いつもよりかなり早い夕食。 なんとなく予感はしていたんだ。 目の前に並ぶ俺の好物。   朝練は、事細かに指摘をされた。 まだ、全ては吸収できない……でも、しなくちゃいけない事は全て頭に残っている。   剣はスピラに居た頃より手に馴染んできた。 ナギ平原のモンスター訓練所は未だあるだろうか?受け取ったものをさび付かせるわけにはいかない。   いつもと変わらない会話の夕餉。 でも、俺はこの時間を忘れる訳にはいかない………     【俺様ンち 9−6】     「アーロン美味しかったッス」 「あぁ」   片付けながらも、アーロンは、ティーダの頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜる。   「だぁかぁらぁっ!子供扱いするなっていってるっ!」 「くっく…殻が取れただけではな」 「だぁぁぁっ!おやじっ!」 「あー?俺は何にも言ってねぇぞ」   ニンマリ笑ったジェクトも、ティーダの頭をかき混ぜる。   「二人して俺で遊ぶなーーーっ!」   膨れて怒るティーダに、二人が楽しそうに笑う。 そして、その笑い声が消えた後ジェクトが、音も無く立ち上がった。   「じゃ、行きますかね」 「あぁ…」   アーロンが立ち上がり、剣を背負う。   「ほら、ティーダ行くぞ」   ジェクトが、散歩に誘うかのように、楽しげに笑いかける。 ティーダの表情が一瞬歪んで…それでも、口の端を上げウッス!と一言。 アーロンがティーダの頭を叩いて、ドアに促した。   いつもと変わらない街の風景、三人はいつもと変わらない様子で、のんびり笑いながら歩いた。                     ◇◆◇   「覚悟は、出来たかい?」   十分ほど歩いて、着いた先は毎朝訓練している浜辺だった。 ブラスカ、ブラスカの妻、バハムートの祈り子が三人を迎える。 ティーダは一つ頷いて、ジェクトは口の端をあげて、アーロンはあぁと一言答えた。   「んで、俺たちゃぁ何すればいいんだ?」 「さっさと初めてしまっていいのかい?」 「構わねぇんじゃねぇの?なぁ!」   ジェクトがアーロンとティーダに向かって笑う。   「そうだな」   アーロンは、担いでいた剣をティーダに投げた。   「っうぇっ?!…だぁっっっアーロンっ!!」   突然飛んできた剣に驚き、その柄についているモノに目をやって怒鳴る。   「おっ!それ一番似合ってたもんなぁ〜」   アーロンとジェクトがニヤニヤ笑う。 ティーダが柄についている白いレース−ごく淡いピンクで薔薇の刺繍の入った−リボンを情けない顔で見るが…取ろうとはしない。   「これ、持って行けるんッスか?」 「刀は無理でも、リボンだけは確実に送ってあげよう」   ブラスカは、にこやかに笑って言うが、言葉にはしっかり棘。未だユウナが望んだ事実が気に食わないと、背後の黒いオーラが語っていた。 本当にしょうがないねぇ勝気君は…ちゃんと刀も送ってあげるんだよと、妻は笑いながら速攻で小突く。 少し拗ねた様子のブラスカは、咳払いを一つして全員を視界に入れた。 偉大なる召還士が、全員を見つめる。   「まずは、これを君に返そう」   小さな幻光虫がブラスカの手から離れ、ティーダの中に溶け込む。   「前に貰った、三つのうちの残りだよ」   ティーダは戻ってきた何かを感じて、一つ頷く。   「それでも、あと二つ足りない。  ジェクト、アーロン…いいね?」   詳しい事を言わないブラスカに、相変わらずだと苦笑しながらジェクトが頷く。 ずっと無くしたくなかった召還士の顔をしたブラスカに、アーロンは無条件に頷く。 ブラスカは、今まで握っていたロッドを振った。   ジェクトの体から、アーロンの体から、それぞれ幻光虫が一つづつ離れていく。 再びブラスカがロッドを振る。 二つの幻光虫が、ティーダの中に消えていった。   ティーダの目が見開かれる。 間違いなく自分のモノではない、何かが…記憶が…感情が…自分の中から沸きあがってきた。 