シーマが自由に動けるようになるまで、火影権限を使ってナルトは奈良家に居る事となった。 奈良夫婦は悪い人間ではなかったが、それでも赤子の体力で出来るだけの守りを敷いた。 それが二年。 その後、ナルトは再び火影邸に戻り、シーマはザナルカンドのシーマの姿で彼の教育係りとなる。 ナルトを守る為。 悪辣な里の意識によってナルトが歪まないようにする為。 二人は、小さな箱庭の世界で日々を暮らしていた。 ナルトが寝静まる深夜になると、シーマは三代目と共に里の改革の為、あらゆる努力をしていた。 しかし、里人の悲しみを糧とする濁った瞳は、決して真実を見ようとせず、そして運営者達は真実を知っていたのにも関わらず、慣習にしがみ付き新たなものに一切目を向けなかった。 ナルトが生まれてもうすぐ十年になろうとしていたが、里は何一つ変わっていなかった。 どの時でも…どの宙でも…どの世界でも…変わる事を祈って… 12 「ナルト」 「シーマにぃちゃん、何だってばよ」 ナルトは、シーマを見ない。 「明日からも、頑張れよ」 「……もう…絶対会えないってば?」 ナルトの頭をシーマの手が撫でていく。 「そうだな…お前は気づかねーかもしれないが、俺はいつでもお前を見てる。 そしてお前が、お前の望みを叶えたら、必ず会いに行ってやる」 「俺の…望み?」 「あぁ、いつかお前にも、かなえたい望みが出来るだろ? それが叶ったらな」 「……そんなの、遠くから見ててわかるんだってば?」 「俺は、頭がいいからな」 ナルトは、ようやく顔をあげシーマを見る。 そのニンマリ笑う顔を見て、頬が膨れた。 「むぅ〜、にぃちゃん、相変わらず、酷いってばよ」 「事実だろ?」 ラトゥノ自身がどうだったかは知らなかったが、今までの過去のラトゥノ達は、知識を呑み込むまでに大量の時間を要した。 確かに覚えた事を忘れる事は無かったが、それまでの道のりが激しく遠い。 日常的な事、体を動かす事、それに付随する事は簡単に覚えるのに、一旦勉強となる涙目になって頭を抱えていた姿を覚えている。 同じように今回の生も苦労をしていた。 理路整然と考えるシーマは、ナルトの摩訶不思議な頭の構造が理解出来ない。 随分と小さい頃から文字の読み書きを鍛えたが、運動神経とは反比例して進みは激しく遅かった。 「お前…、俺が居なくても、勉強はしろよ」 「うっ……」 「俺の苦労を台無しにしたら、絶対会ってやらねー」 「だだだだ大丈夫だってばよ。シーマにぃちゃんに教わった事は、絶対忘れないってば」 「嘘じゃねーな?」 「お、おう!」 激しく不安だが、一応納得する。 「なー、ナルト」 「ん?」 「これからお前は、辛い事をいっぱい知る。 でも忘れるなよ。俺が必ず傍に居る。 だから、負けるな。俺が、負けるの嫌いだって知ってるな?」 「うん」 「負けるな」 ナルトの小さな体を抱きしめる。 「うん、シーマにぃちゃん、俺絶対まけないからなっ!」 ぼたぼたと泣き出したナルトの頭を優しく撫でる。 「次にお前に会えるのを楽しみにしてるぜ」 「うん…うん!」 それから月日は、年単位で過ぎていく。 ナルトは約束どおり、自分を歪ませる事なく、まっすぐ育っていった。 最初、泣きそうな顔を何度も見たが、ナルトは決して泣かなかった。 前だけを見続け、一生懸命生きていた。 その真っ直ぐさに、まわりの子供達がいち早く気づく。 それは、遊びの中だったり、戦いの中だったり。 いつしか、ナルトは、多くの仲間を持った。 その中にシーマは居た。 奈良シカマルとして。 悪がき四人組として。 ドベのナンバーワンとナンバーツーとして。 ずっと、ナルトの傍に在った。 しかしシーマは、在ることだけ。 ナルトにシーマとしての手を差し伸べる事は一切しなかった。 それは約束。 三代目と最後にした約束。 「どうしてっ?! あんたが、勝てない事は分かってるだろっ!」 「あぁ、分かっておる」 穏やかな瞳がシーマを見つめる。 「お前がラトゥノの事を見てきたように、儂にもしなければならない事があるのじゃよ。 