眠いっ!とにかく眠いっ!!激しく眠い!!! 当然だ。なにせ徹夜明け。ついでに試験なんつーもんまであったし。爆睡したいのを堪えて、シャーペンを必死になって動かしていた反動が、今現在。 鞄を抱えて、ふらふらと歩く。行き先は、愛する重たい布団様の中。ほら、目の前に布団の幻まで見えてきたヨ。 「ぁ……だめかも……」 慣れない徹夜は、体中に睡眠欲をしみ込ませ…「ごめん…かーさん」、電信柱の影にしゃがみ込んだ。 うんうん、大丈夫大丈夫。電信柱の影だから、とりあえず、そんなには目立たないはず。 家まであと5分程度。この辺は自分を知っている人ばかりだから、苦笑して通り過ぎてくれるだろう…たぶん。とにかく、かーさんにだけは、見つからないよう、困った時専用の神様に祈る。見つかったら、間違いなく徹底的に怒られる。 「……ん?」 足元が、やけに頼りない。まるで、ずぶずぶと底なし沼に沈んでいくみたい…って、底なし沼に沈んだ経験ないけど。あ、もしかして行き先は、眠りの底ってやつ?と安心して夢の中に入る扉を開こうとしたら……「はぁっ?!!」、 即効、目が覚めた。現実に体が沈んでる。というより、地面の下に落ちている。 「はいぃぃ〜〜っ?!!」 誰が、こんな落とし穴を作りやがった?と叫びたかったが、急激に意識がかすんで、何も言えなくなった。 もしかしたら、これは夢? 夢の中にまで、英語がやってきた。やっぱり、徹夜ってのがいけなかったんだろう。ボブやメアリーが、囁いているよ……は?……あ、違う、おっさんだ。いつからボブは、おっさんになったんだ? 「"$(&◆%#?)▼%#)%#&○#」 無駄だよ、おっさん。現在、日本の教育課程程度の学習なんかで、流暢な英語を理解出来るような生徒は出来上がらないのだよ。……ってか、英語じゃ…ない? 「$%’$&#”*+●」 目の前におっさん。私の目は、見開いてその人を見ている。 だけど、間違いないぐらい、夢! なにせ、こんな石造りの部屋なんか、日本には絶対ないヨ! 目の前に、風変わりな衣装を着た、K―1風味のがたい、琥珀色の瞳、無精髭、無造作に一つに束ねられた中途半端な長さの黒い髪、腰にはお似合いの剣、右手には似合わない魔法使い風味の杖を持ったおっさん。あぁ、風変わりじゃなくて、ファンタジー風味の衣装だよ。だったら、装備が間違っているね。おっさんの体形と風貌なら、間違いなく剣士!鎧を着て欲しい。杖は持つな。某ゲームの剣士みたいに、巨大な剣を背中に背負ってほしい! そして、そのおっさんの後ろには、ケンタッキーフライドチキンが、高そうな服を着て、高そうな装飾品を付けて、高そうな椅子に偉そうに座っている。この家具がほとんど無い殺風景な部屋に、あまりにも似合わない。 ……あ!ケンタのおっさん、王様コスだ! 「すっご…」 中々に珍しい夢だ。 確かにファンタジー系の小説もゲームも大好きだが、こんな夢は見た事が無いヨ。なにせ、夢も見ずにさっさと眠っちゃっている昨今。万年睡眠欠乏症。じゃないって、久々すぎる夢、しかも相手が日本語じゃなく、外国語を喋っている。成績、並みの並みを行くあたしの夢で。何事?なんか悪いもん食べた? 「(’&サミ&%$」 「へ?」 自分の名前を聞いた気がして、相手をぼんやりと見上げる。現在自分は、大量のクッションの上。立っている相手とは目線が違う。 目の前のおっさんが、小さく頷き、口元に笑みを浮かべた。その笑顔をまじまじと見ている間、おっさんはまるで魔法使いのように杖を床に打ちつけ、不可思議な言葉を謡い始めた。うん、謡っている。 渋い落ち着いた声が、部屋に響き渡った。 「うわっ!」 頭の中に、何かが入ってくるっ! 痛い…痛い…痛い痛い痛い痛い…………「痛いっ!!」 「大丈夫ですか?勇者殿」 「大丈夫じゃないっ!」 「すみません。どうしても、頭痛が伴ってしまう術なものですから」 深々と、おっさんが頭を下げていた。 「私は、ローラン・フィノ。術士です。 ようこそギュールズ城に。勇者サミ殿」 耳から入ってくるのは、相変わらずの不可思議な言葉。なのに、理解しちゃってる。ついでに、自分の口からそれが出てきた。……目の前で跪いているおっさんと、会話が成立してしまった。 「……魔法?ほんやく●んにゃく?テレパシー?」 「勇者殿、魔法はこの世界からは消えてしまいました。他のモノは、……ほん……?」 