怪我をするという事
 

    「まったく、うちの隊長は、どうしてこうなのかしらね」 「煩いぞ松本」 「怪我人は、黙って部下の愚痴ぐらい聞き流して下さい」 「……聞きたくねぇ」   担架に無理やり乗せられた十番隊隊長は、総合救護詰所の廊下を進む。 突然霊圧の変化も無く現れた虚の数と強さは、十番隊副隊長の肩書きをもってしても手に余るものだった。 それでも数を減らす為に、ひたすら斬魄刀を振るう。 少しの油断だった。 数が減ってきたなと思った瞬間、背後から風を切る音とキーンという刀の澄んだ音、そして自分に降りかかってきた生暖かい雫。 またかと思い、慌てて背後を振り向く。 自分に向かっていた刃は刀が受けていた。しかし、もう一つの刃は深々と肩に食い込んでいる。 罵声が自分に投げつけられた。   「っ……残りを、さっさと片付けろ」 「隊長っ!」 「大丈夫だ!行けっ!」   また、自分は助けられたのだと知った。 隊長に怪我を負わせてしまった、自分の技量に歯噛みをする。 これ以上の無理をさせぬよう、虚に向かって走っていった。   怪我をするという事   「応急手当は終わっています。  ただ毒が残っていますので、今それ用の薬を調合中してますから、もう少し寝ていて下さい」   麻酔からさめた冬獅郎は、僅かに痺れを感じる、包帯を巻かれた右腕を忌々しげに見下ろす。   「隊長は働きすぎなんですから、丁度良かったですね」 「お前が、書類を全て処理してくれるのか?」 「そんなの無理に決まってるじゃないですか。  だいたい、あの書類は隊長の筆跡じゃなければ受け取ってもらえませんよ。    って事で、隊長飲みましょうVv」   ニッコリ笑った乱菊の懐から、一升瓶が現れる。 どうやって、その大きな瓶が懐に隠せるんだと、乱菊から笑みを受けた二人が一瞬胸の谷間を凝視する。   「だだだだダメですー!折角止めた血が、出てきちゃいますよ〜」   我に返った花太郎が、慌ててコップを持った乱菊の手を押さえる。   「ん何よ〜、花ちゃんだって飲んでも良いのよ〜」 「僕は、これから調合です〜」   皆、つれないわねーとぼやきながらも、一升瓶を豪快に煽る。   「……すまない」 「い…いえ……」   一人酒を煽る乱菊の隣で、冬獅郎と花太郎が無言で目を合わせため息をつく。   「急いで調合しますから」 「あぁ、ゆっくりでいいぞ」   花太郎はニッコリ笑って、すりこぎで色とりどりの葉をすり始める。   「はぁ〜なぁ〜ちゃんVv」 「まままま松本副隊長っ?!」 「だぁかぁらぁ〜乱菊でも、おねぇ様でも良いって言ってるでしょぉ」 「ふふふふ副隊長どどどどのに、むむむむ無理ですよぉ〜」 「つまんないわねぇ〜酒に付き合わないんだから、せめて名前ぐらい良いじゃない」   ぎゅ〜と正面から抱きしめられた花太郎は、半分酸欠になりながら、じたばた暴れる。   「うわぁっ…っっつ!」   たまたま左手の側にあった、ハサミを手の甲に刺す。   「ごめぇ〜ん」 「松本、総合救護詰所まできて八つ当たりをするな」 「隊長っ!」 「図星だろ?」   隊長は副隊長の胸の内を察しながらも、意地悪く言う。 この程度の怪我など何でもないと、意地悪い視線だけで言う。   「分かりました。ったく、うちの隊長って……はいはい十番隊副隊長は、大人しく花ちゃんの薬を堪能してますわ」 「堪能?」   ほらと、乱菊が花太郎の手元を指差す。 花太郎の傷には、なんとも形容しがたり色の軟膏が塗りこめられている。 軟膏の色と、赤い血が混ざり合い、そして………   「なっ………っ?!」   驚愕に見開いた冬獅郎の瞳には、花太郎の傷口を凝視する。   軟膏は、変形していた。 色は、どくどくしい緑と、鮮血の赤を混ぜたそれが、ぶくぶくと膨らんでいく。 その膨らみの先にはぐねぐねと触手のようなものが生え、グロテスクな姿をより誇張し始めた。   「これからが良いんですよーvV」 「松本副隊長は、これが好きですよね」   触手が裂かれた部分を舐めるかのように、這って行く。   「芸術的だわ〜Vv」 「…………毒じゃないのか?」 「何言ってんですか〜、もう血は、止まってるでしょう?」   確かに、傷口からは血は無くないり、触手の数も減っていた。   「も、もしかして……」   嫌だとばかりに顔を歪めた冬獅郎が、自分の傷口がある場所を見る。   「隊長にも見せてあげたかったわ〜Vv  あの大きくて深い傷に張り付く、ネトネト、グトグト、すっごく見ごたえがあったんですよ〜Vv」 「天井にまで巨大化したのを見たのは、僕も久しぶりでした」 「あのグロテスクな形状、のた打ち回る触手、見ごたえあったわぁVv」   乱菊が目を閉じ、うっとりとその時の光景を反芻する。   