決して長くはない手紙、それを何度も読み返す。 最後にもう一度と読み返した。 答えは出ている。 それを、周りに納得させるのは、至難の業なのもわかっている。 しかし、やらなければならない。 楽俊からの手紙。 『巧は落ちる。 塙麟失道の声は聞いているか? たぶん、御璽の国氏が変わる。 直ぐに逃げろ』 既に一回読んで、覚えてしまった内容。 なのに何度も読み返したのは、あまりに唐突な事柄故。 国氏が変わる。 詳しくは何一つかかれてはいないが、それだけで十分だった。 功は、瞬く間に荒れるだろう。 『逃げろ』 間違いようもない警告。 御璽が変わる。 ただの民である楽俊が、どうやってこの話を得たかわからないが、この書面に嘘が無い事はわかっている。 御璽が変わる。 瞬く間に国は倒れ、土地は荒廃し、妖魔が跋扈するだろう。 『逃げろ』 ここで、生き延びる術は無いという事。 しかし、民は知らない。 未だ子供の自分の声を、大人が…何も知らない大人が、聞くとは思えない。 ギリリと、口から音が漏れる。 遠思は、立ち上がった。 どの時でも…どの宙でも…どの世界でも…変わる事を祈って… 11 「おばさん、一人で大丈夫だってば?」 「大丈夫よ。安心しておくれね」 楽俊の母親が、狐夜の頭をなでる。 「それよりも、狐夜くんも、遠思くんも…気をつけて…」 「延で会うってばよ!」 狐夜は、にっこり笑う。 横で遠思が、楽俊の母親に向かって頷く。 「おばさんは、延の大学の寮に居るからね。 絶対、会いにきておくれよ」 そう言って楽俊の母親が家を発ったのは、一ヶ月以上前。 あれが、最後のチャンスだったのだろう。 今、塙王が崩御したという声が聞こえて間もないにも関わらず、あらゆる場所で、妖魔の現れる回数が増え続けている。 そして死体に群がる妖魔を見る事は、日常茶飯事になろうとしていた。 御璽の国氏が変わるほどの罪を犯した結果。 それにしても、巧の落ちる早さは尋常ではなかった。 そして何も知らされない人々は、現実の異常を目の当たりにする事で何かを察知し、遅まきながら巧から逃げだしはじめていた。 「おばさん、おじさん、親父の言う事なんか、気にしなくていいですから。 オレが、皆さんを守ります」 やっと現実を理解した家族は、己が雇っていた人々を従えて、今阿岸に向かっている。 一緒に逃げるというのが建前なのは、お互い十分に分かっている。 豪商は、雇用していた者達をある意味妖魔への生贄として従え、雇用されていた者は、豪商の持つ金によって延国に逃げる為に従った。 そして、今回は自分の我侭を無理やり通し、狐夜の家族も一緒の馬車に乗るようにした。 「何を言ってるんだい、遠思くん。 これでもおじさんは、強いんだよ。おじさんに、任せておくれ」 そう言いながら、暖かい手が遠思の頭を撫でる。 こんな手が、こんな優しい眼差しがラトゥノの傍にある限り、安心だと思っていた。 今度こそ、幸せな一生を見れると信じていた。 いや、まだ諦めるにはまだ早いと、延にさえつけばと、遠思は酷くあせっていた。 「阿岸は…遠いな…」 「遠思ってば、何言ってんだよ。 オレってば、ずっと一緒に居られるの初めてだから、すっげ嬉しいってばよ」 素直に育った狐夜は、屈託の無い笑みを向けてくる。 「でも、早く楽俊に会いてーだろ?」 「あ…で、でもっ、遠思の事だから、あっちに行ったら、もっと勉強しちゃうってば。 だから、折角一緒に居れるんだから、いっぱい話すってばよ」 「オレが、そんなに勉強する訳ねーだろ」 「でも、遠思は、すっげぇ勉強好きだってばよー」 くすくす笑いながら、狐夜の母親が、彼を嗜める。 これからの不安を覆い隠すように、道程は穏やかに過ぎていった。 ◇◆◇ 叫び声が聞こえる度に、馬車の中に緊張が走る。 そして、一人づつ使用人が、居なくなっていった。 穏やかだった旅の始まりとは違い、今、休みの無い緊張が続いていた。 その中でも、遠思の小さい体は、日々の緊張によって、体力が奪われているように見えた。 「遠思…少し寝るってばよ…」 「寝てる」 狐夜は、悲しそうに俯く。 しかし、遠思はそれに気づかない。 一人目の犠牲者が出てから、ずっとシカマルは空気を操り、結界のように周囲を守っていた。 人目がある為、ロッドを具現化せずに魔法を駆使する。それは、シカマルの精神力を通常よりも激しく消耗させていた。 シカマルは、周りに気を配る事が出来なくなっていた。 そして、力尽きる時が来る。 高々に、馬の嘶きが響く。 「遠思さん!狐夜!妻の影に入って下さい!」 狐夜の父親は、持たされた短剣を握り締め、馬車の中にまで伸ばされた、妖魔の爪に向かう。 