どの時でも…どの宙でも…どの世界でも…変わる事を祈って… 9   「サンジ…」 「…誰…だ?」   サンジは、チクンと小さな痛みを首筋に感じた後、動かなくなった自分の体に驚愕する。声を紡ぐ事さえ、酷い痛みを伴う。 自分に、気配一つ気づかせず、ここまでの事をしてのけた敵に対し、痛みを無視して歯軋りをし、無理やり体を向けた。脂汗が額を伝う。   「黙って聞け。殺しはしない」 「ちっ……見くびるんじゃねぇっ!」   酷い苦痛の中で、口を動かし、足を動かす。しかし、その動きは、強さも早さも、普段の半分も出せてはいなかった。 崩れるように、倒れる。しかし、倒れながら見た敵は、懐かしい顔だった。   「……カイ?」 「………やっぱ、バレたか……」 「何で…だっ?!」 「ただ聞いてくれるだけでいい。どうするかは、サンジが決めてくれ…」 「…カ……まずは…これを、取りやがれっ!」 「…だめだ…オレは、サンジの敵なんだ。形だけでもそれを示さないとな…どこで、オレの仲間が見ているか、分からねー……」   サンジの体を肩に乗せ、路地の奥に隠れる。ニルヴァーナを具現化し、結界を張った。   「これで、いい…」   微細な針を、サンジの首筋から静かに抜く。 その間、サンジは黙ってカイを見ていた。   「敵だと言ったな?」 「そうだ。オレ達の標的は、麦わら海賊団。殲滅指令が出されている」   そう言ってカイは、世界政府を示すバッジをサンジの足元に投げた。   「そうか…お前も、あの屋敷に行ったんだな…」 「そう、あの牢獄にな…」   カイの顔は、苦渋に満ちていて、とても敵には見えない。 サンジは、いつものように手を伸ばし(いつもはルイにしていた事だったが)、カイの頭を撫でた。   「言ってみろよ。聞いてやる」   サンジは、己を落ち着かせるかのように、煙草を一本取り出し火をつけた。   「あ、誰が見てるか、分からねぇって言ってたよな…まじぃか?」 「いや、結界を張った。誰にも、ここは見えねー」 「へぇ〜政府の技術ってやつ?」   苦笑を浮かべるだけの返答。サンジは、返答が無い事が、肯定だと解釈した。   「んで?オレに、どうして欲しいんだ?」 「オレ達は、だまされていた。あれは、殺人人形を作る所。それを作る為の頭を集める所……ルイは……ルイは、もう…居ない……」   カイの口から、怨嗟が漏れる。   「この島に、ルイの形をした殺人人形が居る。頼む、ルイはサンジにぃちゃんが、大好きだったから……サンジなら……オ…オレでは…ダメだった…から……」   カイの瞳から、音も無く涙が後から後から落ちていた。   「…助けて……ルイを……ルイを助けっ……」   サンジは、カイを抱きしめていた。 覚えているのは、年下のくせに、やたら大人びた事を言うカイ。 いつも子供らしくない落ち着いた物言いで、様子で、自分達を見ていた。 そのカイが、悲鳴のような声を出し、子供のように泣いている。   「絶対助ける。だから、泣くんじゃねぇ。オレが、居るだろ?  ん?」   サンジの顔から、表情が無くなる。 既に、どれだけ政府が汚いものかを知っている。 それが、増えただけの事。 だが……あの時、自分は「良かったな」と言った。 それが、許せない。 今だから知っている事だが、それでも何も知らずに、それを勧めるかのように「良かったと」言った自分。それが許せない。 そして、多くの事を知った今なのに、それを忘れていた自分は最低だと、ギリリと煙草を噛締める。 しかし、そんな感情は一切表に出さずに、カイに大丈夫だと伝えた。   「ルイは、どうなってるんだ?」 「オレが会った時には、もう何も見てなかった…他の人間よりは、意思の疎通が出来るから、それなりに認識はあるかもしれねーが、感情が…無い。  人を殺す為には、感情なんて必要…ねー…から…」 「……薬か?」   カイは、一つ頷く。   「あいつには、任務と、薬を得る事だけで、生きている…」 「麻薬?」 「それに近いが、体の機能は損なわねー…ただ、薬が見せる幻覚が現実になってしまっている。それを損なうものが、敵」   ブレインとして入ったカイは、改良しろと渡された悪意の塊のような薬のレポートを、ずっと解析していた。