笑顔教習IN赤髪医院
 

    笑顔教習IN赤髪医院   「なぜ私が、ここに来なくちゃいけない?」   険しい表情、眉間の深い皺、白衣より黒衣が似合いそうな医者が、仏頂面で椅子に座っている。 護廷医院小児科に勤務する斬月。   「そりゃぁ〜、人手不足だったもんだからよぉ。貸してぇ〜って重國院長に頼んだVv」   顔の左側に三つの傷跡が一見医者には見せないが、緋色の髪の毛と同じ陽気なオーラと自信に溢れた強い瞳が医者として本人を表している。 赤髪医院院長兼、内科主任のシャンクス。   「私は、小児科なんだが?」 「内科も出来んだろ?」   ここは、内科、外科を有する中規模の病院、赤髪医院。 どのお医者様も明るく元気で親切だと、遠路はるばる患者さんがやってきて、結構繁盛中。   「それにさー、俺頼まれちゃってんの。  斬月先生に素敵笑顔を伝授しておいてねーって、重國院長と、松本婦長さんにVv」   うっと、小さい呻き声。   「わ、私は、誰の所に行けばいいんだ?」   その時机の上の電話が、病院には似合わぬ曲を流す。 当然、その曲の設定をしたシャンクスは、Bon Voyage〜♪と、口ずさみながら受話器を取った。 何で院長室の電話が、こんな陽気な音をたてるのだと、斬月は眉間の皺を増やす。   「悪ぃ、急患が入った。  お前も手伝え」 「外科がらみじゃないのか?」   急ぎ白衣を出し、袖を通しながら慌てて、廊下に出る。   「おう、交通事故だと」 「っつ?!ベックはっ?!!」 「今、手術中」 「他にだって、外科の先生はいるだろっ!」 「今日は手術が立て込んでるのと、今出勤しているやつらにやらせるよりは、俺達の方がましって感じ?」 「内科医と小児科医がましな訳ないだろっ!」 「今学会期間中だから、残ってるやつらは、尻に殻つけてる状態なわけ」   学会を忘れていたと、斬月がため息をつく。   「ま、俺もお前も実習の成績はまぁまぁだったし、一応現場も長いって事で、頼りにしてるぜ」   病院の院長としては、どうなんだ?と思うぐらい明るい笑顔を向けてくる。 緊急時だが、口を大きく開けるのがコツか?と、斬月は心の中の笑顔訓練帳に『口を大きく開く』と記した。                 ◇◆◇                 急患は、左足大腿部の複雑骨折および、額の裂傷。 皮膚を突き破っている骨が、早急に感染症を防がなくてはならないと語っていた。   「額は頼んだ!」 「一人で大丈夫か?」 「そっちが終わったら、手伝ってくれ」 「分かった」   傷口を丹念に調べ、眼球に傷口が届く事も無く、深さも大したものではなかった事に、安堵する。 傍らに居る助手に、縫合用針を用意させ傷口の処置を始めた。   「先生、針です」   慣れた手つきで、処置を終え、助手から針を受け取る。 患者は男性で、額の傷も長い前髪に隠れる部分だったが、それでも傷を残すのは誰でも嫌がる部位。傷跡が目立ちにくいZ縫合を選択する。 斬月の手は、小さな子供に対するのと同じように、丁寧に傷口を縫合していった。   「よし」   小さく顔を綻ばせ、針を置く。   「後の処置は頼む」 「分かりました」   助手の返答を聞く間もなく、斬月はシャンクスの手元を確認する。   「終わったかい?」 「あぁ」 「こっちも感染症に対する処置は終わった。  後は、固定具で固定するだけだ」 「そうか」 「なんとかなってるだろ?」   赤い瞳が自信ありげに笑いの形を取る。 その表情一つが、医者として信頼と安心感を与えている事が分かる。 医者の腕としては、ひけを取るつもりもないが、医療という行為の中では腕以外も要求される事を知っている。 シャンクスの手元に意識を集中しながらも、斬月は小さくため息をついた。                 ◇◆◇                 別の手術を終えた整形外科の主任のヒナ先生と、副院長兼、外科主任のベック先生に事後報告を済ませ、術後の計画をお願いする。   「なぁ、お前は誰に付きてぇ?」 「?」 「や、笑顔の勉強に来たんだろ?」 「俺は、人手不足の補充要員じゃなかったか?」   訝しげに眉間の皺が寄る。   