05.09.27 未読猫「あー日記な明日でいいか?」 ナルトが不思議そうに小首を傾げる。 その仕草がいつもと違って、やけに可愛く感じる。 そしてもっと違うのが、自分を見つめる視線…イルカの教えに従ってか、極度の恥ずかしがりなのか、ある意味一線を置かれている視線とは違う、甘い雰囲気を感じる。 熱でもあるのか?と、シカマルはナルトをまじまじと見た。 「なー……」 突然シカマルがナルトの背中にへばりつく。 それに全身毛羽立たせ、何しやがるっ!と真っ赤になってクナイを向けるナルト。 シカマルの眠気と疲れがぶっとぶ。 目の前に居るナルトが、やけに威勢が良い。 普段大人しいという訳ではないが、それでもここまで言葉が悪く、元気な覚えは無い。 「お前……誰だ?」 瞬時に印を切り、変化解除の術を放つ。 それでも、外見は変わりなく自分にクナイを構え、今は殺気も上乗せしている。 何が起こった?と、シカマルはナルトをまじまじと見た。 同じ名前の違う貴方 (前) 「………しー?」 聞き慣れない呼びかけ、訝しげに自分を見つめる視線は、見た事も無い不安そうな表情。 そんなナルトを見た事はなく、違うと思った。 そして、シカマルは印を切っていた。しかし、目の前のナルトがまったく同じ印を切っているのを見て混乱する。 「「なっ?!!」」 変化解除の煙と共に、まったく変わらないお互いを見て、お互いが間合いを取り構える。 シカマルは、目の前のナルトが自分の知らないナルトだと直感する。 自分の能力と変わらないどころか、印の切る速度は自分を上回っていた。 そして、それは自分の知ってるナルトよりも上だという事を示す。 変化を無理やり解除したにも関わらず変わらない姿。 とりあえず今自分がしなければならないのは、現状把握。 自分に向ける激しい殺気の意味を、追求しなければいけないと思った。 「オレは、奈良シカマル。暗部名を闇と言う。 お前は?オレの知らないうずまきナルト…お前の暗部名は何だ?」 ナルトの殺気が緩む。 そして、溢れてくる涙。 「…っ?!!ななナルトっ?!どうした!」 慌てた闇が、ナルトに近寄ろうとするが、未だ構えているクナイに阻まれる。 「しー……しーじゃない……なのに、何でお前が奈良シカマルを名乗るっ!!」 ナルトが、闇に向け叫びながらもクナイを次々と投げつける。それをかわしながら、シカマルは目の前のナルトを観察する。 自分よりも強いはずなのに、紙一重ながらも相手の攻撃をかわす事が出来ている。 観察する余裕なぞ、ナルトの力量を十分に発揮すれば、一切無いはずだと見抜いていた。 怒りがナルトの腕を鈍らせている。 シカマルは苦笑しながら、この状態を正そうと口を開いた。 「ナルトっ!」 「オレの名前を呼ぶなっ!」 「オレにとってのナルトは碧っ!お前こそオレの名と言うなっ!」 ナルトの目が見開き、一瞬動きが止まる。 「オレは、この状況を理解したいだけだっ!だからお前の暗部名を教えろっ!」 「……日食…」 闇は、日食の殺気が消えた時点で、ため息をついてしゃがみこみ、頭をかかえる。 ついでに、自分の仲間に心話を投げるが返って来ない事も確認。 「はー……誰かの術か?それとも偶然か?」 ぶちぶち文句を言いながら、日食を見上げる。 「お前の仲間に心話が通じるか、確認してくれねー?」 日食は一つ頷き、術を展開する。 『ハヤテっ!』 『ナルトくん?どうしました?』 『シカが……シカが違うっ!』 『ナルトくん…?今どこに居ますか?すぐに行きますっ!』 『家の裏の森…』 『動かないで下さい』 安堵で、日食がへたり込み、目の前の闇を見る。 「通じた…ここに来てくれるって…」 ◇◆◇ クナイ、手裏剣、術と、止む事無く自分に向かってくる。 シカマルは呆れながら、言葉を紡ぎながら、それらをかわしていた。 「聞けよなー」 ピシッとクナイが顔の横を通り過ぎる。 「ったく、メンドくせー。もう少し冷静に状況見ろって」 シカマルが居た地点が火に包まれる。 「避けるんじゃねぇっ!」 「避けなきゃ怪我するじゃねーか」 怒鳴るナルトに対し、ブツブツ呟くシカマル。 