06.03.10 未読猫一面の花畑とやけに現実感の無い風景。 目の前には、二度と会えないと思っていた仲間と唯一の肉親。 さっきまで一緒だった召還士は、愛する妻の元に帰って行った。 泣き虫と呼んでいた子も、己の歩む道をこの地でも歩こうとして向かっていった。 手に入れた運命 「なぁアーロン、俺と一緒にもう一回ザナルに行かねぇ?」 別れた十年、異界の住人をやっていた召還士から、スピラと変わらねぇ世界だと聞いている。 「ブリッツをやらなくても、良いのか?」 「それは、帰ってからでもいくらでも出来っだろ? なぁアーロン、付き合ってくれねぇ?」 「………あぁ」 十年前とは違ぇ落ち着いた笑みが返ってくる。 外見よりも、その笑みに十年という時間を感じ、自然苦笑が浮かんだ。 「んじゃ、行くか」 「今からか?」 「何か予定でもあんのか?」 「いや、無いが……相変わらずだなお前は」 口の中で小さく笑う姿も、俺は知らねぇ。 アーロンからは、俺はどう見える? 俺自身は、変わったつもりは無ぇ。 あの頃のまま、怒鳴りあえると思っていたのは俺だけか? 生きてる間は、何一つ触れなかった。それどころか、怒鳴りあう事が大半だった気がする。 ただ最後に、俺の一番大切なものを託し、一度だけ強く抱きしめた。 そして、生きていて欲しいと、強く願う。 その思いがどこからくるのか、あの時点では手にする事が出来ず……十年……。 考える事しか出来なかった十年。 もう、俺の想いは嫌ってぇほど知っている。 ◇◆◇ 「おめぇ、まじで強くなったよなぁ」 アーロンの一撃が、鉄巨人を幻光虫に変える。 「何言ってる? お前の方こそ、何をしていた?」 「やる事っていったら、考える事と、魔物と戦うぐれぇしかなかったからなぁ」 「そう…だった…」 あの花畑は、異界のどの地点でも繋がっているようで、俺達は今雷平原に立っていた。 スピラと変わらねぇ稲光が、アーロンの伏せた顔を映し出す。 「なんて面しやがる? おめぇの方が、俺より数億倍大変だっただろうが」 「いいや……俺は…何もしてない…」 「なんだ、そんな所は変わらねぇのかよ。 いいか、ありがたく俺様の言葉を聞いとけ。 おめぇは、身寄りでもねぇ子供をあそこまででかくした。 俺の所まで来れるぐれぇの、意思と強さまでも育てた。 そして、二度も辛ぇ旅をした。 ブラスカも、俺も、おめぇのしてくれた事で、どんだけ救われたかを知ろ。 おめぇはそんな面じゃなくて、偉そうにしてやがれ」 「……相変わらずお前は、偉そうだな」 辛そうにそれだけ言って、視線を外しやがった。 「変わったように見えたのは、最初だけかよ。てめぇ、相変わらずだな」 アーロンの背中をバシバシ叩いて、先を促す。 「魔物様が待ってやがるから、さっさと始末して、旅行公司で酒を飲もうぜ」 「禁酒を解いたつもりはないが」 「あ、てめっ!いい加減に解禁しろやぁっ!」 「そうだな、あの時みたいに雷に当たらなければ、考えてやってもいいぞ」 「なっ?!」 「ティーダに、呆れられてたな」 口の端をあげて、俺を見返す。 ほぉ〜、言うようにはなったのかい。 あの時は、真面目な顔で怒鳴ってばかりだったよなぁ。 俺は、ニンマリ笑ってやる。 「てめぇこそ、雷に当たるなよ。 当たったら、禁酒にしてやる」 俺は、笑いながら旅行公司へ駆け出した。 ◇◆◇ 「とりあえず乾杯だな」 「何にだ?」 「そうだなぁ…、俺とてめぇがまた会えたことに」 「一度は、会ってるだろ?」 「へ?」 「お前は、俺に遅いって言った」 折角おだやかだった顔が、再び曇る。 