Fantasy with O3 17  

   毎朝、ファビさんの鳥肌18禁ボイスで起こしてもらって、ローランさんとディックさん作、素敵ご飯を食べて、可愛いヒヨに乗せてもらって、町とか村とか農家さんに寄って……必ずって言っていいほど、これは絶対陰謀だねとぼやいちゃうほど、何かしらイベントがあって、それを解決する為に、色々走り回って、……また食べて、ラジオ体操した後訓練して、ぐったり寝る。  そんな日々は、体力増強、運動神経微妙アップ、おっさん達の第一印象大幅変更、勉強になる出来事は沢山、宿題は山のよう。持ってきたメモ帳には、毎日のように起こる出来事と、覚書でびっちり埋まって、残りページも少なくなってきた。  今日、目的地のラルム山の麓に到着した。  一日かけて、近隣住民さん達から聞き込み活動をして、今、夕食を囲んでの報告会の真っ最中。   「雪が降ったのは、2時間程度だと。だが、降った場所が悪かった。そこら辺の作物は全滅。ドカ雪に全部埋まっちまった」    雪関係は、ファビさん。   「その直後に暴風だ。6時間程吹き続け。2、3、納屋が崩壊した」    風関係は、ディックさん。   「山火事は、直後の豪雨のおかげで、そこそこの被害で済んだみたいだが、豪雨は一日中止まず、水害になったそうだ」    山火事関係は、ローランさん。   「農家のおじさん達曰く、雷って、春先はいつもの事だって。たぶん、尾ひれだって言ってた」    雷関係は、あたし。   「なら、雷は除外だな」 「全部あわせて、だいたい一ヶ月間に起こった事で…被害があった場所の作物は、ほぼ全滅……」    みんなが、振り返った先には、本来収穫をむかえた作物がたわわに育っていてもおかしくない、畑。なのに、片隅に、申し訳なさそーな量しか見られない。   「大丈夫なのかな…」 「魔法使いを捕らえれば、罪が明らかになりますから、それなりの対策を行うと思いますが…」 「なるかぁ〜?」 「無理だろ」    ローランさんが、ため息をついている。  王政、王様絶対な国。それほど酷い税金では無いって聞いたけど、王様の意思が働かなければ補助は無い。  今まで断片的に聞いた、王様の話。お姫様に好意を持っても、王様にプラスの感情が働かない。それに、おっさん達の言う「腹黒」っていう肩書き。今までの旅での、おっさん達のありようが、その言葉の方を素直に受け入れさせる。  だとすると、一般市民にとっては、いい王様じゃないんだろうなぁ〜。   「あ、なんか、中腹に引っ越してきた人が居るって。ぼろぼろになった畑の手入れを手伝ってくれた親切な人だって聞いているから、その人からも話が聞けないかな?」 「俺も聞いたけどよぉ〜、子供だって言ってたぜ」 「子供って、…えっと…10歳ぐらい?」 「いや、お前ぐらいだと聞いた」    やっぱり、あたしって子供?や、子供でいいんだけど…三人の大人に囲まれていて、自分が大人だとは絶対言えない。  おっさん達は、やっぱりおっさん達で、でも、立派な大人だった。  情けなかったり、酔っ払いだったり、スケベだったりするけど、それが本質かもしれないけど…というか、あぁっ、なんて言ったらいいの?やっぱり大人なんだっていう言葉が、今自分が思ってる気持ちに一番合っている。頭抱えたくなるような面もあるけど、ちゃんと自分を知っていて、自分を磨いていて、やれる事をやっていて、周りに配慮して…うん、大人なんだって言葉が一番合う。最初は、クラスの男子と変わらないじゃんっ!とか思っちゃったけど、違う。全然違う。プラスアルファが、大量にあった。  あたしみたいに、何の取り柄もない、肩書きだけ勇者っていう一般人にとっては、物語に出てくるような、元気いっぱいの剣士様や、美貌のロン毛の魔法使い様よりも、おっさん達でよかったと、ものすっごく思う。あまりの使えなさっぷりに情けなくなる度に、違う事で気をそらしてくれるなんつー芸当をしてくれるのは、大人だからこそだと思う。うん、おっさん達と一緒で良かったなーと、それが幸せだなぁ〜と思う昨今であります。   「お・嬢ちゃ〜ん」    速攻でマイナスの雰囲気に気づいたファビさんが、がしがしとあたしの頭を撫でてくれる。