【幸せ追求させろ隊 9前編】 「お前らは、あの二人を長いこと知ってるのだろう?」 ゲンマは何も言わずに、楽しそうに千本を揺らしながら、綱手とハヤテを見る。 ハヤテはクスクス笑いながら、ゲンマを見てから綱手を見た。 「何を、お知りになりたいんですか?」 アカデミーの改革として、戦略部、医療忍者、戦闘用忍者、それぞれを伸ばせるような基礎を作れるよう、そして事前に子供の才能を見極められるような組織作りの為の集まりだった。 明日、新しい火影が立つ。 目の前の綱手。 そして、明日から木の葉の全てに及ぶ改革が始まる。 「さぁなぁ…今自分達が巻き込まれている事は、木の葉にとって良い事だというのは分かる。 今までの木の葉のままでは、この先があまりにも不安だろう。 ただ……それを動かしているのが、未だ十代前半の子供だというのがな……頭が良いのは分かっているんだが…」 綱手の言葉は歯切れが悪い。 自分でも、何を聞いていいか分かっていないのだろう。 「綱手様、あまり考えない方がいいんですね」 ハヤテが笑い、ゲンマが背中を向け肩を震わせている。 そんな二人に憮然とした面持ちで綱手が肘を付く。 「そうかい?」 「長は、一つの事以外考えていないんですね」 「ナルトかい?」 「えぇ」 もうハヤテもゲンマも噴出しゲラゲラ笑っていた。 「綱手様も、ナルトの事が好きですよね?」 笑いながらもゲンマは尋ねる。 「あぁ、いい子だ」 「長は、ナルトくんと出会わなかったら、一生を人畜無害の適当人生おたっしゃ倶楽部名誉会員だったでしょうね」 「間違いねぇだろうなぁ。 毎日本読んで、将棋やって、寝ているだけ。一応食べてける程度の忍者仕事ってか…もったいねぇ」 「そうすると私は、シカマルに出会ったナルトに感謝しなければならないという事かねぇ?」 「ははは…おかげでいい里になりそうなんですね」 「そうだね。後はあいつにしっかり働いてもらって、早く六代目に繋げろという事だな」 僅かに感じていた蟠りを払拭した綱手は、楽しそうに笑った。 ◇◆◇ 「シカマルの父上殿…」 「あのなぁ…お前さんは、うちに来て随分経つだろ?シカマルのとーちゃんとかよぉ〜あぁ特別に奈良のおっさんでもいいぞぉ〜」 楽しそうに笑うシカクをまっすぐ見つめる目は困っていた。 「無理かい?」 「す…すみません」 「うちは奈良家で、日向家じゃねぇんだから、もちっと気楽にやったらどうだい?」 まったく違う家庭環境があるという事を、初めて理解した。 子供の顔をしたナルトとシカマルを見た。 ヨシノは怒りながらも、楽しく笑っていた。 シカクはいつも楽しそうに家族を見ていた。 暖かい家庭というのは、こういうものかと、言葉でなく、文字でなく、肌で理解した。 そして、その暖かさは、間借り人のヒナタやハナビ、ネジにまで注がれる。 それに対し、ネジは未だどうしていいか分からない。何も言えず、ただただ相手の瞳を見つめる事しか出来なかった。 「まだお前さんは子供って言っていい年齢なんだ。 少しはシカマルを見習って好き勝手してみてもいいと思うんだがね。 但し、少しだけどな」 シカクがネジの頭をくしゃくしゃと撫でる。ネジは少し笑う事が出来た。 「で、何だい?」 「…シカマルとナルトは、これから…あの…大丈夫でしょうか?」 「心配かい?」 ネジが一つ頷く。 「ナルトもシカマルも強いのは分かっているのですが…しかし…それでも…」 「誰にでも好かれるってのは、はなから無理だろ。 ナルトには九尾がいるし、シカマルの頭は異常だ。 でも、あいつらだけって訳じゃなくなってきただろ?」 