「あれは、会ったって言えねぇだろ?こうして、酒も飲めなかったじゃねぇか」 「まさか、こんな世界があるとは…こんな時を持つとはな……」 それが辛いかのように、眉間の皺を増やす。 「アーロン、何か余計なこと考えてんだろ?」 あの頃、からかうように頭をぐちゃぐちゃにかき回した事があった。 実は触りたかっただけだと、シンの中で苦笑を浮かべた自分を思い出す。 今同じようにアーロンの頭をかき混ぜる。 「ジェジェクトっ!」 「あ〜?」 「お俺は、もうお前と同い年だっ!」 「や、別にガキ扱いしてる訳じゃねぇよ」 懐かしい怒鳴り声、でも声音が違う。 何を溜めてやがる? 「なぁ、俺はシンの中でおめぇの事を良く思い出したんだぜ。 あぁなってから、色々聞きてぇ事が出来たんだがよ、頭ん中のおめぇは怒鳴るばっかりでなぁ、全然答えてくれねぇの。 なぁ、何を考えてる?おめぇは、目の前にいんだろ?答えてくれねぇの?」 苦々しげに俺を見つめてくる榛色の瞳。 「俺は………自分を救っただけだっ!」 そう叫んで、目の前の瓶をラッパ飲みする。 ドンと大きな音を立て、空になった瓶が床に置かれた。 「俺はもう寝る。 明日はナギ平原まで行けるな?」 そう言って、アーロンはベッドの中に入ってしまう。 離れていた十年間を、目の前に突きつけられた気がした。 ◇◆◇ 「おめぇは、来たくなかったか?」 「いや……俺は、戦うしか能が無いからな……何も考えずに済むと思ったんだが……うまくいかないものだ」 「前もそうだったよな」 振り返るアーロン。 「ブラスカを助けたくて、おめぇは一人で思い悩んでいた。 俺は、仲間じゃねぇの? おめぇの抱えてるもんを、分けてもらえねぇのか?」 酷く辛そうに歪む顔。 「モルボルが来たぞ」 「アーロンっ!」 「すまん……」 目の前に現れた魔物に意識を向ける。 モルボル一体に、キマイラブレインが二体。 今の俺達にとってどれも雑魚だが、何があるか分からない世界では油断出来ない。 けれども、不安は無い真実が傍らにいる。不安になりようも無い強い真実。 体を、背後を預ける感触は、昔とまったく変わらず、合図一つ出す必要も無い。 相手から感じる呼吸と熱、敵に向ける気だけで、どう動けばいいか分かる。 魔物が、幻光虫になって消えた。 「ジェクトっ!」 アーロンの指差す先には、クアール。 その背中を追って、俺も走る。 戦っている時は、眉間の皺が少し緩んでいるような気がした。 「なぁ〜、ティーダの泣き虫は、直ってねぇよなぁ? おめぇが、鍛えるかと思ったんだけどよ?」 俺の言葉に、あからさまに緊張を解くのが分かる。 それを少し寂しく感じたが、時間はいくらでもあると、気長に構える予定に変更した。 「筋金入りの泣き虫だな」 「俺様の息子に何を言うんだと言いたい所だが……そうだよなぁ、最後もばぁばぁ泣いてたもんなぁ」 アーロンが、笑い出す。 「それでも、泣き顔は随分久しぶりだった」 「へぇ〜、あいつの事だから、事あるごとにおめぇに泣き付いてたのかと思ってたぜ。 それなりに、頑張ってたって事か?」 「あぁ、ジュニアチームに入った頃は、隠れてよい良く泣いていた。 お前のせいだぞ。 ただ、それも直ぐに無くなったがな」 「あれか?ジェクトの子供のくせにってかぁ?やだねぇ。 でも直ぐにか……ちったぁ自慢していいのかね?」 「十分に自慢しろ。 お前の名前が無かったとは言わないが、それでも実力でプロチームに入った。 最短記録を塗り替えてな」 再会してから、初めて見る穏やかな笑顔。 「あいつは、今どのくれぇなんだ? 