相変わらず聡いなぁ。でも、幸せだと思っているのになぁ。   「おかわりは?」    ぶっきらぼうに、でも言葉をくれるディックさん。   「いっぱい食べたよ〜。ご馳走様でした」 「では、片付けの後、ラジオ体操をしましょう」    にっこりと笑って、次にやる事を促してくれるローランさん。  必ず三人が、それぞれの言葉をかけてくれる。あたしが、ここに居ていいって事を違う言葉で行動で言ってくれる。大人って凄いなぁって、本当に思う。そして、やっぱり幸せって言葉が、浮かんじゃう。  しっかし…ラジオ体操……、これだけは、真剣にしてほしくないっ!だって、本当に似合わないんだヨ〜。普通、ジャージ着た、おじいさんや、おばあさんや、お母さんに連れられた子供がやるもんで、剣士な風情のおっさんがやるもんじゃないんだヨ!  でも、やるんだ。おっさん達は、鍛錬好きだって事を、この二ヶ月弱で十分実感した。だからこその腕前なんだろうけど、鍛錬に関わる事なら、なんでもやるのも分かるけど……でも、そのなんでもに、ラジオ体操を入れるなぁぁぁぁぁぁっ!!              今、ラルム山の登山中。焼けて裸な場所以外は、背の高い木が山道の両脇に生えていて、ちょっとした森林浴状態。とっても気持ちいい空気を、お気楽に堪能出来ればいいんだけど、山登り、結構きっつい。   「ローランから、離れるな」 「え?山賊は、引越したって…」    魔法使いが、山賊退治をしたのか、それとも魔法災害に負けたのか、今、ラルムの山ん中は、山賊被害の無い平和な山らしい。農家のおじさんが、それだけはありがたいと言っていた。   「サミ殿、魔法使いはまだ居ます」 「あ、そっか」    いくら体力が付いたとはいえ、それはヒヨに乗り続ける体力だけで、山登りの体力とは別だったらしい。それでも以前のあたしよりは、立派に山を登っているんだけど、微妙にローランさんから遅れていく。   「お嬢ちゃん、背中に乗りな」    ファビさんがしゃがんでいる姿勢は、まさにおんぶするよと言っていた。   「ファビッ!」 「それは、いいな」 「ディックッ!」 「鍛錬だ」    今度は、怒鳴らない。ローランさん、考えているよ。どれだけ鍛錬好きなんだ?   「俺様が発案者だからな、って事でお嬢ちゃん、ほれ」    いいんだろうか?でも、あたしに合わせたら、いつまでたってもたどり着かないよねぇ……う〜ん……。   「ひゃぁっ?!」    ディックさんに抱えられ、そのままファビさんの上に落とされた。   「え?!!」    ファビさん、走り出したヨ?!!   「わっ…え?…あ?…ファ、ファ、ファビさんっ?!」 「あ〜?」 「は、走ってるよっ!」 「ヒヨを背負って行軍するよりゃぁ、全然楽だもん」    はぁ〜?ヒヨさん大きいですよぉ〜。あれを背負って行軍?なんの罰ゲーム?!!   「冬の川を渡る時に、子供のヒヨは人間が運ぶんですよ」 「それ…訓練?」 「それも、あるな」    騎士様って、どんだけ体力があればいいんだ?体力の権現?体力大王?いや、体力の化けもんだ!   「ファビとディックぐらいですよ」    あぁ〜、訓練おたくの趣味か。   「お前だって、するじゃねぇか」 「時間がない時は、仕方がないだろ」    絶対に違う。断言するよ!二人だけ訓練しているのが、羨ましかったんだ。いそいそとやったに違いないヨ!           「あれか?」 「じゃねぇの?」 「サミ殿、大丈夫ですか?」    おんぶされたままでいるのも、結構大変だという事を学習しました。ヒヨに乗る時とは違う所が、硬直している。   「だひじょ〜ぶ〜」    なんつーか、降りるというよりは、落ちる。膝が抜けた。   「サミ殿、ラジオ体操をしましょう」 「は?」 「やっとけ」 「体がほぐれて、いいんじゃねぇの」    えー、これ…拒否不可?ちょっと先に、山小屋風味のぼろぼろの家。これが、今日の行き先。まわりは大量の木、足元は、そこそこ広い山道。ここで、ラジオ体操?  いやぁぁぁぁぁっ、おっさん達まで、やる気でいるぅぅぅぅぅぅっ!!荷物降ろさないでぇぇぇぇっ!!              