そこに書かれていた症状は、久しぶりに会ったルイとまったく同じモノで、ルイがその薬によって変貌した事は明らかだった。   「あいつは、幻覚の中で幸せになる為に、必死に敵を殺している…」 「俺の声は届くか…?」 「オレが…少しの間だけでも正気に戻す」   疑う事の出来ない真摯な瞳が、サンジを見ていた。   「分かった」 「だから…ルイに…ルイに、現実を教えてやってくれ……」 「にぃちゃんに任せておけ」   サンジは、昔と変わらない笑みをカイに向けた。   「俺は、お前らとの約束を、破ったことはねぇだろ?」 「…おう」 「久しぶりだな」 「…サンジ…」 「俺には勝てねぇけど、カッコ良くなったじゃねぇか」   そう言って、もう一度頭を撫でる。   「……サンジの事だから、未だに彼女いねーだろ?」 「っ?!なっ…な、何言ってやがるっ!陸にあがる度に、素敵なレディに囲まれて、困り放題だっ!」 「………海軍のか?」 「カァイィィィィィっ!!」   昔と変わらぬ会話。無理やり意地悪い笑みを浮かべ、無理やり怒った顔をして、立ち上がる術をお互いが与える。   「オレ、強くなったぜ」   カイが、立ち上がる。   「ふん、ガキが偉そうに言ってんじゃねぇよ」   短くなった煙草を放り投げ、サンジが立ち上がる。 お互いを見あって、ニヤリと笑った。   「サンジ、これを覚えていてくれ」   ロッドを前にかざす。   「そりゃぁ、武器か?」 「まぁ、武器にもなるが、弱ぇな…」   一番最初の生で、己が使っていたロッド。攻撃用では無い。精神を集中する為の魔具。 既に一度、これを振っている。 ルイの中にある自分の血を揺さぶった。 しかし、ルイは、現実に現れた自分を受け入れず、幻覚の中に固執し戻ろうとした。その意思があまりに強く、自我が壊れる前に、術を開放せねばならなかった。 酷く打ちのめされ、次の生に移れと囁く声に負けそうになったが、まだ間に合うと、必死になって深夜魔法の改良を行った。   「……これが合図。  これを振った後、ルイは倒れる。  その後、現実に目覚める。  それが一瞬」 「なぁ…ルイがやってきた事は、記憶に残っているのか?」 「…分からねー。あの状態から復帰した者なんかいねーから……」   そうかと、小さく呟いた後、サンジがことさら明るい顔をカイに向けた。   「なぁ、カイ。ルイと一緒に、海賊しねぇか?  オレは船長じゃねぇから、誘う権限なんかねぇけどさ……オレの仲間の所に来いよ」 「……そうだな…ルフィだったか…噂は聞いてる。…いいかもしれねーな…」   まるで、そんな未来は無いかのような、力無い物言いに、サンジの顔が険しくなる。   「カイ!」   その強い声に驚き、俯いていた視線を上げた。   「俺は、約束は破らねぇって言ったぜ」   静かに頷かれる。   「んじゃ、一応敵同士って事で、覗き見してる連中に、その証拠を見せておかねぇとな」   楽しそうに口の端があがる。   「サンジが勝たねーと、オレが殺さなくちゃいけなくなる」   ふれぶてしい笑い。   「ほら、おにぃちゃんに、成長ってヤツを見せてみろよ」   サンジは、口に咥えた煙草に火をつけた。 カイは、結界を解いた。                 ◇◆◇                 「お主にも、心許せる者が居たのじゃな」   ずっと一人で、戦っていたと思っていた。 話の中に出てきたのは、ナルトの身内だけ。それでは、この目の前の魂が、あまりにも不憫に思えてしょうがなかった。 シカマルは、クスリと小さく笑う。   「決して、一人きりだった訳じゃねーよ。  ただ、真実を話せる相手は、居なかったな……」   苦笑した顔が、三代目の前にあった。 三代目は、小さく笑う。   「光栄じゃな」   その言葉にシカマルは、何も答えない。 既に、目の前の老人を信用している自分がいる。 今までずっと自分の中にあったものを吐き出す作業は、酷く辛く、苦しいものだったが、音にする事によって、聞く耳がある事によって、そして大人の助言を聞く事によって、僅かでも軽くなる事を知った。 ずっと誰かに尋ねたかった問いの答えを、三代目が持っているかもしれないとまで、今は思っている。   