【所変われば九尾も変わる(後)】     いや、発動・・・と言っていいのかは、考えどころだろう。 弧夜にとって、術とは呼吸に等しいことなのだから。 「……………これ?」 「おお、凄いなー。偉い偉い」 頭半分ほど小さい弧夜の頭を撫でる、九重。 だけどなー・・・と、苦笑いだ。 「・・・・・・・・・・・・・は!?」 どこかで聞いた事のある、ちょっと高めのテノールが素っ頓狂な声をあげた。 「……………正しいか?」 頭を撫でられるのは、少し気分を向上させたのか。 弧夜がこてんと首をかしげた。 「え?あ、あの・・・?」 オロオロとした、可愛らしい声が戸惑う。 「あってんけどよー・・・」 苦笑の原因の立っている位置を確認する。 「・・・・・・どけ」 「邪魔だっ!」 普段は抑揚のない声と冷静な声に、多少以上の怒気が含まれている。 「……………ど?」 九重の声にだけ反応しているのか。 弧夜は、語尾を繰り返す。 それに、プチっと行くのは茶色短髪と黒い長髪。 「「無視すんなーぁあぁっっ!!」」 二人分の箸をよけて、弧夜はやはり判ってないらしく小首を傾げるばかりだ。 その様子にとりあえず、態と箸にぶつかってやって。 九重は素直に謝った。 「いてっ!や、悪ぃ;テーブルの上は流石になぁ・・・」 「……………間違いか?」 いや、間違いじゃない。 ただ・・・出現場所が問題なだけであって。 「あってるんだけどな、着地場所がな・・・。ヒトのいないトコ選べー」 「・・・ごはん・・・だめになっちゃった・・・」 「・・・今度、九重さんの飯は抜きだな・・・」 荒らされたテーブルの上を見て、悲しそうな顔をするヒナタと。 晩飯を駄目にされて静かに怒るシノ達。 そんな四人の様子に、流石に不味かったと悟ったのか。 ヒナタの頭を撫でて。 弧夜が謝った。 「……………すまない」 「ところで、この兄ちゃん、誰?」 キバが最もな質問をすれば。 その横から、弧夜が突拍子もない質問をする。 「……………御飯は人か?」 「・・・ご飯は食べ物だ。ヒトじゃない」 律儀に答えながらも、シノはご立腹のようだ。 「・・・大丈夫、です・・・あ、あの・・・ナルト君とシカマル君、は・・・?」 「ナルト、シカマルの腕の中」 「はぁ?つか、あーー!オレの味噌汁ーー!!」 答えを貰っているのだが、如何せんどこか別の次元にぶっ飛んでいる気がする。 九重が動いた矢先に、裾がキバの味噌汁を倒した。 「いいから、先ず!そこから、降りてくださいっ!つーか、降りろっっ!!」 ネジが二人を強制的に床に、落とした。 食い物の恨みとは、すさまじいものである。 「……御飯の上……………だめか?」 「「「「ダメです!」」」」 キッと四人に睨まれては、弧夜も九重も何にもいえない。 「すまない…」 項垂れたような弧夜を軽く、睨んだまま。 ネジが、九重を力強く、睨んだ。 元凶は絶対にアンタだろう、と、いわんばかりだ。 「・・・九重さん、この方の名前は?」 「狐夜。向うの九尾」 誰もその紹介について、文句はいわない。 この目の前の九重なら、なんでも出来そう・・・と、思っているからだ。 「・・・えっと、狐夜、さん・・・ご飯は、大切なんです・・・だから、その・・・」 上目遣いに、それでも台所を預かるものとして許せないので、ヒナタは弧夜を見上げた。 それに、コクン、と、頷く。 「・・・あのさ、取り合えず・・・足、洗ってきたら?」 とりあえず周りをみわたして、クッションを発見寝ようと近づく弧夜。 「・・・米が、ついている」 呆れ顔で、シノが指摘すれば。 クッションを抱えて、もう弧夜は寝ていた。 その、なんともな態度に。 四人のきつい視線を一身に浴びるのは九重だ。 そして、キレるのはキバとネジの役目だ。 「・・・まず、足を洗ってきてください!」 