未読猫 06.12.17既に夜半すぎた火影執務室。三代目が持つ書類が、時折音を立てる。 その中に、鮮やかな気配が生まれた。 「遅かったの」 心配げに語られる言葉。 「成長の為に寝てきた」 「夜も寝た方が良いのじゃが…」 「仕方が無い。お前が一人になる時間といったら、この時ぐらいだ」 「…そう…じゃな」 ロッドを振るう姿も、三日目になると見慣れてしまった。 ただ、悲痛な表情は未だ見慣れない。 三代目は、少しでもそれが和らぐ事を祈りながら、話を促した。 どの時でも…どの宙でも…どの世界でも…変わる事を祈って… 8 「オレ達は、イーストブルーという名の海に浮かぶ、小さな島で生まれた。 その世界では、世界政府という国際組織が世界をまとめ、それが正義だとされていた。 そして、小さな争いに目を向けなければ、世界はその政府と対立する多くの海賊という図式で成り立っていた」 「海賊と世界政府…」 「そうだ。海賊は悪。世界政府は正義という、分かりやすい図式だ」 「お主達は、どちらに所属していたのじゃ?」 「……正義とされていた、世界政府側だ。 ただ、最初は普通の町に住む、普通の子供だったよ…」 「大人になって、世界政府に入ったのか?」 「いや……、オレ達の住んでいた町には、世界政府に入る為の教育機関に似たものがあったんだ……」 シカマルは、ロッドを握り締めた。 話が始まる。 ◇◆◇ 「サンジにぃちゃん!」 「久しぶり」 「よぉ!」 その町には、バラティエという名前の海上レストランが、定期的に寄港していた。 新鮮な野菜、新鮮な果物、そういった食材を補給する為に、町は必要な存在だった。 その従業員の中で、一人だけ自分達と歳の近いサンジという名前の子供がいた。 サンジと同じ金色の髪と碧眼のルイと黒髪と黒目のカイは、市場でサンジと出会ってから、友達として同じ時間を過ごすようになっていた。 「久しぶりすぎだってばよ!」 「わりぃ…、ちょっと遠くに出てた」 口の悪い二つ年上の少年は、ルイの頭を撫でながら、自作の菓子を差し出し懐柔策に出る。 「むぅ〜だ、だまされないってばよ〜」 「相変わらず旨いぜ。食べないのか?」 さっさと食べ始めているカイの言葉にグラグラ揺れながらも、未だルイはサンジを睨みつけている。 「オレ、また腕があがったぜ」 ニンマリ笑うサンジの言葉に、ルイはあっさり負けた。 次はもっと早くくるってばよっ!と怒鳴りながら、ルイも食べ始める。 「サンジにぃちゃん…ひゅっげぇ〜旨い…」 「だろぉ〜」 サンジは、ルイとカイの食べている姿を嬉しそうに眺めている。 これが、いつもの風景だった。 「次は、いつ来るってば?」 「もう次か?」 「こいつ、屋敷に行く事になったからよ」 「屋敷って、世界政府のか?」 「そう」 町の端にある、世界政府の教育機関では、その地域の優秀な子供が集められていた。 ルイは、町の中では、飛びぬけて運動神経が良かった為、前からそこに行くだろうと噂されるぐらいだった。 そして、一般の人々にとって、そこに入るという事は、名誉な事だと思われていた。 「良かったじゃねぇか」 「う…うん」 「嫌なのか?」 「嫌じゃないけど…サンジにぃちゃんや、カイに会えなくなる…」 「オレも、そのうちそこに行くって言ってるだろ?」 カイは、頭の良い子という事で、ルイと同じぐらい町で有名だった。 その教育機関では、運動神経の優れている子と同じように、頭の良い子供も引き抜かれていると、噂されていた。 「サンジにぃちゃん…」 ルイの目が、潤んでくる。 「ばっ…男が泣くんじゃねぇよ。大丈夫、世界は、そんなに広くねぇ。 今は、会えなくなるかもしれねぇけど、絶対いつかは会える。 オレの居場所は、知ってるだろ?」 初めて会ったその時に聞かされた、サンジの夢の海。 いつかはそこに行くと、サンジは瞳を輝かせて言っていた。 「…オールブルー」 「よしっ!ちゃんと覚えているな。俺は、絶対そこに居る。ちゃんと会いに来い」 ルイの顔は、少し不満そうにサンジを見上げる。 「場所が分かんないってばよ〜」 「見つけたら、お前ん家に手紙を書く。そうすれば、分かるだろ?」 「絶対だってばよっ!」 ルイは、サンジの服の裾を掴み、にじり寄った。 「おう、絶対だ」 「そん時は、オレも行くからな。すっげー旨い飯食べさせろよ」 「当たり前だろ」 サンジの足が、カイを軽く蹴る。 そして、三人は笑った。 ◇◆◇ 「世界政府は、正義だと言っておったな?」 「そうだ…」 「ラトゥノがルイならば、有望な未来が開けたのではないのか?」 シカマルの首が、横に振られる。 「なぜじゃ?」 「正義という言葉を己から名乗るやつらが、そんなもの信じている訳がないって事だ。 確かに、政府の中には、真っ当なヤツも居たんだろうが…組織ってのは、大きくなればなるほど、トップの目は届かず、腐っていくもんだろ」 苦々しく吐き捨てられる言葉。 「全てを疑い、始めから魔法を使うべきだったんだ…」 「なぜ?」 「半年後に、オレもその教育機関に入った。 入った時のテストでオレに振り分けられた部署は、薬品開発部。噂で聞いていた奇麗な内容とは違い、殺しを簡略化する為の武器や薬の研究に従事する事になった。 その時点で気づくべきだったんだ……そこが、どういう所だかを…」 ギリリと、シカマルの口元から音が漏れる。 「知らない医学の知識を吸収する為に、時間がかかった……無視すれば良かったのに、全てを知ってから手を打とうとして…時間に余裕があると思っていて………」 握り締められるロッド。 「それから半年後に偶然ルイに会った時には、全てが終わっていた後だった。 ルイは、現実から遠く離れた場所に居た。目の前には、何も映さない瞳を持った人形…そうラトゥノの殺人人形…そんな抜け殻が居た」 「意識操作…か?」 「薬による洗脳…、そこの機関は、敵を抹殺するのに効果的な人間を、容易く作る為の研究機関だったんだ」 シカマルの脳裏には、感情の無い濁った瞳と、殺伐とした空気を思い出していた。まだ意思があっただけ、ザナルカンドの仕業の方がましだとさえ思えた。 「政府は、政府にとって不都合な人間を簡単に抹消していた。 指名手配してしまえば、何も知らない一般市民にとっては悪。死んでも何も思わない。 そうやって消されていった者達が大勢居た」 「では、海賊達も一概に悪とは、言えなかったのじゃな?」 「そうだ。海賊と言っても、一般市民には迷惑をかけない者達も居た。 例えば、麦わら海賊団。ルフィという名の船長を中心に十人にも満たない海賊達。しかも、全員賞金がかかるぐらいの、精鋭集団。 彼らは、一般市民には何もしていない。それどころか、弱い者を助けていたりもした。しかし、海賊。しかも、世界政府に面と向かって対立したが故に、オレ達に声がかかった…全員殲滅しろと……オレは、薬に侵されたルイの補佐役として、あの島をたった」 酷く痛々しい姿。その理由が分からない。 「麦わら海賊団には、サンジが居たんだ」