はっきり自分に語りかけるモノではなかったが、ティーダの視界が少し揺らぐ。   ブラスカの瞳が一瞬穏やかにティーダを見、ジェクトが頭をぼすぼす叩き、アーロンは小さく笑った。 ブラスカが、ティーダを見る。   「餞に言葉を…僕が君に言う事は一つ。  ユウナを泣かしたらバハムートを差し向けますからね」   穏やかに微笑むブラスカに、妻は呆れ、アーロンとジェクトはマジでやりかねない性格を知っているだけに慌てる。 バハムートの祈り子に近寄り、折角異界に来たんだから仕事をするなと説得し始めた。   「クスクス…大丈夫ですよ。さすがにバハムートをここからスピラに召還させる事は出来ませんから」   その言葉を聞いても、相手はブラスカ…何をするか分からない男である…不安そうに祈り子を見る。 そこに、ブラスカの妻がニッコリ笑う。   「ブラスカの言葉は聞かなくていいからね。  私からは、自分が幸せでいろってそれだけ。  後、ユウナにもそう言ってくれるかい?」   ティーダが分かりましたと、頭を下げる。   「ごめんね」   祈り子の言葉にティーダが首をかしげる。   「あの時、君をスピラに居られるように出来なくて…。  何度も別れの言葉を言わせた……」   ティーダが笑って、祈り子の体を抱きしめる。   「仲間と別れた時も、じゃあなって言ったッスよ。  今度はちょっと長くなるだろうけど、二度と会えない訳じゃないって知ってるし…」   ティーダが祈り子の顔を覗き込む。   「ここに居た事は、俺にとって必要な事だったから。  ありがとうッス!」   祈り子が小さく微笑む。   「僕は君が帰ってくるのを、ずっとここで待っているからね」 「絶対ッスよ!」   祈り子が優しく微笑んで、ティーダが満面の笑みを浮かべる。 大人達は、それぞれ微笑んで見ていた。   「俺は、お前にその剣を与えた」 「大丈夫ッス!帰ってきたら、すぐにアーロンを斬りに行くッスよ!」 「返り討ちにあっても泣くなよ」   鼻で笑うアーロンに、ギタギタに卸してやるッスよと、ティーダも対抗して鼻で笑う。 未だ幼い表情を残したそれは、再びアーロンに笑われた。   「餞ねぇ……」   ティーダの頭をポンポン叩きながら笑う。   「おやじさぁ…少しはちゃんと試合しないと、帰ってきた俺にボコボコにされるッスよ。」 「そりゃぁ…楽しみだな。」   挑むような表情のティーダに、口の端をあげてゲラゲラ笑う。   「そんとき泣いたって、遅いッスよぉ〜」   そういうティーダの瞳が揺れている。 あの旅の時出会った、ここに来て出会った、家族と言える人達の温かい言葉に、もう限界だった。   「お!お前に言う事が出来たぜ」   今は、頭をぐしゃぐしゃに撫でている手ををのままに、ジェクトがティーダの顔を覗き込む。   「泣き虫治せや。  ここに帰ってきた時には、ちゃんと笑顔でいやがれ」   もう、言葉が出てこない。 ティーダは何度も頷く。   「ザナルカンドでの十年では、治らなかったな」   アーロンがくっくと笑う。   「ア…ーロン!」   未だ涙声でも、一応怒鳴るティーダ。   「ま、次に会うのを楽しみにしてやる」   ジェクトが、ティーダの鼻の頭にチュッと音をたてて、キスをする。 おめぇの鼻は相変わらずしょっぺぇなぁと、笑う。 真っ赤になったティーダが、馬鹿おやじっ!と怒鳴った。   「そろそろいいかな?」   ブラスカが、ロッドを握りなおす。   「ジェクト、ティーダの体を元の状態に構成し直して下さい」   ジェクトが一つ頷き、瞳を閉じる。 エボン・ジュとの精神的な戦いによって得た力は、ロッド等の手を借りず自分の体の中から紡いだ呪文だけで、自分の得た知識を実現出来るようになっている。 再び瞳を開いた時、ジェクトの両掌は淡い光に包まれていた。   掌をティーダにかざす。   ティーダは、自分を構成している幻光虫が、別のモノに書き換えられているのを感じていた。 