「はい…」 「俺も、お前さんも、結局は信じるしかねぇんじゃねぇの? ナルトは強い。 シカマルの頭ならどうにかする。 後は俺達が出来る事に手を貸すしかねぇだろ?」 不安そうな表情に少し希望が生まれてくる。 「お前さんも強くなったよな? そんで、これからも強くなるんだろ?」 「はい」 強い意志が瞳に現れる。 「なら、これからもそれでいいんじゃねぇの? あんまり考えてもしょうがねぇ事を考えると禿げるぞ…ネジ」 シカクは、ネジの頭をポンポンと叩いて笑い、ネジもシカクと同じように笑った。 ◇◆◇ 「さて、明日じゃな」 「あー」 「うん」 三代目の前にやる気ゼロのシカマルと、ニコニコ笑うナルトが座っている。 「三代目としての最後の仕事じゃぞ。 少しは労って欲しいのぉ。引退祝いはないのか?」 煙をくゆらしながら、三代目が一応苦笑を浮かべる。 「これから楽隠居すんだろ?祝いはそれで十分じゃねぇか」 「楽隠居したかったのに、アカデミーに借り出したのは誰じゃ?」 プロフェッサーと呼ばれた術の知者は、人手不足を理由にアカデミーの仕事を割り振られていた。 「それでも、アカデミーだけだろ?」 「じじぃも暗部やろVv」 年寄りを一切労わらない、労働超過なお子様達が速攻切り返す。 「これ以上働いたら、ポックリ逝ってしまうわ」 「そんな可愛げのあるじじぃだったか?」 内容も口調も決して友好的には聞こえないが、シカマルもナルトも三代目も穏やかな空間を作っていた。 「で?」 シカマルが話しを促す。 既に明日の為にする事は全て終えていた。 ほんの僅かな打ち合わせだけで主要メンバーは既に解散している。 三代目に呼び止められた二人だけで、火影執務室はもう他に誰も居なかった。 「明日、ナルトの素性を話てはマズイかのぉ?」 ナルトが目を瞬かせ、シカマルは口の端をあげた。 火影執務室に沈黙が降りる。 「…ひと悶着起こりそう…ってか起こるだろうなぁ…でも結果がどうなるか、全然読めねー」 「儂にも分からないがのぉ、少しは考える種を与えたいのじゃよ」 立ち上る煙を見ながら、三代目が厳しい表情を浮かべる。 これは前里人に対する、一つの試験。 個々の資質が試される。 「どうする?」 シカマルがナルトを面白そうに見る。 「素性って…親の事だよね?」 「そうじゃ」 「奈良のお父さんやお母さんの事じゃないんだよね?」 「そうじゃ」 「なんかオレの事って感じがしないんだよなぁ…お父さんは奈良シカクって、お母さんは奈良ヨシノって、それ以外思った事ないし…」 ナルトが苦笑を浮かべる。 「いいよ。 それによってオレが変わる訳じゃないし、何があっても何とかするから」 「何があるか楽しみにしようじゃねぇ?」 シカマルがニンマリ笑う。 「そうじゃな。それに何かがあったら儂らも動く。 たまにはじじぃも頼って欲しいのぉ」 ナルトが嬉しそうに頷いて、シカマルが当然だと三代目を見た。 ◇◆◇ 「覚悟は出来ているかね?」 「あの子達と帰ってきた時に十分」 「確かに、賭けをしなくなったのぉ」 三代目と自来也が小さく笑う。 「ならば、何を悩んでおるのじゃ?」 「先生…」 困った表情の綱手に、自来也がバレバレじゃのぉ〜と笑う。 「儂は頼りないかの?」 長い時間を生きてきた三人は、師弟であるというよりは、まるで共犯者のように笑いあう。 ひとしきり笑った後、綱手は口元を引き締めた。 「あの子達が暗部になったのが6歳だと聞きました。 イルカもその頃だったとか…」 綱手がこれから何を言おうとしているかを予測して、三代目が苦笑を浮かべる。 