「しっかし、元気良いヤツだよなー少し爪の垢もらっとくか?」 「真剣に闘えっ!」 「闘えって…ナルトと闘ったら、かーちゃんに殺されるし?」 「てめぇ誰だっ!」 「誰って、奈良シカマル」 「嘘つくんじゃねーよっ!」 「嘘ついてねーし、なんならさっきのオレと同じ術を使ってみればいーだろ?」 全て、高レベルの戦いのやり取りの最中の会話。 ナルトは初めて会った自分より強いと思わせる敵に対し腹を立てながら、シカマルはメンドくせー事態にうんざりしながら戦っていた。 ナルトが印を切り、煙と共に出てきたのは、今までと変わらない相手。 「変わらねーだろ?」 呆然と目の前のシカマルを見る。 「んでだ、オレは新月って言う。お前も暗部名あるだろ?何だ?」 「…碧」 「さっきから心話が通じねー。 ここは、碧の世界だろ? 「世界って、どういう意味だ?」 「あー…ったくメンドくせーな。何度も説明したくねー。 とりあえず、三代目ん所に行くぞ。いんだろ?」 「三代目の所に行ってどうすんだ?」 「現状をどうにかすんだよ」 そう言って、新月が碧を抱え、火影邸に向かった。 ジタバタとあばれる碧を無視して新月は森の中を走る。 かって知ったる木の葉、迷う事無く窓から火影執務室に侵入した。 ◇◆◇ 「こちらは?」 冷ややかな視線が闇に注がれる。 「あんた、月光特上だよな?」 こちらも態度ひたすらでかいまま、ハヤテを見る。 「さっきから新月に心話が通じない。 で……闇が居る……」 未だ泣きそうな顔で日食がハヤテを見上げる。 「闇とは、暗部名ですね。 では、貴方もシカマルくんと思ってよろしいのですか?」 「あぁ、間違いねーよ」 「ではこの状態をどう考えます?」 闇が一つ息を吐く。 「パラレルワールドってやつだろ。 ただ、原因が分からねー。ここのオレもいねーみてーだし。 それとも、術によって心話出来ねー可能性はあるか?」 「それは、シカマルくんが捕らえられた場合以外ありえないんですね。 そして、彼を捕まえるのは並大抵の術じゃ無理です」 「となると…原因によって対処が変わるな。 故意であるならオレに対してしたのか、それともここのオレに対してしたのかによって動ける世界が変わってくる。 ただ推測だが、その場合の原因はここのオレであって、オレじゃねー」 「なぜ、そう言い切れるのですか?」 座り込んで木に寄りかかっている闇に、一切態度を変える事無く話しを促す。 闇は、月光特上ってこえーと、心の中で呟く。 自分は、月光特上を知らないが、見かけた当人は穏やかに見えた。 実際、目の前のハヤテも、世間ではそのような評価を得ているのだが、相手はシカマル、自然態度がきつくなっていた。 「オレらの正体は三代目以外は知らない。 それだけは間違いねーんだ。 でだ、普段のオレはぐーたらな奈良家の長男でしかねー。 ここまで大掛かりな術をかける価値がねーんだよ」 「なるほど……貴方は表立って動いていないんですね?」 「表だって?何でそんなメンドくせー事しなくちゃいけねーんだ? だいたい暗部ってだけでも十分メンドーじゃねぇか」 ハヤテが頭を抱える。 どこのシカマルも、シカマルでしかないと確認できた事が非常に空しかった。 「で、あんたは、ここの状況に詳しいんだろ? ここのオレは、どうなんだ?」 「難しいんですね…、最近ある意味表だって動いていますが……あの人に関して言える事は、そんな事が動いているのなら、あの人に分からない訳がないんですね」 「あー?」 「あの人は、戦略部の長という立場があります。 そして、今現在木の葉の改革を動かしているのは長ですから、不穏な面子へのチェックは普段以上に厳しくなっているんですね」 「長?…オレのくせに、何しちめんどクセー事してやがる?」 渋面を浮かべた闇に苦笑を浮かべながら、ハヤテはこの続きは日食の家でするよう言った。 ◇◆◇ 「ってことは、闇の立場は間違いねーって事だな」 「そうじゃ」 「で、オレから隠れて何かやらかすようなヤツらは、全員チェック済みだし……偶然か…?」 