早くやりてぇなぁ」 「だから、ブリッツをやらなくて良いのかと聞いたんだ。 だいたい何で旅をしようと思ったんだ?」 分からないと、アーロンが不思議そうな顔をする。 「俺はよ、結局ティーダより、仲間をとっちまった」 俺の言葉により一層分からないと、訝しげな表情を向けてくる。 「戻れないのが、分かっちまったってのもあるけどよ、結局俺は努力を放棄した」 「それはっ」 「あぁ、分かってる」 あの頃、必死になってブラスカを止めようとしていたアーロンが目の前に居た。 「仕方がねぇって言ったら、ティーダに殴られるぜ。 ブラスカを捨ててでも、おめぇを召還獣にさせてでも、帰る道を探さなくちゃいけなかったんだよ」 「なら、何で止めなかったっ!」 「無限の可能性か?」 「あっただろっ!」 あの時と同じ、泣きそうな顔。 「どんな事があっても、ブラスカの心を変える事は出来なかっただろうよ。 ブラスカは、自分の片割れを失った悲しみに囚われていた。 それは、おめぇも分かってたよな」 「それでも…」 「あの時の俺達は、二人のうちどちらかが召還獣になるしか、選択肢は無かった」 「それでもだっ!」 あの時と変わらねぇアーロンの悲鳴のような声を、意識して無視する。 「なぁアーロン、俺がこの旅をしてぇと思ったのはよ、あの時の旅で思った事をもう一回確認しようと思ってよ。後悔している訳でも、しようとしている訳でもねぇ。ただ、あの時俺が、何を取ったのか知りてぇんだよ」 「分からん…」 「まぁ、俺様の心ん中の問題って事だ。 そんで、おめぇにも一緒に来て欲しかったんだが、おめぇにとっては辛ぇ事だったみてぇだな…すまねぇ」 「ち……」 「おめぇは、思い出したくなかったんだろ?笑わねぇのは、そのせいじゃねぇの?」 「ち…違うっ!」 そんな声を、顔を、させたかった訳じゃねぇのに……俺が居たんじゃだめか? 「アーロン」 背けられた顔が、戻らねぇ。 「明日中に、ザナルカンド遺跡までいけっか?」 「……まだナギ平原だぞ」 「チョコボでナギ平原を出れば、後は楽だろ?」 「はぁーお前、ロンゾ族に殴られるぞ。 御山は甘いものではないと、あの時言われただろ」 「でも、俺とおめぇだろ?」 最高に強ぇじゃんと言いながら、アーロンを肩に担ぎ上げる。 「っ…なな何だっ?!」 ベッドにアーロンを放り投げてから、布団の中に無理やり押し込んだ。 「明日は早ぇから、さっさと寝ようぜ。 もうちっと、付き合ってくれよな」 「ジェクト……」 布団の中からくぐもった声が聞こえる。 「頼みがある…俺に礼を言うのは、止めてくれ………あれは…違うんだ…」 「わぁったよ」 今だその理由を言わない、その頑固さに苦笑が浮かぶ。それでも「ありがとう」と一回は言わせて欲しいと思った。 布団の上から、アーロンの頭があるだろう所をポンポンと叩いた後、自分もベッドの中に入る。 俺はどうしても、あのユウナレスカと会った場所に、もう一度行きたかった。 異界とスピラは、まったく違う場所だが、きっとあの現象もあるに違いないと思っていた。 それが見たかった……… ◇◆◇ 目の前の亡霊は、歩き去っていく。 強い想いは、この異界にも残していた。 「…ぁ……」 「どうしたアーロン? ほら、さっさと行くぞ。もう夕暮れだ」 「ジェ、ジェクト……ぁ…あのだな……」 「ドームん中で、一泊がいいだろ?」 「………ぅ……」 夕日が顔に当たって表情が良く分からねぇ。 額に手をあてて、アーロンが呻いている。 昨日までの頑なまでのそれとは、あまりにも異なる態度に、自然視線が訝しくなった。 「ほ、ほらベヒーモス」 毎回毎回魔物に、逃げやがる。 