しかし、訓練もされていない、一般の農民が立ち向かえる相手では無い。 馬車の中は、食い散らかされた狐夜の父親と母親の遺体で、真っ赤な血に染まっていた。 そして、二人の犠牲で満足したのか、妖魔は、狐夜の母親の下に居た子供二人を傷つける事無く去っていった。 「ちゃんと追いつけよ」 「うん、大丈夫だってばよ!」 狐夜は、両親の亡骸を打ち捨てて行く事が出来なかった。 しかし、狐夜の都合で旅を中座する訳にはいかない。 辺りには血臭が漂い、その道々には、打ち捨てられた亡骸がてんてんと、そのまま転がされている。 今妖魔が見えなくても、それほど遠くない将来、再びここに妖魔が来る事は、違えようの無い事実だった。 狐夜は、遠思と共に、彼の両親の馬車に乗る事を拒み、今馬車の外に立っていた。 「父さんと母さんを眠らせたら、直ぐに阿岸に向かう! 遠思は、オレの早さを知ってるってばよ!」 狐の姿に戻った狐夜は、野生動物と同じように、音も立てずに凄まじい勢いで走る事が出来た。 「待ってるからな」 「うん、絶対行く」 桑を一つ手に持った狐夜は、馬車が動いた時には、もう道路から見えなくなっていた。 時間を無駄にする訳には、いかなかった。 狐夜は、二人の遺体を道から見えない所に急ぎ運んだのだろう。 遠思は、狐夜が消えた場所を、ずっと窓から見ていた。 遠思は、ずっと後ろを気にしていた。 狐夜の姿が見えないかと、ずっと見ていた。 そして、一週間後、馬車が到着しようと門の前に止まった時、真っ赤なものが目に入る。 「こ……」 ぼたぼたと赤い液体を撒き散らしながら、走ってくるそれ。 「狐夜っ!!」 悲鳴のような声をあげ、馬車から飛び降りた。 「狐夜、狐夜っ!!」 もう走らなくていいと、必死に駆け寄り、抱きしめた。 「…間に合った…って…ば…よ」 「うん…うん、分かったから、しゃべるな…」 真っ赤な狐の手が、遠思の頬を撫でる。 「うん…オレ…遠思に…会…え…た………」 その言葉と共に、瞳は閉じられ、手がぱたりと落ちた。 体中傷だらけで、特に首の付け根近くにある傷は、えぐれていて酷い有様。 この世界の治療では、どうしようもないのが、直ぐに分かる。 ロッドを、具現化する訳にはいかない。 ただ、意思の力だけで、癒しの呪文を紡ぐが、未だ疲弊していた精神では、役に立たなかった. こうなる事を予測して、休むという事に頭が回らなかった自分に、歯噛みする。 背後を探って、何になる。 それに精神を全て使って、後先を考えなかった。 こんな時に助けられなくて、何が魔道士だ。奥歯を噛締め、癒しの手をかざす。しかし、その手は弱々しく、そして既に死神の鎌は、深々と狐夜の体に突き刺さっていた。 ◇◆◇ 「狐夜は……」 「あぁ……二度と瞳を開かなかった…」 酷く小さい声。 「オレは、あれで満足しなくちゃいけなかったのか? 死んだ狐夜は、酷く幸せそうに笑っていた」 それが、まるで悲鳴のように聞こえる。 「狐夜の両親は、凄くいい人達だった。 確かに、半獣というハンデはあったかもしれない。 でも、幸せな家族と、幸せな記憶が十分にあった……」 瞳を揺らがす涙は一つも無かったが、その顔は泣いていた。 「たとえ、妖魔に両親を奪われようと、未だ幼い時に妖魔によって死を迎えようと…………オレはそれに満足しなければいけなかったのだろうか?」 まるで独り言のように、自分を責め続ける言葉。 「なぁ…幸せってのは……何なんだ?」 三代目は、黙って立ち上がり、シカマルの傍でしゃがみこみ、視線を合わせる。 「火影?」 手を伸ばし、頭を撫でた。 「もう大丈夫じゃ」 シカマルの目が、初めて滲む。 「お主だけじゃないと、言ったじゃろ。儂もおる」 涙が一筋落ちた。 「確かにナルト…ラトゥノの幸せが第一かもしれぬがの。儂はお主にも幸せになって欲しいと思う」 それが切欠だったかのように、涙が溢れてくる。 「ラトゥノも、シーマも、二人共、幸せに暮らせるよう、この里を変えよう。 最後まで、二人共笑って暮らしなさい」 シカマルは、赤子のように声をあげ泣いていた。
らくつんがね、本の中で、うちの近所には半獣はいねぇって言っていたよ……orz 勘弁してくで… パラレルのパラレルですから、マイ設定大有りですんませんm(__;)m ということで、十二国記のお話でした。 やりたかった事は、ほわほわの鼠と、ほわほわの狐がじゃれあって欲しかったという、この一点のみ! 想像しただけで、頭の中は幸せですよ! 暗い話だけどね(ーー;) ということで、木の葉の世界に行きます!とりあえず現実です。 まだまだ終わりが見えませんが、お付き合いのほど、よろしくされてやって下さいm(__)m 未読猫【06.12.18】