Fantasy with O3(Talk in the bed) ナデージュ2  

   沙美の目の前に月の女神様がいる。  そうとしか思えないような美しい人間。はかなげな肢体。光を纏った淡い金髪をまとめもせずに後ろに流し、室内着を優雅に着こなし、すらりと伸びた体は、椅子に収まっている。そして、上半身は、華奢なテーブルにうつ伏していた。  その頭が、のろのろと少し上がる。月の女神様は、そこかしこが真っ赤だった。   「いっぱい質問があるんです」    沙美は、膝の上に置いた拳を隠したまま、にっこりと笑う。   「ナジュには、婚約者って居ないんですか?」    その意外な質問に、ナデージュは、瞬く。   「普通、お姫様って、小さい頃から婚約していたりするもんじゃないんですか?えっと、失礼だとは思うんですが、ナジュの歳で独身のお姫様って、珍しくないんですか?」 「あぁ…私しか居なかったからな」    ナデージュの顔に、苦笑が浮かぶ。   「私の母は、私が小さい頃に亡くなったのだ。つまり、この国の跡継ぎは私しか居ない。当然私の夫となるものは、この国の次代の王となる事が約束されている。生半可な相手と婚約する訳にいかなくてな」 「……やっぱり、強くないとダメなんですか?」 「いや、強いという血筋は、私が受け継いでいるからな。夫の資質としては、国の管理能力さえ十分であればいいのだが………この国の民が、それで納得するかは疑問だ」 「強い人が、皆さん好きなんですか?一般の方も??」 「サミも一回、武術大会を見るといい。あの熱気は凄いぞ。前の方の席は、発売即日で売り切れる。物凄い倍率だそうだ。席の札を購入する為に一週間前から並ぶと聞いている」    沙美は唖然とする。どこのアイドルのコンサートなんだと思う。それでも一週間前から徹夜して並ぶなんて、日本では、ありえない。物凄い気合だ。   「一年分の収入を、全部注ぎ込んでいるという国民もいるらしいぞ」 「うわぁぁ…」 「しかも、それに便乗して、王印の入った、賭け札も販売しているのだが……」    ナデージュは、国が賭けの胴元をしているのは、世間体が悪いという感じで困ったような表情を浮かべている。   「それの売れ行きも、かなりいい。折角稼いだ金を国に返してしまっては、民の生活が不便だと思うのだが……個々勝手に賭けを執り行って、不正や金の持ち逃げされるよりは、マシだからな」 「なるほど。この国の特大イベントなんですねー」 「そうだな」 「他に、皆さんが盛り上がる、特大イベント…お祭りとかないんですか?」 「収穫後の祭りはあるが、あれは、それぞれの領地でやるものだ……国民全体で、盛り上がるのは、武術大会だけだろうな」    なるほどと沙美は、納得する。とにかく、この国の人は、強い人が大好きなのだ。だから、微妙だった10年前に揉め事まで起きた訳だ。王が、間違いなく強かったら、内乱など、はなから起きなかったかもしれないと、沙美は考える。  そして今、強くない王様と、強いお姫様が対立している。そのように陣営が出来たのも、強い事が大好きな体質からかもしれない。   「えーと、それで、先ほどの質問ですが………大変大変失礼なんですが、この世界では、お姫様ぐらいの女性は、行き遅れとか…言われませんか?」 「言われるぞ。貴族であろうと、一般市民であろうと、私のような者は、珍しいはずだ」 「国外は、問題外だとしても、国内のめぼしい男性っていないんですか?」    自動的にナデージュの夫が王様になる以上、国外の者を夫に据えるのは、たとえ優秀な者であっても、いや、優秀だからこそ、相手の国の思う壺になりかねない。侵略される可能性大。無条件で却下だろう。   「そうだな。まだ私が14ぐらいの頃だったか、大剣部門と槍部門で、かなり優秀な者がいてな。一時は、その名があがったのだが……」    非常に忌々しげな声音。沙美の頭には、その大剣と槍部門で優秀な者の名前が頭がぷよぷよと浮かんだ。   「おっさん達?」 「そうだ。