それでも一緒に戦うのは楽しいから、笑って魔物に向かっていった。 「お〜やっぱ俺達のもありやがるVv」 あの時、勢いで自分が名乗り出たが、俺の視線は間違いなくアーロンに向かっていた。 再確認する必要が無いくらいに、体は無意識に求める者に向かって動いていたのかと、苦笑が浮かぶ。 シンの中で思い出す度に、あの時のアーロンの顔は印象的で、何でブラスカが出てこないんだと、最初は頭をひねったが、時と共に答えは簡単に出た。 ほんと、俺様の体って正直者だよなぁ〜。 「ジェクト……」 「あ?」 「何楽しそうに見てる?」 「言っただろ?俺は、あの時何を取ったのかを、再確認したかったってよ」 『オレの分まで、ブラスカを守れよ。んじゃ行くか!』 「ブラスカ……を……守れよ……か…」 「あ?」 俺の幻が言った言葉を繰り返すのに、何でそんな辛そうなんだ? 気になったが、最後の場所に行きたい気持ちが勝っていて、アーロンの腕をひっぱる方に意識が行ってた。 「さぁ行こうぜ。最後の部屋だ。」 「ぁ……あぁっ!!だ、ダメだジェクトっ!」 「あぁ〜ん?何でだ?」 「何でもだっ!」 無理やり腕を掴みなおされ、出口に向かって引きずられそうになる。 「それじゃぁ何のためにここに来たか、分からねぇじゃねぇか」 「もう、お前の幻は無い!」 「………ってことは、おめぇの幻があんのか?」 相変わらず分かりやすいやつ。 落ち着いた物腰とグラサンで隠しても……おめぇ顔赤ぇって。 力比べなら負けるつもりは無く、引きずられる体を止め、方向転換した。 「ジェクトっ!」 「あの時おめぇは、最後の部屋には行ってねぇ。 って事は、おめぇが引き返した時の幻だよな? それとも、ティーダと一緒の時か?それなら、おめぇがここまで引き止めるとも思えねぇなぁ」 「悪趣味だぞジェクトっ!ブラスカが映ってない幻なんか、見ても意味がないだろっ!」 「へ?何でそこにブラスカが出てくるんだ?」 背を向けたアーロンの肩が、小さく揺れた。 「アーロン?」 「俺はここに居る!見たければ勝手に行けばいい!!」 話は終わったとばかりに背を向けたまま座り込み、ナギ平原で仕入れた酒瓶を開け始める。 ブラスカの名前が出てくんのが分かんねぇうえに、アーロンの頑なな態度はもっと分からねぇ。 「んじゃ行って来るぜ。酔っ払って寝るなよ」 「酔う予定はない」 いつも以上にぶっきらぼうな物言い。 それがひどく気になったが、それでも先が見たくて、あの時と同じようにアーロンを背に俺は前へ進んだ。 静まり返った広い空間。 かつてここにユウナレスカが居て、ブラスカと俺が居た。 やたら長い詠唱を聞かされ、自分の体が変化していくのを感じていただけの空間。 そこには、ブラスカの思いをなんとかしてやろうとか、アーロンの悲鳴のような言葉を辛く思うとか、ティーダともう一度会いたかったとか……そんな様々な思いさえも浮かべさせてくれなかった、拒絶した空間。 ここは、祈り子になるという一つの変化しか、受け入れなかった。 「……ちっ……今はちゃぁんと考えられるのによぉ……」 寒々とした空間だけが目の前に広がる。 「なぁティー…っ?!!」 長くアーロンと共に時間を過ごした息子に、なんとなく愚痴めいた事を言おうとしたら、その姿が目の前にあった。 ティーダの仲間達の叫びが、次々とあがる。 『ふざけんな!』 その強い言葉がアーロンとティーダの声で放たれる。 『ブラスカは教えを信じて命を捨てた!ジェクトはブラスカを信じて犠牲になった!』 「アー…ロン?」 倒れていくアーロンの体。 何だ?