Fantasy with O3 16  

   流石穀倉地帯。四方八方、畑だよ!  あたし、麦畑って、初めて見た。すっごい!これが、噂の金色の野原ってやつなんだ!うわぁ〜初めて見たよ〜!   「サミ殿?」 「凄いねー」 「あの…、何がでしょうか?」 「金色だねー」    夏の日差しの下で、きらっきらだよ。   「サミ殿は、こういう風景を見るのは?」 「うん、初めて。すっごく綺麗なんだねー」    あれかな?テレビ越しなら、田んぼの風景を見ていたけど、越しってやつだから、良く分からないのかな?それとも、空気が綺麗だから?それとも、それとも、ファンタジー風味だからかなぁ?   「麦畑、豊作だね」 「ムギ?」 「あ、違った?えっと…これで、パンを作ったりするんだよね?」 「そうです。私達は、これをオーと呼んでいます」    また脳内変換されないヨ。該当ブツが無い証拠。…あ、でもパンは、パンだったよね?オーって……どっかの国では、麦をそう言ったりする?はてしなく低い言語レベルが、単語理解って言うもっの凄い高い障壁を作っている気がする…。   「あの〜」 「何ですか?」 「あたしの言葉って、ローラン……から貰ったんだよね?」 「サミ殿、そろそろ、その間をなくしませんか?」 「や、それは、気にしない方向で〜。  んでね、剣って剣で、パンはパン。これって、直ぐに意味が通じたんだけど……頭ん中で翻訳されない名前って結構あって、…何でだろ?」 「あの術は、私の中にある、知識ごとサミ殿にお渡ししたものです」    なるほど、言葉だけ頭ん中に入れても、理解しようが無いという事だ。   「当てはまる言葉が、サミ殿の中にある時には翻訳され、当てはまるものが無い時には、私の言葉がそのまま伝わっているのではないでしょうか?」 「ローラン……も、分からないの?」 「この国に住む限り、使う事の無い術ですから」 「隣の国って、いっぱいあるんだよね?みんな同じ言葉?」 「そうです」    なるほど、異邦人は、あたしだけだ。             「ちょっと、待てやーーーーーーーーーーーーっ!!」    突然、畑から現れたのは、ローランさん並みのガタイを持ったおっさん。  背後のローランさんを見上げたら、満面の笑み。……えーと、珍しく、いやぁ〜んな笑みを浮かべているんですけど。  ヒヨは緊急停止。ローランさんは、「助かった」と楽しそうに言いながら、ヒヨから飛び降りた。   「サミ」    ローランさんに捨てられたあたしは、ディックさんにヒヨから降ろしてもらう。   『だれ?』 『大剣二位のジュスト』    あーーー、ローランさんに、ムッとかきている?   「てめぇ、どこに行きやがる?」    重低音。地を這うような声。   「会いたかったぞ、ジュス!」 「俺もだ」    あまりにもローランさんの声が、嬉しそうなんで、ジュストさんの低さが非常〜に目立つ。   「試合のだな!」 「当然だ!」    ジュストさんの語尾には、殺気が見えるのに、ローランさんの語尾には、ハートが見える気がする。   『何?』 『あー、成り行きを見てれば分かるってぇか…なぁ、ディック』 『そうだな』    結構広めの道幅いっぱいに、ローランさんとジュストさんが対峙する。   『ジュストさんって、お城の騎士様?』 『あぁ、四軍の長だ』 『何で、麦…じゃない、オー畑に、騎士様がいるの?』 『ここは穀倉地帯だ。刈入れ時には、領出身の全員が借り出される』 『騎士様…も?』 『例外は、ねぇよ』    すっご。もしかして「農業第一!みんな頑張って豊作目指せ!」とか言っちゃったりするのかな?  そんな事を考えている間も、既に始まっているローランさんとジュストさんの試合。剣が触れ合う度に、大きな金属の音が畑に響く。   『ローラン……が、勝っちゃう?』 『勝つ』 『当然』 『術士様なのに?』 『ジュスが、腹立ててる部分だよなぁ』    あぁ、やっぱり。   