「お前は、輪廻という言葉を信じるか?」   三代目が首を静かに横に振る。   「……それでは、人は自分の一生を精一杯生きれぬじゃろう。  今しか無いのだから、人生に意味ができてくるのではないか?」   シカマルの顔が歪み、ため息を小さく漏らす。   「そうだな……だが、オレはそれを曲げた。  あいつの一生が納得いかなかった。  だから、いつかあいつの幸せな人生を見る為に禁忌を犯した。」     どの時でも…どの宙でも…どの世界でも…変わる事を祈って… 3     「あれからオレは、ラトゥノと会いながらも、ザナルカンドの中枢に入り込むようになった。  今までのような隠居生活状態では、上が何をしたかも、何をしようとしているのかも分からない。  それでは、目の前の剣士を失ってしまうと思った。  既に半分は失われているようなものだった。殺人人形というあの状態のラトゥノを創ったのは間違い無く、上の奴等だったから。  会う時間は減ったが、それでも全て失うよりはマシだと思っていた。  あのような戦い方が、ずっと続けられるとは思えない。  魔法というのは、万能では無いという事は、自分が知っていたから。    でも…オレ達が知り合うのは……遅かった。    戦争は、小競り合いから、前面衝突に変わろうとしてた。」   悲痛な表情がシカマルに浮かぶ。   「魔法と機械、どちらが強いのじゃ?」   その表情には気づかないふりをし、三代目は淡々と質問をする。   「戦争が始まる時点では、召還魔法は完成してなかった。  もし、召還魔法が完成していれば、戦況は変わったかもしれないな…。」   その召還魔法という言葉が、苦いものかのように顔を歪めシカマルが言う。   「機械が強かったという事か?」 「機械には精神力は必要無い。  ただ、動かす動力や、弾があればいい。  人間に負担にならむよう、戦争を自動化している。  それを扱えればいい。  ただ、引き金を引くだけ。スイッチを押すだけ。  特に魔法しか持たないザナルカンド相手ならば、腕よりも数があれば十分だ。    しかし、魔法は全て人間の精神力から生まれる。  そして、上級魔法使いは一握りしか居ない。  この里で暗部が少数であるように、上級魔法使いの数はほんの僅か。  大多数の魔法使いが、剣士の為の補助魔法が精一杯のレベルだった。    たまたま機械都市ベベルが、自分達の持っていない魔法を過大評価しすぎて小競り合いで済んでいたものを、上の馬鹿どもが勘違いして、一歩進めてしまった。  それは、ラトゥノの存在も大きかった。  ラトゥノ一人で敵を蹴散らせてこれたのだから、一気に進めても大丈夫だと。  現場を知らない馬鹿が考えた。    確かに魔法は強い。  上級魔法使いなら、攻撃魔法一つで、一軍を壊滅させるのも可能だろう。  ただ、これは短期決戦、そして対都市同士の戦いであるのなら、それなりの魔法使いがそれなりの人数が居てこそ言える事。  巨大都市同士の戦い。  それは、上級魔法使いが多人数居て、それぞれが毎日の戦闘で回復が出切る余裕があるのならという条件が付く。    この戦は長期になるだろ……短期決戦ではない……。」 「剣士の数も少なかったのか?」 「ラトゥノが100人居たら違ってただろうな。  しかし、ラトゥノのような剣士はたった一人だった。  誰もが、補助魔法を行う魔法使いを必要としたし、その魔法使いはさっき言ったとおり下級魔法使い。  あっという間に力を使い果たしてしまう。  上の者達が捨て駒以下と見なしていた剣士の数も、決して多いとは言えなかった。    戦争を自動化していた敵に対し、人間の才能に左右される戦いしか出来ないザナルカンドに勝ち目ははなから無かった………。」                 ◇◆◇                 「シーマ!」   ラトゥノが何時ものように、窓からひょっこり顔を出す。 その瞬間目が見開かれた。   「シーマっ!寝てないってば?  顔酷いってばよっ!」   