木の扉を叩く。えぇ、ラジオ体操した後の、根こそぎ気力奪われた後でございます。なんで、おっさん達は、嬉々としてラジオ体操をするんだろう?激しく不明だヨ。   「どちら様ですかぁ〜?」    出てきたのは、確かにあたしと同じぐらいの年齢と思われる、男の子。   「あの、お聞きしたい事があるんですけど……え〜…今、いいですか?」    うわぁ〜、なんつーか、あたし、悪徳商法の勧誘員みたいだ。怪しすぎ。   「いいですよ。そちらの皆さんも、どうぞ入って下さい」    人の良さそうな笑顔で、迎え入れられた。  外見のボロさとは、うって変わり中は居心地よさげな環境。あ、木で作られたものばかりだから、そう感じるのかもしれない。そのまんま、カントリー調だもん。   「お茶を、用意しますね」 「あ、あの、お気遣いなく。えっ、あ、聞きたい事をお聞きしたら、さっさと帰りますから…」 「でも、もうすぐ暗くなりますよ。山の中です。危ないです。雑魚寝しか出来ませんが、ここの方が外よりはマシです」    にっこり笑って言う………あぁっ!この人の名前を聞き忘れていた。   「あ、あたしは、沙美。ローランさんと、ファビオさんと、フレデリクさんです。  貴方は?」 「僕は、ロニー。どうぞ、よろしくお願いします」    非常に丁寧な人だ。若いのに偉いぞ!どっかの術士の子供とは大違いだ。   「あのですね、ここら辺って物騒じゃないですか?魔法使いの被害があったって聞いているんですけど、ロニーさんお一人住まいですよね?」 「え?僕以外にも、魔法使いが引越して来たんですか?」 「…………………………………………は?」    にこにこ笑って言うロニーさんを残した全員の時間が、止まった。ついでに、固まった。   「あ…………えっと……魔法使い…さん?」    指差しちゃったヨ。   「はい」 「魔法…使える?」 「はい。未熟者ですが、日々勉強をさせてもらっています」    させてもらっていますって………魔法使いって言うからね、あたしは期待していたんだよ。こう、なんつーの?黒っぽい巨大な城が山の上に建っていて、背景には雷なんかがビカビカーとなっている暗黒風味。決してこんな外見ぼろぼろ、中はアットホームな、ほんわかした家を想像なんかしてない。だめでしょ?!魔法使いなら、「ふふふふふふ……」とか低い声で笑って、邪悪そうな雰囲気の黒服を着て、客なんか、問答無用でカエルにするのが、正統派悪い魔法使い!……これじゃぁ、話にならないじゃん!  目の前にのほほんと、ほんわかとした笑みを浮かべている、自称魔法使いに問う。たのむ、違うと言ってくれ。   「雪、降らせました……?」 「す、すみません。あんなに降るとは思わなかったんです。その後、雪雲を飛ばさなくてはと思い、風を起こしたんですけど、その記述を見つけ出すまでに時間が、かかってしまいました…」    当人でした…昨日の夜、悪の魔法使いが居る山に登るんだ、頑張れあたしっ!とか、一生懸命頭に叩き込んでいた…あたし。すっごく、意気込んでいた昨日のあたしは、……なに?   「何で、雪?」 「あの頃、いつもの年より暑い日が続いていたんです。作物に悪い影響が出ると、聞いたものですから」    なるほど。善意だったんだ。結果は悪意だったけど…。   「え……えっと、山火事は?」 「あ、あ、あれは、食料を探しに山に出かけた時に……巨大クマに出会いまして……あの…悲鳴を上げたまでは覚えているんですけど…………無意識に魔法を……」 「火を唱えたのだな?」    ため息まじりの、ローランさんの声。   「すみません…」 「思いの他、でかい火が出ちまったと」    呆れ声の、ファビさんの声。   「そうです〜」 「加減しろ」    ディックさんは、相変わらずの淡々とした声。初対面のロニーさんには、怒っているように聞こえるよ。たぶん。   「すみませ〜ん、あの時は、全然出来ませんでした〜」 「それで、雨を降らせたんですね」 「はい…」    ローランさんが、真っ先に頭を抱えてしまった。ファビさんと、ディックさんは、思案顔。困っているようにも見える。   