「あーはは…、俺んとこ、どこもかしこも人手不足だから、どこに入ってくれても問題ねぇよ」   少し泳ぎぎみのシャンクスの視線に気づかずに、斬月は考え込む。 知りたくて知った訳でもないが、赤髪医院にはそれなりに十分な人材がそろっているのを知っている。 今日は、たまたま学会と、手術が重なったせいで自分が手を出す事になったが、通常ありえない話だった。 目の前の院長と自分の病院の院長の意図を、強く感じる。 受け持つ子供達の元に早く帰りたいと思っているが、自分に足りないモノを自覚しているのも確かだった。 ため息をつきながら、目の前のこの院内最強の笑顔を持つ男を指差す。   「俺?」 「あぁ」   斬月の返事に、シャンクスが楽しそうに目を細める。   「内科の外来は、お年寄りが多いからなぁ。怯えさすなよ」 「……う……ぜ、善処する」   目が泳ぐ。   「髭だけでも剃ったらどうよ?」   婦長の、剃刀を持ってにっこり笑う姿を思い出した。   「お前が剃ったら考える」   シャンクスは、髭面で泣かれた経験は無い。 その事を言おうとしたら、慌しく赤髭医院の主な面子が乱入してきた。   「斬月先生〜、俺ん所にこよー」   そばかすの浮いた顔に満面の笑みを浮かべておいでおいでをする、手術後そのまんま姿のエース先生。   「ちょっと、あの額の施術したの、貴方ね?  ヒナ感激。感激よ。  ということで、私の元に来なさい」   優雅に手を振るヒナ先生。   「斬月先生が、みぃっかも居るんですってぇ〜Vv  あちし〜速攻で帰ってきたわよぉんVv」   携帯を握り締め、背広を着た状態のボン先生が、ぜぃぜぃ言いながら乱入。 現在学会に居るはずの外科担当。   「お前人気あるなぁ〜」   ニヤニヤ笑って、眺めているシャンクス。   「お前の部下だろ!なんとかしろっ!」 「って言ってもなぁ〜」   自分で言えとばかりに笑う相手に、一睨みする。   「私は、シャンクスに付く…」   話すのは苦手だと知っていて、放っておく院長を睨んだまま。   「「「えーーーーっ!!」」」   折角遊ぼうと思ってたのになー…とブツブツぼやくエースに、遊ばれるのが自分だとわかってる斬月は無視。 ヒナ、ショックよ、ショックっ!全部押し付けて、素敵アフターファイブを送る予定をどうするの?という勝手な意見も無視。 あちしと斬月との、めくるめく熱い夜ぅ〜と、滝涙流している姿は視界に入れない。   「お前……行動だけは真似るなよ」   未だブツブツ言いながら出て行く三人と、入れ替わりにベックが現れ、哀れみの視線を向ける。   「お前も嫌ってほど、知ってるだろ?  三日間振り回される覚悟は、あるんだな?」 「……ぁ……」   果てしなく振り回され巻き込まれた、手に汗握る大学の日々が走馬灯のやうに目の前をよぎる。   「でも、俺選ばれちゃったもんVv」   意図が違うと首を横に振る。心の中では、お前の尻拭いをする気はないっ!、とシャウトしていた。   「何を思って選んだのかは、分かるが……相変わらずお前は、短慮だな」   肩をポンポン叩かれ、ため息をつかれる。 短慮じゃ医者なんかやっていけないと言いたい所だが、今現在陥っている現状が反論をさせない。 そこに、再び目の前の電話が鳴った。   「あー?まぁ居るけどよぉ………あぁ〜?……ふざけんなってのっ………嫌に決まってんだろっ!  ……分ぁったよ。ちっ…一日だけだからな」   満面の笑みだった男は、一変ふくれっ面で、しぶしぶ受け答えをしていた。   「どうした?」 「聞いてくれよ〜ベン〜、折角のお楽しみを、一日水七(みずな)医院に取られた〜」 「今のは、アイスバーグか?」 「どっから聞いたか知らねぇが、あっちも手が足りねぇって、ゴリオシしやがったみてー。  くそぉ〜あのおやじっ!」 「シャンクス…あっちもというのはどういう事だ?」   しまったとばかりに、目を逸らせポリポリと頭をかく。   「担当の子供達を、忙しい日番谷くんに頼んでまで、来たのだが?」 「や、うちが忙しいのは嘘じゃねぇしぃ〜、笑顔講習を頼まれたのも嘘じゃねぇよ。  ただ、すっげぇお願いしちゃっただけで〜…っつ!!」   斬月の拳は、しっかりシャンクスの頭を殴っていた。   