慌てたラトゥノが、窓枠から中に入って、傍らに用意してある水差しとコップを掴む。   「エクスポーション(一人のHPを全回復アイテム)!」   慌てて差し出された薬と水の入ったコップを呆然とシーマが見る。   「飲むってばよっ!」 「…オレ…そんな酷いか?」   ラトゥノがぶんぶん頷く。 目の前のシーマは、いつもと違い髪の毛をおろしていた。 その髪の毛が、乱れてぼさぼさになっている。床に髪紐が落ちているのが見えた。 目の下には隈、顔色も白い。 顔の前に落ちている髪の毛の作る影が、余計コントラストを強くし、まるで病人のようだった。   「心配する事なんかねーよ。  魔法は完成した……。」 「新しい魔法?」 「そうだ………。」   シーマが俯く。   「どんな魔法なんだ?」   キラキラした瞳を向けられたシーマの瞳は、暗く濁る。   「なーラトゥノ。」 「うんうん。」 「お前は幸せか?」   ラトゥノが一瞬きょとんとした後、花が咲くかのように微笑む。   「幸せだってばよ。」 「どのへん?」   ラトゥノの心からの言葉は理解している、いつも彼は楽しそうに笑う。 不幸だと思っている者では、決して出せない表情。 しかし、シーマは彼の環境に、ほんの僅かな幸せしか見出せないでいた。 見続けるのが酷く苦しい環境…どうしてあんな笑顔を出せるのかがシーマには理解出来なかった。   「だってオレってば、すっげぇとーちゃんとかーちゃんから産まれた。  じじぃは好き嫌いには煩いけど、すっげぇ優しい。  町の皆だって、一人のオレに色々声をかけてくれる。    それにそれに、オレってばシーマに会えた!  すっげぇと思わないってば?  だって、同じ町ん中だって全然知らないヤツっているんだってばよ。  なのに、シーマには出会えた。友達にもなれた。  オレってオレって、すっげぇ幸せもんだってばよ!」   ラトゥノの手がシーマの首筋に回り、ぎゅっと抱きつく。 シーマから見えないラトゥノの顔は幸せに笑み崩れていた。 シーマは、一瞬目を瞬いてから、顔を歪ませる。 恐る恐るラトゥノの背中に自分の掌をのせた。   「なぁ…ラトゥノ…。」   泣きそうな声。   「戦争が大規模になる事は知ってるな?」   小さく頷く。   「この戦争で、ザナルカンドは滅びる。」   金色の頭がぶれる。   「…オレが…頑張ってもだめ…だってば?」 「…ダメだ。お前一人の力だけではどうにもならねー…。」   シーマの声が、何の感情も無く無機質に部屋に響く。   「魔法使いがいっぱい、いるのに?」 「大規模な戦いは長期化する。ここに居る魔法使いの精神では、長期戦には持ちこたえる事は出来ねぇ。  ……勝てる未来は無い。」   ラトゥノの住んでいる町でも、シーマの名前は聞こえた。 魔法使い一族ラー家の天才児、幼き頃より多くの魔法を操るその頭脳は、ザナルカンド一。 その人が言う言葉に、ラトゥノは疑う事が出来なかった。   「お前はどうしたい?  この戦争は負ける。  負けるという事は、もしお前が生き残ったとしても、お前は死ななければならねーという事だ。  あまりにもお前の名は、有名……戦争終結後にお前の命を要求されるだろう。    お前はどうしたい?  ベベルからもザナルカンドからも離れた地に行くか?  それとも、前線で戦うか?    お前はどうしたい?」   シーマがラトゥノの体を強く抱きしめる。 お前の望む事を言えと、何度も腕の中に問う。   「……町の皆はどうなるってば?」 「剣士が真っ先に死地に向かわされるだろう。  そして、警備の無いあの町は、すぐに壊滅され、ザナルカンド中心部への足がかりにされる…。」 「オレは、上の指示を聞かなくちゃいけないってば…。」   ラトゥノの腕が小刻みに震える。   「もし、聞かなくていいのなら、どうしたい?」   シーマの掌が優しく背中を撫でる。   「町を守りたい……。」   シーマの表情が絶望に歪む。   「…分かった。なら、オレがそれを何とかしてやる。」   ラトゥノの顔があがり、シーマの顔を覗き込む。   