「ローラン、呼べ」 「あぁ、それだ、それっきゃねぇよなぁ。これ、間違いなく利用されっぞ」    これと言ったファビさんの視線の先には、とほほな魔法使い。   「それしかないか……」    深々とため息をつく、ローランさん。さっきより、顔が曇った?   「サミ殿」 「はい」 「ファビとディックの背後に居て下さい。サミ殿の、危機です」 「は?」    きっぱり断言された、危機という言葉の意味が分からない。何で今?   「ロニーくん」 「は、はい」 「君は、術というものを知っていますか?」 「あの、言葉では知っていますが、どういうものかは、さっぱりです」 「では、この杖を持ちなさい」    無理やり渡された杖を、落とさないよう、慌てて握っている。あ、あれだ。あたしが最初に受けたやつ。   「世界の愛を…」 「え、え、な、な、なんですかぁ?これぇ〜」    ローランさんが、ロニーさんの持った杖に触ると、二人共光に包まれた。あれ、あたしん時には、無かった現象。なるほど、才能があると、こうなるんだ。   「やはり…。本の記述通りか…」 「何が書いてあった?」 「魔法使いは、術士の才能を併せ持つと…」 「その線で行くんか?」 「いや…これでは、見透かされる。サミ殿、そこから動いてはいけませんよ」 「は、はい…」    何でだ?  ローランさんが、床に綺麗な細工のイヤリングを置き、ロニーさんから杖を受け取る。そして、ため息一つ。何だろう?   「世界よ  広がる世界よ  この世界に手を広げ、対なる美を呼び寄せよ  世界よ  我が愛の全てを貴方に捧ぐ  世界よ  我が心をご存知なれ  美をもつ者をここに  貴方の愛し児の一人をこの場所に」    いつ聞いても、世界を口説いているとしか…。術って、この言葉って、誰が考えるんだ?よっぽどの、なんつーか、口説き好きの女ったらしだと思う。ローランさん、じゃないよねぇ。だって、絶対思いつきそうにないもん。   「勇者殿っ!この野郎っ!勇者殿に何しやがったっ!!」    イヤリングのあった場所に現れたのは、イヤリングより遥かに美しい人。言葉汚くともお姫様。素敵で綺麗なお姫様。ファビさんに食って掛かっているけど、お姫様。なるほど、お姫様からあたしを守る為ですか…。   「ん〜、一緒に飯食ってぇ、一緒に寝てぇ、毎朝、愛を囁いているぐれぇだぜ」    お姫様の額に、青筋がっ!朝のは、あの〜、目覚ましですからぁ。   「ってっめぇ〜〜」    あぁっ、真珠のきらめきを放つ歯で、またもや歯軋りっ。   「ナデージュ姫。サミ殿は、姫以外からは、完全に安全です」 「あぁ〜?なら、何で呼びやがった!おかげで、城の廊下を走るはめになったんだぞ」 「それは、すみませんでした。緊急事態なのは、確かですので」    お姫様は、部屋の中を見回して、不機嫌そうに最後にローランを見る。   「どこがだ?」 「この者の将来がです」    そう言った後、ローランさんが代表で、お姫様に現状を説明する。ロニーさんは、「今日は、お客様がいっぱいで嬉しいです」とにっこり笑いながら、お茶の用意をはじめた。             「なるほどな…」    お姫様は、ため息をついてロニーを見る。   「ロニーと言ったか」 「は、はい」 「どこで、魔法を覚えた?」 「これです」    テーブルの端に置いてあった、分厚い本を持ち上げる。   「あのなぁ〜、それ、大切なもんだろ?そこら辺に置くんじゃねぇよ」    ファビさんの言葉に、全員が頷く。その通り。   「え?でも、これって、働いていた店の旦那様に、いらないからって、もらったものですが…」    ローランさんが、テーブルに伏してしまった。   「ローラン、これの価値は?」 「はかれるかっ!国が動くっ!」    ロニーさんは、きょとんとして、怒鳴ったローランさんを見ている。   「ロニー、これ売ったら、国が買えるみてぇだぜぇ」 「え?え?え?だって、だって、……」    絶句してしまったロニーさんを放って、全員が話し始める。  話題の主は、腹黒王様。どうも王様は、戦争が嫌いなんじゃなく、負ける、もしくは結果が分からない戦争をしたくないという性格だっただけの模様。  