未読猫 06.12.18「今日で最後にする…」 「ならば、その後で、一緒にナルトの将来についての計画を立てるとしよう」 三代目の慈愛に満ちた笑みを、辛そうに受ける。 「オレに…その資格が…あるなら…な…」 その言葉に答えようとする三代目を、ロッドを振る事によって遮る。 最後の話が始まった。 どの時でも…どの宙でも…どの世界でも…変わる事を祈って… 10 「ラトゥノは、塙という国に生まれた。 そこは、天帝と呼ばれる神が創った、十二の国しか存在しない世界。 十二の国、十二の王、そして十二の麒麟がそれぞれの国を治める。 それぞれの王は、天帝が作った摂理から外れない限り、死ぬこと無く永遠に国を治めていく」 「死ぬことが無い?」 「そうだ、王になった時点で、その者は神籍に入る。 どういう仕組みなのかは、一般市民だったオレには分からないが、国を運営する者達は、体の時を止め、永遠に国を守っていた…」 「守る?」 「あそこには、神と、神籍に入った者、一般の人間、人間以外の生き物、そして妖魔がら成っている。 妖魔は人を襲う。しかし、王が天帝の望む道を歩む限り、妖魔は退けられる。 そして、王の天命が尽き、王座から王が居なくなった時、妖魔が跋扈し国土が荒れる。 王とは、民の為にあるものと教えられた」 「王を罰する神が居るというのか?」 「神を天帝を見たという話を聞いた事はないが、俺は一般の民で子供だから、上の情報は限られる。たぶん、そうなのだろうとしか言えない」 「随分と……厳しい世界なのだな……ならば…」 三代目は、今聞いた事をもう一度頭の中で辿る。 あまりのも、自分の常識からかけ離れている世界。しかし、この子供の為に、抜けのないよう理解しようとしていた。 「いいや、結局王の資質に左右されるからな。 結局どこの世界も人間は人間だって事が分かっただけだ…」 三代目の言葉の続きが分かり、シカマルは苦笑を浮かべていた。 「あの世界には、二通りの人間が居た……人間と半獣……」 「半獣?」 「そうだ、半分獣の者。例えば熊との半獣であるなら、その身を熊に変ずる事が出来、普段からもその力を宿す」 「それは…人間なのか?」 「あぁ、人間だ。ただ獣に変ずるという以外、なんら変わりない」 「変わりない?」 「そうだ。十二国の世界の生き物は、全てが木、里木から産まれる。 人間も、動物も、種子も、妖魔でさえ木から産まれると言われている。 親が里木に子供を願い、それによって子供が産まれる。 両親が願い、その卵果から産まれるのは、半獣も同じ。その二人の子だ」 この齢にしては柔軟な考えの持ち主である三代目にとっても、直ぐには理解出来ない、夢のような不思議な世界の話。 今までの世界も、己の居る世界とはまったく違ったものだったが、ここまで違う世界を受け入れ理解するのには、己の常識に対するかなりの改革が必要であった。 しかし、三代目は、その中でもシカマルの言葉に違和感を抱く。 彼は、どこの人間は変わらないと、感情も無く言葉を紡いでいた。 唐突に、三代目はその違和感の正体を理解する。 半獣…、それは差別の対象だったのではないかと。だとしたら、この世界のナルトの素性は……三代目は痛ましげな表情を隠す事も出来ずに、シカマルを見上げた。 「……そうだ、ナルトは狐の半獣だった」 三代目の雰囲気を察し、答えを先に出したシカマルが見たものは、酷くうろたえ、顔を歪めた三代目だった。 「なんだ…?」 「…狐と言ったか?」 「そうだ」 今度は、シカマルが訝しげに三代目を見つめる。 「……そうか……お主は、色々な世界を経験したと言ったな……お主の人生は、どこでも同じようなものだったか?」 「そうだな…オレの場合は記憶を持ってたが故に、同じような人生を歩んでいた気がする」 「ナルトもか?」 「いや、あの性格は変わらないが、様々な人生を送ったと思っている」 なぜそんな質問が出たのかは分からなかったが、この四日間で信ずるに値する相手だと判断していたシカマルは素直に答える。 「何で、そんな事を聞く?」 「……お主は、既に知っておるじゃろ? 九尾の狐……ナルトの中に封印されたモノ…」 「あぁ分かっているが、そんな些細な酷似ならいくらでもある」 「その…十二の世界でもナルトは不幸であったのではないのか?……酷似とは、同じ道を歩むという事にはならんのか……」 英雄どころか、ナルトという存在を見もせずに抹殺しろという声が、大勢を占めている現状。たとえナルトの事が無かったとしても、この里に住む人間の心の狭量さは痛いほど実感していた。 「必要であれば、どんな汚い事でもしよう。 お前の言う通りに動こう。 オレにとって、不可能な事は少ない」 多くの世界で生きてきた子供は、現実0歳だとしても、纏う雰囲気が酷く老成していた。 しかし、それに惑わされるような三代目ではなかった。目の前にいるのは、泣けずに必死になっている子供。 そんな彼にゆっくりと笑みを向ける。 「…シカマル。儂が手を貸すのじゃ。儂が、ナルトの為に、お主の為に、いくらでも手を貸すのじゃ。 このままで、この里がいい訳が無い……そう、これは、儂がしなければならぬ仕事じゃ。 お主だけではないのじゃぞ」 シカマルは、途方にくれたように、三代目を見ていた。 ◇◆◇ 「楽にぃちゃんっ!」 突然飛びついてきた体と声に、楽俊(らくしゅん)は相好を崩すが、さほど大きくない鼠の姿は、勢いに負けてタタッとよろける。 「狐夜(こや)っ!」 「へへへ…、久しぶり!寂しかったってばよ」 目の前には、蒼い瞳と金茶色の子狐。 「母ちゃんに頼まれた事やってて、すまねえ、これなかった」 「いいってばよ!今日、楽にぃちゃんに会えて嬉しいってば」 子狐が、満面の笑みを浮かべる。 そのあまりにも可愛い様子に、楽俊も同じ笑みを浮かべる。 そこに、もう一つの小さな影が、のんびり現れた。 「退屈で、しょうがなかったぜ」 「おう、遠思(えんし)、おまえも元気そうだな」 「元気じゃねー、なんかおもしれー話無い?」 遠思は、楽俊の横に座り込んだ。 「そうだなぁ、おいらは、遠思の話の方が聞きてぇよ。何か新しい事を学んだか?」 「いいや、ただ相変わらず、この国は先がねーって事ぐれぇ?」 「そんな事を言っちゃいけねぇぞ。ここは、まだ若い国だからなぁ。 それに、そう簡単に王様がいなくなっちまったら、おいら達が困る」 「…それだよなー。なんで、人一人が居なくなっただけで、妖魔がばっこし、天地が荒れるんだ?」 楽俊は、呆れた表情を浮かべる。 豪商の家に生まれた、未だ小さい子供は、全ての国のあらゆる事を知ろうとし、あらゆる国の家庭教師を招き、知識を得ていた。 しかし、いつまでたっても、まるで知識が馴染まないように、徒人なら問わない問いを抱き続ける。 「遠思…相変わらずお前の頭ん中ってどうなってるか、知りたいぞ。 王は人じゃねぇって、ちゃんと習ってるだろ?」 「しかし、元は人…ただの人間。それこそ、どんな人間だったかも分からねーだろ?」 「麒麟が選んだんだ。ただの人じゃねぇ」 まるで異邦人のように、この世界に対して答えの無い問いを問おうとする遠思と、この世界をあるがままに受け入れる楽俊は、年の差など関係無しに、真剣に、楽しそうに論議していた。 それを、嬉しそうに見ている瞳が一組。 「あ、すまねえ。弧夜には面白くねぇよな」 「あ、わりぃ」 「ううん、二人を見ていると飽きないってばよ」 ニッコリ笑う姿に、二人が同じ笑みを浮かべる。 「そういやぁ二人共、ちゃんと此処に来るって言って、出かけてきたんだろうな?」 二人より十以上も年の離れた楽俊は、心配げに髭を下げる。 「ちゃんと言ってきたってばよ!楽にぃちゃんに色々教わってきなさいって、かーちゃんが言ってた」 「そうかぁ」 ニッコリ笑った楽俊が、ため息を漏らしながら遠思に視線を移す。 「や、その顔なら分かってんだろ?」 「あのよお…はー…まったく…遠思は、こんな処でおいらと遊んでたら、怒られるだろうに…」 「いいや、楽俊と話している方がよっぽど勉強になる。そこら辺の家庭教師なんか、目じゃねぇって。 ったく、前から家庭教師を頼んでるのによ…頭のかてー親には、まいるぜ」 話しているだけでも、十分に伝わってくる。 目の前の鼠は、ただの鼠じゃない。 この世界で育ったが故の頑迷さはあるが、それを遥かに上回る見識に、遠思は惹かれていた。 今生きている世界は、あまりに今までの世界とは異なりすぎていて、何が幸せだかがつかめない。 狐夜の幸せを見る為に、それに手を貸す為に、楽俊は遠思にとって最良の教師だった。 特に、半獣に対し差別の厳しい巧に居て、狐夜を幸せにする為に、遠思は楽俊からより多くの知識を欲していた。 「なー、楽俊はいつか延に行くのか?」 「え?楽にぃちゃん、どっかに行っちゃうってば?」 遠思はまるで当たり前の事のように言い、狐夜は驚きを顔一面に表し耳が下がる。 「…いつかな……そんな事が出来たら……でも、ずっとここに居るかもしれねぇけどなぁ」 狐夜の頭をポンポンと叩いてから、空を仰いだ楽俊は、母を想い、未来を思い、そしてままならない現在を思い、ため息をつく。 「やっぱり、延は噂通りなのか?」 「噂は噂でしかねえからなぁ。行ってみねえと分からないって事は、いくらでもあるんだろう」 「それでも、延なら学べる…働ける…それは間違い無い…」 「……そうだな…」 不安そうな二人の言葉に、狐夜が明るい声をはさむ。 「皆で行くってばよ!三人居れば、何だって出来るってばっ!!」 楽俊は、ほっこりと笑う。遠思は、眩しそうに目を眇める。狐夜は、二人をぎゅっと抱いた。 ◇◆◇ 「そんな日々が、続けば…な…」 シカマルが、無くした光景を見ているかのように、視線と遠くに投げかけている。 「しかし、俺達の前から楽俊が去った後、転がり落ちるように巧は傾いていった。 まるで、楽俊が巧の王だったかのように、現実は激しく変化していった」 「楽俊殿は、なぜ去って行ってしまったのじゃ?」 「海客…あの世界は、まるでうずまきナルトが居た世界と繋がっていたかのように、日本…和と繋がっているという話がある。 実際、蝕…他の世界と交わる自然現象があり、別の世界から人が運ばれて来ていた。 虚海から運ばれてきた別世界の者を、海客という。 楽俊は、一人の海客の娘を拾った。 しかし巧は、海客には厳しい。見つかれば、殺されてしまう。 楽俊は、それが間違っているという事を知っていたが故に、海客が差別されない延に、その娘を逃がそうと旅立ってしまった…」