新月がニンマリと笑う。 その笑みに三代目も碧も、自然顔がひきつる。 「闇は、暗部しか仕事してねーんだな?」 二人がコクコクと機械的に頷く。 「やったな、ここにいる間のオレは、休暇って事だ。 何だったら、今夜の仕事増やしてもいいぜ」 楽しそうに言う新月に、じょーだんじゃねぇっ!と碧が怒鳴る。 「何でだ?指示書なら戦略部で話聞いて書いてやるし、オレが全面的に協力してやるって言ってんだから、早々に全部終わんだろ」 確かに闇は、態度のでかいヤツだったが、ここまでは酷くなかったと碧は思う。 「お主は、自分の世界では何をしておるのじゃ?」 「おれか? おれは戦略部の長が一番長い。 次に暗部。 今は、木の葉の改革の取りまとめもしているな」 「改革?」 「あぁ…ま、余生をのんびり過ごす為の努力ってやつだ」 詳しくは語られないが言葉の端はしに、周りの不幸が垣間見えるような気がした聴衆の二人は、これ以上話をつっこむのは止めようと、無言で頷きあう。 「んで、オレは普段何してんだ?」 「10班で地道に下忍してる」 「は〜?まだ下忍なのか? 中忍試験は?」 「お主の同期は、まだ誰も中忍試験を受けておらん。 まだその季節ではないしのぉ」 ほぼ同じ世界にも関わらず、個々の個性が微妙に違うのと同じで、時間の流れや、イベントの時期も違うのかと、新月は納得する。 「分かった。 んで、お前と闇ってどんな関係なんだ?」 「っ…なななな…」 真っ赤になって固まった碧を見て、新月は三代目に視線を向ける。 「交換日記をしていると聞いておるがのぉ」 何で知ってるんだっ!と碧が怒鳴り、その様子に三代目がより笑みを深くする。 「何だそれ?交換日記だぁ〜?」 「交換日記は交換日記だっ!」 「………それって一応付き合ってるって事か?」 「付き合う最初の手順じゃねぇか」 ぼそぼそと碧が言う。 さすがに同じ顔に、同じような反応を示されると、イルカ先生の指導に少し疑問がわいてきた。 「お前にそれ教えたの誰だ?」 「……イルカ先生」 新月が堪えきれずに大爆笑する。 イルカなら言っても可笑しくは無い。もしかしたら、結婚するまではキスさえもお預けか?と、闇には悪いと思ったが、ひたすら笑えた。 ◇◆◇ 「ということで、ここでの貴方の立場というモノが分かって頂けたと思うんですね」 「無理。オレはメンドくせー事はしたくねぇし、ここでの情報もなさ過ぎる」 「全部やれとは申しません。 当然無理なのも分かっています。 ただ、長が居ない穴埋めを全て私が請け負うのは不可能なのです。 そこで、戦略部の仕事だけはしてもらいます。不明点はいつでも心話を受け付るんですね」 ハヤテは同じ顔の相手に対して、他人扱いではなく、しっかり対長仕様の笑顔で押し切ろうとする。 闇は、それに冷ややかな笑みで対応。知らない相手にすごまれても気にならない風情。 いつもながらの光景を見ている日食は、どこでもシカマルは変わらないんだなぁと感心していた。 「貴方はナルトという名前の人間を守りたいでしょう?」 闇が嫌な顔をする。 「ナルトくんが守りたいと思っている人達も、守りたいでしょう?」 眉間の皺が深くなる。 「ここでは長が、戦略という武器で、ナルトくんを含め多くの人間の命を守ってるんですね。 貴方が奈良シカマルという名を持つなら、すべきではありませんか?」 珍しい台詞を聞いていると、ナルトはハヤテをまじまじと見る。 そして、後でゲンマに伝えようとにっこり笑う。 そんな理由で笑ったナルトを見て、シカマルが勘違いする。 ここに居ないシカマルに対する信頼の笑みと受け取ってしまった。 …ついでに羨ましいとも…… 「…分かった。ただ、確認の取れないものは全て聞くからな」 「結構です。 ナルトくん、夜の任務は凛さんとのペアで良いですね?」 「いや、それもオレがやる」 ナルトが返事する前に闇が口を挟む。 シカマルが守っている者の一番がナルトだろうという事は、話を聞いていて分かった。そして、それは自分も同じ。 だからこそ、知らない暗部に頼むのを厭う。 