今回あたしを呼んだのは、現状隣国と戦争して勝てそうもないので、勇者という自国とは全然関係の無い者を使って魔法使いと接触させ、もし隣国の魔法使いだったら、あたしごと、切り捨てる予定だったと。んで、もし魔法使いがフリーなら、捕獲して戦争に利用しようと思っているご様子………最悪だ。  お姫様が加わった四人の会話は、まだ続いている。ロニーさんをどうするか、結論が出ない。皆、真剣な顔で悩んでいる。   「あのさ…ロニーさん」 「は、はい」 「自分の魔法使って、人に怪我をさせたい?」    皆の会話を聞いて、おぼろげに自分の立場を理解していたようだ。ロニーさんは、真っ青になって首を横に振った。   「僕、僕の両親は、野菜を作ってるんです。僕は、5人兄弟の一番末っ子だから、土地はやれないからって、旦那様の所に奉公に行く事になったんですけど、収穫の時には、いつも休みを頂いて、手伝ってきました。  だから、この本をはじめて読んだ時、これで、父さんや母さんの手伝いが出来るって……そう思ったのに……」    ロニーさんは、魔法使いの正しいあり方にひかれたんだ。   「は〜い、ローラン……」    科学なんかの知識は学校内並、この世界の知識はいまいち、ただファンタジーの本を読みまくりの夢見がちな頭は、勢いだけの案をあたしに提案してきた。   「っ?!」    ローランさんが口を開こうとする前に、お姫様がローランさんに剣を向けていた。何事ぉ〜?   「ローラン?…いつの間に、そんな親しくなりやがったぁっ!」    あぁっ、お姫様ぁ〜。い、いつの間にって、だって、もう随分時間が……あの。   「俺なんか、ファビさんだよぉ〜ん」 「俺は、ディックさんだな」 「貴様ら……」 「あ、お、お、お姫様っ!」 「以前申しましたように、どうか、ナデージュと」    すっごい変わり身だ。もう剣をしまっているヨ。うん、やっぱりリゼットさんの上だ。お姫様は、最強だ。   「あ、な、ナデージュさん」 「ぜひ、呼び捨てで」    うわっ、音声、凛々しい騎士様。映像、儚い月の女神様。そして、ラグエル卿ばりの、対男用言葉使い。ギャップありすぎっ。   「えーと」    ローランさんの時と同じ、無駄だという顔つきの二人。そして、自分だって、強請ったくせに、同じような顔をしているローランさん。おっさん、お姫様の事言えないヨ。   「はは…な、ナデージュ……かな…」 「勇者殿〜Vvぜひ、間も取って下さいね」    あーーーーー、ある意味、お姫様とローランさんは、似ているかもしれない。こ、怖い事考えた。話だ話。元に戻すぞ!   「あのさ、術士さんって、お医者さんなんだよね?疲労を癒したり、怪我を治したりするで、いいんだよね?」 「そうです」 「ねぇ、ロニーさん、魔法忘れて、術を覚えた方が安全だよ。ほら、農作業って、疲れるんでしょ?ご両親を癒してあげられるよ」    ロニーさんの顔が一瞬綻ぶけど、すぐに曇る。簡単に魔法を忘れるなら問題無いが、それは不可能。   「ローラン……、記憶を操作できない?」 「一時的に忘却させる事は、可能ですが……」 「一部を、完全に消すって事は?」 「出来ません」    術って、相手にとって、マイナス作用は及ぼせないって言ってたもんなぁ。世界は、人を、生きている者全てを、愛しているから出来ないんだとか。流石、世界って言うだけあって、でっかい愛だヨ。   「なら、それが、その人の為だと説得出来ないかなぁ?だって、覚えていたら危険でしょ?」    世界に対して説得……すっごい規模の事を言っている。知らない者が思いつきで言った事。でも、ローランさんは、あたしの言葉に、考え始めた。あ、一刀両断されると思ったけど、吟味余地あり?   「とりあえず、一時的に忘却してもらって、その間にローラン……が、新しい術を作るってどうだろ?」 「サミ殿…」 「作れ!」    あたしの言葉で、眉間の皺を増やしたローランさんに、お姫様がきっぱり言い捨てた。   「あとね、この本なんだけど、燃やしちゃうのかな?」 「……い、え」    ローランさんが、珍しく言いよどんでいる。   「いつか、役立つかもしれないから、とっておきたい?」 