『ローランに、四軍の長やれって煩いんだよ』    あ、ちょっと違った。かなりいい人。   『ローランに、自分の地位を押し付けるってぇのが、ジュスが勝った時の条件だ』 『ローラン……は?』    ファビさんも、ディックさんも、ニンマリ笑う。   『それは、もうすぐ分かるぜぇ〜見てなぁ』    あぁ、ジュストさんが追い詰められている。ローランさんの剣が、炸裂だ!ジュストさんの剣が、吹っ飛んだ。   「くっそぉ〜」 「ジュス」 「んだよ」 「俺が負けたら、お前が将軍でいいんじゃないのか?」 「あーーー、そこら辺は、気づくんじゃねぇよ」    ローランさんが、楽しそうに笑う。そして目一杯息を吸い込んで……。   「フィノ卿ぉぉぉぉぉ〜〜〜っ!!」    大音量。   「ん?あぁ、久しぶりだね、術士長」    オーの穂の間から、マッチョと呼ぶのに相応しいというか、ポーズを取らせたくなるような、上半身裸で、むきむきっとした筋肉をこんがり日焼けさせた、ラグエル卿ぐらいの叔父さんが、にょっきりと出てきた。   「お久しぶりです」 「あーーーー、ジュス、負けた?」 「えぇ」 『フィノ卿って…』    無言でディックさんが、見えないように、指差している。やっぱり、ご当人様なんだ。   『ここら辺では、農業で体鍛えんのが基本でよぉ。相変わらず、カッコいいよなぁ〜』    何でしょう?その基本って…。   「仕方が無いなぁ。お前、諦めて城に行ってきなさい」 「明日で構わないでしょう?今日は、クマ鍋だって言っていたじゃないですかっ!」    フィノ卿が、おっさん達を指差す。   「お前が居なくても構わないよ」 「俺が、構うんです!食べさせて下さいっ!」 「だって、お前、負けたんだろう?」    あー、言ってはいけない事じゃないかなぁ〜?ジュストさんが、恨めしそうな表情でローランさんを見ているヨ。   「ほら、さっさと、術士長代理をしておいで」 「俺は、将軍なんですけど…」 「でも、術士長のお墨付きなんだろ」 「はい。彼ほど、私の仕事を理解している者はおりません。安心して任せられます」    ……はい?どーいう事?   「お忙しい時に大変申し訳ないのですが。すみません。彼をお借りします。  その代わりと言っては何ですが、そのクマ鍋の件は、お任せ下さい」    満面の笑みの意味が、知りたいです。   「ローラン」    ジュストさんの目つき、恨めしいに、やさぐれが追加されているような…。   「何だ?」 「副長達は?」 「あいつ等が、書類に溺れる前に、城に辿り着いてくれ。サッシャに聞けば、分かるようになっているからな。頼んだぞ〜」    ジュストさんに会う予定は、事前に、この旅に組み込まれていたんですねー。そんで、当然勝つ予定という決定があったんですねー?絶対そうだと思う。ううっ、ジュストさん可哀相…。   「〜〜〜っ、分かった。分かったよ!  くそっ!次こそ、覚えてろぉっ!!」 「あぁ、楽しみに待っているからな」 「ちきしょーーーーーーーーーっ!!!」    ドップラー効果をふんだんに使って、ジュストさんが去っていく。あ、こけた。即効立ち上がって、また走り出すジュストさん。あ〜、あたしの視界、歪んでいるのは気のせいじゃないよね?   「あの…ローラン……の賞品は?」 「私の仕事の肩代わりです。随分昔から手伝ってもらっているので、彼ほど詳しい人材は、他に居ないのです」    あー…随分昔から、負けてるんだ。不本意ながらも、詳しくなっちゃったんだ。遠くに小さくなっていく背中が、とーっても、とーても、泣ける。   「あ、でも、ジュストさんも、術の才能があるの?」 「術無しだ」    はぁ?   「書類処理は、術無しでも、出来るんだとよ」    うっわぁ〜、ジュストさん、絶対泣いている。走りながら泣いている。可哀相すぎっ。なんか、どっかで、いいもの見つけたら、お土産買っていこう。うんうん、お話しなかったけど、買っていかなくちゃだよねー。   