新しく入ってきたコックは、間違いなく優男と分類される野郎で、女尊男卑という言葉を実践し、女にはひたすら馬鹿甘く、男にはチンピラとしか思えない極悪な表情で接してくる。 当然俺とは、まったく気が合わずに、怒鳴りあい喧嘩をする日々を過ごしていた……過ごしていた……過ごしていたが……何だ?この目の前の光景は? 久々に寄港した町の片隅の薄暗い路地、目の前に繰り広げられるは、濃厚な口付け。 髭を生やした、目つきの悪いおやじの濡れ場など見たくも無かった…無かったのに、その相手があれだ……そうあれ……おやじの首に両腕をからめ、うっとりとした表情で口付けを交わしていたのは……あのコックだった。 Fascinated 1 まじまじと背中を見つめる。 いつもと変わらないその姿。 ナミに御託を並べ、その他の面子には凶暴なまでの表情と言葉を投げつける。 あの時の表情はまるで幻だったかのように、片鱗さえもうかがえない。 夕飯時、気が付いたら視線に殺気まで載せていたらしく、ナミにウザイと怒鳴られ、ウソップに怯えられていた。 それでも視線が外せない。 船長が頑張れよぉ〜と意味不明の言葉を投げつけてきて、キッチンを出て行く。いつの間にかテーブルの上には何も無くなっていて、キッチンには俺とコックだけになっていた。 不思議なのは、俺の視線に気づいているだろうコックが、まったく俺を無視している事。怒鳴り声も、チンピラ風味の視線も無い。 そして、片づけが全て終わったコックは振り向き、初めて俺の視線を受け止めた。 「なんだ?」 煙草を咥え、火をつけながら、不敵に見下ろしてくる。 昼間見た面影はどこにも無い、慣れ親しんだ視線。 「てめぇは…いやいい」 言いかけた瞬間、目の前の男の嗜好がどうだろうと、自分の知った事じゃないと気づき、言葉を切り立ち上がった。 「何だ、問いたださねぇの?」 突然変わった声音に振り返って見た顔は、昼間のように媚びた艶やかな表情。 おやじしか見てねぇと思ってた視線は、ちゃんと俺も捕らえていたらしい。自然苦笑が浮かぶ。 そんな俺に対し、コックが艶やかな笑みを向ける。 「てめぇの気配は、直ぐに分かる」 「……それがてめぇの本性か」 目を離す事が出来なかった。 咥えていた煙草は優雅に灰皿に置かれ、音も無く近づいてくる。 コックは、吐息がかかるくらい顔を寄せてきた。まるで逃げるように後ろに出しかけた足が、首にまわされた腕に阻まれる。 「本性ねぇ……」 吐息が絡む。 「真っ直ぐに生きてきた剣士様には、刺激が強すぎか?」 「っつ…?!」 赤い舌が唇をぬるりと舐め上げた。 「御用のさいには、いつでもお声をどうぞ。俺の体は、てめぇにも開かれているぜ」 そう言って、口の中で笑いながら、手を解き離れる。 掌がひらひらと振られ、サンジの姿は扉の外に消えた。 「っ…なっ……」 閉じられた扉を呆然と見ていた。自然と足から力が抜ける。 あろうことか、俺はへたり込んでいた。 今までずっと心臓が止まっていたんじゃないかと思うぐらい心臓がばくばく言って、突然流れた血流に頭がガンガン鳴っている。 「……何…だ?」 出てくる声が掠れていた。 サンジの劇的な変化よりも何よりも、自分の頭に目に焼きついたサンジの妖しいまでの笑みに対し、抗えないと思った自分の心に動揺していた。 ◇◆◇ あれから、気が付くと目が追っている。 随分と気づかされた、相手の見たことの無い表情、そして行動。 全開で笑いながら、ウソップの法螺話を武器の説明を聞いている。 あんな顔は知らねぇ。 エサをねだるルフィを怒鳴りながらも、口に何かをひとかけら放り込む。 その後は、ここぞとばかりに、満面の笑みで蹴り飛ばしている。 こんな顔も知らねぇ。 今まで見ていたのは、ナミにやたらと傅くうっとおしい馬鹿顔と、俺を睨んでいる顔。 こんなに表情豊かな男だったのかと驚いた。 料理の腕は知っている。 文句を言いながらも、世話好きなのも気づいていた。 しかし、あまりに知らない顔が多かった。 それが、あいつの良い部分だけだったら、良かったのにとなぜか思う。 あれから陸にあがる度に見かける別の顔。 