祈り子の悪戯  

    「あと少しだよぉ〜!」 「おうっ!」   雷平原出口近くで、必死になって雷を避ける。 最終決戦用武器調達の為に、ティーダ達は雷平原に来ていた。   「167回よ」 「うッス!」 「ティーダっ!」   今までの中で一番激しい閃光が、ユウナ達の前で解き放たれる。 眩しい光が消えた後、ティーダは何処にもいなかった。   祈り子の悪戯   「っつ〜……」 「気が付いたか?」 「…ってぇ〜」   誰かが、体を支えている。 ティーダはゆっくり目を開け、雷避けをもう一回最初からやらなくちゃいけないことを謝ろうとして、固まった。   「……ぁ"?!」 「でぇじょうぶか?」   目の前に、真っ赤な瞳と赤いバンダナ。   「突然、降って来たんですよ」   どっかの寺院で見かけた、妙な格好の人。   「立てるか?」   あまりに見慣れた緋色の上着が目の端に。   「………ぁ……あぁっ?!」 「落ち着いて。君はどこから来たんですか?」 「…ぅ……あ…あのですね……ここ……どこ?……ってか、ブラスカさん?」 「おや、私は随分有名なようですね。  で、君の名前は?人の名前を問う前に、名乗るのが礼儀だと親御さんに教わりませんでしたか?」   その親御ってのが、目の横に居る状況。 しかしそんな事よりも、目の前の召還士の妙な迫力に、ティーダは少しあとずさる。   「ブラスカぁ〜、威嚇するんじゃねぇよ。怯えてるじゃねぇか」   そう言うジェクトも、楽しげにティーダを見ている。 ブラスカを止める気は、あまりない。   「えっと…ティあわわ…っとぉ〜ティッス!」 「あからさまに、怪しいですねぇ」   ブラスカの言葉と雰囲気に、声も無く首を横に振る。   「まぁ、いいでしょう。  君は、どうしてここに居るか分かりますか?」 「えっと…さっきまで雷平原に居たんですけど……ここどこッスか?」 「マカラーニャ寺院手前です」 「あの…ブラスカさんは、これからザナルカンドへ行くんですよね?」 「そうです。その為に、これからマカラーニャ寺院に伺うところです。  で、君は?」 「お…俺、俺は……ガードッス」 「おや、ガードですか。それならば、君の召還士はどうしました?」 「分からない……何で俺ここに居るんッスか?」   不安そうに見上げるティーダに、アーロンがコップを差し出す。   「これを飲むといい。  何かに巻き込まれたのだな。大丈夫、きっとお前の召還士に会える。心配するな」   さっきまで見ていた仏頂面とは違い、心からの気遣いを感じさせる表情。 あぁ、アーロンと出会った頃の顔だと、ティーダが心の中で懐かしむ。 そんな中、ハスキーな叫び声が割り込んできた。   「ア〜ロンちゃぁ〜ん、俺はぁ?俺?愛しい俺様放ってそんなお子様なぐはっ!!」   アーロンに、拳固で殴られるジェクト。 ティーダは、それを引きつった顔で見ていた。 なんか、聞いちゃいけないような言葉を聞いた気がする。 ギギィ〜と音が出そうな様子のティーダの首は、ブラスカに顔を向けた。   「あぁ、気にしないで下さい。いつもの事ですから」 「で……でも……」 「ホモです。ホモ」   ニッコリと、笑みを浮かべて言う言葉じゃない。   「まぁ〜ったく、世界には、素敵な女性が沢山居るというのに、不毛ですよねぇ。  男なんか口説く暇があったら、見かけた女性全てを口説くのに時間を費やした方がいいと思いませんか?」   頷けない。 今まで、美しくも哀しく語られていた旅は、一時の盛り上がりだけだったんですか?と、問い先不明の疑問が頭の中に渦巻く。 ホモ2名とナンパ召還士の旅だったのかと、肩ががっくり落ちる。 ティーダは、心の中で馬鹿野郎っ!と自分の運命に罵倒していた。   「なんでぇ?おめぇみてぇに、ガキからばばぁ〜までナンパしてる野郎よりゃぁ、純愛の方が数億倍まっとうじゃねぇか」 「何を言っているのですか?子供も作れないような関係がマシとおっしゃる?」 「子供作らなくたって、愛情があればいいんだよっ!  ったく、アーロンちゃんが落ち込むだろっ!」 「あぁっ、アーロン気にしないで下さいね。