「ジュスは、慣れてるから、心配なんかいらねーぞ」 「そうだね。毎度の事だからねー」    皆さんの会話が続けば続くほど、可哀相度がうなぎのぼりだヨ〜。   「そんな事より、クマ鍋というのは?」    そんな事なんだー。ローランさん、そんな事言っちゃうんだー。絶対、お土産買ってきてあげよう。なんか、手ぶらじゃ二度とお会い出来ないよ。   「ラルムで、山火事があっただろう?クマの親子が、こんな所まで引越してきたんだよ」    フィノ卿が困ったように言う。   「それを仕留めて、クマ鍋ですか?」 「作物に被害が出ているからなぁ。仕方がないね」 「えー、意義あり」    挙手!親子って。いや、親子じゃなくても嫌だけど。   「サミ殿?」 「折角の、一位様御一行なんだから、鍋じゃなくて、ぜひ、お引越しにっ!」 「そうかい?もし、そうしてもらえるのなら、こちらも助かる。チビクマが、可愛くてなぁ。鍋にするのが、嫌だったんだよ」    フィノ卿が、にっこり笑う。言葉使いも柔らかくて、笑顔も柔らかい。マッチョな体に比べて、どちらかというと、穏やかで優しい感じだ。   「いつまでに、引越しさせたらいいですか?」 「なるべく早い方が助かるな。うちにおいで。詳しい話をしてあげられるよ」 「はい、よろしくお願い致します。あ、はじめまして、サミと申します」 「よろしくね。サミちゃん」    マッチョで優しげな叔父様−−うん、叔父様−−は、「お客様だから、後を頼むねー」と大きな声で叫んで、歩き出した。              ファンシーと言って間違いの無い空間が、目の前に広がっていた。  部屋は、質素な石造り。ファンタジーに出てくるようなお屋敷だけど、豪華な置物は一切無い。それに取って代わるは、ファンシーグッズ。今まで見た事もないような動物の、布、石、木等々で作られた動物さん達。  優しげな叔父様は、可愛いもの好き…のようだ。  その中で、マッチョとか、鎧とか、騎士様とか、激しく浮く。浮くけど、おっさん達は、真面目な顔で話し合っている。これが普通の光景なの?デュカス卿ん所にも、ラグエル卿の所にも、こんな風景無かったよね?もし、影で、ファンシー部屋とかあったら、泣けるぞ。   「東の森に、住み着いちゃったみたいなんだよね」    領主様みずから入れてくれたお茶を、皆で飲みながら、地図を見ている。あたしが、困惑していても、話は進んでいく。   「子供は一匹か?」 「そう、それがねー、お母さんは真っ白なのに、子供はブチなんだよねー」    え?熊だよね?真っ白?白熊?ブチって……どういうブチ?   「あの〜、質問いいですか?」 「なんだい?」 「クマって…どんな動物、ですか?」    あー、驚かれているヨ。だって、あたしの想像している熊と違いそうなんだもの〜。   「えっと、あたしが知ってる熊っていうのは……、こんな感じなんですけど」    リュックから、メモ帳を取り出して、子供レベルの絵を描く。   「色は、大抵茶色かな。首の所に白い毛が生えているのもあり。真っ白のは、寒い地域に住んでいます」    あー、全然違うんだな。皆の目つきが険しいヨ。   「サミちゃんは、どこから来たのかな?」 「あはは…、遠い所からです」    しまった異世界が常識かどうか、まだ聞いてなかったヨ。   「私の術で、来てもらいました」    ローランさん、それでいいの?省略しすぎじゃない?…ってか、やっぱり異世界って常識じゃなくて、省略せざる得ないのか。   「なるほど。だとすると、この絵のクマには、会えないのかぁ。可愛いのになぁ」    会いに行きたいんだ。相撲でも取るとか?…んじゃないよねぇ?   「お嬢ちゃん、クマってのは、この絵より耳が長くて、尻尾はフサフサしているぞ」    ウサギ?いや、尻尾がフサフサって、キツネ?何それっ?!   「大きいんですか?肉食だったりします?」    頷かれちゃった。  