「ぬぬぬ縫ったんじゃないのか?」   麻酔されていた自分の体に、こんな不気味なものが張り付いていたのかと、体中毛羽立たせる。   「この軟膏は、消毒と血止め用なんです。  当然、血止めが終わった後に縫いましたよ」   ニッコリと笑った花太郎が、消毒が終わったとばかりに、絆創膏を貼り付ける。   「ねーねー花ちゃん、音って付かないものかしら?」 「卯の花隊長からも、依頼されているのですが、なかなか難しくて…」   あのグロテスクな生き物が音付きで動いたら、気色悪さ倍増だと、冬獅郎の背中から悪寒が走り抜ける。   「あら、もう終わってしまったのですか?」 「あ、卯の花隊長」 「折角、珍しい大怪我でしたのに…」   人の怪我を見世物扱いするんじゃねぇっ!と、冬獅郎が心の中で叫ぶ。   「安心して下さい。ビデオにばっちり!」   松本っ!目を輝かせてビデオを叩くなっ!と、再び心の中のシャウト。   「まぁ、ありがとうございます」   ニッコリ優しげな微笑。   「ご一緒にお酒を飲みながら、ゆ〜っくりと鑑賞しませんか?」   ニッコリ妖艶な微笑み。   「先日のビデオ鑑賞会以来ですね」   微笑み合うホラーマニア。 そこには、気迫と気合に満ち溢れていた。   「あ、それでしたら、調合が終わりましたので、これも撮っては如何でしょう?」   何時の間にやら、どくどくしい色に変化したすり鉢の中。 持ち上げられたすりこ木は、大量の糸を引いている。   「まぁ、それでは、解毒用のものも出来たのですね?」 「はい!僕も人間での効果を見るのは、初めてなので楽しみなんです!」 「俺は、帰るぞ」   冗談じゃないとばかりに、起き上がった冬獅郎は、入り口の方に足を向ける。   「日番谷隊長、この総合救護詰所から完治以外で、出られると思いますか?」   一歩踏み出そうとした足が、止まる。冬獅郎の背後で、やけに黒く染まった重たい声が投げつけられた。 隊長という肩書きを持って幾年月、怖くて背後を見れなかった初めての事態。   「お俺は、人体実験のサンプルになる気はねぇっ!」   それでも腹に集められるだけの霊圧を集め、力いっぱい言い放つ。 振り返ることはしない……出来ない。   「まぁ、人聞きの悪い」 「そうですよー日番谷隊長、捕まえた虚でちゃんと試して、問題無しと出たものですから、大丈夫です」   全然大丈夫に聞こえない。 虚と一緒にするなと、声を大にして言いたい。   「隊長ぱ〜と行きましょうVv」   酔っ払いの言い分は、無視。   「とにかく、ここまでの治療で十分だ。お俺は、溜まった書類を片付けなくちゃいけねぇし、その件で総隊長に呼び出しまでかかってんだ」   総隊長の威光を借りる狐状態。 背後に感じるやけに黒く感じる霊圧に、未だ振り向けない。   「ありがとうな。失礼する」   言葉をまくし立てて、逃げに転じる。ドアまでの距離がやけに長く感じた。   「日番谷隊長」   体がブレル。   「怖いのですか?」 「んな訳ねぇだろっ!」   振り返って怒鳴っていた。   −大失敗−   蛇に睨まれた蛙の気持ちを理解した。   「診察台の上に戻りましょうね」   極上の微笑みを浮かべた相手は、背後に暗黒の霊圧を従え、冬獅郎の行動を奪っていた。                   「あら?おかしいですわね?」 「どうしたんだろぉ…変ですよ〜」 「あら〜、お酒混ぜちゃったの不味かったかしら?」 「だだだだめですよ〜松本副隊長っ!!」   未だ鷹揚な微笑みを浮かべている烈。 おろおろしながら、慌てて新しいすり鉢を用意する花太郎。 巨大化したままのドロドロヌトヌトを撮りながら、酒を飲む乱菊。   その三人の真ん中で、大量の鳥肌を浮かべ、体を小刻みに震わせている冬獅郎は気絶していた。       隊長ったら、これだめだったんですねぇ……可愛いのに……     −End−    




 

  激烈素敵な絵を頂戴しちゃいました。 その御礼にこれって………Lukeさんのお好きな花ちゃんと日番谷くんを思い浮かべたら、天然と被害者という図式しか思いつかなかった………あはは……御礼にならない……orz 格好良い日番谷隊長なのに……ごめん日番谷くん。   ってことで、四番隊は怖いよという、お話でした。 Lukeさん、お嫌でしょうが、どうか受け取って下さい。 ここここんな文章と内容ですが、心からの感謝を込めてVv   06.01.17 未読猫