「九重さん!責任もてよっ!!」 クッションを取り上げ、風呂場を指差す。 それを眠そうに開いた目で見遣って。 クッションを返してもらうには、足を綺麗にする必要があると判断した。 「……………これでいいか?」 どうやったのかは判らないものの、とりあえず綺麗に米粒は消えている。 ネジがクッションを返すと、クークーとまた、寝始める。 「う、うん・・・あの・・・ご飯は、いりますか?」 「…………………………いる」 ヒナタの控えめなそれに、とろんと眠そうな視線を向けて。 いる、と頷く。 ネジとキバとシノは、無言で駄目になったおかずを回収し。 床に落ちて割れてしまった皿を片付け。 ヒナタは弧夜を椅子に座るように、指示した。 「えっと・・・あの・・・いすに、座って、ま・・・まっててくれますか?」 それに、弧夜はきょとんとした目を向けた。 とやはりとろんとはしているものの、どうして椅子に座らなければならないのかと首をかしげた。 いそいそと九重が椅子に座ろうとしてるのを、見て。 キバは無常にも、一言。 「・・・九重さんのは、なしだよなー?」 「ああ。・・・ヒナタ、一人分だけだ」 それに賛同するように、シノも声を重ねる。 ネジは無言で頷いている。 「お前らなー・・・」 力なく反論してみるものの、流石に夕飯を駄目にした手前。 何時ものように強くは出れない。 「え、でも・・・・・・う、うん、わかった・・・」 ヒナタがコクコクと頷いて。 台所へと行こうとするが。 弧夜の行動に動きが止まる。 とてとてと窓の方に近寄ると、窓を開けて目をきちんと開いた。 何をしているのかと思えば、深呼吸をして。 満足そうな顔をして、また眠る。 四人はその行動に対して、何も言えず。 無言で九重を見上げた。 四人の目が、『どうしろと?』と語っている。 その視線を受けても。 流石にあの行動には、唖然としていたのか。 九重は、弧夜を引っ張りあげると。 「・・・・・・あーうん。あー・・・じゃ!」 似非爽やかな笑みを残して、消えた。 「に・・・逃げんなーーーっっ!!!」 両手を振り上げて、キレるキバと。 ぽかんっとしていた三人。 ネジが、ポツリと言葉をもらした。 「・・・ところで」 「・・・なんだ?」 「九重さんは何をしに、帰ってきたんだ?」 沈黙の後。 「「「・・・・さぁ?」」」 三人は、首をかしげた。 突拍子もない行動にはなれているつもりだったが・・・。 まだまだだったらしい。       黒い穴からペッと吐き出されてきた、九重と弧夜を見遣って。 帰ってきたなー、と、TVから視線を戻した。 「ただいまー。日食〜・・・覚えたみてぇ、よ。コイツ」 首根っこを引っつかんで、日食の前にブランと弧夜を差し出す。 それでも、寝てる弧夜に、もはや突っ込む気は九重にはない。 「……寝てる」 差し出された弧夜を受け取りつつ、溜息をつく。 「なー九重さんが帰った後って、こいつどうなるんだ?」 こいつ、と、弧夜を指して新月が問えば。 んー・・・と、首をひねりつつ、九重はあっけらかんと、答える。 「俺の分身だしなぁ、消えるっしょ」 まあ、そうだろうな・・・と、想像通りの答えに一つ頷いて。 術を覚えさせたのはいいものの、使わせるためにはどうすればいいのかと、考える。 人外生命体『スーパー九尾』のやるコトは、如何せん常識を逸脱しすぎている。 というか、アバウトすぎる。 「嫁さんの腹に話しかければいいのか?」 「ヤ、ふっつーに分身出して、出てこさせれば?つか、ココで固定でもする」 弧夜がそう簡単にでてこねーと思うから聞いてんだよ!!と、心の中で拳を握り締めるが。 【固定】と、聞いてピクリと耳が動く。 それはとってもオレ的には、楽な方法なのではないだろうかと。 「固定ってのは、存在し続けるって事だよな?」 