ジェクトの頭でも、分かるような言葉を選んだだけですから」   いけしゃぁしゃぁ言う召還士、その視線を外さず眼たれるガードその1、脇で項垂れているガードその2。 旅は、激しく遅延しているように見えた。   「だぁぁぁぁっ!ブラスカさんは、マカラーニャ寺院に行くんですよねっ!  ガード2人は、魔物に気をつけてちゃんとガードするっ!  ほら行くッスよ!!」 「ほぉ〜、良いガードを拾ったようですね。  当分ご一緒する予定でよろしいですか?」 「俺の召還士が、みつかるまでッス!」   ティーダは、こんな面子のまとめ役はごめんだと、心の中でシャウトする。 どうやってここまで来れたんだと問いたい。 誰も答えてくれそうにないのが、非常に悲しかった。                 ◇◆◇                 何でこんな事してるんだっ!と、心の中でシャウトしっぱなしの状態で、黙々と祈り子の部屋への道を作っているティーダ。 なんの為のガードなんだと、通りすがりにアーロンとジェクトを睨みつけるが、ラブラブな二人はそんな目線にも気づかず、自分達ワールドを展開中。 今まで、どんなガードしてきたんだと、激しく問い詰めたかった。   「ほら、道が出来たッスよっ!  そこの二人っ!そのスイッチの上に乗っかったら、振り出しに戻っちゃうッスっ!」   なんて疲れる面子なんだと、ティーダがぜいぜいと息を吐く。 召還士は、何一つ動かない。 ガードと呼ばれる二人は、戦い以外は役立たず。 ここに来る途中で見た二人の戦いは、目が離す事を許さない、圧倒的な強さと息の合い様。しかし、見惚れていたプラス感情を、意思的に忘れたいと思うほど、激しく頭が痛かった。   「ブラスカさん、さっさと祈り子の部屋に入って下さいね」 「直ぐに戻ってきますね」   ティーダの苛立った声に優雅に答え、召還士は笑いながら扉の中に消えた。 壁に寄りかかり、扉を見つめる。どの位時間がかかるのだろうと、扉をぼけっと見ていたら、この一行に混じって初めて、アーロンが一人でティーダに近寄ってきた。   「なぁ〜んッスか?」 「すまん、礼を言う」   頭を下げる。   「……別に良いッスよ」   言葉とは裏腹に、ため息が自然漏れた。 ただ、ティーダは出会ってからずっと聞きたい事があったから、これを機にとアーロンに話しかける。   「何でジェクトさんが、恋人なんッスか?」   突然の言葉に真っ赤になるアーロン。   「…ぁ…や…その……」 「強姦された?脅迫されたとか?その後絆されちゃった?」   かなり酷い言葉の羅列。アーロンの顔が少々強張る。   「違ったッスか?  だったら何で?」 「お…お前はまだ数時間しか一緒に居ないから…な…」 「いい加減野郎にしか、見えないッス」   今までジェクトスフィアを見るたびに、そしてジェクトをフォローするような言葉を聞くたびに、違う人間を見ているようだった。 今回もまた違う側面を嫌でも見せられている。 それは、良い方向ではなく、自然眉間に皺が寄るような事ばかり。 ティーダは、一緒に居たアーロンの言葉さえも信用がおけないと思い始めていた。   「そうだな。俺にもそうにしか見えなかった。  ただ、お前も強い者には憧れるだろう?」   言っている意味が分からないまま、ティーダは一応頷く。   「でも、アーロンさんだって強いッスよ」   違うと苦笑を浮かべながら、アーロンは首を横に振る。   「なんだよ、俺様の噂かぁ?」   アーロンが口を開きかけた時に割り込んでくる、にやけたおっさんの声。 自然ティーダの表情は、むっとするものになる。   「そうッスよ。あんた…彼女とか居ながら、他の人に手ぇ出しそうだから忠告してたッス」 「ジェクトは、奥様と子供が居るが…」 「ダメじゃんっ!  アーロンさんっ!やめた方がいいッス!ってか、捨てた方がアーロンさんの為っ!」   自分がその子供だという事をすっかり忘却して、ティーダは熱弁をふるう。 自分の知ってるアーロンとは違う目の前の男は、がたいの良いのにやけに頼りなく見えた。 