……おめぇ、ブラスカ様命だったんじゃねぇの? 何で俺の名前を……そんな……そんな声で叫ぶ? アーロンの声だけが、頭の中に残る。未だ幻の続きが投影されていたが、俺は何もみてやしなかった。 再び静かな星明りの空間になっていたのも気づいちゃなかった。 想像外の答えを見つけたような気がするが、俺らしくもなくその答えに躊躇っている。 「…俺は犠牲になんか、なっちゃねぇよ」 アーロンの幻が居た場所に向かって、言った後、きびすを返した。 「面白かったか?」 酒を煽りながら振り向いた顔は、十年間の時の流れを刻んでいる。 「なんだ?」 アーロンの真正面にしゃがみこみ、両手を顔に添える。 「なっ……ジェクトっ?!!」 「なぁアーロン、俺はおめぇにすっげぇ惚れてる」 すげぇ〜、見たこともねぇ。こんなアーロンの真っ赤な顔。 「キスしてもいいか?」 返事も聞かず、真っ赤になって硬直しているアーロンを引き寄せる。 その瞬間、ものすげぇ抵抗にあった。 「ちょ…ちょちょちょっと待てっ!」 抵抗するのにも、抵抗の仕方ってのがあんだろ? 何だそりゃぁ? 俺はアーロンの手で、でこと、顎を押さえつけられた。 「何でだ?」 言いずれぇ。 「と、とにかく待てっ!」 仕方が無ぇから、姿勢はそのままで待ってみる。 「手を外せっ!」 「注文が多いぞ」 「聞けっ!」 渋々、手を外す。 「聞いてやる」 「何でお前はそう偉そうなんだっ!」 「話はそれか?」 続きをしようと手をあげたら、手の甲をグーで殴りやがった。 「違うと言う前に、行動するなっ!」 「だったら、さっさと話しやがれっ!俺は続きがしてぇんだっ!」 アーロンの目が宙をさまよう。まだ待つべきか? ジリジリしている俺に気づいたアーロンが、目線だけで俺にまだだという。俺は、おあづけくった犬か? 「突然、何でそんな事を言う?」 「説明しなきゃだめか?」 「しろっ!」 めいっぱい睨まれた。 内容は確かに恋愛物のはずなのに、何でこんなに雰囲気が悪ぃ? 「たぶん、雷平原を過ぎた頃には、惚れてたんだろうなぁ。 情けねぇ事に、一緒に居る間には気づけなかった。 気づいたのは、シンになってから少し経った頃だな。あん中で、おめぇが言ってた言葉や顔ばかり思い出す。 それで、十分に気づかされちまったってとこだ。 だから、幻を見てぇと思った。あの時の俺が、何を見てたのかを知りたかった。 なぁ、俺はおめぇばかり見てたぜ。あまりにもあからさまだよなぁ。 ってことで、いいか?」 続きをしようと、両手を延ばしたら、再びグーで叩きつけられた。 「何しやがるっ!」 「俺の意思は、無視か!」 「おめぇも、同じじゃねぇの?」 ニンマリ笑ってやる。再び真っ赤に染まるアーロンの顔。 「な…な…ななななな何でっ?!」 「や、今目の前の反応を見れば、十分じゃねぇ?」 「どうしてそうなるっ!」 「おめぇの声を、聞いちまったから」 ブラスカの時とは違う、激しい怒りと悲しみを織り交ぜたような叫び。 「なぁ、俺はブラスカなんかどうでも良かったんだぜ。 おめぇに生きてて欲しかったから、召還獣になった。 犠牲だなんて思ったこともねぇ。おめぇが、大切だったんだ」 アーロンの顔をずっと見てたかったけど、ここは抱きしめる所だろ?と、無理やり手を掴んで、腕の中に引き込む。 今度は抵抗される事もなく、アーロンの体は俺の中にすっぽり入った。 「おめぇは、ブラスカ様命だとばかり思ってたぜ」 「ち、違う……」 「なぁ、おめぇは言ってくれねぇの?」 「なななにを?」 「惚れたって言ってくれねぇ?」 「じぇじぇじぇジェクト!」 