だが、流石のあいつらも、あの当時は、ぴちぴちしていたぞ。今からじゃ想像が付かないがな」    ぴちぴち、お姫様の使う言葉じゃないなぁ〜と沙美は思いながらも、確かに想像つかないと、頷く。   「だが、あいつらは、まだ肩書きも無かった。しかも、いくら強いとはいえ、貴族ですら無い。自動的に立ち消えだ」 「やっぱり、出自が問題になるんですか?」 「いくら強い者が一番という風潮とはいえ、頭の固い連中はいくらでもいるからな。あわよくば、自分の息子をと思った連中がだ。そんな奴等が、貴族でない者に頭を下げるものか」 「なるほど……でも、二人は今、術士長だったり将軍だったりしますよね?それでも、だめですか?」 「まぁ、今なら、前よりはマシな程度だな。やはり、反対する者は、間違いなく出てくるだろう」 「王様も?」    ナデージュの表情が、消える。   「当時は、面白がっていたが……今はどんな反応をするか……」 「あの…この国は、跡継ぎが結婚したら、王権が移動するとか言いませんよね?」    ナデージュは瞬いて、まじまじと沙美を見る。   「いわないな」 「通常王権って、王様が死んだ時に動くものですよね?」    「そうだな。一般的な移動方法はそれだ」と言ったナデージュは、沙美を訝しげに見ながらも、律儀に答えていく。   「ただ、王が年老いて引退する場合や、年老いてなくとも、子供が十分歳をとっていれば委譲する場合もある。そして、稀にだが………子供が反旗を翻して、王を討つ場合もあるな」    まるで、沙美の反応を見るかのように、ナデージュは言葉を選んでいく。だが、沙美は、一切態度を変えず、頷いた。嬉しそうに手を合わせて、パンと小さい音をたてる。   「では、ナジュ」    ニンマリと笑う。   「近々、パーティを二日かけて行いましょう!」 「は?」 「お姫様の婚約者を決めるパーティです!」    ナデージュは、目を丸くして、固まる。あまりの意外な展開についていけない。「え?」「は?」「あ?」と繰り返している。   「そうですねー、武術大会からは、それぞれの武器で一位になった人達。それから国の運営に関して才能を持った人達を同じ数。それからそれから術士の才のある人……あ、ローランったら、両方ひっかかるなー。数足りるかな?  ナジュ、普通婚約者を決めるパーティって、どれぐらいの候補を用意するもんなんですか?」 「サミ、それは何だっ!?」 「だから、ナジュの婚約者を決めるパーティです」    あまりの展開についていけず、少々目つきが悪くなったナデージュ。だが、沙美は一向に気にしない風情で、にっこり笑い返している。   「デュカス卿と相談して、出席者を決めて下さいね。そこで、ナジュ!」    沙美は、笑いを収めて真剣な顔で見つめ返す。   「ファビさん、選んで下さいね」 「っ………?!!!!」 「んで、事前に皆さんで打ち合わせして、建前の婚約者役をお願いして下さい」 「建前?」    沙美は、コクコク頷く。   「じゃないと、ファビさん逃げ出しちゃう可能性あるもん」 「偽者の婚約者をあいつにやってもらうのか?」 「そうです。  建前は……そうですね、陣取り合戦の模様を変えるというのはどうでしょう?」    ナデージュも沙美と同じ、真剣な顔付きに変わった。   「なるほど…あいつらから、そこら辺も十分に聞いているのだな?」 「十分なんてとんでもないです。あの優しすぎるおっさん達は、全然教えてくれません。でも、ヒントは、色々ありましたから」    睡眠時間を極端に削って、走り回っていると、長達は言っていた。300年前の忙しさなんか、目じゃないぐらいに働いていると言っていた。仲間を増やす為の攻防があると言っていた。それだけで十分だった。  自分の想像に間違いはあるとしても、根本的なものは、合っているだろうと沙美は思っていた。   「ファビさんは、不敗の赤い刃で、国内に大量のファンが居て、未だに憧れて軍に入ってくる人が絶たないとか。