父親よりも長くその男と一緒に居た子供は、すっかりお母さんの新しい父親が気に入らない子供風味?いや、心配性の親御さん状態?   「ん〜確かにジェクトと別れた方が、アーロンの為になるとは思いますけどねぇ。  でもね、ティ君。中途半端な気持ちでアーロンに手を出したのなら、私が黙っていると思いますか?」   再び割り込まれた会話。投げつけられた言葉は、やけに迫力のある凄み付き。 ティーダはそれでも納得がいかず、何か言おうとブラスカに振り向いた。   ……硬直   「二人の気持ちが、同じなら良いと思いませんか?」   大らかに笑った笑顔の背後に、浮いているものがあった。   「ああああああの、ぶ、ぶぶブラスカさん?」 「分かりましたか?」 「や、そうじゃなくて……シヴァ?!」 「ご存知でしたか?  も〜すっごくエロくていいですよね〜」   さっきまでいい台詞を言っていた召還士は、いなかった。 やに下がったおっさん、語り始める。   「も〜ボンキュッボンッVvの素敵ボディVv  くびれた足首に獣のような爪っVv  ダイヤモンド・ダストよりも冷たく冷ややかな視線Vv  背筋がもぉ〜ゾクゾクしちゃってぇ〜Vv」 「何で、召還したままなんッスか?」   激しく脱力させられた足を一生懸命踏ん張って、これ以上を聞いていられない言葉を遮る。   「見てもらおうと思いましてVv」   ニッコリ笑ったブラスカが、振り返りシヴァに頷く。   「わらわの術、間近でとくと見るが良い」   冷ややかな声が部屋の中に響き、ダイヤモンド・ダストが放たれた。 慣れているガード達は、既に避難済み。逃げ遅れた新参者と逃げられない部屋が、もろに術をくらう。 もうもうとあがる冷気が落ち着いた後、恐る恐るガード2人がティーダの所に駆け寄った。   「あー?」 「え?」 「おや、いませんねぇ」   ティーダの痕跡はかけらも無かった。   「召還士のもとに帰ったんじゃねぇの?」   ジェクトが楽しそうに笑った。                 ◇◆◇                 「ティーダっ?!!」   雷平原の出口で集合していたユウナ御一行の前に、突然ティーダが現れる。   「どこいってたのよ〜!」 「探したんだぞ」 「悪ぃ。  それより、皆に頼みがあるんだけど、いいッスか?」   決意に満ちた瞳、真っ直ぐに仲間に降り注ぐ。 仲間達は、無言で頷いた。   「今すぐシンの所へ行こう!  もう待たせる訳には行かないッス!」   その声は、有無も言わさない強い響きがある。 仲間達は再び頷いて、飛空艇に笑いながら歩き始めた。   「ティーダ……」 「あの言葉の続きは?」   テイーダの冷たい視線と言葉に、アーロンが額に掌をやり深々とため息をつく。   「心だ」   その言葉を聞いたティーダが、分からないと首を横に振り、同じようにため息をつく。   「さぁ、行くッスよ」   ティーダはアーロンの腕をひっぱり、前へ進んだ。                 ◇◆◇                 一面の花畑の中に、四つの人影が現れる。 ここは異界の入り口。 彼らの願いは叶い、スピラからシンはいなくなった。 その戦いの中でシンになっていた男、そのシンを作り出した男、その悲劇をなくす為に若者達をひきいた男、そしてその新しい世界を作った若者。 その若者ティーダは、三人を目の前にして険のある視線を向けていた。   「あの…ティーダくん……」   その中でかつて召還士と呼ばれた男が、恐る恐るティーダに話しかける。   「大丈夫ッスよ。ユウナには言ってません」   その言葉にほっと息を吐く。 これで自分は大丈夫とばかりに、にっこりと笑顔を浮かべる女性至上博愛主義者。   「けれど、いつかはユウナもここに来ますよ。  ばれないよう、品行方正に過ごした方がいいんじゃないッスか?」   やばいとばかりに、笑顔が引っ込む。   「で?」 「俺の息子で良かったティーダくんは、俺様に何か言いたい事でもあるんかぁ?」 「場の雰囲気ってのが、あるだろっての!」   ジェクトの挑戦的な視線を、じと目で返すティーダ。口の中で何で驚かないかなとブツブツ呟く。   