「あずみ…あずみ…」 「あ…お帰りだってば…」 聞きなれてしまった呼びかけに、悲しみの表情が浮かぶ。 自分の父親が、母親の名で自分を呼ぶようになってどれくらいたっただろう? 会社の人の話では、昼間は何一つ変わりないと聞いている。 なのに、家では一変してしまった。 自分の存在はこの家から消え、母親の名前、あずみと呼ばれる身代わりだけが存在する。 体にまわされる腕は、父親として愛情から、妻への愛情に変わった。 確かに母親似と言われてきた顔だが、自分の体は男のもので、間違いようもないはずなのに……それでも、ずっと呼ばれ続ける…あずみと…。 「何かあったのかい?」 「う…ううん…ただ、友達が遊びに…っ」 来いと言おうとした言葉は、狂気を伴った瞳で無理やり遮られる。 「君は、この近所に友達が居たかい?」 穏やかで落ち着いた声なのに、表情が裏切っている。 母は、近所付き合いも多く、友達もいっぱい居た事を覚えているはずなのに、今父親の中には、違う母親が住んでしまった。 父親が居る間は、決して外に出る事が出来ない。 自分が、人と会う事を極端に厭う。 まるで自分が逃げるかのような、勢いで睨みつけられ、暴力を振るわれる。 たぶん、母親が死んだ事をどこかで覚えていて、自分から離れるような言動を許さないのだろう。 それが、父親の悲しみの深さを表しているようで、言うなりにしか出来なかった。 「ううん…遠くの友達から電話がきただけ…だってば…」 「何だって?」 「元気かって…」 「そうか」 安心したように、ナルトにまわした腕の力が緩む。 「君は、僕の奥さんだろう? 僕の側に、ずっと居なくちゃいけないよ」 そう言って、軽く唇がナルトの唇に触れてくる。 その異常な行為さえ、既に日常化してしまって、何も思わなくなった。 この後の事を思えば、些細な事。 いつか、父親が正気に戻るまで、自分は逝ってしまった母親の代わりを続けていこうと既に心に決めていた。 最初の恐怖や困惑から、抜け出た自分が出した答え。 ナルトは、父親を裏切る事は出来なかった。その瞳には、父親とは違う愛を浮かべていた。 それを冷静に、見つめる瞳があった。 ニルヴァーナを握り締めた姿の前に、ナルトの生活が映し出されていた。 今まで料理なんかしたことなかった手は、随分包丁になじんでいる。 そして、あずみと呼ばれながらも、ナルトとして一生懸命受け答えをしていた。 涙が音も無く頬から滑り落ちていた。 「…何をやってる?」 ポタッと小さな音。ニルヴァーナを握り締めた手の甲に、涙が落ちた。 どの時でも…どの宙でも…どの世界でも…変わる事を祈って… 6 一切感情の無くなった瞳で、ナルトの生活を見つめ続ける。 壊してしまえと、自分の力を振るえと、叫んでいる感情を無理やり押さえつけ、その反動でニルヴァーナを握った手が小刻みに震えていた。 「父さん…あ…の…」 「どうしたんだい、あずみ」 母親の名前を父親が言う度に、落胆の色が浮かぶが、父親が正気に戻る事を諦めた訳ではなかった。 ナルトの瞳には希望の光が未だ消えず、自分の感情を押し殺し、一生懸命父親に話しかけている。 「ナルト…」 「…あの子は…どこでも元気だから…空の上でも…ね…」 父親の中では、ナルトと母親の人生が入れ替わっていた。 ナルトは死に、母親は自分の傍らに居るという幻想の世界に生きている。 「母さんは…死んじゃった…よ…」 俯いて言う言葉は、もう何度も紡がれている。 「何を言っているんだい? あずみは、目の前に居るじゃないか」 心配そうにナルトに手を伸ばす。 父親の言葉も、行動も、何度も繰り返されている。 仲の良い夫婦だった。たった半年前…未だ新婚気分だってばねと、ナルトは良くからかい、楽しげな笑いを飾っていた家。 それさえも、今の原因になったのじゃないかと、ナルトを苦しめる。 父親は、母親の死を自分の存在で包み隠してしまった。 「どうして?…どうして俺を見てくれないんだってば? 俺は……いらなかったの?」 ナルトの目から、涙がぽろぽろ落ちていく。 それを止める術は一つ。 しかし、あずみと呼びかけ、なだめようとする父親は、その回答を得られない。 今日、シカマルと久しぶりに話して、このまま続けるだけじゃだめだと気づいた。 受け入れているだけでは、先に進めない。 