そういう人をお婿さんにすると宣言したら、それなりに局面は変わってくると思うんですけど」    沙美は、状況をさっぱり理解していない自分が言うのは、非常に間違っていると分かっている。だが、何かをせずにいられなかった。  だが、そんな事は態度に一切出さず、にんまりと笑って、ビシッとナデージュを指差す。   「でも、それは、二の次です。  ナジュ。ナジュは、ここでしなくちゃいけない、大切な大切な、とっても大切な事があります!」 「な、なんだ?」 「婚約中に、ちゃんと、真面目に、真剣に、素直に、ファビさんに自分の気持ちを伝えて下さい」    ナデージュは、絶句した。   「ファビさんは、傍に居る人の気持ちや気分、それこそ何を思っているかとかまで、分かってしまう人なんです。  ナジュに対して、その能力が発揮出来てないのが、激しく不思議なんですけど……知っているとは思いますが、そういう人なんです。  だから、ナジュが真剣に想いを伝えれば、ちゃんと届きます。間違いなく届きます。ので、ちゃんと伝えて下さい」 「サ、サミ……きょ、今日の話は、陣取り合戦を主にしたかったのではなかったのか?」 「いいえ、ナジュの恋愛成就がメインです。陣取り合戦は、そうですね……うーん……ついでの一石二鳥です。だって、ナジュは友達で、その友達の恋の応援するのは、友達として当然でしょ?」    親指を立てて、にっこり笑う。   「サミ…」 「ので、頑張りましょう!」 「う"…………」 「ナジュ?」 「サミ……」    月の女神様が、果てしなく情けない顔になっている。沙美は、物凄く綺麗な人でも情けない顔は、情けないんだなぁと、間違った方向に感心していたりする。   「ナジュもいつか結婚しちゃうんですよ。その時に、今の状況を、そのまま放置していたら、絶対後悔します!それだけは、未経験者の私でも分かります。  ファビさんの答えは分からないけど、どっちに転んでも、ナジュの心が納得するように答えてくるはずです。だから、安心して頑張りましょう!」 「……分かった……そうだな……中途半端はよくないな」 「はい」    ナディーヌが言っていた。「貴方の心は、何を求めているかしら?って一生懸命問い詰めて、答えを出すの。きっと、その答えが正解よ」と、真剣な瞳で伝えてくれた。未だ、声音さえ思い出せる。  今回のナデージュへの助言は、間違ってないと思う。ナデージュは、既に答えを出していたのだから。  その答えをサポートする案と、おっさん達をすこしでも寝かせてあげたいという案を、足して二で割った案を作成してきて正解だったと、沙美は、安堵する。  自分が知りえた事を書き出して、何度も、何通りもの案を出しては、消して、出しては消してを繰り返した日々。全ての状況を知らない自分が出せる、最低限の案。その努力の源は、おっさん達。いっぱいお世話になったおっさん達が、早くゆっくり寝られるよう。それを俄か友達に悟られないよう沙美は、ナデージュの前で笑みを絶やさない。   「だが…なぜ二日間なのだ?」 「それはですね、二日目にファビさんだって、発表して、舞踏会するからです。一日目は、誰がナデージュ姫の婚約者だ!さぁ、貴方も賭けて見よう!の影の胴元として、私、色々聞き込み調査してきますね」 「サミ……そこまでしなくても……」 「いやぁ、そこは、自分で見聞きしてみたいんですよね。当然、デュカス卿の部下さん達と一緒に回りますから、ご安心下さい」 「それならば、一日でいいのではないか?」 「あたし、魔法使いとして、二日目にお祝いに駆けつけますから!」 「魔法使いとして…?」 「はい。あ、大丈夫ですよ、あたしの世界には、体型誤魔化すのも、髪の毛の色も、目の色も、それこそ化粧で顔を誤魔化すのも、簡単に出来ます。あたしが、沙美だって気づかれる事は、絶対にありません!」 「そんなに、変わるものか?」    訝しげなナデージュに、沙美は、「へっへぇ〜」と少し自慢げに笑う。背負っていた鞄を下ろし、中から紙を一枚取り出した。   「これは?」    