「…………」    ローランさんから、返事が無い。  これって、国が動いちゃうぐらい、すっごく貴重な知識が詰まっている本なんだよねぇ。術士長さんとしては、燃やしたくないよねぇ……。   「ローラン……は、戦争好き?」 「いいえ」    きっぱりと断言。   「でも、今後の術士長さんは、分からないよねぇ……」 「そう、ですね…」    それなら…。   「ロニーさん、この本貰っていいかな?」 「え?で、でも、それでは、サミさんに危険が…」 「ううん、大丈夫。ローラン……、今すぐ、あたしを元の世界に戻して」    腕時計を外し、テーブルの上に置く。   「この長い針が、ここに来たら、呼び戻してね。あたしの場所が変わっても、呼び戻せるよね?」 「大丈夫です」 「じゃぁ、今すぐお願い!これ、しまってくる!」 「お嬢ちゃん、悪ぃ」    ファビさんは、立ち上がって、騎士様の礼をしてくれている。   「すまない」    その横で、ディックさんも。   「勇者殿…、ありがとうございます」    そして、お姫様も。  ローランさんの世界への口説き文句を聞きながら、あたしは皆に手を振った。             「うっわ、電柱……げっ、この服だめじゃん、あたしっ!」    家まで、徒歩5分程度の電柱の影、そこから猛然と、あたしレベルの最高速で走った。なんつーか、日本の住宅地で、この民族衣装っぽい格好は、そこはかとなく恥ずかしい。今なら、家には誰も居ない。絶好のチャンス。働いている両親は、まだ帰る時間じゃない。とにかく、走れ!   「つ、ついたぁ……」    ドアを開け、靴を脱いで、自分の部屋に入る。手に持っていた本は、机の引き出しに放り込んだ。   「これで…大丈夫じゃないっ!靴、靴、履いてないと、裸足で戻っちゃう〜」    玄関から靴を持ってきて、再び自分の部屋に戻る。ついでに冷蔵庫から持ってきた、ミルクティのペットボトルを開けた。   「ぷはぁ〜、後は待つだけだぁ」    ほんの少しの休憩時間。久しぶりの味にホッとしながら、あの世界の事をぼんやり考える。楽しい事がいっぱいあったよねーと、一人でへらへら笑いながら沢山の思い出を辿る。  三人のおっさん達、ローランさん、ファビさん、ディックさん。三人共、訓練には厳しく、それ以外は物凄く優しい。最初は気づかなかったけど……違う言葉だったり、頭を撫でてくれたり、唐突に手渡される食事だったり、……あたし、落ち込む隙がなかったよ。  あ、ロニーさん、記憶を失くすのは、嫌かなぁ?だって、ご両親の為にお仕事止めて、魔法使いの勉強を始めたんだよね?天候を操るのと、体を癒すのと、どっちも大切だけど……、やっぱり仕事をサポートする方が嬉しいのかなぁ?   「え?」    ふと見上げた先の時計は、既に指定した時間が過ぎていた。   「ローランさん?!!」    何かあったんだろうか?あっちは、異世界で、自分は、自由にあっちに行ける訳じゃなくて、焦った。何も出来ない……ただ座って待ってる事しか……体が小刻みに震えてきた。             「ローランっ!!」    頭の中で「さん」を付けられないぐらい、慌てていた。  ようやく、体が沈む感覚に安堵したのは、あれから30分後。   「何かあ……って、え?え?え?……ここっ…??」 「サミ殿」    ローランさんが、慌てて綺麗な布をあたしに渡す。   「なぁに、泣いてんだぁ〜」    ファビさんが頭を撫でてくれる。   「お帰り」    ディックさんが、あたしが持っていた布で、顔を拭いてくれた。   「もうすぐ、城ですよ」 「お嬢ちゃん、久しぶりだなぁ〜」 「遅れて悪かった」 「サミさん、ありがとうございました」    ちょっと遠くに、最初出発しただろうと思われる城。目の前には、ローランさん、ファビさん、ディックさんと、ロニーさん。   「えっと…お姫様は?」 「あぁ、あの後、術で帰ってもらったぜ。あれが、ここに居たら、話がややこしくなんだろ?」    ファビさんの言葉に納得。腹黒対策ですか。   「んで、何で、ここまで来てんの?」 