後から加わった二つの幻光虫も、自分の中に混じり溶け込んでいった。   「終わったぜ」   少し額に汗を浮かべたジェクトが、ブラスカに視線を向ける。   「…腹が立ちますね。  初心者のクセして、ロッドさえ使わないとは…今度ぜひお手合わせをしてもらいましょうか」 「おおおめぇが、やれって言ったんだろっ!  ロッドさえ貸してくれる雰囲気じゃなかったじゃねぇかっ!」 「ほらほら勝気くん、次は何をやるんだい?」   おおらかに笑うブラスカの妻は、さっさと次に行けとブラスカを小突く。 それに、ついつい笑ってしまうジェクトと、隠れて笑ったつもりのアーロンが睨まれた。   ブラスカの掌が、前に差し出される。   「これは、ユウナの願い。」   掌には、青い光に満ちていた。   「海は全てに繋がっている。  ザナルカンドからジェクトが、ティーダ君が来たように。  人が、幻光虫になって海に溶け異界に来るように。  海は全てを産み、育み、そして消える場所となる。」   ブラスカの指先が異界の青い海を指差す。   「この光は、異界のものでは無い。  そのあるべき世界、願いの主の元へと帰ろうとするだろう。  僕と祈り子は、その後押しをする。」   ロッドの一振りによって、掌の上で輝いていた光が大きくなってティーダ覆う。   「ティーダくん、膝を抱え座りなさい。  君の体全体を覆えるほど、大きくは出来ない」   ティーダは、母親の胎内に居る時のように、膝を抱え丸くなった。   「行ってらっしゃいティーダくん…君はこれから眠る。  そして、スピラの海岸近くで目覚めるだろう。  後は、自分の足で、体で、皆に会うといい」   蒼い光に包まれたティーダは、皆を見て一つ頷く。 笑顔は浮かんでいたが、瞳は涙をポロポロ零していた。   ブラスカとその妻は、静かに笑みを浮かべる。 祈り子が、小さく手を振る。 アーロンは、苦笑を浮かべながらも、自分の刀を叩く。 ジェクトは、笑いながら親指を立てていた。   「スリープ」   涙が溢れていた瞳が静かに閉じられる。 ティーダの体から力が全て抜け落ちた。   「僕と祈り子は、この異界の海を調査していました。  異界のルカの沖の一点は、スピラの海岸近くに繋がっています」   祈り子が小さく頷く。 ブラスカのロッドが大きく振られる。   まるで蒼い卵の中にいるようなティーダは、静かに波打ち際に移動した。 再びロッドが振られ、祈り子の口から小さな言葉が紡がれる。   移動しながら、静かに静かに蒼い卵が海に沈んでいく。 蒼い光が徐々に海に消えていく。 ジェクトとアーロンは光が消えても、ずっとその先を見つめていた。     「アーロン…次に会う時まで何をする?」 「当然腕を磨くさ。  ひよっこに、ギタギタにされる訳にはいかんからな」 「そうだな、俺様も腕を磨かねぇとなぁ」 「時間は、いくらでもあるだろ」 「だな」   仕事を終えたブラスカ達は、もう既に帰って居ない。 二人は、もう一度ティーダが出かけた先の海を見て泣きそうな笑顔を浮かべた。         海の色と同化した殻が、溶けていく。 膝を抱えた体が自然と伸び上がる。 それはまるで、羽化するかのように両手を広げ背を伸ばし、海の中に存在を始めた。 そして天井を埋め尽くす光の洪水に惹かれるように、両足が水を蹴った。   【End】    



    俺様ンちはこれで終わりです。 仲の良い三人が大好きでした。   私は、ゲームでも本でも、飛ばされた途中経過を補完する話を書くのが大好きです。 この間はこうだっただろ?と、考えてるのが凄く楽しいです。 ジェクトさんがシンの中で何をしていたか(FF0おやじーず〜ティーダ編)を補完したのが、 ジェクトのラブストーリーでした。 今回はFFX終了後から、ティーダが復活するFFX-2までの話を補完しました。(91〜96)   凄く楽しんで書いたんで、皆さんが楽しんで読んでもらえると嬉しいです。 さぁ〜次は設定が混乱した俺様ンち2だぁ!f(^-^;)   【05.07.30】