「四代目も憂いておったな」 「そうですか…」 「綱手が、なくなるようにするのじゃろ?」 木の葉が忍びの里だという事は言うまでもない。 しかし、いくら強いからと言って、子供にまで忍びの…殺しの仕事をさせたいとは心から思えない。 自分達が大人だから。 大人だから自分達が不甲斐ないと思わずにはいられない。 「しかし、難しい事じゃろうなぁ。 突然大人になったから、殺しをやれと言われても、それは無理じゃないかのぉ?」 「人手不足さえ、もう少しなんとかなれば…その為の今回の訓練じゃないか」 「確かにそうだろうが…結局は忍びの里、殺人も、盗みもしなくてはならないし、それは経験に左右される」 「年齢の線引きなんて出来ないのだが、…それでもせめて成人するまでは殺しをしないですむようにしたいと思うのは、火影として失格だろうか…?」 「大人としては真っ当な意見だと思うのぉ…」 綱手も自来也も苦々しい笑いを浮かべる。 どちらも戦争を知っている。 どれだけ小さい子供が死んでいったか。 そして、どれだけ小さい子供が人を殺していったか。 それが日常となっている事が、どれだけ人間としての心を壊していくか。 全て知っている。 しかし、ここは忍びの里であるのには違いない。 それが日常で、たとえ心が死んだとしても、殺す技術が優れていれば誉められる場所だった。 それも分かっている。 それでも願ってしまう。 子供らしく育って欲しいと。 汚い仕事は全て大人がやると。 そんな事は、大人になってから知ればいいと。 自分達が大人だから。 「もう始まっておるじゃろ?」 慈愛に満ちた笑みが二人に向けられる。 「死なないようにする訓練は、大人のレベルも上げたじゃろ。 これが続けば、いつかはお前が思う里が作れるのではないかの? その為に、既に皆が動いておる。 お主がその流れを止めなければ、直ぐとはいかないが、イルカが火影になった頃には叶うのではないかのぉ」 「先生…そうでした。 私はイルカにそんな里を渡そうとしよう」 ◇◆◇ 「なぁ…ナルト、頼みがあるんだが……」 ナルトが小首を傾げて、躊躇いながら話すイルカの言葉を待つ。 「お前は銀線なんかなくても十分強いし、銀線はお前の主力じゃ無いって知ってる……」 イルカが両手に持った銀線を眺める。 「二本線を覚えてみないか?」 「銀線を二本扱うってこと?」 突然出てきた言葉に、イルカの意図が見えなくてナルトは不思議そうにイルカを見る。 「ナルト…オレの銀線の技はな、全て四代目から教わったものなんだ」 今日二度目の四代目という言葉に、ナルトの表情が曇る。 「いらないか?」 「…あ…あのイルカ先生…オレ、四代目に対して何の感情も動かないんだ。 ………やっぱ、だめかなぁ?」 イルカがナルトの頭をぽんぽんと叩く。 「だめって事は無いけどな…」 「オレにとってお父さんは、奈良のお父さんで、お母さんは奈良のお母さんで…四代目って…ただ火影様だった人としか、オレの中には無くて。 じじぃが、明日オレの素性を言うって言ってたけど……実はそれって、オレの事じゃないみたいで…すごく嫌だ…」 「お前にとっては、それが正しいんだろ?」 イルカがナルトの頭をガシガシかき混ぜながら、教師の顔で笑う。 「お前を育ててくれて、ここまでにしてくれたのは間違いなく奈良さん達だ。 お前が慕うのも当然だし、そうじゃなくちゃだめだぞ」 そう言った後、イルカは空を見上げる。 「でもな、四代目がいたからお前がここに居るってのも事実なんだよ。 