「姫が、せめて帰りは、楽をさせなさいと……」    ローランさんの音量、尻つぼみ。あぁっ、また、お姫様、何かしたんだ。いや、言ったのかな?おっさん達の視線がすっごい泳いでるんですけど…。   「もんのすげぇ早さで、帰ってきたからよ。お嬢ちゃんが居たら、死んでたぞ」 「僕は、死を覚悟しました。途中、何度気を失ったことか……」    ロニーさんの目の下に、隈が浮いている。よほど、酷い目にあったんだ。なにせ、この訓練大好きおっさん達のものすげぇだ。   「あれから半月だ」    さらりと言ったディックさんの言葉……半月ぃ?……二ヶ月半が……半月ですか?両手を合わせちゃったヨ。ロニーさん、ご愁傷様…。   「えっと、あたしが知ってなきゃいけない事は?」 「魔法使いは、来る事を拒み、戦いになった」    ディックさんが、楽しそうに言う。  あぁ、それは真っ当なストーリーだ。今日の午前中までは、それもあるかと覚悟していたヨ。   「負けたと思った魔法使いは、住居ごと燃えた」    あれ…燃やしちゃったんだ。もったいないなぁ。   「魔法使いは、死にました」    ロニーさんが、にっこり笑って言う。   「僕は、術の勉強をする為に、こちらの国に来ようとしていて、あの山を登っていたんです。  偶然、皆さんにお会いして、ご一緒させてもらいました」    あぁ、それは、いい過去をもらって。って、今はどうなってる?   「記憶は?」 「ローランが、ヒヨから落ちながら、木に体当たりしながら、作った」 「僕、もう何も覚えていません」    ロニーさんの、笑顔に安心する。自分で、魔法より術を選んだとうい意思を感じた。安心した。安心したついでに、なんか変な言葉を思い出したぞ。   「あのさ…、術を作るのって、落ちたり、ぶつかったりしなくちゃいけないの?」 「考えに没頭し、ヒヨに乗ったらそうなる」 「ほとんど休憩無しで、走っていましたから」    ロニーさんの遠い視線と共に語られた言葉で、少々理解。なるほど、術は作らなくちゃいけないけど、どうしても早く帰らなくちゃいけなかったんだ。結果、ヒヨの上で考えながら、猛スピードで、かけるはめになったと……んで、落ちたり、ぶつかったりと……。   「え?ローラン……、怪我は?大丈夫??」    慌てて、ローランさんの体のまわりを一周する。   「打撲は、怪我じゃない」 「そうなの?」    ディックさんの言葉に、しげしげとローランさんを見上げる。   「はい、安心してください」 「そうそう、んで、お嬢ちゃんは、これから報酬を貰いに行って、ちゃんと自分家に帰ろうな」    ファビさんに頷こうと下を向いた瞬間、顔が止まった。今、帰ったばかり。一人になって、どれだけ心細かったか、どれだけ寂しかったか、思い知ったばかり。   「まだ…いちゃ……だめ、かな?」    凄く楽しかった。大変な事なんか気にならないぐらい、楽しかった。もんのすげぇ早さのヒヨも乗りたかった。帰りも一緒に旅をしたかった。時間は、もっとあると思っていたのに………無くなってた。   「お嬢ちゃん、俺達は、腹黒抜きで、お嬢ちゃんに会いてぇんだけど、ダメかぁ?」 「今、サミ殿が残られると、また別の事で利用されかねません」 「また、会える」 「次の時は、ゆっくりお話しをさせて下さいね」    立て続けにくれる皆の優しい言葉に、また視界が霞み初めた時、視界が突然高くなった。ファビさんの腕の上っ?!   「さぁ〜みVv」    そして、ここ最近の目覚まし音が、夕方なのに耳に入ってきた。   「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」 「これこれ、最近これがなくてよぉ、寂しかったんだぜぇ〜」    今涙目になってるのは、さっきまので感情とはまったく違うヨ。耳を押さえていても残っている、相変わらずのナンパ専用ボイス。毛が逆立ってるヨ!   「城まで、歩いていこうなぁ〜」 「ファビ、次は俺だ」 「その次な」    さっさと歩き始めたファビさん。その背後で、順番を待っています風情のローランさん。そして順番を待ちながら二体ヒヨ引き連れたディックさん。