男たちの日常  

    「アーロンちゃぁ〜んVv」   ジェクト、フライングボディアタック。   「ジェクトっ!」   アーロン、剣の柄を使い鳩尾攻め。   「いい加減にしなさいっ!」   ブラスカ、裁きの杖炸裂。 左手に持つユウナの似顔絵からは、目を離さない。   ブラスカ様御一行、約一時間おきに繰り返される光景。 旅は、一歩進んで十歩下がる風味で進んでいた。   男たちの日常   ティーダの目の前に屍が二体と、杖を担ぎながら一枚の紙を愛でる男一人。 消えるはずだった運命は、突然変更が加えられ、今自分目の前には、あっと驚く異界ライフが佇んでいた。 そして異界の住人になった直後の彼が見たものは、美しい花畑の中、父親が叫び、アーロンが動き、ブラスカが杖を振るう光景だった。   「ブラスカさん………」 「大丈夫です。もう既に死んでますから、死ぬ事はありませんよ」   ニッコリと清雅に微笑む顔と対象的な、殺伐とした言葉。   「あの………」 「いつもの事です。  急ぐ旅だと何回言っても、この二人は毎回毎回毎回毎回裁きの杖を使用せざるえない行動を」   ブラスカの額に間違いなく青筋。手に握られた杖がギシギシと軋んでいる。 ティーダの足が、自然一歩後ろに出た。   「ぁ…………の………」 「大丈夫です。生きている時には、杖の根元を使っていましたし、たとえ杖の先を使ったとしても、この二人が死ぬとは思えませんね」   実際死んだから、ここに居るという事は、一切無視。 そこを突っ込んで、自分にまで被害に遭うのはごめんだと、ティーダが口ごもる。   「……えっと……」 「貴方の父親は、ゴキブリを超えていると思いませんか?」   一緒に暮らしていたのは、約十年前なんで良く知らないとも言えない。   「…え、えっと…そ、そうっスか?」 「私を疑うとでも?」   先ほどからまったく変わらない清華な微笑みの下に、悪魔が透けて見えた。 今度こそ足が一歩後ろに下がる。その足が掴まれた。   「っつ?!わ、わわわっ、おおおおおおおおやじっ?!!」 「ほら、私が当たってましたでしょ?」 「こ、このっ馬鹿召還士っ!幻光虫になって散ってからじゃおせぇんだぞっ!」 「お前が大人しくしていれば、ブラスカも杖を振らないっ!」   ティーダの前には悪魔が杖を握り、足には一旦は見直したけど訂正したくなった父親が這い蹲り、その背後にはおちついた物腰は大嘘だった事を己ら暴露した保護者が赤い顔で仁王立ちしていた。 ティーダは、無理やり父親を足蹴にして逃げようとしたが、どんな筋トレをしたんだか腕はビクともしない。 間違いなく自分が被害にあう。 何で異界なんつー世界があるんだと、内心滝涙状態。   そして、閃光と共に来た強い衝撃に、目の前は真っ暗になった。                 ◇◆◇                 少し重い体を無理やり起こし、見慣れない部屋をぼんやりと眺める。 自分が寝ていたベッド脇のテーブルに、肘を着いた男と目があった。   「やっと起きましたね」   ティーダの声は出ない。 視線がそこに固定され、体が硬直する。   「アーロンとジェクトは、起きていたのですがね…」   今や、すっかり理解した、似非笑顔の召還士の足元には男が二人倒れていた。   「本当にこの二人は、成長というものが無いのですね」   そんな事を聞かされても答えなんか一つも持っていないと、ティーダは心の中で泣き言を並べそうになるが、そんな事よりも気になるモノが、目の前の召還師の背後に漂っていた。 恐る恐る口を開く。   「あの〜……バ、バハムート?」 「えぇ。  そして、その結果です」   足元に転がる二人を指差しながら微笑む笑みは、非常に迫力がある。 異界で揃ってから数時間しか経ってないのに、戦闘不能カウントをすざまじい勢いで増やす二人に、杖を振るうだけでは収まらなかったブラスカの怒りが炸裂していた。   「ま、またっスか?」 「えぇ、またです」   心の中で、少しは懲りろと、ティーダがシャウトする。 