ヒヨと同じ、全然該当者無しの動物だヨ。いや、ヒヨ以外の生きている大きな動物って見たこと無いから、もしかしたら、人間以外全滅?   「引越し先は、食べ物が豊富な方がいいんじゃねぇの?」 「川の近くは?」 「やはり、森の奥がいいだろう」 「そうだねぇ、良さそうな所は、ここら辺かな。とりあえず、あいつらが住めそうな、穴倉を作らせるか」    フィノ卿は、窓から顔を出して、大声で兵士さん達を呼んだ。   「忙しい時に悪いね。ここら辺に、クマ親子が住める穴を1つ作ってきてくれる?」    窓の外に集まった兵士さん達に地図を見せて、てきぱきと指示をする。行動の早い叔父様だ。   「フィノ卿…」    ローランさんの眉間に皺が。   「何だ?」 「あの者達は、ここの警護では?」 「収穫期に、警護なんかしている暇は無いよ」    なんか…って。   「あのぉ〜、泥棒とか…」 「作物泥棒の方が大変なんだよ」    あぁ〜、ファンシーグッズ(金で作られたものも、あるような…)より…作物の方へ行くんだ。それだけ、品質がいいって事なのかなぁ?   「ローラン、眠らせられるか?」 「あぁ、出来るが…、フィノ卿、親はどのぐらいの大きさになっていますか?」 「200マルぐらいか?」    単位が違うんだ。頭ん中で変換されないヨ。200マルって、どの位?   「それって、すごく重いんですか?」 「俺は、担げねぇ」    訓練大好き、酔いつぶれたお笑い酔っ払いディックさんも軽々担いで運んじゃうヨ、イェ〜イ!のファビさんが、言うんだから、激しく重いんだ。けど…、具体的なものは、さっぱりだ。   「そう長い時間は、眠らせられないだろう。眠らせて運ぶのは、難しいな」    皆さん、考え込んでしまった。   「ローラン」 「何だ?」 「子供なら、長い時間眠らせられるか?」 「大人よりはな」 「なら、ここら辺で、子供を眠らせて、ファビに運ばせるのは、どうだ?」    ディックさんが指差したのは、引越し予定地から、それほど離れていない森の入り口。   「ちょっと待てぇぇっ!親は、寝てないだろっ!」 「そうだ。親には、自力で行ってもらう」    それが何だ?と、当然の事のようにディックさんは、ファビさんに顔を向ける。えーと、ファビさんの突っ込みたい気持ちは十分に分かるんですけど。  これ?こ、これが、あの噂のデュカス卿さん風味ディックさん?!こ、こっわぁ〜。   「俺は、子供を抱えてるんだよな?」 「そうだ」 「それで、走るんだよな?」 「いい、訓練になるだろ?」 「……走るじゃなくて、逃げるだっ!せめて、ヒヨを貸せっ!」 「ヒヨが怪我をしたら、この先困る」    うっわぁ〜ローランさんが、切って捨てたヨ〜。   「一頭、荷物持ち専用が居るだろうがっ!」 「あれは、デュカス卿にお借りしたヒヨだ」    それで、おしまいという風情。   「ならば、俺とお前で親子をこの辺で追い詰め、即効で子供を眠らせる。後はファビに走ってもらって、引越し完了だな」    うっわぁ〜、完了しちゃった。   「てめぇが、走りやがれっ!」 「お前が、一番早いだろ」 「それでは、ファビオ将軍、よろしく頼む。決行は、明日でいいかい?」    あぁっ、逃げ場ゼロ。フィノ卿って、当たり前のように、納得して会議は終わり風味に立ち上がっているんですけど〜。これが、いつもの光景なの?ってか、ファビさん、野生の動物より上?流石、不敗の赤い刃っ?!  ファビさんが、不服だという意思表示で全員を睨んでいる。だけど、そんな事に動じる人が一人も居ません。ご愁傷様です……合掌です。でも、きっと不敗の赤い刃は、やっちゃうんだろうなぁ…。尊敬だ。              とても、良い天気。真夏の太陽ギラギラです。オー畑では、今日も沢山の人が働いています。みんな豊作で笑顔が素敵です。  ………その中で、激しく目つきが悪く、ぶちぶち文句をたれている、おっさんが一人。