その背後で、笑いながら一体のヒヨを連れているロニーさん。  ……あたしは子ヒヨですか?訓練用道具ですか?乗ってきたはずのヒヨは、呆れたように「ピーーーッ!」と鳴きましたヨ。  そんな光景を見ながら、また風景が滲んでくる。ほんの少し、一時間にも満たない間の別れだったのに、一人っきりの不安に押し潰されそうだった。いつの間にか、おっさん達が、ものすっごく大切な存在になっていた。目の前の楽しそうに、あたしって重しの鍛錬をしている、ファビさんの頭に抱きつく。再び出会えて、たまらないぐらい幸せだよ。   「おっ、今夜俺のベッドに来るかぁ〜?」    こくこく頷く。  どうぜ、ベッドに行っても、ローランさんが見張っている。というより、その前にファビさんが、ボコボコにされるよ。   「ちぇぇ〜、いつもの真っ赤になって、ポカスカ叩くのが気に入ってたのによぉ〜」    調子に乗るな、このおっさん。んでも、リクエスト通り、ポカスカ叩いた。   「ファビ」    今度は、ローランさんに移動。なんつーか、ぼたぼた落ちてくるもんが止まらない。   「サミ殿」    手に持っていた布を取って、顔を拭いてくれる。うーーー、ティッシュが欲しい。この世界には無いのか?こんな刺繍の入った綺麗な布じゃ、鼻をかめない。   「また、お呼びしても構いませんか?」    声を出したら、わんわん泣き出しそうで、いっぱい頷くしか出来ない。   「今度こそ、のんびりと、楽しい旅をしましょうね」 「た…のしかった…」    ローランさんの頭をぎゅっと抱く。   「さ、サミ殿…」    慌てた声。でも、背中をポンポンと叩いてくれた。   「ローラン」    今度は、ディックさんの腕の上。本当に、おっさん達の腕力は激しく凄い。   「また、酒を飲もうな」 「だめ…でしょ」    ローランさんとファビさんも、ダメだと言っています。本当に、あれはダメだよ。   「また、楽しもうな」    いっぱい、頷いた。どうして、ディックさんは、一見恐そうで、酒飲んだらでれでれで、すっごい優しいんだろ?ううん、皆、すっごく優しすぎだ。   「ごめ…、最後…まで、……迷惑………か、かけ…て…」    「サミ殿」、「馬ぁ〜鹿」、「馬鹿者」、ローランさんに怒った声で詰め寄られ、残り二人に軽く叩かれた。   「サミ殿のご提案がなければ、今ここにロニーくんは、居ないのですよ」    ローランさん、しかめっ面。   「頑張ってたのは知ってるけどよぉ〜、迷惑なんか一回もかけてくれなかったじゃねぇか」    ファビさん、ふくれっ面。   「ローランの馬鹿の元を正したのは、お前だ」    うっ……ディックさん元来の怖い無表情が戻ってる。   「焼くしかないと思っていた本は、今無事にサミさんの所です」    優しい雰囲気のロニーさんまでぇ〜。   「今の言葉をデュカス卿とラグエル卿に聞かれたら、叱られるぞ」 「あぁ、フィノ卿もだと思うぜぇ〜」 「そうです」 「あ…りが…とう……」    最後には、ちゃんと柔らかい声で順番に言ってくれる。おっさん達は、あたしに過保護だなぁ。   「こんっ、てめぇらっ!勇者殿に何しやがったっ!!」    突然割り込んできた怒声に顔をあげたら……あぁっ!お姫様、ヒヨに乗ってこっちへ爆進中。踏みつけそられうです…。涙止まったヨ。  目の前で、ヒヨとお姫様が急停止。凄い技だ。   「ゆ、勇者殿、大丈夫ですか?    ディックっ!勇者殿を放せっ!!」   「俺の番だ」 「あ…い、今、鍛…練中……です…」 「勇者殿ぉぉぉぉ〜Vvちっ!!ローランっ!!」    ヒヨから飛び降りて、走りよってきたお姫様を拘束するローランさん。あぁ、いつもの楽しい光景だ。  泣いた後は、笑いたくなるのかな?笑いが止まらなくなったヨ。     to be continued…     09.03.04 砂海
現在:叔父様3人(加:フィノ卿)、お父さん2人、お母さん2人、おっさん6人(加:ジュスト)、若者6人(男4人、女2人)、子供(十代)2人(ロニー、沙美) 今更、サミちゃんをカウント。愛が無いなぁ……(乾笑)   という事で、あと一つとなりました。もう少しお付き合いして下さいね。