「まー、そなんじゃね?」 普段から適当だが、更に他人事なので適当さに磨きがかかっている。 「簡単に固定出来るのか?」 「んー、今は俺が狐夜の精神だけ引き摺りだしてっからなー。今なら、超簡単」 マジシャンの如く、両手を開く九重。 はっきり言って、とっても胡散臭い。 「なぁなぁ、狐夜はおれ達と一緒に暮らす?」 狐夜をたたいて起しながら、日食が問うが。 当事者の本人は、ほけーっと寝ぼけた視線を送るだけだ。 「………………………………………?」 「お前の話だから起きろって。これじゃぁ、しーより酷いって!」 「……………好きなように………し…………………」 ていい、と続いたと勝手に判断できるが。 日食は困り果てた視線を、新月に向けた。 どうしよう?ね、どうしよ〜??と、愛妻に目で語りかけられて。 ケロッと、新月は答えた。 「いんじゃねーの。こいつも自由にいてーだろ?」 パアっと笑顔を顔に浮かべて。 日食が九重へと向き直る。 「そうだね。お願いしますっ!」 やり取りを最後まで聞いて。 ん、と、頷く。 「へいへい。んじゃ、どっちでも良いや、つか両方分身出せ」 「あー?」 「これでいい?」 わからないまま、とりあえず、言われたとおりに分身を出す二人。 「OKOK、んじゃ、ちょっと、失礼」 じろじろと眺めた後、満足そうに頷いて。 二人の分身をひょいっと担ぐ。 新月と日食は興味深げに九重をみて。 ハヤテとゲンマもTVから、視線を此方へと向けた。 狐夜の隣まで持っていくと、なにやら怪しげな言葉を喋りだす。 それは、人の耳には正確には聞き取れないだろう言葉で。 古い歌のようで、獣の唸り声のようだ。 二人の分身を分解して、チャクラだけを練り上げる。 様々な色合いに変化をするチャクラを、徐々に解け合わせて、絡み合わせ。 溶かしきっていく。 一つのものになったところで、弧夜を形作っている自分の分身を消し去り。 弧夜の精神・・・魂のようなものを、それに入れた。 弧夜の精神が入った事によって、弧夜を形作るチャクラの波。 収縮して、時にぶれて。 形に、収まった。 「ほれできた。んー・・・ちょっと不安定かもだけど・・・ま、平気だろ」 この世界と完全にリンクすれば、安定するはずだと、九重が笑って。 ゲンマと日食が拍手を送った。 「…………あ?………………………」 ふぅっと、意識が浮上した弧夜だったが。 そのまま・・・また、寝てしまった。 「お二人の子供みたいなんですね。」 ハヤテがそういえば、あー確かにそうなるのかなぁと、九重は頷いた。 「すっごいっ!九重さんって芸達者っ!」 「芸達者ねぇ・・・ま、いっか。でも、似たよーなもんじゃね?二人のチャクラで作ったんだし」 「…………子供ねー。自分より年上の可能性大だよなー」 キラキラした目で日食が言えば、新月は苦笑する。 絶対に年上だろう、と、誰もが頷いた。 「だめだったか?」 芸達者という言葉はいけなかったのだろうかと、日食が首をかしげる。 いやいや、そんなことないぞ、と、九重が日食の頭を撫ぜた。 「んー、面白いなーと思っただけー」 それに、よかった・・・と、笑った。 弧夜を見ながら、ゲンマが羨ましそうに見遣った。 「いいなぁ。オレ達も子供欲しいよなぁ」 それを九重が聞き逃すわけはなく。 爽やかで、楽しそうな笑顔をハヤテとゲンマへと振りまいた。 九重の中に禁忌などない。 「なに?作るー?どっかで手ごろに魂さえもってくりゃ、チャクラ練って作ってやるぜ」 「手ごろねぇ……それじゃぁなんか違ぇーよなぁ」 うーん・・・と、唸るゲンマに。 ハヤテは笑った。 どうしてこうも、この人は可愛いのだろうかと。 「たまに変化しましょうか?」 「や、ハヤテそれはいらねぇぞ。お前はお前のまま居てくれねぇと困るじゃねぇか。」 