ティーダの頭上には、部屋の中にも関わらず、空が見えていた。   「明日までには、この貴方の部屋も直りますから、安心して下さい」 「…俺の?」 「えぇ、貴方の部屋ですよ。  ここは、私が用意した、貴方方三人の家です」   ニッコリと注がれる笑顔。 しかし、非常にひっかかる。   「三人?」 「ジェクトは、貴方の父親ですよね?  アーロンは貴方の母親なのですから、住むのは三人でしょう?」 「何で、アーロンが母親?」 「アーロンの家事能力は、素晴らしいものでしたが…貴方はその恩恵に、当然与っていたのですよね?」   お互い疑問文だけの会話。 まったく話が進まない。   「確かに………って、アーロンっ!女性だったんっスかっ?!!!」   話している途中で気付いたとばかりに、真っ青になったティーダが居た。   「馬鹿者っ!」 「い〜〜〜痛いっスっ!!」   額に青筋を浮かべたアーロンが、ティーダを殴っていた。   「ほぉ〜、二度目の旅で随分と鍛えられたようですね」 「ブラスカっ!何で俺が母親なんだっ!」   その言葉を聞くべき人は、背後に浮いているバハムートと、メガフレアの加減量検討会議中。   「お前こそ、人の話をたまには聞けっ!  それとティーダっ!お前と、風呂に入った事もあっただろうがっ!」 「なにぃ〜っ?!!」   突然もの凄い勢いで立ち上がり、ティーダに詰め寄る肩書き父親のジェクト。   「馬鹿者っ!まったくお前ら親子ときたら……」   少し頬を染めながらも、ジェクトを殴る腕に容赦は無い。   「……あの……」 「アーロンは極度の照れ屋だと、前から言ってるのですがね…」   父親と育て親の行動に意味を見出せず、呆然とブラスカを見る。   「あぁ、アーロンが言う訳ありませんでしたね。  二人は付き合っています。  目の前の光景は、痴話喧嘩と言います」 「はぁ〜?!!」   速攻、ティーダから背を向けたアーロンだったが、真っ赤な耳が丸見え。 その前で「俺のだ!」とばかりに胸をはるジェクト。 今、ティーダの頭の中には、男同士だとか、実父と育て親がという事は、すっかり頭の隅に追いやられ、『おっさん同士の痴話喧嘩』という言葉が、フォントサイズ100、ボールド仕様のゴシック体で鎮座する。 ぐるぐる回る『おっさん』の文字。楽しく跳ねる『痴話喧嘩』、ティーダは激しく痛む頭と現実逃避とで、座り込んでしまった。   「ティーダくん、自分の世界に入る前に、私の願いを聞いてくれませんか?」   沈みかけた意識を無理やり、引き戻された。   「な、なんッスか?」 「これを、差し上げましょう」   手渡されるは、裁きの杖。   「私は、妻と語らうのに忙しいですからね。この二人に、一々つっこんでは、いられません」   言葉の意味を察したティーダが、声無く首を横に振り、杖を押し返す。   「困りますね。同居する貴方がつっこまなくては、この異界が壊れてしまうかもしれないのですよ」   どんな規模の痴話喧嘩なんだっ!と、ティーダは心の中でシャウトする。 声に出せないのは、目の前の召還師が怖いから。 ただ、首を横に振るだけで、本能が声を出させなかった。   「では、バハムートも付けましょう。それならば、この二人相手でも大丈夫ですよね?」   ティーダは、バハムートの脇に、見慣れた祈り子を見つける。 せっかく夢を見ない生活になったはずなのに、何をしているんだと泣きそうになった。   「ブラスカよぉ〜、別に俺は、この世界を壊す気なんか無ぇよ」 「元シンが、何を言うのですか?」 「ブラスカっ!」   その言葉に、アーロンが反応する。   「猪突猛進の特攻野郎」   言葉とともに、チラリと移される視線。   「貴方方が、周りの状況を見て、喧嘩できるのですか?  私は、未だザナルカンド遺跡を修復不可能なまでに崩壊させた事を忘れていませんよ」   ジェクトとアーロンが口ごもり、ティーダが唖然と二人を見上げる。   