「おめぇだって、分かってたからなぁ」 「えっ?」 「おめぇの目、俺様が見間違う訳ねぇだろ?」   楽しそうに口の中で笑うジェクトを、唖然と見上げていたら、背後から声をあがった。   「だから言っただろ?  お前は、腹が立つくらい愛されてる」   ティーダは、変わらずジェクトの顔を見続けている。アーロンの言葉が耳に入っているかは不明。 そんな様子を視界の端に入れながら、ジェクトはアーロンに視線を移す。 その顔は嬉しそうに笑っていた。   「アーロンちゃん、言うようになったじゃねぇの。  俺様って、未だ愛されちゃってる?」 「知らん」 「冷てぇなぁ〜。  俺様、シンの中で、アーロンちゃんとティーダの事しか考えてなかったのによぉ〜」   私は思い出しもしなかったんでしょうねーと、花びらをぶちぶち抜きながらブラスカがぼやく。 しかし、アーロンはジェクトの言葉には答えず、ティーダに視線を合わせた。   「お前は、この異界であいつと一緒に暮らし、もっと父親の事を知ろ」 「あ、アーロンは?」 「……俺は、一人でのんびりどこかで暮らすさ」   あの若い頃のアーロンとは違う、落ち着いた笑みがティーダに向けられる。   「アーロンちゃん?」   ジェクトが訝しげに。   「アーロン…それ無理だと思うッス」   ティーダが困ったように。   「どうしてだ?」 「俺も、おやじも、外食ばっかりッスか?」   そこに、クスクスと笑い声があがる。   「アーロン、君が何を考えて言ってるかは想像はつくけど、無理だと思わないかい?」 「ブラスカっ!」 「呼び捨てですか……まぁいいですけど……  ねぇ君は、懺悔の為にティーダくんを育てたのではないでしょう?  ここまでちゃんと育てただけで、ティーダくんには、十分に君に借りがあるのですよ。  アーロン、今更君の気持ちを抑える必要は無いと思いますが?」   その言葉に、ジェクトがアーロンちゃんらしいと苦笑を浮かべ、ティーダは目を瞬く。   「おっさん……馬鹿だろ?」 「ティーダっ!」 「しっかし、あのブラスカさんも、一応大人だったんッスねー」   一応って何?と、召還士が笑顔の下で黒い気を練り始める。   「ブラスカさんの言う通りッスよ。  俺、アーロンには、感謝してるッス……ただ、何でおやじなんだか、いまいち分からないってだけで」   ティーダが、冷ややかにジェクトを見返す。   「だから、学びなさいとアーロンが言ったのですよ。  時間は十分にあります。君達の家は用意してますから、一緒に暮らして学びなさい」   一応大人だったブラスカが、一応の笑顔を見せて、しめくくった。           目の前の光景を脱力しながら、視線を逸らすティーダ。 理解からどんどん遠くなると、ティーダはため息をつく。   「この馬鹿者っ!ティーダの前でキスをするなと言ったはずだっ!!!」   アーロンの拳を避け、ジェクトがティーダの背後に隠れる。   「ジェクトっ!」 「ちぇ〜、わぁったよ。  うんうん、差別はいけねぇよなぁ」   ジェクトの唇がティーダの頬に触れる。   「おおおおおおおやじっ?!」 「馬鹿ジェクトっ!」 「これならいいだろ?」   そう言って、ジェクトはティーダと一緒にアーロンを抱きしめる。   「おおおおおやじっ!離しやがれっ!」 「二人共一緒なら、問題ねぇよなぁ?」   嬉しそうに、ジェクトが言う。   「問題だらけだっ!」   真っ赤になったアーロンが、怒鳴る。   「ってか、俺一生理解しなくて良いッスっ!別の家借りてくれ〜っ!!」   新婚家庭に、不運にも交わってしまった子供の叫び。 父親の心の強さは未だ不明、それよりも愛情表現の大らかさ、率直さに翻弄される毎日。 もう子供じゃないッスと、ぎゅうぎゅうに抱きしめられながら、ティーダは叫んだ。                 「くすくす……今度は何をしようかな?  ユウナを異界に来させたら面白いかな?」   バハムートの祈り子は、楽しそうに笑った。   【FFX-2に続かない…End】  

 
  06.03.01 未読猫