結局自分は、ナルトに弱いよなーと、闇は苦笑を浮かべた。 「暗部服は家にあるのか?」 「ここが貴方の家ですよ」 訝しげに、ハヤテを見る。 「オレと新月は、夫婦だから」 「あ〜?」 「戸籍にも記してあるんですね」 さらりと言われる事実。 ニッコリと笑顔で肯定されて……闇は両手を付いてがっくりと上半身を落とす。 「………オレが…オレが…イルカのせいで苦労してるってのに……に…新月の野郎………しかもオレの世界に居るとしたら、仕事は暗部だけ……帰ってきたら不幸になるよう努力してやるっ!!」 「イルカ先生?」 「ほぉ〜長の不幸ですか…」 ぶつぶつと呟くシカマルの暗い声に二人がそれぞれ反応する。 そして、闇はナルトの言葉に一冊のノートを投げつけてきた。 何も書いてない表紙を開けると、日付とその日の任務内容から始まる。 ひたすら、呆れる任務内容と、素朴?な疑問のやり取り。 数ページ読んだ後、これは何だ?と、二人が闇を見た。 「交換日記だとよ」 「は?」 声が出たのはハヤテ。交換日記という言葉を知らなかったナルトは分からないと小首を傾げる。 そんな様子の日食を見て、同じような立場なのに、どう育ってこんな可愛いナルトに成長するんだ?と、闇はため息をつく。 ただ、自分にとってのナルトは碧だから、素直が少し羨ましいだけで、魅かれる訳ではない。 「あの……あのイルカさんが、ナルトくんに…恋愛…指導した…という事…で…すか?」 言葉が途切れがちなのは、噴出しそうになる笑いを抑えている為、普段あまり爆笑しないハヤテが、肩を小刻みに震わしていた。 そんなハヤテに仏頂面が一回頷く。 「なー、交換日記って何?」 「そうですね……三代目のご両親の代なら…ご存知かもしれません……恋人同士が…もっと親しく……なる為の……行為…と言いましょうか……」 「これが?この殺伐とした内容が?」 限界だった、ハヤテは噴出し、蹲って笑った。 熱血アカデミー教師のイルカなら、真剣な顔して言いかねない。 それこそ、結婚するまでは、手をつなぐのが精一杯の指導をしたに違いないと、その相手を哀れを通り越して、笑いが止まらない。 「お前はナルトなんだろ?こんな文章を、一応でも付き合ってる相手に書く理由を教えやがれ」 既にシカマルの目は据わっている。 もう一度交換日記と呼ばれる物体に目を通して、自分が新月に書くとしたらどんな内容を書くか考えた………分からない事は確かに聞くかもしれないが……文章に残すのは危険じゃないだろうかと、余分な方向に考えが行く。 「オレ一緒に暮らしているから、日記書く前に本人に聞いてる」 そうだったと、ため息を深々と吐く。 「でも、単独の任務があったとしても、こんな内容の報告はしないけど……」 だよな…と、もう一つため息。 「あの、付き合うきっかけって?」 こんな内容を書いて来る相手は、本当に付き合っていると思っているのか、少々疑問を持って聞いてみる。 「とりあえずキスしていいか?って聞いた。 惚れたとも言ったな。 まぁ折角告った事だし、有無を言わさず唇奪ったし? 普通オレが惚れてるってのは理解出来るよな?」 ハヤテの笑いが止まっていた。 ナルトもまじまじと闇を見ている。 確かに、シカマルだけど、シカマルじゃないとはっきり理解した。 顔のどこにも赤い所が無い。それどころか、こんな内容なのに、未だふて腐れたままに淡々と自分達を見て話していた。 「…どうした?」 「本当に貴方は、長ではないんですね」 「うん、シカには出来ない芸当。碧がちょっと羨ましいかも」 「何だそりゃ?」 「長は、物凄い照れ屋なんですね」 「シカからそういう言葉貰うのって、籍を入れてもう5年近くなるけど、片手で余るかも」 「はぁ〜?夫婦なんだろ?やってる事はやってんだよな?」 ナルトが目を瞬きながらも頷く。 シカマルがやってるとか言ってる〜と感動中。 「じゃぁ、いいじゃねぇか。 オレは、あいつに惚れられている自信さえ、全然ねぇぞ」 ふて腐れる闇に、態度はでかくても、随分と可愛らしいシカマルくんですねと、ハヤテが温く微笑んだ。