昔の父親を取り戻すために、ナルトはいつもより言葉を多く紡ぐ。 「俺は、ナルトだってばよっ!」 父親の瞳が驚愕に開いていく。 「な、何を言っているんだい? ナルトくんは死んでしまった。どうして君は、ナルトくんを思い出に変えようとしないんだ? ナルトくんが大事だったのは、知っているが、なぜ僕を……僕よりも……そんなに……」 父親の顔が、醜く歪んでいく。 腕が伸び、無理やりナルトの肩を掴み、床に押し付けた。 「あずみは、どうして僕を見てくれない?」 「父さんっ!なら、なぜ、父さんは俺を見てくれないんだってばっ!」 まっすぐに見据えられる視線を忌々しげに見下ろし、掌を振るう。 冷たい冷やかな音が部屋の中に響き、ナルトが呆然と父親を見上げた。 「あずみ、あずみ、あずみ………、あずみ、君が居ないと僕は……」 子供の頬を打ちながら、母親の名前を呼び続ける。 ぽたぽたと、父親が流した涙が、ナルトの頬に落ちた。 「父さん……」 ナルトの瞳が静かに閉じられ、体から力を抜いた。 ◇◆◇ 「……ナルトは…」 「あぁ…、夫婦だったら普通の営みを、親子で、しかも男同士でやらされていた。 自分の世界に浸っている男にとって、相手の体が男だという事も、認識してないようだったな…」 俯いたシカマルの顔は、三代目から見えない。 ただ、強い感情だけが三代目に伝わってくる。 「お主は……どう動いたのじゃ?」 「……ナルトが努力していたのに……俺は、全てを壊してしまった……。 俺の浅はかな感情によって、全てをだめにしてしまった……」 ニルヴァーナを手の甲が真っ白になるほど握り締めた姿は、まるで懺悔をしているように見える。 三代目は、黙って先を促した。 ◇◆◇ 次の日、学校にいる間ずっと、ナルトの様子を観察した。 普段より、一層ぎこちない動きと寝不足を感じさせる顔色。 それでも、瞳の端には強い光が残っている事が、信じられなかった。 壁に映し出された映像は、あまりに凄愴な光景。 それを見つめる胸の中には、ただ一つの感情だけが浮かぶはずだった。 また、ラトゥノだけが苦しい思いをするのかという、無慈悲な運命に対する怒り。 こんな状態になるまで、気づかなかった己の愚かさに対する悔恨。 未だ希望を失わず強い光を湛える瞳に対する称賛。 そんな、感情だけで終わるはずだった。 しかし、今胸のうちの大半を占め、黒く澱み渦巻いているものは、父親に対する強烈な負の感情。 ナルトを忘れ、自分の世界に閉じこもった者に対する怒りとはいえない、まったく違うモノだった。 壁に映し出されたナルトは、歯を食いしばり、涙を溢れさせている。 行為に溺れているのなら、まだマシだったかもしれない。 しかし、そこには快楽を現す起立は無く、まるで拷問を終わるのを待つ罪人のように、相手の欲望を受け入れている体が横たわっているだけだった。 杖を振りたかった。 ナルトの上で動いているモノを、殺したかった。 (ラトゥノは俺の……っつ?!!) 心の中で叫んだそれによって、シカマルの目が見開く。 (俺は……今…何を考えた?) 今まで一度でさえ、自分の感情を考えた事が無かった。 ラトゥノは同年代唯一の友達で、友達として大好きだった。 大好きだったからこそ、あの一生が許せなくて、次の生を望んだ。 それだけのはずだった。 それが当然だった。 あまりにも自分の常識から外れていて、考えもしなかった事実。 (俺は………ラトゥノを手に入れたかったのか?) ナルトの上にいる男の瞳には狂気が宿っている。 (この…目の前の愚かな男と同じように…?) 気づかされた。 自分の中にある黒く渦巻いているものは、嫉妬だという事を……
この世界のヒントは、新(あらた)と、あずみです。 でも名前だけなんで、この世界観というよりは、現代の日本ってだけですねf(^-^;) 普通の日本っスからねぇ。ある意味つまんないなぁ…。 まぁ、このネタをどうしてもやりたかったんで(鬼畜だ…)、仕方が無いな。 ちなみに、最初普通にやっている光景を書こうとしてましてσ(^-^;) ハッと気づき、全削除っス。 いらんもん。ってか、これを18禁にする予定はカケラも無かったしね。 気づいていかった(^-^;)^^^ さぁ〜、早くこの世界終わらせるってばよー(((たぶん 【06.04.16】