「いや、いい……です。けど、今の何……ですか?」 目の前に手が差し出されている。それを、ぼんやり見つめている。 「術、我らと世界の意思を繋げるものです。 今の術で、私の中にある言語部分を、サミ殿にお渡ししました。 その無礼をお許し下さい。そして、どうか、勇者殿、我が王の話を聞いて下さい」 術…さっぱり説明になっていない。世界に、意思なんつーもんがあるっていう設定?まぁ、ファンタジーの王道?ありげかも…。 目の前で、未だ手を差し出したままのおっさん。おっさん、丁寧な物言いのおっさん。だんだん困った顔になっていく。流石にほっとけなくて、躊躇いながらもあたしの手を重ねた。まるで、本の中のお姫様みたいだヨ。激しく、恥かしい。 おっさんに立たせてもらって、初めて気づいた。左手に鞄を持ったまま。この夢は、寝る前の自分のまんまだよ。さすが夢だね! 「王、勇者サミ殿です」 ケンタッキーが立ち上がり、優雅に一礼した。 「ようこそ、勇者サミ殿。我が城に貴殿を迎えられた事を誇りに思うぞ」 「はぁ……確かにあたしは、サミって名前ですけど…勇者っていうのは、なんかの間違いだと思います……」 夢に異論を唱えても仕方が無いと思うが、ついつい訂正は入れてしまう。夢の中とは言え、面倒事はごめんこうむりたい。竜やら、魔王やらと戦うなんつー事を、期末試験後にする女子高生はいない。 「術士長」 「勇者殿、貴方様を召還した私の術は、三百年前の術をアレンジしたもの。そこに書かれている勇者殿の外見は、間違いありません。 勇者殿、『トウキョウ』という言葉、『ムカイガオカコウコウ』という言葉は、勇者殿に関係があるのではありませんか?」 東京は、あたしが住んでいる所。向ヶ丘は今日まで期末試験を実施しやがった、あたしの行っている高校。 「夢ってのは、結構便利?」 「勇者殿、これは夢ではありません」 「や、夢以外のなにもんでもないでしょ」 悪夢じゃない。けれども、いい夢とも思えない。なにせ、若者っていう年代の人が出てこない。やっぱりファンタジーなら、美形の若者が大量に出てこないとだめだろ? おっさんとケンタッキー…激しく間違ってる。 「勇者殿、少しの間、これを持っていて頂けますでしょうか?」 おっさんが、腰に下げていた剣を鞘ごとあたしに渡す。結構重い。 そしておっさんは、また謡い始めた。 『世界よ 重なる世界よ 全ての世界に手を広げ、全ての世界を抱かれよ 世界よ 我が愛の全てを貴方に捧ぐ 世界よ 我が心をご存知なれ トウキョウに 貴方の愛し児の一人を彼の地に』 「……はぁ?」 さっきは、言葉が分からなかったが、今やバイリンガル?な私の頭に、渋い声が意味を持って響き渡る。まるで恋人に対する囁きみたいだよと思った瞬間、360度、上下左右、目の前に突然現れたのは見慣れた町並み、寝ようとしていた電柱の影。 「ふぇ?」 石造りの建物も、おっさんも、ケンタッキーも消えた。 「あ?…は、白昼夢って……やつ?……」 手を動かそうとしたら、ガチャリと金属の音。白昼夢の線は消えた。証拠品は手の中の剣。周りを見ても、いつもの風景。ちょっと遠くを見れば、自分の住んでいるマンション。大通りからは車の走る音、少し遠くに電車の音、そして街行く人の声、間違いなく自分の住んでいる街。けれど、剣の重みは消えない。 頬をつねってみた……痛い……。気合入れてつねってみたのを、後悔していたら、めの前の風景に異物が沸いた。沸いたとしか言えない……掌、掌が目の前に浮いている。 「げっ……」 浮いている…はっきり言ってホラー。でも、自分はその掌を知っていた。無骨で大きな掌、さっき、まじまじと見ていた掌。ついでに、困ったような顔まで思い出してしまった。 「〜〜〜〜〜っ……」 ため息一つ。ったく、どうしてあたしって、こんな性格してんだろう?目の前の掌を無視して家に帰れば日常が待っている。ついでに、明後日の終業式を終えれば夏休みがお出迎えなんつー眩しい日々が待っているというのに………もう一つため息。 のろのろと上がった自分の手は、空中に浮かんだ掌の上に重なった。 to be continued… 08.12.25 砂海
o3は、アルファベットのオーと数字の3。続けて「おっさん」と読んで下さい。 という事で、オリジナルのへたれ、おっさんハーレムファンタジーでございます。 どうか、ごゆるりとm(__)m