「お前はどんな事があっても、そうしたいんだよな?」   ラトゥノが強く頷く。   「なら、お前の望む、シナリオを作ってやる。  お前はオレの作ったシナリオ通りに動けば、町を守る為に帰れるよ。」   ぎこちなく笑むシーマがラトゥノの頭をポンポンと叩く。   「その代わり、オレの願いを聞いてくれねーか?」   真剣な顔が頷く。   「新しい魔法は、魂を消滅させない。  世界は、この世界だけじゃない。  N次元を見通せるモノなら、ありとあらゆる世界が見えるだろう。  消滅しない魂は、N次元を自在に飛び、新たな生を迎える事が出切る。      なぁ…ラトゥノ…オレの我侭だって事は分かっている。  もう一度、もう一度だけオレと一緒に生きてくれないか?」   難しい学問を容易く理解できるシーマの言葉は、ラトゥノにとって難しくほとんど理解できなかった。 でも、最後の言葉だけは分かった。 もう一度一緒に遊ぼう……そう聞こえた。 シーマにぎゅっとしがみ付く。   「うん。」   シーマがゆっくりとラトゥノから離れる。俯いたままの顔はラトゥノから見えない。   「…ありがとな。」   壁に立てかけてあったロッド、ニルヴァーナを握る。 ロッドで床を叩いた。 真剣な眼差しがラトゥノに注がれる。 ロッドが一回横に振られた。   「ラトゥノ…お前の血を。」   ラトゥノは黙って頷き、右手首に自分の剣を当て引く。 溢れてくる赤い雫は重力に逆らい霧になって舞い上がった。 シーマの右腕にロッドが添えられると、小さな風が手首を裂き、同じように溢れる赤い雫がラトゥノの霧に混ざるかのように舞い上がる。 一瞬真っ赤な石とも思える硬度を感じさせる塊が現れるが、その一瞬後には、再び雫となったものが互いの手首の中に吸収されていった。 もう手首の傷も血も跡形もなくなくなっている。   再び、床にロッドが打ちつけられる。 シーマの顔から表情が一切消えた。 ロッドがラトゥノに掲げられる。 新たな魔法が紡がれた。   まるで舞いのようだと、ラトゥノが思う。 ロッドを持ったシーマは、いつも気だるげに本を読んでいる姿が想像付かない。 背筋が伸ばされロッドを振るう、小さく紡がれる呪文は歌のように聞こえ、白いローブが床に擦れる音が楽器のようだった。 初めて見る、シーマの魔法にラトゥノは見惚れた。 その顔が、びくりとぶれる。 体の中の何かが、呪文に引きづられるような気がした。 そして、思い当たる。 消えた手首の傷に入ったモノ。 ラトゥノが笑みを浮かべる。 体を呪文に委ねた。       「…ったく…メンドくせー…呪文作っちまったよなー…。」   床に座り込んで肩で息をしながら、切れ切れに言う。 ラトゥノは、シーマの前で気を失っていた。   「…今度やる時は…改良必須……ってもうねーか。」   一時間近く呪文を紡いでいた。 ラトゥノの魂が壊れる事無くあり続けるように変える。 同じように、自分の魂も変えた。 そして、ラトゥノから得た血によって、シーマは、ラトゥノの存在を五感では無く、魂で感じる事が出切るようになっていた。 ラトゥノを感じる為、再び出会う為に、自分を変えていった。 シーマは、これからどこで生まれても、全ての記憶を持っていけるように、どこで生まれてもラトゥノを感じれるように、どこで生まれても自分の人生を一回はラトゥノに交われるようにした。   ラトゥノは壊れない魂を持っただけ。 それ以上の変化をシーマはラトゥノに与えられなかった。 それは、彼の本質を変えてしまいそうで怖かった。   ただ、出会えればいい。   そして、幸せな彼を見たかった。   その時には、このこの呪文を解除できるようにした。   「ラトゥノ……すまねぇ……オレの自己満足につき合わせちまった……。」   シーマの瞳から一つ雫が落ちた。    




 

  ぐはっ長いっ! もっと長くなりそうだったから、とりあえずここで4にする。   4で終わるかなぁ?ザナル編……いや、終わってくれ。嫌な予感しまくりだなぁ…(^-^;)