「明日の話の後…オレの問いに答えてくれるか?」 「その答えを持っているのならば。  もし、持ってなかったとしても、一緒に答えを探す事は出来よう」   シカマルは、泣きそうな顔で笑った。                 ◇◆◇                 サンジは、さほど広くない街の中を走っていた。 真っ先に自分を狙うという計画だったので、仲間には何も告げず、ただ目的地に向かって走り続けていた。 仲間に言えば、無条件で手を差し伸べてくれる事は分かっていた。 それが、個人的な事で、何一つ己に関係無い事でも、自分の居る場所の人間は、誰もがとても優しかった。 だからこそ、言う訳にいかない。 全てが終わった後に、あの二人に、そんな居場所がある事を教えてやりたかった。 きっとルフィは、手を伸ばしてくれる。 それを、二人に伝えたかった。   足元に衝撃が来た。   「っつ…」   宙を舞って、向かってきた敵と対峙した。   「ルイ……」   サンジの目の前に、懐かしい面影を残した顔。 自分と同じ金色の髪と青い瞳。 髪はあの頃と変わらない、短いまま。 しかし、意識の無い瞳がこんなに、汚いものだとは思わなかった。   「ルイっ!!」   叫ぶ、しかし何一つ瞳に変化は無い。 視界の端にカイを捕らえた。 自分に何が出来るかわからないが、目の前の青だけを睨んでいた。   ロッドを具現化する。 瞳を閉じ、目の前で行われている戦闘を意識から切り離す。   「ニルヴァーナ…」   優しい未来だけを思い浮かべる。 変わらない笑顔を浮かべるサンジの居る場所。そこでなら、同じ青も同じ色を浮かべられると心から信じる。   (なぁ…ルイ、オレ達が海賊ってのも、楽しそうだよな)   呼びかける、彼の中の己の血に。   「ルイ」   静かに響く声。 ニルヴァーナが、振られた。   青が、澄んで行く。   「ルイっ!」 「……サ…ンジ…にぃちゃん…」 「そうだっ!お前の居る世界はここだっ!俺も、カイも、ここに居るっ!!」   ルイの足が怯えるように、一歩あとづさる。   「意識を手放すなっ!お前は強いだろっ!薬に飲まれるなっ!!」   ニルヴァーナを握ったまま、叫ぶ。   「ルイ、俺と一緒に来いっ!旨いメシを食わせてやるって言っただろ?」   サンジの手は、ルイの手を握り締めていた。   「カイと一緒に、オールブルーへ行こう」   サンジは、静かに近づいてきたカイと一緒に、ルイを抱きこむ。   「サンジ…にぃちゃん…」   恐る恐る動く手が、サンジの額から流れている血に触れる。   「…カイ……」   真っ赤に染まった手を、どうしていいか分からず、いつも答えをくれた友の名を呼ぶ。   「今、サンジは海賊なんだぜ。  オレらは、その入団テストを受けたって事だ」 「…オレ……」 「オレ達は、合格だってよ。な、サンジ」 「あぁ。ルイ、強くなったな」   サンジの手は、優しくルイの頭を撫でる。   「…オレ…ずっと…カイを探してて…声は聞こえるのに…いなくなっちゃってて…へへっ、ここに居たんだ。しかもサンジにぃちゃんまで、連れてきて」   青い瞳は、にっこりと笑った後、突然色をなくしていく。   「ル、ルイっ!」 「…ずっと会いたかった……」   ずるずると手が落ちていく。   「オールブルーに、行くんだってばよね」 「あぁ…」   震える声が答える。 カイは、必死になってロッドを握り締め、癒しの呪文を叫ぶように心の中で唱え続ける。   「なんか…嬉しいってば……」   静かに瞳が閉じる。   「なんか、すっげ…眠いってば…よ。  起きたら……いっぱい食べ…た…い…な…」   パタンと、小さい音をたてて手が落ちた。   「ルイっ!!」 「何でっ!」   二度と瞳は、開かなかった。                 ◇◆◇                 「…時間が少ないから、見落としがあるかもしれないけど……、薬と意思との戦いに、頭が耐えられなかったんだ…」   死体でしか会えなかった相手に、ぼたぼた涙を流しながら、医者としての言葉をチョッパーが語る。   「こんな…こんな薬…」   カイがもたらした書類を、きつくきつく握り締める。   