あれは、儂の教え子じゃった。 儂の不始末は儂が付けなくてはならぬじゃろう?」 「言ってくれればいい。俺を使え! たかだか、忍術しか仕えないあの程度の者、俺がなんとでもするっ!」 まるで父親のように、まるで不甲斐ない弟子を見る師匠のように、三代目はシーマの頭を撫でる。 「お前を使っては、あやつは何一つ理解せずに、逝ってしまうじゃろう」 「あんたが動いても、あいつが理解するとでも思ってるのかっ!」 「だめじゃろうな……だが、あれをそのまま生かしておいた儂の罪は、償わなくてはならないのじゃよ」 「くっ……」 三代目は、シーマを椅子に座らせ、視線を合わせる。 「最後まで付きおうてやれなくて、すまないな」 シーマの首が横に振られる。 「じゃが、希望はある。 お主のおかげで、あれは真っ直ぐに育った。 それを誰もが、いつまでも顔を背けてはいられまいよ。 儂の言った事は覚えているな」 声を出す事が出来ず、頷く。 「見守るだけじゃ。 あの良い資質がある限り、ナルトはナルトの力で多くのものが掴めるのじゃからな」 瞳が揺れる。 「大丈夫。儂も、ずっと見守っておるよ。 ナルトの夢は火影。きっと良い火影になるじゃろう。 儂はもう見守る事しか出来ぬようになるが、お主はその時に動きなさい」 「その時…」 「そうじゃ、お主の頭は十分に役立つじゃろう。 さすがの儂でも、ナルトの書類処理能力が心配じゃからな」 二人共くすりと笑う。 「そうだな、俺がなんとかしてやらねーと、木の葉が一日でつぶれる」 「そうじゃ。だからメンドくせーと言わずに、今度の中忍試験でお主自身を晒すがいい」 「……メンドくせー」 「こら」 「分かった。約束する。 俺は、あいつが火影になるまで、一切の魔法を封じる。 俺は奈良シカマルとして、悪がき四人組の一人として、手を貸せる範囲に在り続ける」 シーマは、泣いていた。 「三代目火影……今まで、ありがとう」 「儂こそ、お主にそう言いたいのじゃよ。ありがとうな」 「俺はあんたに会えて良かった……」 「これが、最後の生になるのじゃよ。 お主とラトゥノの幸せをずっと見ておるからな」 それが最後だった。 中忍試験本選の前日。 三代目は、満足げな顔だけを残し去ってしまった。 これも、幸せの一つだと、シーマに教えて…… ◇◆◇ 「じーちゃん……シーマ……」 明け方近いうす闇。 突然起き上がったナルトは、泣いていた。 「……全部……思い出した……ってばよ……」 ナルトは、不思議な夢をずっと見続けていた。 木の葉とは違う世界。 まるで夢のような、小説に出てくるような別世界。 一つの世界が始まる。 自分が生まれる。 新しい名前を貰い、生が始まる。 成長していく自分。 数々の出来事。 最後に必ず訪れる死。 そして一つの世界が終わる。 どの夢も二十台の自分は居ない。 ほとんど、十代半ばの自分で一つの夢が終わる。 繰り返される生。 夢を見続けて一年。 今日最後の真実を知った。 自分の始まり。 ザナルカンドでの一生。 自分にかけられた魔法。 「シーマ…」 涙がぼたぼた零れていく。 どの世界にも居た。 黒い髪と黒い瞳を持つ友人。 どこでも、自分に手を差し伸べてくれていた。 ナルトは、泣きながら幸せそうに笑う。 「シーマ…俺ってば、どの世界でも幸せだったってばよ…」 ナルトは、今日二十二歳になった。 昼には、六代目火影の就任式がある。 「俺…馬鹿だけど……それぐらいは分かるってばよ…」 ナルトは涙を拭う。 どの世界でも、自分は彼に頼ってばかりだった。 今度は自分が手を伸ばす番。 「この世界でも、ずっと一緒だったんだってばね」 自分が火影になると同時に、この世界でずっと仲間だった一人が火影補佐になる。 あのメンドくさがりが、よくそんな役職になる決心をしたもんだと思っていたが、もう自分は答えを知っている。 自分がラトゥノだから。 彼がシーマだから。 「俺…幸せだってばよ………」
07.07.27 未読猫