう」 「そそそこまでっ…だだ大丈夫だっ!」 「大丈夫じゃなかったから、血を吐いたんじゃなかったのかい?」   言い返せない事実が、含み笑いと共につきつけられる。 過去、兄弟にごまかしてはばれて、医者と家族の二重奏になるお小言を何度くらっただろう。 折角、その兄弟から離れて、血を吐き放題というのは冗談だが、自分が思うがままに自己を磨けると思っていた矢先の、相手の申し出。 自分を心配しているのがわかっているだけに、非常に断りずらかった。 どうやって断ろうかと、悩んでいる十四郎の耳に笑い声が入ってくる。   「な、何だ?」 「君が…鍛えたいという気持ちを…妨げるような事はしないよ。  本当に…君は思っている…事が…顔に…出るねぇ。  僕は…君に適した方法と…時間配分を考えると言ってるのであって…鍛えるなとは言ってない…」   言葉の区切りごとに笑い声を漏らしながら、春水が言う。   「文句は無いだろう?」 「あ…あぁ……しかし、いいのか?」 「何がだい?」 「手間ではないか?」   春水が掌を横に振る。   「君と練習するのは、楽しいからねぇ」   そう言って、再び笑う。   「れ、練習するのがかっ?」   その言葉に、収まりかけていた春水の笑いが再び再燃する。   「そ、そうだねぇ…、君は本当に、見ていて…あ、飽きない……よ」 「京楽っ!!」   さっきまで、血を吐いていたとは思えない勢いで立ち上がろうとする十四郎を、春水は未だ笑いながら自然と手を貸し、ゆっくりと立たせる。   「薬を飲んだばかりだろう?」 「ぁ…す…すまない」 「すまないと思うなら、これから君の主治医の所に行くよ」 「ぁ……そうだな…」   嫌々言ったと、表情がしっかり伝えている。 こらえきれない笑いが、春水の口から漏れた。                 ◇◆◇                 目が奪われ続ける。   無心に竹刀を振っている姿、血を吐いても失わない強い光を放つ瞳、そして相変わらず素直に心を映す表情。   それ以外を見る事を許さない。           ……僕は、なんで手を差し伸べてしまったのかねぇ?       【End】  




 

  浮竹書くのは楽だなぁ〜(゚゚ ) しっかし、天然様は怖いねぇ(゚ー゚)(。_。)ウンウン 頑張れ?春水!<どっちに?   ちなみに、少々自分に疎いのは、春水も同じという結果に……orz 初恋だから?……くぉぉぉぉはずいぞ春水っ!!   軌道修正を少々したくなってきたな……だったら書き直せってかぁ<無理<根性無しだから。   【06.04.03】