「もし…もし…オレが余計な事をしなければ……ルイは、もっと生きられたのか?」   チョッパーは、泣きながら首を横に振る。   「そこは、新しい人材をどんどん取り入れていたんだよな?  薬には、必ず副作用があるんだ……そういう事だと思う……」 「オレが…オレが…もっと、ちゃんと調べていたら…ちゃんと解析していれば……」 「カイ…そんな事ないっ。だって、オレだって、最近知ったばかりの…新しい知識なんだ……カイは、医者じゃねぇだろ?」   小さな手が、カイの服をぎゅっと握る。   「ありがとう…チョッパー…」 「ううん、ううん…」   サンジがチョッパーの頭をポンポンと叩き、その労力を労う。 手には、暖かい飲み物。   「遅くまで、すまなかったな。もう寝た方がいい。  ありがとう、チョッパー」   チョッパーは、小さく頷いて、飲み物を持ったまま、二人きりにするために、キッチンから出て行った。 カイは、サンジに背を向けている。   「サンジ…ごめんな…オレ、海賊になれねー…」   かける言葉を見つけられず、伸ばしたサンジの手が中途半端な所で止まる。   「オレとルイの分も、オールブルーを見ておいてくれ…」 「カイっ!」   まるで、カイまで死んでしまうような物言いに、サンジが声を荒げた。   「ありがとう…サンジ」   チョッパーの仕事が終わるまで、二人っきりでずっと話していた。 変わらない優しさを嬉しく思いながらも、心の中の棘が痛い。 ルイと戦ってくれた。 変わらない兄貴分として、手を差し伸べてくれたサンジ。   そしてサンジの仲間。見知らぬ自分と、持ち込まれた死体、そして怪我を負ったサンジの様子を見て、何も思わない訳もないのに、問いたださず、二人っきりにしてくれた。その中の一人、チョッパーは、死因の特定までしてくれた。   この仲間の中でのルイを見たかった。 しかし、それは適わない。   現実は、己の醜い面が強調される。 ルイを現実に戻したのは、サンジ。 自分では適わなかった事をしてのけた相手に、心が軋む。   「…スリープ」   倒れてくる体を支え、静かに横たえる。   「オレ、あんたを憎みたくないのに……」   あまりにも醜い自分の心の動きにのまれる前に、別れる呪文を唱えた。   「これ…礼にもならねーけど…オレからの感謝の気持…」   昔、自分が生まれた地にあった、願いが叶うという、細い紐と青い石で作られたブレスレット。それを、サンジの手首につける。   「っ…」   強いめまい。 もうすぐ、この世界から離れる印。 無理やり足を動かし、ルイの元へ急ぐ。 船の中で動いている者は居ない。呪文によって、寝息以外の音は無くなっていた。   「礼もちゃんと言えなかったけど、ありがとう…この船が夢の先までずっと進んでいく事を…願う…」   ロッドを具現化し、祝福の言葉を船に乗組員に送る。 ふらつく足元を叱咤しながら、ルイの亡骸を抱え、最後にキッチンの扉を見てから、海に体を委ねた。                 ◇◆◇                 「……明日の話を最後とする。そして、火影…お前に問いを」   今までの冷ややかだった空気は、もう無い。 ただ、酷く胸につく悲しみだけが部屋を覆う。   「その答えを聞いた後、オレはこの子供の中に沈もう…」 「シカマルっ!」   その叱責のような声に、シカマルは驚いたように顔をあげる。   「逃げるのではない」   体がぶれる。   「お主も変わるのじゃ。その為に儂は居る」   その声に返事は無く、気配が静かに一つ消える。 残された悲しみの気だけが、部屋に漂っていた。  




 

  愛だだ漏れですねぇ…あはは…。 サンジくんなら、いくらでも書くよVv   実は、次の10、11の後にこれを書こうと思っていたのですが、11の話の展開上、慌ててこっちを書きました。11は、12月上旬に書き終わっていたのにね…あはは。   ということで、ワンピな世界です。 こちらも捏造しやすい世界で大変助かりますですVv ワンピの時間軸は、W7の後。 当然フランキーの新しい船での話です。 ちょっと金髪碧眼が二人でまぶしい世界でありましたよ<話は暗いけどな。   未読猫【06.12.17】