06.06.14 未読猫眼下に見える人気の無い町並み。 動くものは自分と傍らに眠る者のみ。 それも、十年ぶりの事。 この十年間は自分一人だった。 そして、この一時が終わったら、また一人になる。 しかし、希望はある。 既に遺跡に置いてきた希望。 そして、傍らに眠る希望。 ゆっくりと手を伸ばす。 もっと、温もりを感じたかった。 何も纏っていない体を抱きしめ、唇を落とす。 眠りから覚めた体が、自分を抱き返してくる強さに泣きそうになった。 ◆ 眼下に見えるのは、既に見慣れてしまった街の廃墟。 動くものは、自分と自分を抱きしめている者のみ。 十年間、一人ではなかった。 十年間、たった一人だった。 しかし、希望はある。 この男の強さ。 この男の子供のひたむきさ。 腕をまわす。 この十年間適わなかった事。 自分の名前を紡ぐ唇が愛しくて、己の唇を重ねた。 ◆ 「アーロン…」 重なる唇と共に紡がれる言葉は、全て吐息にかき消されていく。 長い指が、目の上にある傷跡を執拗に辿る。そうすれば、それが消えるかのように、止むことなく触れていく。 「ジェクト…」 抗う事はしない。 ただ、自分は大丈夫だと伝えたくて、強く頭を引き寄せ、もっと深く唇を重ねた。 十年過ぎても、心は何一つ変わる事は無く。 一人は、その想いだけにしがみ付き、侵食してくる敵と戦い続け、一人は、その想いを糧に真実味の無い土地で託された子を見続けた。 そして再び重なった時間は、その飢えを満たす事だけに使われる。 手を伸ばし触れる。 お互いの熱を貪る。 紡がれる言葉は、交わらなかった時間、一度も口にしなかった名前。 同じ強さで互いを求め、心を満たそうとする。 体をわずかに離し、緋色の瞳が相手を見つめた。 榛色の目が笑い、口の端をあげ、まるで娼婦のように足を大きく開き、自分の欲を見せ付ける。 その大胆な誘いに抗える訳もなく、より深く交わる為に、楔を打ち込んだ。 一際、高い嬌声があがる。 隠しもしないその声と、激しい息遣いだけが、廃墟の中をこだました。 ◆ 「ここは?」 「もうすぐルカだ」 「そうか…」 二人共、視線を前に据え、ルカの街の方を見つめる。 「早く来い」 返ってくる、含み笑い。 「負けるなよ」 返ってくる、挑戦的な視線。 「またな」 「あぁ…」 魔法が発動した。 二人の視界から、まるで初めから居なかったかのように、お互いが消えうせる。 廃墟の中心で大の字に転がり、虚空を見つめ拳を握った。 波打ち際で、目を眇め、霊峰の先を見つめた。 【End】