「そうですね」 ますます、可愛いと思いながらゲンマをみつめるハヤテ。 その表情は優しい。 そんな二人の世界は無視する事にして・・・というよりも、何時ものことだと思ったのだろう。 弧夜があまりにも寝ているから気になって、九重に聞いてみた。 「九重さんも、初めて出てきた時は眠かった?」 「んー、俺は元々ナルの腹には封印されなかったしなー」 実態はまんま残ってたしなぁと、首をかしげる。 「そうなんだ。封印って眠いもんなのかなぁ?」 「さー?」 弧夜を突付いて、うーんと唸る日食。 完全に封印なんてされたことのない九重は、首を傾げるばかりだ。 その、絶対に堂々巡りになりそうな展開を避けるべく。 新月が自分の疑問を九重にぶつける事にした。 「ところで、いつまで居られそうなんだ?」 「さっき飛んだら、あいつら暢気に飯食ってたから・・・明日の朝までは大丈夫かも?」 切羽詰った様子もなかったしなーと、笑う。 任務も終わらせたようだし、瑠璃と玻璃がいないのなら四人のところに緊急の任務は届かない。 なにしろ、三代目ですら四人のコトは知らないのだから。 「狐夜が、テーブルの上に着地すっからよー。ネジとシノとキバにキレられちまった」 ヒナタは泣きそうになってたなーと、これまた笑う。 それに、目を吊り上げたのは日食だ。 確実に主婦だ。 「食事をだめにしたのか?だめだろ狐夜っ!」 「………………………謝った…………………」 怒鳴られて、目を覚ました弧夜はそれだけ言って、また寝始める。 その様子にしょうがないなぁ、と、苦笑を零した。 これから躾ければいいかと、そうも思いながら日食は弧夜の頭を撫でる。 「キバ達か?」 仲間はキバ達だと聞いていたし、名前も出ているので疑いようはないのだが。 一応の確認をしておく。 「そー」 暢気に煎餅を齧る、九重。 ハヤテはそこに、キバ達の名前が何故出てくるのか判らないまま。 けれど、大変なんだろうな・・・と、向こうの世界のキバ達に同情した。 同病相憐れむだ。 「オレと玻璃は生き方も性格も違うって事は、あいつらも違うのか…キバはどんな感じなんだ?」 「キバねぇ・・・どうと、言われてもなー?俺にゃこっちのキバわかんねぇし」 それもそうだな、新月は苦笑した。 「キバは、陽気で悪戯好きの優しいヤツだ。いいヤツだよ」 陽気で悪戯好きで優しい、いいやつ・・・。 新月のその評価に、九重ではなくハヤテが驚く。 熱でも出したんじゃないだろうか? 性格が歪んでいるのが、ハヤテの知っている新月だ。 「なら一緒じゃねーの?つーか、どこまでいっても、基本は一緒だしなー。新月と玻璃も根底は同じだぜ?」 とても、良く似ている。 そう、九重は瞳を細めた。 獣の動向が収縮する。 透き通るのに、全てを反射してしまう。 硝子。 直ぐに割れてしまうのに、何枚も、何枚も重ねるごとに強くなる。 屈折して、反射し、それでも向こう側を見せてくれる。 複雑で、それでいて単純なような。 酷く、歪んでいるような。 「そうか、楽しみだな。」 ニィっと、悪戯っ子のように新月が笑えば。 九重が爆笑しつつ、新月の頭をポンッと叩いた。 「ま、楽しいヤツらに変わりはねぇよ」 笑う九重を見遣った。 瑠璃と玻璃の仲間は、キバだけではない。 「ネジとシノ…ヒナタか…良いメンバーだ」 原石だろう、彼らだ。 見出して、磨いて・・・加工などせずともそれだけで美しく光るだろう。 「アタリマエだろ?俺の育てた瑠璃と玻璃が選んだんだからさー」 何気なく、さらりと言われた言葉に。 瑠璃と玻璃への親ばか加減が入っていて。 信じているもの、特有の優しさも滲み出ていて。 「へーへー」 新月は肩を竦めて、それでも笑った。 向こうの世界も、いいところのようだ。 笑う二人を微笑ましく思った。