沙美は、楽しそうに自分を指差す。演劇志望の友達との合作。ちょっと恥ずかしいぐらい体のラインが出た短い服に、膝までのブーツ。ヒールの高さは、身長誤魔化す用に6cm。長めの赤茶色のウィッグに、青い瞳。そして、濃いーーーという化粧。元の沙美とは、間違いなく別人だった。   「これなら、私って分かりませんよね?」 「あ、あぁ…」 「そして、取りい出したりますは、これ!」    鞄の中から出たのは、チャッカマン!カチッと音がして、炎が小さく現れる。   「一応魔法に見えませんか?」    ナデージュの目が丸くなる。そして、手が恐る恐る伸びてきた。  慌てた沙美は、「だ、だめですよ。火傷しますっ!」と叫びながら、トリガーを戻して火を消した。   「これは?」 「誰でも出来る魔法です。ここに指をかけて……はい……それで、人差し指に力を入れるんです」    少しこわごわと、だが、ナデージュの指が力を入れるとカチリと音がして、炎が現れる。   「指の力を抜けば、消えますからね」 「あ……あぁ………」 「燃える空気というのがあるんです。それに火花を与えて、火がつくようになっているんです。だから、誰でも出来る魔法なんです」 「……つまり、魔法ではないのだな?」 「そうです。人間の工夫というやつです」 「ならば、仕組みさえ分かれば、誰にでも作れるのか?」 「そうですね、このまま時代が進めば、この世界にも普通にあるようになると思います」    仕組みは、難しいものではない。きっとピエの人に頼めば、オイルライターなら試行錯誤の末、作れるものだと沙美は思っている。だが、いつか出てくる頭のいい人が、発明する機会を奪ってはいけないとも思っている。だから、詳しい仕組みは調べなかった。   「でも、それは、将来のお話です」    沙美は、ナディーヌから、チャッカマンを受け取り、もう一度トリガーを引く。カチリと音をたて、再び炎が揺れた。   「今は、誰も知りません。だから、魔法なんです。こういう事が出来たら、誰でも目をみはると思うんですけど…これだけじゃだめですか?もっと、大きい炎も用意できますけど……」 「……いや、これだけで凄いと……」    ナデージュの返答に、ニッコリ笑った沙美は部屋を見回す。部屋の隅にある桶を見て、一つ頷き、立ち上がった。近づいて中を見ると、なみなみと水が入っている。それを、部屋の真ん中に持って行った。  「これをですね」…鞄の中から、お子様用花火を取り出す。火をつけた。   「結構派手でいいと思うんですけど」    手にもった花火は、白と青の炎を噴出した。  沙美は、そろりと、ナデージュを見る。彼女は、綺麗な形を描いた唇を丸く開け、花火を見つめていた。   「そ、それは…何だ?」 「あ、この世界には、まだ無いんですね。良かった。  これは、花火といいます。火ですから、触ると熱いですんで、触ろうと思っちゃだめですよ」    ほんの少し伸びていたナデージュの指が止まる。  光が、ほうき星の尾のように後から後から出てくる。日本では、一般的な子供向け花火。それは、徐々に光の勢いが弱くなり、最後に一つ白く光って消えた。  沙美は、当然とばかりに、水の中に燃えカスを入れた。   「火事は恐いですからね。後処理は必須です」    沙美は、石造りの家で良かったと、こくこく心の中で頷く。日本のように木で出来ていたら、部屋が燃える。  だが、ナデージュは、言葉を発する事が出来ない。いまだ花火が燃えているかのように、それがあった場所を凝視している。   「これを、見せれば、少しは魔法使いらしく見えるかなって思ったんです。んで、ナジュの味方になった方がお得だよってのの、後押しになるかなぁ?って思ったんですけど……だっ?!!」    突然、沙美の体が、ふわりと浮いた。       11.04.30 砂海
すんませんすんません。激しく中途半端な所でm(__)m^^^^ 来月っていうか、来月、あと数時間後だよf(^-^;) 来月末にはー… ってか、これ、今日中にアップできるんか?