無理やり慕う必要はないけど、それは忘れないでくれ」 「…うん」 「で、オレは知ってるんだ。 四代目がお前が生まれてくるのをどれだけ楽しみにしていたかって事を。 四代目が未だお腹の中に居るお前をどれだけ愛してたかって事を」 イルカの言葉は、決して押し付けではなく、ただ単にそういう事実があったという事を淡々と伝える。 だからナルトは、素直に分かったと頷いた。 「ところでナルト、今オレが持っている技術ってのは、伝えるのが難しいんだ。 でだ、オレとしては、折角目の前にオレの持ってる技術をより良くしてくれそうなうってつけの相手がいるなら、ぜひそれを押し付けたいと思ってる」 折角の技術を失くすのは、勿体無いだろ?と、先ほどのまでの雰囲気を払拭してイルカが笑う。 「押し付けるのか?」 「そう、お前に押し付ければ俺は、お役ごめんになるからな」 「?」 「技はちゃんと伝えなきゃいけないだろ? 伝承って言葉はその為にあるんだぞ」 「オレが覚えたら、オレも誰かに押し付けなくちゃいけない?」 「当然だ」 「む〜〜仕方がないなーー。仕方がないから押し付けられてやる」 居丈高に胸を張り、うむと頷くイルカに、ナルトがゲラゲラ笑う。 イルカは、ナルトに四代目から貰ったものをどうしても渡したかった。 それが、ナルトにとって迷惑だったとしても…あの幸せに笑み崩れ、大きくなったお腹に頬を寄せていた四代目を忘れる事が出来なかった。 自分の自己満足でしかない事は分かっていたが、それでもこれがあの人の意思だと思っている。 技の伝承という言葉は表面上でしかない事は、目の前のナルトも分かっているのだろう。 でも、笑って受け取ってくれると言ってくれた。 この優しい子供に出会えてよかったと…イルカは、心の中で四代目に頭をさげた。 ◇◆◇ 「明日、イルカくんとナルちゃんが闘うんですって?」 「おう。でもナルトが負ける」 ヨシノが少し口を尖らせる。 「しょうがねぇだろ。 まだ先は長ぇんだから」 明日行われる木の葉の忍び全員に対する試験。 ナルトが一番強いというのは、未だ世間に公開する予定はない。 敵がいる以上、公開する事ができない。 木の葉は、未だ九尾に対する恨みを忘れず、それは器に対しても同じ。 それ故、ナルトを殺せる存在が居るという事を示す事にした。 これからイルカは、様々な個人的な依頼が来るんだろうなぁと、シカクはイルカがぶち切れる様を思い浮かべ笑う。 「分かってるけど、ナルちゃんが負けるのは悔しいわ」 「お前なぁ…シカマルだったら怒らねぇだろ?」 ヨシノが少し考えて、そうねと頷く。 「子供差別はいけねぇぞ」 シカクが笑う。 「だって、あの子はナルちゃんの事以外全然一生懸命じゃないんですもの」 「全然どころか、カケラもねぇなぁ」 「でも、ナルちゃんをちゃんと守ってるから、あの子はそれでいいわ」 「それが無くなったら、何もねぇもんなぁ」 シカクがくっくと笑う。 「本当に子供達に恵まれたわ」 「そうだな」 「私に出来る事が少ないってのが、悔しいけど」 「少ねぇか?」 「そうねぇ…復帰しようかしら?」 くすくすとヨシノが笑う。 「ハヤテが喜びそうだな」 幻術の才溢れた妻は、元々戦略部の有能な一員だった。 「でもねぇ…そうしたらナルちゃんと遊ぶ時間が減るのよ…」 「お前は、ここに居た方がいい。 あいつらが安心して帰る場所が必要だろ?」 「居るだけでいいの?」 「そうだろ?」 「……一番シンドイ位置じゃない……でも、あの二人の為だから仕方が無いわね」 腕に赤子を抱えているかのように、ヨシノは優しい笑みを浮かべた。 【続く】