「前言撤回だ。  ベック、悪いが二日間よろしく頼む」 「ヒナ主任が認めた腕だ、俺の方は否やはないが……、シャン…」   斬月の冷たい視線と、ベックの諦めろという笑い含みの視線に、不承不承頷く。   「わーったよ。そん代わり、今夜の歓迎会は出席しろよっ!」   そんな会まで、用意してたのかと、斬月とベックが呆れる。   「外科が、暇ならな」 「急患が、入ってきたら無理だぞ」   ごもっともな返答が返ってくる。   「む〜、なぁなぁ斬月ぅ〜、俺ん所に来いよぉ〜。  内科主任の地位と、給料は保証すっから〜」   駄々っ子が、二人の目の前に居た。   「色々誘われているが、こんな風に誘われたのは、初めてだな」   斬月が頭を抱える。   「何、何っ?!他からも誘いが来てんのかよっ!」 「あぁ」 「どこだ?」   今までの子供のような瞳から、やけに好戦的なものに変え、見つめてくる。 本当に良く表情の変わる男だと感心しながらも、空座(からくら)総合病院と、水七医院の名をあげる。   「どちらも、小児科主任の地位だった」 「わーった!作るっ!俺ん所にも小児科作るっ!!」 「院長」   握りこぶしをギュギュッと握り締めて宣言する院長に、ベックが一言でおし止める。   「何だよ〜」 「高い機材を買ったのは、いつだ?」 「うっ………」 「まだ買いたい機器があると、言っていたよな?」 「…………ベン〜……」 「ベック、安心しろ。俺は病院を移る気は無い」   小さく笑いながら言う。   「俺は、自分の担当の子供達を置いていく気は無い」 「斬月だめだぞ。そんな事言ったら、患者ごと引き取るといいかねない」   シャンクスが、うんうんと威勢良く頷いている。   「通院している子供までは無理だ。  あそこの地域からここは、遠いからな」   斬月はまだ笑っている。 その顔に、ベックもシャンクスも見惚れる。   (何だ、患者の為ならそんな顔すんじゃん。  まぁ、昔からこいつは、こうだったよなー)   シャンクスがニヤニヤ笑いながら、斬月を見上げる。   (相変わらず、不器用なヤツだな)   ベックが、笑い声を隠しもせずに、くすくす笑う。   「な、何だっ?!」 「き、気にするな…、午後の外来、付き合ってもらうからな。  ……来い」   ベックは、未だ笑いながら斬月を促す。   「ま、二日間よろしく頼んだ」   楽しそうに笑うシャンクスに、納得がいかない顔で頷いた。         「っつ!」 「お前、腕は良いんだから、睨むなっ!」   ベックの拳固が、斬月の頭に落ちていた。   「だったら、何で乳腺外来の担当にするっ!」 「お前は顔は良いから、女性の方がダメージ少ないと思ったんだよっ!  で、何で睨むんだっ!」 「あれは、一生懸命確認しないとダメな検査だ。  小さいシコリ一つでも、逃す訳にはいかないだろっ」   噂に違わず真面目な男が、目の前に居た。 丁寧な診察、的確な処置、患者に対する微細に入った心配り、どの病院も欲しがる腕と人格だった。 この態度なら笑顔など無くとも、信頼できる医者として、子供達に十分に伝わっているだろう。 それを分かってるはずの婦長と院長が、当人をからかうネタとして、ついでに他院に見せびらかす為の出張だとベックは予測付ける。 再び笑いがこみ上げてきた。   「ベックっ!」 「まぁ、もっと気楽にやりな」   憮然とした斬月の前で、ベックはひたすら笑っていた。     【End】    




   

  ………副隊長のお祝いに、誰を書こうかと悩み、各種おやじと各種設定を頭に思い浮かべ……出てきちゃったよっ!病院ネタ。 え……と……どっちも副隊長好きだから、いっか?!……二人も素敵おぢさまで…素敵……だよね? シャンクス先生とベック先生と斬月先生は大学で同期っていう、素敵前設定で読んでくださいませ(^-^)b   ちなみに、医療関係者じゃまったく無いんで……各種サイトでお勉強しましたが……まぁ……そこら辺はお許しくだされm(__;)m^^   という事で、RIN副隊長殿、20万ヒットおめでとうございました! お祝い遅れた事をお許しくだされm(__;)m^^^   未読猫【06.03.21】