ファビさんの口からは、鬼畜という言葉が駄々漏れ…あはははは。   「いくぞ、ファビ」 「勝手にしやがれっ!」    ローランさんが杖を振った。子クマが、コテンと倒れる。  長い呪文を唄う時と、杖を振るだけの時と、どう違うんだろう?後で聞いてみよう。  クマさんは、外見大人の狐、フサフサ増量の、白地に茶色のブチクマさんだった。  それを、ファビさんが抱えあげて、走り出した。  倒れたのに、気づかなかった親クマさん。外見、巨大な白狐。当然、フサフサもっと増量。筋骨隆々の逞しい肢体。ファビさんに抱えられた子クマに気づいて、猛然とその後を追いかけた。   「サミ殿」    ヒヨに乗った、ローランさんが手を差し伸べていた。それを握って、あたしもヒヨに乗る。   「さぁ、行きますよ」 「は〜い」    先頭を走っているのは、愚痴を大声で言いながら、子クマを抱いて走っているファビさん。次に、激しく怒っていらっしゃる親クマさん。お父さんかお母さんかは、不明。そう言えば、もう一人はどうしたんだろ?そして、その後を、ローランさんとあたしを乗せたヒヨ。最後に、ファビさんの乗っていたヒヨを引いているディックさんが操るヒヨが走っている。   「親クマって、そんなに足が早い訳じゃな……で、でも、ファビさんの足も尋常じゃない?」 「てぇめぇらぁぁぁぁぁっ、おぉぼぉえぇてぇろぉぉぉぉぉ〜っ!!」    ドップラー効果ふんだんに使った、罵声。  確かに、親は子よりも、大きくて、筋肉も付いていそうで、走る早さは、テレビで見た狐より遅くみえる。んでも、それに勝ってるファビさんって、それこそ妖精さんとか、魔法使いさんに何かされたんじゃぁ?   「いつもより、早い……か?」 「後でぇ〜〜ぶったおぉぉぉぉぉぉっすっ!!!!」    うんうん、そう思って当然だヨ。   「それは……必死だからじゃ……」    叫びながら走るって、余裕?   「普通だ」    ディックさんの冷静な声……、ファビさん、うかばれない……生きているけど。  辿り着いたは、昨日騎士さん達が作った穴倉前。ファビさんは、子クマを静かに置いて、猛然と走り去る。親クマさんは、慌てて子クマに近づき、その子の顔を舐めはじめた。   「まだ、起きない?」 「もう、そろそろ起きるはずです」    親子の前を、凄い勢いで、ヒヨ三頭が走り抜ける。親クマさんを刺激しちゃいけません。   「ファビさぁん」    穴倉のちょっと先で、流石にへばって座り込んでいたファビさんが、恨めしげに、あたし達を見上げていた。   「すっごい、早いねー」    ヒヨにしがみ付きながら、ずり落ちて(降りてではない)、ファビさんに水筒を渡す。   「お嬢ちゃんだけは、優しいなぁ〜」    両手広げて、抱きしめようとしたんだと思う。その前に、ローランさんに、殴られたけど。   「あの〜、とどめ刺して……」 「丈夫に出来ていますから、大丈夫です」    ニッコリ笑うローランさんの背後に真っ黒な雲というか、オーラが見える気がするのは、気のせいですか?   「これには、苦労させられていますから、これぐらい、大した仕返しにもなりません」 「ファビさん…」    これが、大した仕返しにならないぐらいの、苦労って……、何やったの?   「えーーー、俺って、いつも一生懸命頑張ってるじゃねぇかぁ〜」 「あれや、これや、それや、語りつくしたら、一晩では足りない量の揉め事を一生懸命頑張って作っているのだな……だいたい、いつになったら、信、っ〜〜?!!」    後からやってきたディックさんが、ローランさんの頭を殴りつけた。   「無事に、引越しが完了だ」 「あ、…あぁ」 「そっか〜、走ったかいがあったぜぃ」    何だ?この、微妙ぉ〜な空気?殴られたローランさんは、怒らないし。ってか、怒るどころか、しょげている風味。ディックさんは、……何だろう?分からない。いつものように見えるけど、違うようにも見える。   