「い、一部だけだったろ」 「一部でも、その先にあった宝箱を取れなかった、私の無念は忘れられませんね」   視線だけで、ジェクトを黙らせ、再びティーダを見る。視線の冷やかさは変わらず。   「貴方は、私の愛する娘、ユウナとキスをしましたよね?」 「………ぅ…」   冷やか視線を温度そのままで、笑顔に変えティーダを見据える。 ティーダがこの情報を唯一知っているアーロンを見ると、ぎこちなく視線を逸らされた。 杖が渡される。   「お願いできますよね?」 「……ぅ…はい…」   ティーダに拒否権は無かった。                 ◇◆◇                 あれから、一週間。 異界での生活も慣れて……きていないティーダが、ここに来た当初よりやつれた顔で、トーストをかじっていた。   「よぉ、ティーダ。目ぇ覚めてんな。  今日もトレーニングやっから、ちゃんと食べろよ!」   偉そうな物言いの中にも、親子の情を感じさせる物言いが…   「アーロン愛してるっ!」   豹変という言葉はこれに使えとばかりに相好を崩し、アーロンに飛びつく。 ため息一つ。   「ティーダっ!肘を突いて食べるなと、あれほど言っただろっ!」   今までと変わらない、温かみのある保護者としての物言いが…   「ジェクトっ!いい加減に、それは止めろと言ったはずだっ!!」   真っ赤な顔と共に繰り出される裏拳。 ため息もう一つ。   「あのさー、一々俺に話しかけなくていいから」 「息子に声をかけて、何が悪ぃってんだ?」   諦めという言葉を知らないジェクトは、アーロンの背後から無理やり抱きしめ、頬にキスをする。当然、再び殴られた。   「息子の目の前で、イチャイチャする親ってどうなんッスか?」 「あ〜?これが一般家庭だ」   いくら、なんでも無理がある。   「ティーダ!や、やはりこれは嘘なんだなっ?!!」   真っ赤になって怒鳴るアーロンに、スピラに常識はなかったのかと、力なく頷いた。   「俺、随分前から一人暮らししてたから、この家出ても良いッスよね?  ってか、出させろ!」   ティーダの目は、据わっている。 しかし、そんな事に負ける二人じゃなかった。   「一人暮らしを始めた途端、自堕落な生活をしていたのは誰だ?」   掃除されない部屋と、外食に頼りっきりの食事は、しっかりバレている。   「おめぇの事だから、静かだと仲間の事思い出して、泣くだろうが」   今までの煩さで、考えた事は無かったが、痛いところをつかれ、一瞬顔が素に戻る。 しかし、目の前の父親が、そんな気遣いの為に騒いでいたとは、さっぱり思えない。   「俺は、屋根のある家に住みたいッス!」   こんな事を言わせているのは誰だとばかりに、二人を睨む。 一週間で、バハムートの出撃、二十八回。家の修復機能は追いついていなかった。   「だったら、バハムート呼ぶんじゃねぇよ」 「おやじが、今みたいに、アーロンを押し倒すからだろっ!」   ジェクトは、話しながら器用にアーロンを押し倒していた。   「お前が、俺に何もしなければ、家は壊れないだろうがっ!」   腕を押さえられたまま、真っ赤になった顔が怒鳴る。   「それ無理」   笑いながら、しれっと言う。   「ってか、俺の居ない所でヤレってーのっ!!」   既に初日に恥かしさなんか、家の外に投げ捨ててしまった子供が、諦めながらも同じ台詞を吐き、杖を振り下ろした。       ティーダは、やっと静かになった部屋で、ソファに沈み込む。 エボン・ジュを滅ぼし、船から飛び降りた自分に何の落ち度があったのだろう?と、祈った事の無いスピラの神に問いかける。 こんな日常を迎えなくちゃいけないほど、悪い事をした覚えは無い。 ため息が漏れる。   しかし、その顔は苦笑しながらも、笑っていた。 ほんの少しだけ、スピラの仲間の顔を思い浮かべ、情けない顔になる。   「……ほんの少しだけッスよ」   心の片隅に、こんな日常もいいと思った。   【End】  

 
  06.06.07 未読猫