しなだれるようによりかかり、艶然と微笑む。 あの、男は人間の範疇にはねぇという態度は、どこにも見当たらない。 そういう男だと思っていたら、相手が女の時もあった。 それならばナミに対する態度でも良いと思うのに、やけに色気のある雰囲気でエスコートしていた。 そんなあいつも見た事が無かった。 「あんた、サンジくんに気があるの?」 「何、気色悪ぃ事言ってやがる」 「じゃぁ、ここ最近のその暑苦しい視線は何よ?」 振り返ったら、ニヤニヤとたちの悪い笑みを浮かべたナミが居た。 「一応仲間だしな……相手を知っとくのも悪かねぇだろ」 「ふぅ〜ん。あんたがそんな真っ当な事言うとはねぇ〜。 うそ臭い」 「勝手に言ってろ」 含みを持った言い方は、ナミの中では既にストーリが出来上がっている証拠。 そんな相手に、何を言っても無駄だと、短くない航海で十分理解している。 「つまんない反応ね〜。 でも、ま、結果を楽しみにしてるから、さっさと行動しちゃいなさいよ」 「ったく、てめぇは暇なヤツだな」 「そう、暇なんだから、ちゃんと娯楽を提供してよね」 「どう転んだら、俺があいつに気があるって話になるんだか」 「だったら、何でサンジくんばっかり見てるか理由を言ってみなさいよ。 それ以外どうやって説明すんの?」 順調な航海で暇な上に、自分さえ楽しければオールオッケーな性格があのたちの悪い笑みに現れていやがる。 「まぁ、あたしに感謝しなさいよ」 「あ〜?」 「今日夕方には島につくから、あんたサンジくんの荷物もちって言ったでしょ」 「何で俺がそんなことしなくちゃならねぇ?」 「見ていたいんでしょ? それに今回は大量に仕入れなくちゃいけないのよっ!あんたが一番適任なのっ!」 それでかと、納得した。 どうせ船長と長っ鼻が襲撃を成功させたんだろうとは、推測していた。 普段からあまり食べないヤツが、ここニ三日食べている様子が無い。 少し線が細くなってきたと思い始めていた頃だった。 「まったく、人の話くらいちゃんと聞いてなさいよね。 サンジくんばかり見ているから聞こえないのよっ! この話は、さっきしたわよっ!」 「そうかよ」 「ったく……だけど、何でサンジくんなの?」 「お前らは、あいつを仲間だと思っているだろ?」 不審げな視線が返って来た。 「船長はあぁだしな。ウソップは疑いもしねぇ。お前も珍しく素直に受け入れていたよな。 必要ねぇかもしれねぇけどな、それでも見極める目は必要だ」 「あんた……あれだけのモノ見ていて、まだ信用してなかったの?」 「……そうだな」 「サンジくんの作った食事は食べてるじゃないの」 「その程度には、信用してるって事だな」 「へぇ〜剣豪様は、一応俺の食事は好きってことか」 聞きなれたドスの効いた声が割り込んできた。 「まあな」 「うぇっ、素直な剣士様ってのは、気持ち悪ぃ。 ナミさん、こんな気色悪ぃマリモの側なんかいないで、お茶でもしましょう〜Vv」 「そうね〜…サンジくん、私冷たい飲み物が欲しいわ」 「はぁいVv直ぐに用意しますね〜Vv」 馬鹿丸出しの顔がくるくる踊りながらキッチンに消えていく。 あれは見飽きるぐらい見ている。 自然ため息が漏れた。 「次の島で、さっさと見極めてね。 仲間割れは嫌よ」 「あぁ…」 俺が適当に返事しているのが分かって、ナミはわざとらしくため息をついてキッチンに向かう。 信用してなかったら、食事を取る訳が無いという事が分かっているのだろう。 最近ずっと見ていたおかげで、より一層食事を取らないという選択肢はありえない。 料理に対する熱意は疑いようもない。 そう、俺は知りたいだけだ。 何が知りたいかが、分からないのが腹立たしいが……俺はあいつの何が知りたいんだ? 一緒に買いだしに出かけたら何かが分かるか? to be continued…
増えちゃったね……。 なんとなく、ゾロサンの最初が書きたくなりました。 あれですかね、ゾロサンだろうが、サンゾロだろうが、二人への愛ってやつですか? それともへたれなゾロに意外と愛? ということで、話は続きます。 一番の情人になるまでの、遥かなる道のりって事で(^-^)b 【06.02.13】