「一旦、帰るぞ」 「なら、俺、お嬢ちゃんと一緒ぉ〜」    微妙な空気の中でも、条件反射で動いたがごとく、ローランさんがファビさんを殴り倒す。   「帰りは、ディックさんとー」    「えー」とか、「サミ殿〜」とか言ってる二人は置いて、ディックさんが伸ばした手を取る。いったい、いつになったら、ヒラリという音付きで、ヒヨに乗れるようになるんだろう?   「じゃぁ、お先に〜」    未だ、地面の上に居る二人に手を振っている間にヒヨは、走り出した。   「あの〜」 「何だ?」 「聞いてもいいのかな?」    後ろ斜め45度程度上を見上げる。ディックさんが、小さく笑っていた。   「あいつの過去と表面の態度を、問わないのが俺達の暗黙のルールだ」 「え?態度って…」 「女ったらしだとか、汚い言葉だとか、底抜けに陽気だとか、表面上の性格全部だな」 「ファビさんのは……」    ディックさんの言う表面って、ファビさんらしいファビさんだヨ。違う…の?   「違う。  この世界で傭兵になるというのは、あまり褒められた事じゃない。自分の生まれた国に最後まで尽くすのが、普通だ。だが、色々な理由があって、傭兵になる者は少なくない。大抵は、人に聞かれたくない過去が起因している。  だから俺達は、あいつに何も聞かない。  だいたいの素性は分かっているつもりだが、あいつが言うまでは、聞くつもりもない」    ローランさんは、「信…」っていいかけたのは、信用?んでも、それは、言っちゃいけなかったんだ。   「あの二人を一緒に残したの、まずかったかな?」 「大丈夫だろ。あいつは、、ローランの気持ちを分からない馬鹿じゃない」 「ファビさんは、気配りで、人の気持ちをくんでくれる人だもんね」 「そうだな」    うん、今まで、あたしが考え込んでいると、一番に声をかけてくれたのは、ファビさん。もちろん、ローランさんもディックさんも分かってくれているんだとは、思うんだけど。ファビさんは、速攻なんだ。   「そっかー、違うのかぁ〜。どんななんだろ?見てみたいけど、ファビさんは、ファビさんがいいなぁ〜…」 「たぶん変わらん」 「変わらないの?」 「あいつは、あいつだ。根本は変わりようがない」 「そっかー。なら、いいや」    どんなファビさんが出てきても、きっと同じように居てくれる。あ、でも、ファビさんが、ローランさんになったら、どうしよう?ディックさんになったら……なんか、想像つかないヨ。やっぱり、今のままがいいかなぁ?   「サミ」 「ん?」 「お前も、仲間なんだから、何も言うなよ」    ディックさんだ。ファビさんは、速攻で言葉をくれる。でも、ディックさんは、不意打ちなんだ。無理やり体を動かして、ディックさんにギュッて抱きついた。凄く嬉しい。   「ディックっ、離れろっ!」 「あーーー、お嬢ちゃん、俺も〜〜」    ヒヨの上では、ローランさんの拳は炸裂出来ません。あ、剣を抜こうとするなぁぁぁぁっ!   「サミが、くっついてきた」 「手を離せっ!」    あたしが、落ちないよう、支えてくれてるんだと思うんですけど。ディックさんの手は、あたしの背中の上。  相変わらず、ローランさんは、過保護だよねぇ。それが、ローランさんだけど。  えへへ、仲間。過保護なローランさんと、速攻のファビさんと、不意打ちのディックさん。  仲間。  ここへ、来て良かった。   「ささささサミ殿〜、離れて下さい〜」 「いいなぁ〜、ぜってぇ、後で俺もぉ〜」    笑いが、こみ上げてくる。   「ディックさん」 「何だ?」 「あたし、ここへ来て良かった!」 「………そうか。それは、あいつらにも言ってやれ」 「うん!」    幸せだ。     to be continued…     09.01.24 砂海
現在:叔父様3人(加:フィノ卿)、お父さん2人、お母さん2人、おっさん6人(加:ジュスト)、若者6人(男4人、女2人) いい年齢が増殖しましたVvジュストさん、大好きです。また、お会いしたいものだ。