耳元でひっくり返った声が響く。どうしてこう色気がねぇ? 「俺の思い違いか?」 「ぁ………」 「俺は真面目だぜ。なぁ、おめぇの返事を聞かせ…っつ?!!」 「……………いわんっ!」 「はぁ〜?」 突然髪の毛をむんずとひっぱられ、真剣な顔を見せて言い放ちやがった。 ついでに、俺の腕ん中から逃げ出しやがって、帰り支度を始める。 「おめぇ……どこ行くんだ?」 「お前の用事は、終わったのだろ?当然、帰る」 「俺様、ナギ平原からノンストップでここまで来て、死ぬほど疲れてんだけど?」 「もう死んでるから、死にようがない」 すっかり荷物を作り上げて、歩き出そうとする。 「ちょっと待てやアーロン!」 「行くぞ」 ま、否定はされなかったよな。 今は、とりあえずそれでよしとするか。 「アーロン」 まだ歩いている。 「アーロンっ!」 「なんだ?」 足は動いたまま。 「ありがとな」 止まった。 「言うなと言ったはずだ」 「ありがとう」 「ジェクトっ!」 やっと振り向いた。 「何度でも言ってやる。ありがとうな」 「ジェクトっ!!」 「俺は、シンに触れてスピラに来ちまった運命を心から感謝する。 おめぇに会えた。 おめぇがティーダを育ててくれたから、シンから開放された。 ただの夢だったはずの俺が今ここでおめぇと一緒に話せるのも、全てがすっげぇ幸せ。 最初の運命意外は、全ててめぇのおかげだ。 おめぇがいくら違うって言っても、俺の中では変わらねぇ。 だから、ありがとうな」 俯いて顔を見せてくれねぇ。 「おめぇが何を思って、嫌がってるかは分からねぇけどよ、俺は何度でも言うぞ」 「……俺は、復讐する為に……ブラスカが倒れた後、お前がシンになった瞬間を俺は絶対忘れない。 スピラに復讐できるなら、何でもすると誓った。 ティーダを、ユウナを、利用して、前に進んだ。 ユウナレスカも、マイカも、幻光虫の一つさえ、残させるつもりはなかった。 シンが街全てを壊すなら、それでいいとさえ思っていた。 お前に礼を言われるような事をした覚えなど、一つもない。俺は、俺の為に、一つも納得出来ないスピラという世界に、復讐しただけだ」 それって、敵討ちって言わねぇか? てか、すげぇ規模の復讐だよなぁ? で、それだけ俺様って思われてたって事か?俺がシンになった瞬間を忘れねぇって言ったよな? ブラスカが倒れた事じゃなくて……あ、顔がにやけてきた。 「うわっ?!!」 持ち前の瞬発力を生かして、猛ダッシュとタックルをかけた。 「ジェクトっ!重いっ!」 アーロンの背中にへばりつく。 「分かった、もう言わねぇ。帰ろ」 「何で、楽しそうなんだっ!」 「教えてやんね」 「ジェクトっ!」 無理やりアーロンの手を捕まえ、前に向かって歩き出す。 「ほら、行くぞ」 「ぁ…あぁっ!」 自棄を起こしたような返事で、たぶんその通りで、口の中で笑いながら、アーロンをひっぱっていく。 繋げた掌があったかく、十年シンの中にいた時には、感じる事が出来なかったそれが、すげぇ嬉しかった。 「アーロン」 「何だっ!?」 一々過激に反応すんなっての。 笑いが止まらなくなるだろ? 「俺、おめぇの横にずっといっからな」 「…………ぁ…」 「ん?」 「……あ、当たり前だっ!」 すっげぇ疲れていて、すっげぇ眠くて、でもすっげぇ幸せで、手を離したくねぇから、歩く。 たまに、魔物が出てきて手を離さなくちゃいけねぇ時は、背中か肩か、どこかが触れている。 俺は感謝してる。 この時をもてた事に。 この運命に。 アーロンと共に歩める奇跡に。 この感情を気づかせてくれたあの十年に…… 【End】